第33話 陽動作戦
「こ、こんなことって……」
「嘘でしょ、アグネス……先生が」
「ま、まだ死んだって決まったわけじゃ……」
「ど、どうすればいいの?」
セリナ達は動揺するしかなかった。もはや模擬戦どころの話ではない。誰が優勝するとか、さっきまで悠長に話し合っていたのが嘘のようだ。しかしミリアだけは一人冷静だった。
「どうするもこうするもないでしょ!私達にできることって言ったら……」
「ミリア、何か策があるの?」
「今から急いで、応援を呼びに行くの!」
ミリアの提案は確かに名案だった。しかしその提案にセリナだけは反対した。
「まだ避難できていない生徒がいるわ。彼らを放っておけない!」
そう言いつつ、セリナはアグネスがぶつかった倉庫を指差した。その倉庫の窓の中に逃げ遅れた生徒らが、不安げな顔のまま隠れている。その中にレイリスの姿もあった。
「だからって……私達に相手できるわけ……」
「セリナ、あんたの気持ちはわかるけど……」
「ロゼッタとフィガロ、あの二人がなんとか時間を稼いでくれるわ。だから……」
その時だった。なんと既に逃げていた生徒の一部が戻ってきた。それだけではなく、あろうことか巨鴉相手に攻撃術を仕掛けている。
「お前ら、早く逃げろー!!」
「俺達が引き寄せる、だから今の内に!!」
どうやらセリナと同じ気持ちの生徒はほかにもいたのだ。自分達が囮になり、その隙に生徒達を安全に避難させる作戦だ。カティアとミリアが思わず唖然とした。
「あの子たち……」
「なんて度胸!」
もちろんそれを見たセリナも黙っているハズがない。その生徒達の元へ急いで駆け寄った。
「あぁ、セリナ!!」
「もう、あの子まで!!」
「私も行くわ!」
なんとオルハまでセリナに同調してついて行った。
「私達はどうするの?」
「どうするって……」
男子生徒達が必死に巨鴉を引き寄せる。彼らの攻撃術に反応した巨鴉も黙ってはいなかった。すかさず口から炎を吐き出し、反撃した。
「危ない!!」
「怯むな、水球で応戦だ!」
生徒が放った水球は巨鴉の炎を掻き消した。しかしそれならばと、巨鴉はもう一段階上の威力を誇るであろう炎を吐き出した。
「くそ、今度のはデカいぞ!!」
「狼狽えんじゃねぇ、あれしきどうってこと!!」
だが次はそうはいかなかった。生徒らが放った水球は多少炎の威力と速度を弱めた程度に過ぎず、降りかかろうとしていた。
「マジかよ!?」
「水盾!!」
その時、生徒らの前に女子生徒が立ちはだかった。その水盾に被せるように、自らも魔盾を張り、炎を完全に防いだ。
「あ、あんたは!?」
「セリナ……さん!?」
「あなた達大丈夫!?」
セリナは真っ先に生徒らの身を案じた。その質問に戸惑いながらも返事をしたが、セリナは一歩前に出て自らを巨鴉に注目させた。
「ここは私が引き受ける。あなた達、急いで校舎に行って応援を呼んできて!」
「それはいいが、あんた一人で!?」
「一人じゃないわ!」
その時もう一人の女子生徒の声が聞こえた。セリナが振り返るや否や、その女子生徒はすかさずセリナに治癒術をかけた。
「オルハ!?」
「もう模擬戦とかないからね」
オルハの治癒術のおかげで、減っていた体力と魔力も回復した。そしてそこに二人の女子生徒も駆け付けた。
「カティア、ミリア!」
「もう、あんたったら……」
「あとで、虹色焼きパンおごってね!」
「ミリア、治癒は?」
二人とも筆を構え、戦闘準備は万端だ。だが明らかに疲れが出ていたミリアはなぜか全快している。
「こんな時のためにとっておいたの!」
服の内ポケットから取り出した空の小瓶を見せたが、セリナには意味不明だった。だがそんなことを気にしている場合ではない。
巨鴉は再び口から炎を吐き出そうとしていた。
「カティア、わかってるよね?」
「わかってる、私の水盾で防いで……」
「私が回復させるわ!」
「いや、待ってオルハは……」
ここでセリナがある大事な作戦を思いついた。
「オルハは、先生を治癒して!」
「えぇ、そんな……」
オルハもセリナの言いたいことはわかっていた。アグネスもまだ死んだと決まったわけではない。気を失っているだけかもしれない。しかし、自分達が立っている場所から倉庫までの距離は100メートル近く離れ、その間に巨鴉が立っている。
「私達があいつを引き付けるから、オルハは隙をついて全速力で走って!」
オルハは躊躇っている。だがセリナの主張にカティアも同調した。
「今の状況で一番戦力になるのは、間違いなく先生よ。だから……」
「わかったわ。ちゃんと引き付けてね!」
「任せてよ、私も中学時代は災魔倒したことあるわ、精鋭級だけど」
ミリアのその言葉はほかの3人にとって心強いのかどうかわからなかった。直後、巨鴉の口から夥しい量の炎が吐き出された。カティアが全力で水盾を張った。4人全員を覆い尽くすほどの量とあまりの火力に圧倒されたが、その炎は水盾によって防がれた。
「ぐぅうう、あ、熱い……」
「カティア、頑張って!!」
「喰らえええええ!!」
ミリアが、脇から飛び出し、全力で火柱を10メートル先にいた巨鴉に向けて放った。が、胴体に直撃させるも巨鴉はまるで動じなかった。
「そんな……」
動揺するミリアへ巨鴉の視線が移動する。今度の標的は決まった。巨鴉は長い腕を上空に伸ばし、ミリアに叩きつけようとしていた。
「ミリア、危ない!!」
だが巨鴉は攻撃しなかった。ミリアの右前方、フィガロが巨鴉の腰めがけ強烈な土球をぶつけ、注意を反らしていた。
「お前の相手は俺だ、かかって来い!」
「フィガロ!!」
「ミリア、俺が盾で防御する。構わず攻撃し続けろ!」
「わかったわ」
今度はフィガロとミリアによる連携が始まった。その言葉通り、フィガロが石盾を張り巡らし、ミリアがその横からひたすら火球で応戦していた。
「私もいるわよ!」
その光景を見てカティアも加勢する、水球をひたすら浴びせた。複数からの攻撃にさすがの巨鴉も巨大な翼で体を覆い、防御態勢に入った。
「効いてるぞ、これなら行ける!」
「オルハ、今がチャンス!」
「わかってる!」
オルハが全速力でアグネスの元へ向かった。そしてセリナも攻撃術を放とうと、筆を構えた。
(怖がらないで私……集中して……あの巨鴉を……倒す!)
だがここでセリナはあることに気づいた。いや、正確には気づきたくなかった事実だ。
(待てよ、あの災魔の正体って……)
第33話ご覧いただきありがとうございます。捕捉しますと、ミリアが取り出した小瓶は回復薬です。次回でいよいよ決着!
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