第37話 アグネスの意外な言葉
オルハが何か知っていそうな雰囲気を出し、一同興味が湧く。
「もしかして、オルハ先生の授業タイムですか?」
「私も、そんなに自信ないけど。ここ数年、災魔が王国内に侵入するっていう事例が増えてる気がして」
「確か、結界が王国全土を覆っているって話ね……」
「あぁ、中学までで嫌というほど聞かされた……」
「超広域結界、よね」
「その結界によって災魔の侵入が防げるはずなんだけど、完璧じゃないのよね、確か」
「所々穴が空いているって言われてるし、長年張り続けたせいで老朽している箇所もあるから。定期的に宮廷魔導士や熟練魔導士を総動員させて、結界の修復作業させてるけど」
「そもそも王国全土が広すぎて隅々まで対処できていないのが現状、っていう」
「だから時々災魔が迷い込んでくるのよね。でも大抵は兵士級か、強くても精鋭級止まりっていう……」
セリナ達も今まで学習してきた知識を総動員した。そしてそこまでの説明で全員あることに気づく。
「ってことは、今回の事例って……」
「結界が、限界に来てるってこと?」
全員思わず閉口した。もしかしたら、まだ序の口かもしれない。
「マジかよ、それじゃ今後もっと増えるってこと?」
「それは完全に政府というか、首府の防衛団か騎士団の仕事でしょ。一体全体どこまで怠慢なんだか」
「あるいは、違う可能性もありうるわ」
「違う可能性って……」
オルハが意味深なセリフをはき、全員注目する。
「そもそもトールは、いつどこで憑りつかれたの?」
「いつ、どこでって?」
「それは本人に聞かない限り……」
オルハはさらに確信めいたことを言った。
「将軍級の災魔とか滅多に現れるもんじゃないわ。それこそ現われでもしたら、国中で騒ぎになるレベルよ」
「まぁ、街中じゃないことは間違いないわね」
「じゃあ、いつどこで?」
「そりゃ森の中とか山とか……」
「森の中とか山の中歩いていて、偶然将軍級とかに出くわすことってあると思う?」
オルハがそう訊ねた。確かに言われてみれば、そんなこと起こりうるはずがない。
「じゃあ、彼はどこで?」
「谷底……じゃない?」
その時また別の女子の声が聞こえた。なんと眠っていたはずのロゼッタが起きていて、眠そうに目を擦っていた。
「ロゼッタ、あなたもう大丈夫なの?」
「ご心配、どうも」
「谷底って、どういうこと?」
ミリアが間髪入れずに質問を返した。だが別の男子生徒らが割り込んできた。
「ロゼッタさん、もう大丈夫ですか!?」
「本当に見事でしたよ、ロゼッタさん。あの災魔の相手までするなんて!」
「おなか空いてるでしょ、俺達が食堂から何か持ってきますよ!」
「げっ!こいつら……」
そこに現れたのはロゼッタとダリルとの模擬戦で応援していた、男子生徒達だった。彼らも眠っていたロゼッタが心配でならなかった。
「ちょっとあんたら、私達が話してんの!」
「何言ってんだ、ロゼッタさんは疲労困憊なんだぞ。今は大事をとらせるべきだ!」
「ぐうう、あんた達何もしてないくせに……」
ロゼッタは表情を崩さない。だが内心は呆れていたのか、ため息をついた。
「ミリア、彼らの言うことにも一理あるわ。ここは我慢しよう」
その時、教室の入口の戸が開いた。現れたのはアグネスだった。アグネスは無言のまま教卓の後ろに立った。
「みんな、ご苦労様。本日の授業は終わりです。模擬戦の成績評価についてですが、学生寮の掲示板に結果を貼るよう伝えたので、そこで確認してください」
アグネスは丁寧に説明した。しかし最も生徒達が知りたかったことについては、敢えて口にしなかった。
「先生、あの……」
アグネスが質問しようとした生徒を見て、口を紡ぐよう合図した。言われなくても、説明するつもりだった。
「皆さんの知りたいことはわかっています。模擬戦で何が起きたのか、トールの身に何があったのか。全部説明すると長くなりますが……それでもよろしいですか?」
生徒達は黙って頷いた。そしてアグネスの口から説明が始まった。中には半分冗談だと受け止めていた生徒もいたが、そこで改めて事実だと受け止めた。
トールの体から災魔が現れたこと。その災魔が将軍級の巨鴉だったこと。その巨鴉をアグネス、フィガロ、ロゼッタ、この3人で食い止めようとしたこと。だが途中からアグネスも説明がやや雑になった。
アグネスの最後の説明の部分は「自分とダリル、2人で災魔を倒した」というものだった。それが事実でないと知っている生徒は数名いた。セリナは思わずロゼッタと目を合わせた。
(やっぱりアグネス先生も知らないのかな?)
