第36話 巨鴉を倒したのは誰
2021年11月28日編集
縛り(タイドアップ)の部分のルビがうまく出来ていなかったので訂正します。
⇒魔力拘束具とします
医務室の入口の前に2人の女性教師が立っていた。アグネスとソニア、2人が窓越しに室内を覗いていた。
彼女らの視線の先には、ベッドに横たわっていたトールの姿があった。そのトールは何やら、巨大なガラスの筒に包まれ、その周りには複数の白衣を着た魔導士の姿があった。そしてバーバラが真剣な表情でトールを見つめていた。
「去年は精鋭級2体も出てきたけど、モニカっていう優等生がいたから難なく片付いちゃったのよね」
「今年も精鋭級だったら生徒達に相手させようと思ったんだけど、まさかの将軍級とはね。生徒会長も真っ青な表情してたわ」
「ロゼッタも随分物知りよね、確か王立図書館に長い間通ってたんでしょ?」
アグネスとソニアの会話は、部屋から疲れた表情で出てきたバーバラによって遮られた。
「お疲れ様、どうだった?」
「体調の方は問題ないわ、順調に回復してる。ただ……」
「邪気よね、問題は」
「解邪気薬5錠ほど投与したけど、効果なしね」
「もしかして、なかったの?」
「そういうわけじゃないわ、というかもっと面倒……」
バーバラは深刻な表情を浮かべた。アグネスとソニアも嫌な予感がした。
「詳細な検査結果はまだだけど、今のところの暫定は……」
バーバラは言葉にせず、筆で残っていた邪気の量を数字で書いて2人に示した。アグネスとソニアもその数字の大きさに驚く。
「9万って、そんなに!?」
「嘘でしょ、もしかして彼……」
「だいぶ長い間憑かれてたのね、恐らく数か月くらい」
「アグネス、何か心当たりあるんじゃない?」
アグネスはしばらく間を置いた。そして入学試験成績表を見ながら答えた。
「彼の中学時代の成績表も見たけど、とても試験を突破できるとは思えない」
「ってことは、その時から?」
「確かに、入学試験は筆とか使わないからね、素の実力を測るために。だけど……」
ソニアはここで自身の魔導筆を手に取った。「この魔導筆のおかげで、憑りつこうともそれを暴けるわ。そのための装置なんだから……」
「本来、それは午前中の授業でわかるはずだけど……」
「ごめんなさい、私のせいよ」
「その頃から彼の体調悪かったの?」
「ただの体調不良だと思ったから、だけどまさか憑依だったなんて……」
「過ぎたことはしょうがなわいわ。今はそんなことより……」
バーバラは最優先で解決すべき問題を再認識させた。
「どうやって、邪気を完全除去するか、でしょ?」
「正直これだけの量だと、解邪気薬100錠くらい投与しないと」
「ちょっと待って並の魔導士が、そんなに投与されたら……」
「……」
バーバラは黙っていた。トールの邪気を除去しようにも、それは彼の体力とも相談しなければいけない。
「でも、ほかに方法があるでしょ?」
「もしかして……」
バーバラもほかの選択肢の存在は知っていた。
「マブーレの秘石ね」
「今在庫は……?」
「ないわ。仮にあってもそこから秘薬を精製するのに一週間かかる」
「そこまで彼の体もつ?」
「わからないけど、取り敢えず手配はしてみるわ」
「一刻を争うってことね……」
「それより、アグネスがまさか大怪我負うだなんてねぇ……」
バーバラがアグネスを蔑んだような目で見た。
「しょうがないじゃないの、将軍級相手に魔力拘束具つけてたらね。結果的に封印できたからいいでしょ?」
「そんなことより、どうしてレベル10以上も出したの?」
バーバラのその質問にソニア、そしてアグネスが思わず目を合わせた。
「今……なんて?」
「攻撃レベル10よ、簡易型レベル測定器見てないの?」
そう言いながらバーバラは左手から、小型の機械装置を取り出した。その機械装置は円形の時計のようになっており、中心から長い針が複数本出ていた。その針の内の一本が10.2の数値の部分で止まっていた。それを見たソニアとアグネスは目を疑った。
「因みに、精密測定班の報告でも10.3は記録してたわ」
「どういうこと……?」
「だから、それを聞きたいのはこっちよ。レベル10以上で攻撃したら、どうなるか知ってるでしょ?核に直撃でもしたら……」
