第40話 規格外の下級生
捕捉・変更点
突風…読みは「ガスト」
風の基本攻撃術、これまでルビを振っていませんでしたが、以後「ガスト」で統一します。
「確か……火球です」
「それだけじゃないでしょ?」
「それだけじゃないとは?」
「相手生徒は水盾を張ってたわ、となれば……」
「火球と……突風です」
イヴァンがそこまでの説明で何かに気づいたように表情を変えた。
「水盾に火球は属性的に不利じゃ。つまりその火球を突風で押し込み、威力を増加させた、ということじゃな?」
セリナの戦術をズバリ言い当てた。
「そ、その通りです!」
「なんて荒業だ」
「それって……【重ね掛け(アディション)】の一種?」
ビビアンもセリナの戦術を理解した。文字通り2つの術を重ね威力を増加させる手法、それが【重ね掛け】だ。
「それを筆なしで実演したんですか?」
「そうよ、だからあなたは……」
「やはり、【合成】の使い手なのかも……」
またもセリナの知らない言葉が出てきた。一体全体【重ね掛け】と【合成】、この2つがどう違うのか、セリナにはさっぱりだった。
「あの……どういうことですか?」
「ちょっと待ってください。いくら【重ね掛け】をうまく成功させたからと言って、それが【合成】にまで繋がるなんて!」
「確かに、単なる【重ね掛け】ならほかの生徒だってうまくできるわ、だけど……」
ここでアグネスは左手に簡易型レベル測定器を取り出した。
「その時のあなたの攻撃レベルは、8.5を記録したわ」
「は、8.5!?」
「因みに一回戦で放った火球の攻撃レベルは、6.9だったわ」
その数字を聞いて一同は驚く。
「ありえない。単なる【重ね掛け】程度じゃ、そんな数字は……」
その説明を聞いてもセリナの頭の中ではうまく計算できない。実をいうと、そもそも【重ね掛け】の原理をよく理解していないのだ。
「こればかりは、わしから説明せないかんのう」
イヴァンが重い腰を上げ、解説を始める。
「まず【重ね掛け】というのは、主体となる魔術を先に発動し、それを補佐する補助的な術を放ち、主体術を強化するに過ぎない。昨日のお主の例で言うなら、先に放った火球を、突風の術で推進させ、主体となる火球の威力を底上げさせたのじゃ。そこまでは理解できるな?」
イヴァンの問いかけに、セリナも黙って頷く。
「この場合、火球の攻撃レベルは確かに上がるが、最大でも1程度。火球の攻撃レベルが6.9程度じゃ、8.5まではまず上がりはしない。となると……」
「まさか、その二回戦で放った術自体が?」
「未熟ながら……【合成】ということじゃな」
イヴァンの言葉をセリナは素直に信じることができなかった。まだ拭いきれない疑念がある。
「どうして、そんなに攻撃レベルが上がるんですか?そもそも【合成】って……」
「【合成】とは複数の術が合体し、別の術へと変化する」オライオンがボソッと説明した。「お前が発動させた火球と突風が合体し、一つの術へ変化したのだ」
「【合成】によって生み出された術は、攻撃レベルも【重ね掛け】とは比べ物にならないほど上がる。そういうことですね、所長?」
「さようじゃ。じゃが、その術の名前はわしもわからぬ。そもそも【合成】自体がまだまだ未知の分野が多い術での、わしにもわからないことばかりなんじゃ」
「恐らくあなた自身も意識はしてはいなかったでしょう。ですが、未熟ながら既に【重ね掛け】の上位に当たる【合成】を無意識に成功させているのは……」
「魔導筆は嘘はつかないのよ」ビビアンが魔導筆を取り出した。「魔導筆は、その使用者の最も得意とする術を発動させる。そしてそれ以外の術を封じ込む」
ビビアンの主張にセリナも反論できなかった。そしてここでセリナはほかに思い当たる節を見つけた。それは、入学式初日広間でモニカと対戦した時のことだ。
あの時、モニカの異様な火術に対抗するため、自分でも思い付きでカティアが放った水球と合体させる術を成功させた。だが今までの説明を聞いて、あれが単なる【重ね掛け】ではなかったと嫌でも思い始めた。
「まぁいずれにせよ。これで証明できたな」
「証明って、何を……」
「彼女がレベル10以上の攻撃術が使えることだよ。正直報告を聞いた時点では全く信じられ……」
「そんなことはないぞよ!」
エンリケの言葉に、イヴァンが強い言葉で反論した。
「わしは実際にこの目で見てみたい。彼女が、合成爆弾を放つところを!」
その言葉に一同動揺する。もちろんセリナが一番動揺した。
「イヴァン先生、それはさすがに。さっき映像で……」
「映像などではなく実際に目に焼き付けたいのじゃ。まだまだ【合成】は研究が発展途上じゃからな。何かあったら責任はわしが取る」
「その言葉、私も同意します!」
ビビアンもイヴァンに同調した。
「私もこの目で見てみたいです。彼女が本当に合成爆弾を放つことができるのか、映像としてではなく確実にこの目で!ひょっとしたら、あの時誰かが手引きした可能性も」