しかしそうではなかったようだ。アグネスは説明を終えて、各自生徒寮に戻るよう指示を出した、2人の生徒を除いて。
「セリナとロゼッタ、あなた達2人だけ残りなさい」
放課後の時間になった。セリナはアグネスに言われた通り、教室の外で待機していた。ほかの生徒らは全て生徒寮へと戻っていき、一人廊下で教室のドアの窓から中を覗くとアグネスがロゼッタと向かい合っていた。
廊下に出る前アグネスから言われたのが、「まずはロゼッタと話があるから、セリナは外に出て待機していて」というもの。そしてセリナだけではなく、ほかの生徒らも盗み聞きしないようシルバードが監視のため呼ばれていた。
セリナはクラス番号が書かれた表札の上に立っているシルバードを見上げた。見慣れない魔導生物が自分をまじまじと見つめていて、緊張が消えない。
しかし今セリナが気になるのは、中にいるロゼッタとアグネスの会話だ。彼女ら2人の会話を例のごとく魔聴で聞き取っていた。場所さえわかれば、たとえドアで遮られようとも彼女の魔聴は力を発揮できる。
「ロゼッタ、私があなたにどうして残れって言ったかわかる?」
「……」
ロゼッタは黙っていた。本人もその質問の答えは理解していた。
「あなたも現れた災魔が将軍級の巨鴉だってことわかってたでしょ?」
「……」
「あの時点で周りには複数の実力の劣る生徒がいました。となれば、あなた達首席が取るべき最善の行動は……」
そこまで言われて今度はロゼッタが言い返した。
「周りの生徒の保護ですね」
アグネスは黙って頷いた。
「それがわかっているなら問題ないですが、あの時あなたが真っ先に取った行動は覚えていますか?」
「……」
再びロゼッタは沈黙した。もちろん覚えていた。自分がアグネスの背後に立ち、巨鴉の攻撃を魔盾で防いだことを。
「私もフィガロには、周りの生徒を保護するように伝えました。あの時点で巨鴉がほかの生徒を攻撃する可能性も捨てきれません。となればあなたのように特に防御術に優れた生徒ならば、尚のことそうすべきではありませんか?」
「……」
ロゼッタは黙って聞いていた。聞くしかなかった。正直反論の余地がない。
「現に巨鴉は私ではなく逃げようとした生徒らに攻撃をしかけ、私も不意を突かれ負傷しました。あの時点であなたが生徒らの保護に回っていれば、違った結果になっていたでしょう」
それが自分の行動の浅はかさであることは、ロゼッタも自覚していた。もちろんそこまで頭が回らなかった、と言いたいところだが残念だが彼女のプライドがそうはさせない。
「ロゼッタ、これだけは覚えてください。今後もっと過酷な演習や授業が組み込まれます。もちろん今回のような災魔との実戦形式も組まれます。そんな時、もっとも重視されるのは連携ですよ。
誰かが1人輪を乱せば、チーム全体に収拾がつかない結果となります。それだけは肝に銘じなさい」
「……わかりました」
ロゼッタも素直に頷いて返事をした。セリナも当然その話を聞いていたが、腑に落ちない点があった。
(いくらなんでもロゼッタ責められすぎじゃ、彼女だって必死に先生を守ろうとしたのに……)
そして部屋から出てきたロゼッタと目が合った。ロゼッタは黙って教室の中を指差した。
やはりというかロゼッタの表情は曇っていた。苛立っているようにも見えた。もちろん会話の内容を聞き取っていたセリナは、その理由がわかっていたが、あたかも知らないふりをした。
「ロゼッタ、何て言われたの?」
「説教」
たったそれだけだが、ロゼッタが正直に自分が怒られたことを話してくれたことに動揺した。