ソニアが黙ってアグネスを向いた。彼女が何らかの真相を知っていると察知したが、アグネスは思わず目を反らした。
「アグネス、どういうことか説明してくれる?」
「……」
アグネスは黙っていた。バーバラとソニアも不審感が拭えない。
「あなたじゃないの、もしかして?」
やはりアグネスは黙っていた。そしてソニアも、バーバラと同様ポケットに入れていた小型の測定器を出した。その数字はやはり同じ値を示していた。
「巨鴉を倒した張本人、じっくり面談しないとね」
セリナ達は教室で一段落ついていた。魔導学園一日目の授業の時間は終わりを迎えようとしている。
恐怖と混乱に満ちた災魔との戦いが今では嘘のように、教室はのどかだった。理由は大多数の生徒が既に校舎内にいたこと、あの惨劇を目の当たりに体験した生徒は数少ない。そして負傷者も少なかった。
アグネスが10分間の休憩を与えていたことが幸いしたのだ。もちろんそれはただの偶然、本来ならもっと多くの生徒が被害にあってもおかしくない。
セリナ達と同様、あの惨劇を目の当たりにした生徒は恐怖に満ちた様子で、周りの生徒らに一部始終を語っていた。そしてセリナ達も一人の男子生徒に同じ話をしていた。その男子生徒はセリナ達が教室に戻る途中で合流したが、まるで何事もなかったかのような表情で「何かあったの?」と聞いて、思わず面食らった。
彼は休憩の最中、熟睡していた男子生徒を校舎内まで運んでいた。だが戻る際、彼の腹具合が悪化し、トイレにずっと籠りっきりになっていた。
「全くホークの奴にはあきれるわね……」
「本当にトイレの中にいても気づかなかったの?」
「仕方ねぇだろ、あそこのトイレ確か座学用の自習室と隣接してて……」
「そうか、自習室って防音の結界張られてるんだっけ」
「それが隣まで広がってたんだ。おかげで外で何が起きていたのかまるでわからねぇ」
「私達が死にかけていたっていうのに……」
「死にかけていたって言われてもなぁ。将軍級ってそんなにヤバい奴……?」
ホークのその言葉に一同強烈な睨みを返す。明らかに空気が読めない発言だったのを、ホークも悟った。
「ご、ごめん。そうだよね、俺も力になっていたら……」
「まぁ、あんたがいても戦力にならないから……」
「はぁ、そこまで言うことないだろ。俺だって災魔倒したことあんだぜ!」
「何級よ?」
「へ、兵士級……」
その言葉にセリナ達は愕然とした。
「兵士級って、あんたマジで言ってんの?」
「け、けっこう強かったぜ……」
「兵士級の上が将軍級、じゃないからね」
「兵士級の上は……精鋭級だろ?」
「その精鋭級と将軍級じゃ天と地ほどの差があるのよ、中学で履修済みでしょ」
その言葉にホークも絶句した。自分がいかに頓珍漢な発言をしたかを思い知った。
「す、すまねぇ。俺馬鹿で……」
「べ、別に気にしなくていいから。それよりホーク、ザックスはどうしたの?」
「あいつならまだ熟睡中だよ」
「うわ、まだ寝てんの?」
「さっきロゼッタに聞いたら、後1時間は起きないって言われたよ。まぁ、筋力馬鹿だから仕方ねぇ」
「筋力馬鹿って……」
「そのロゼッタも熟睡中だけど……」
ロゼッタがセリナ達の席の隣で、机に畳んだタオルを置いて枕代わりにし、熟睡していた。セリナはどうして彼女が熟睡していたか嫌というほどわかった。
「彼女、さっきの戦いで大活躍したから……」
「消費の激しい魔盾連発したら、そうなるよ。仕方ないわ」
「正直、いろいろと聞きたかったけど……」
「ロゼッタって何か知ってんの?」
「彼女、憑依についても知ってたわ。トールから巨鴉が出てきた時も、それほど動じなかった」
「まぁ、元々人形みたいな顔しているから」
「オルハですら、知らないのよね?」
「憑依っていう単語は初めて聞くわ、だけど……」
「だけど……何?」
第36話ご覧いただきありがとうございます。簡易型レベル測定器は、1日で魔術の攻撃レベルを最大50回測定できる装置です。1日経つと全ての針が元の位置に戻されます。
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