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Prisoners  作者: 水原渉
6/17

 翌日の昼過ぎ、戦いが終わってから初めてユウナたちは施設の庭に集められた。

 ユウナはまずサレイナとの再会を喜んだ。サレイナもまたユウナを見ると、嬉しそうに顔を綻ばせて少女の身体を抱きしめた。

「よかった、ユウナ。無事だったのね!」

「うん。サレイナも無事でよかった」

 ユウナが言うと、サレイナは曖昧な微笑みを浮かべた。

「結局、ほとんど何もできなかったわ。一人だけ黒い服を着た男を見かけたけど、足がすくんで動けなかったし。その人は私に気付かずに行っちゃったわ」

 いたずらっぽく笑ったが、その表情には悲しみの色が見て取れた。

 もちろん、サレイナは人殺しなどしたくない。けれど、人殺しができない者を、タンズィは必要としていない。

 サレイナの心境を察して、ユウナは自分のことは曖昧に誤魔化した。

 あれからユウナは、さらに二人の黒ずくめと対峙し、その内の一人を撃退した。結局二人を自らの手で殺したのだが、ユウナは何の感慨も沸かなかった。

 仲間や仲間の家族を殺す時は、罪悪感や倫理観に押し潰されそうになるが、自分とはまったく無縁の、しかも自らに害を為す存在を相手にした時、ユウナは自分でも驚くほど平気に対処できたのだ。

 サレイナがどういう環境で生まれ育ったのか、ユウナは知らない。この施設では、どれだけ仲が良くてもあまり過去を話したりしないのだ。

 けれど、人の物を盗み、他人を犠牲にすることで命をつないできたユウナは、本質的にサレイナとは違うのだ。

 ユウナは施設に入れられてから、何度も何度も自らの運命を嘆いたが、サレイナよりはましなのかも知れないと、この時強く思った。

 二人で並んで辺りを見回すと、そこには20人ほどの魔法使いがいるだけで、昨夜より明らかに数が減っていた。一部の者は二人のように再会を喜んでいたが、ほとんどが皆悲しみに沈み込んでいる。

 ユウナは同室者の姿を探したが、ユウナに気が付いてやってきたアイバールの言葉に、思わず息が止まった。

「ユウナ。スーミが死んだ」

「……え?」

 呆然となったのはユウナだけではない。サレイナもしばらく膝を震わせてから、ぺたんと地面に座り込んでしまった。

 アイバールはもう昨夜泣けるだけ泣いたのだろう。真っ赤に腫れた目を地面に落として、悔しそうに唇を噛んだ。

「スーミは俺と一緒に戦っていたんだ。だけど、奴らの毒を受けて……。スーミはもう自分で“解毒”を使えないほど弱っていた。俺は……」

「わかったわ。もういい」

 アイバールには“解毒”を使うことができない。ユウナはアイバールの肩を抱きしめ、首を振った。

「あなたが悪いんじゃないわ。あなただけでも生き延びたんだもん。それを喜ばなくちゃ……」

 ユウナの優しさが胸を打ったのか、アイバールは地面に崩れ落ちると大きな声で泣き出した。

「俺が死ねばよかったんだ! どうせいつか殺される俺が死ねばよかったんだ!」

 ユウナは何も言えずに唇を噛みしめた。アイバールから目を逸らすように周囲を見回すと、他にもよく話していた仲間や、新しく入ってきたヨィリーの姿もなくなっていることに気が付いた。

「みんな死んでいく……」

 彼らとは出会って半年だったが、半年間毎日顔を合わせ、一緒に苦しい鍛錬に堪えてきたのだ。

 ユウナは空を仰いで目を閉じた。

 一筋の涙が頬に煌いた。


 タンズィが現れたのは夕方になってからだった。

 ユウナは、「誰よりも先にこいつが死ねばよかったのに」と思ったが、決して顔には出さなかった。そう思ったのはユウナだけではないだろう。

 タンズィは真っ先にユウナたちの労をねぎらい、次いで戦死した魔法使いに哀悼を捧げた。

 ユウナはこの男が誰かのために哀悼を捧げるのが意外に思えたが、役に立たない魔法使いを自ら殺すのとはわけが違うのだ。せっかくこれまで育ててきた戦士を殺されて、この男もこの男なりに悔しい思いをしたのだろう。