「せ、説教って……」
「セリナ、入りなさい!」
「はい!」
アグネスの大きな声に反応し、急いで教室の中へと入った。そしてアグネスがこれまでにないほどの恐ろしい顔でセリナを見ていた。セリナも一瞬凍り付いた。
(うぅぅ、どうしよう……)
セリナもさっきのロゼッタみたいに説教されると思い、縮こまった。しかもそれだけではない。恐らくアグネスが聞きたいのは、自分があの時何をしたのか、ということだ。
アグネスはさっき生徒達の前で巨鴉をダリルと協力して倒したと語っていた。もちろんそれは嘘なのだ。
巨鴉が倒れた瞬間アグネスは確かに倉庫の壁の前で気絶してたし、ダリルだって気絶していた。つまりアグネスが語っていたのは嘘だと、セリナは知っていた。そしてアグネス自身も真実が知りたいはずだ。
(もう、誤魔化すのはやめよう!)
セリナは開き直った。目の前で氷のような冷たい表情で見つめるアグネスをじっと見上げた。
真剣な表情に変え「巨鴉を倒したのは自分です。無茶なことをやって本当に申し訳ございませんでした。結果的に倒せはしましたが、身の程を弁えなかった行動だということは自覚しています。堂々とお叱りを受けます。本当に申し訳ございませんでした」と言おうと決心した。
だが、アグネスはそんなセリナの心中を察したかのように、異様に優しい声で語りかけた。
「セリナ、お疲れ様。そしてありがとうね」
「へ?」
セリナは呆気に取られた。まさかアグネスからそんな言葉が出てくるとは、思いもよらなかった。
「せ、先生……あの、私……」
「言いたいことはわかります。そして私も既に知っています。あなたが何をしたのか」
「え、えぇと、それはつまり……」
「もちろん手放しで喜べるものではありませんよ。あくまで結果論ですからね」
「はい、重々承知です。ですので私は……」
「セリナ、これ以上私からは言うことはありません。ただ……」
「え?」
「私だけではなく、直接全員に説明と披露をしてもらわねばなりません。もしかしたら、ただ説教したほうがマシかもしれませんが」
「あ、あの、さっきから何の話をしてるんです?」
するとアグネスは、両手の人差し指と親指をひし形に囲んだ。それは写経の術の構えだ。その構えを見て、アグネスが何をしようとしたのかも察した。
「セリナ、手を出して」
「はい」
セリナも同様の構えをして、顔の前に両手をかざした。そしてアグネスはセリナが囲んだひし形に自身のひし形を重ねた。
ひし形とひし形の間で強烈な光が放たれた。そしてセリナの脳内に一つの地図が浮かびだされた。その地図は魔導学園の中央の大校舎の地図で、ある部屋までの経路を示していた。セリナも行ったことはない部屋だが、その部屋の名前を見て目を疑った。
「こ、ここって……」
「明日の朝、そこに来て。あなただけ申し訳ないけど、午前中の授業は休んでもらうわ。じゃあ今日はもう戻って」
そこまで言うと、アグネスが先に教室を出た。本当に戻っていいとのことだが、未だにセリナは気になってしょうがない。一体全体、なぜ自分が明日の朝そこに行かなければいけないのか。
(どうして……生徒会室なんかに?)
セリナにはまだわからなかった。将軍級の災魔を下級生が倒せてしまった、本当の意味することを。
第37話ご覧いただきありがとうございます。次回でまた登場人物が2人ほど増えます。セリナの能力の真相にも触れられます。
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