「それはないだろう」
「じゃあ、あなた証明できるの?あなただってあの現場にいなかったじゃない!」
「いずれにせよ、アグネス以外であの現場にいたのはわしらの中ではおらんからの。映像だけで断定してはならん」
イヴァンの強い口調に反論する者は誰もいなかった。そしてパウロが口を開いた。
「ならば、私がそれにふさわしい場所に案内しよう」
すると部屋中が突然真っ暗闇に包まれた。
「え、これは!?」
「空間転移レベル8よ、部屋ごと移動させるの」
「部屋ごとですか!?」
「驚くのも無理はないの、通常なら空間転移は2~3人しか移動できぬから」
暗闇の状態が10秒ほど続いた。セリナは自分の頭がグラグラするのを感じた。そして暗闇が消えた途端、だだっ広い室内に放り出された。
「うぅ、おえ……」
セリナは思わず吐き出しそうになった。
「おうおう、大丈夫かね。空間転移は初めてじゃったか?」
「は、はい……」
「私も……気分悪い」
「ビビアン、お前もか」
セリナとビビアンが口元を抑える。そして目を開けて頭を回転させ、自分達が今どこにいるのか確認した。
「ここって、広間?」
「ここなら思う存分攻撃術が放てるぞ」
「では、早速見せてもらおうか」
いつの間にかパウロの右肩に審判鳥が止まっていた。
「セリナ、ここの広間の壁の耐久レベルは知っているか?」
広間は多くの生徒が魔術の訓練の場として使用するため、その壁は高い攻撃レベルにも耐えうる構造になっている。しかし。
「レベル10までしか理論上耐えれない設計だ」
「君が昨日放った合成爆弾の攻撃レベルは10.3だった。つまり、今ここで君がその術を壁に向かって放てば、どうなるか……」
答えはセリナもすぐにわかった。
「本当に、いいんですか?」
セリナは筆を構えながら質問した。その質問の答えは全員一致していた。イヴァンが念押しする。
「さっきも言ったように、責任はわしが取る。安心していい」
その言葉を聞いて、セリナは意を決した。だがその前に、またもセリナには気がかりなことがあった。
「その……もう一つ質問良いですか?」
「なんだ?」
「あの、私がその……合成爆弾、っていうんですか。その術を放てることが証明されたら、一体どうなるんです?」
その質問を聞いて、エンリケも返答に困った。代わりにビビアンが答えてくれた。
「セリナ、いいのよ。何も心配しなくていいの」
「で、でも……」
「ふほほ、お主の言いたいことはわかるぞよ。そもそも何で生徒会室に呼ばれたか、それは単にお主がその術が使えるかどうかを確かめるだけではない」
「と、言いますと?」
「イヴァン先生、それ以上は……」
「別に隠さずともよかろう、いずれ話すことになるんじゃ」
「【将軍の試練】よ」
アグネスが答えを言った。その言葉にセリナはすぐさま反応を示した。
「し、【将軍の試練】?」
「今はそれだけしか言えない。いずれにしろ、あなたにその資格があるのかどうか、この目で確かめることが先決よ」
アグネスの言葉に再び沈黙した。セリナもまるで何のことかわからない。
「楽しくは……ありませんよね?」
「……」
「まぁ、いずれわかるよ。それより、準備はいいか?」
エンリケの質問にセリナは少し時間を空け頷く。そして目を閉じて両手で筆を構え、魔力を集中させた。静かにセリナの体が浮かび上がる。
「おお、これは!?」
イヴァンが感動しながら、両手の人差し指と親指で菱形を作った。筆の先端が強烈に光り、目と鼻の先に、2つのスフィアが別々の色を呈し同時に出現した。
「ダブルスフィア、久しぶりに見たぞよ!」
そのダブルスフィアが瞬く間に超高速で回転し、合体した。セリナもその様子をまじまじと見た。気のせいか、昨日よりもその速度が上がっているようにも感じた。イヴァンの目がさらに大きく広がる。
「信じられん、ここまで完成度が高いとは!?」
「いいぞ、放て!!」
エンリケの合図を聞き、セリナが合体したスフィアを壁に向けて発射させた。目にも止まらぬ速さで壁に激突し、耳をつんざくような轟音が響き渡り、広間中が震動した。
全員スフィアが激突した箇所に目が止まった。今いる広間には窓すらなかったが、衝突した部分から風が勢いよく吹き込み、校庭に生えていた数本の木の天辺が見えた。セリナは固まってしまった、体のあちこちに破壊された壁の破片がぶつかっていたのも全く気にならないほど。
「これは……修復でも無理だな」
セリナの力が今改めて証明された。だがそのことが、後に彼女に過酷な試練へと誘うことになる。
第40話ご覧いただきありがとうございます。次回は学園長が久しぶりの登場です、お楽しみに。【重ね掛け】の上位版が【合成】になります。近々細かい解説ページも作成する予定です。
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