 ユウナのその予想は当たっており、いつかユウナが逆らった時に仲間の少年を殺したように、タンズィは鬱憤を晴らす術を用意していた。

「実は、無理を言って面白いものを借りてきたんだ。お前たち、全員ついて来い」

 残忍な笑みを浮かべて、タンズィは歩き始めた。行き先は特別室だった。

 中に入ると、柱には一人の女性が全裸で縛り付けられていた。身体には鞭で打たれた跡があり、ぐったりして頭を垂れている。

 昨夜捕えた暗殺者の一人だろう。女性はドアの開く音に顔を上げた。口には輪のようなものが填められ、声は出せるが舌を噛めないようにされている。

 まだ若い女性で、さらりとした朱色の髪が印象的だった。恐怖に震え、怯えた表情の女性の姿に、ユウナは思わず目を背けた。

 タンズィが言った。

「昨夜の暗殺者の生き残りの一人だ。他の者は拷問室で自白させているが、こいつだけここに連れてきた。何故かわかるか?」

 もちろん、憂さ晴らしをするためだとユウナは思ったが、理由は必ずしもそれだけではなかった。

 タンズィは木の棒を取ると、それで女性の腹を強く殴った。女性は呻き声を上げて、身をよじる。口を閉じることができないので、顎や胸は唾液まみれになっていた。

「こいつも含めて、昨夜襲撃してきた連中は、全員自殺を躊躇しなかった。お前たちにその勇気があるか? 国のために命を捨てられるか?」

 タンズィは何度も何度も女性の腹を殴り付けた。やがて女性が気を失うと、タンズィはノーシュに命令し、女性に“治癒”の魔法を使った。

「お前たちは強い。だが、精神的に弱すぎる。特にサレイナ、お前だ」

 名指しで呼ばれて、サレイナは可哀想なほど怯えて目を閉じた。ユウナはそんな少女の肩をそっと抱いた。

「捕まった暗殺者は拷問されて、自白したら殺される。ただそれだけだ。よく覚えておけ。サレイナ!」

 強い語調で呼ばれて、サレイナは一歩前に出た。タンズィはサレイナにナイフを渡すと、それで死なない程度に女性の腹を裂くよう命じた。

 サレイナはガクガク震えながら、女性の前に立った。サレイナと目が合うと、女性は哀願するような顔をした。

「お願いだから、もう殺して……」

 女性の声を聞いて、サレイナは目を逸らせてナイフと女性の白い腹部を交互に見る。ナイフを持つ手も哀れなほど震えていた。

「早くしないか。それとも、お前が腹を裂かれるか? ユウナにやらせてもいいぞ?」

 サレイナはその脅しに、一度ユウナを見てから、意を決したように女性の腹にナイフを当てた。自分の腹を裂かれるのも嫌だったし、ユウナにそんな残酷なことはさせられない。

 ずぶりとナイフを埋めると、女性が苦痛の呻き声を上げた。口元から唾液がサレイナの腕にポタポタと滴り落ちる。

 まるで魚を下ろすようにナイフで腹の肉を裂くと、そこから血と透明な肉汁がたらたらと流れ、太股を朱に染めた。

 サレイナは役目を終えてナイフを取り落とし、膝をついて荒い息を漏らした。額には汗が滲み、目からは涙がこぼれ落ちる。

 けれど、もちろんその程度で済ませるほどタンズィは甘くはなかった。この男はサディストなのだ。ユウナは溜め息をついて友達と捕虜の女性から目を逸らせた。

 タンズィはサレイナの手をつかみ、無理矢理立たせると、その手を傷口から女性の腹の中に押し込んだ。女性が絶叫して身をよじる。肌には汗の玉が無数に浮かび上がっていた。

 タンズィはさらにサレイナの手で女性の内臓をかき回し、傷口から腸を引きずり出した。

 見ていた魔法使いたちの間に呻き声が漏れる。もちろん、サレイナが堪えられるはずがなかった。

 サレイナは膝をついて、女性の細く赤黒い腸を握ったまま激しく嘔吐して倒れ込んだ。その拍子に腸が勢いよく引っ張られ、女性はもう一度絶叫して気を失った。

「やれやれ」

 タンズィはあきらめたように首を振ると、鋭い目でユウナを睨み付けた。

「ユウナ。腸を腹の中に戻してこいつを治してやれ。お前の魔力なら治せるだろう」

 ユウナはそのまま女性を死なせてやりたいと思ったが、タンズィに逆らうのがどれだけ危険なことであるか、半年前に大きな犠牲を払って知っていたので、言われるままサレイナの隣に立った。

 そして女性のぶよぶよした腸を素手で握ると、それを女性の体内に押し戻す。もちろん、ユウナとて平気ではなかった。

 すでに喉まで胃液が込み上げていたが、ここで吐けばまたタンズィが悦ぶだけだ。ユウナはそれだけはすまいと、苦しげな表情で胃液を奥に押し戻した。

 “治癒”の魔法をかけ、女性に意識を戻させると、そのままタンズィはユウナにナイフを手渡した。

「同じことをお前がしろ」

 ちらりとサレイナを見ると、少女は口の周りを汚したまま、申し訳なさそうにユウナを見上げて泣いていた。ユウナはにっこりと微笑んで、小さな声で「いいのよ」と言った。

 ユウナはナイフでできるだけ女性の腹部の上の方を裂き、その中に手を差し込んだ。女性が悲痛な叫び声を上げるが、ユウナはなるべくそれを聞かないようにした。

(これで終わりにしてあげるから、もう少し我慢して……)

 ユウナは突き入れた手を、真っ直ぐ上に持っていった。胃袋や肺や骨が手に当たり、ユウナはその生々しい感触に少しだけ吐いた。

 それでも気を取り直して手首まで腕を突き入れると、ようやく指先が女性の心臓に触れた。

 ぐずぐずしてはいられない。

 ユウナはさらに手を突っ込み、女性の心臓をつかんだ。脈打つ感触が手の平から伝わってくる。ユウナの行動に気が付いたタンズィが驚いて声を上げた。

「ユウナ、お前何をしている!」

 けれど、言い終わった時、すでに鍛えられて力を付けたユウナの右手は、女性の心臓を握り潰していた。

 女性は口から大量の血を吐き、最後の息を漏らすと、そのまま白目を剥いて頭をだらりと垂れ下げた。

 ユウナはあまりの気色悪さに、つい心臓を握りしめたまま腕を引き抜いてしまった。

 ぶちぶちと血管や内臓が千切れ、それが女性の体内から引きずり出された時、魔法使いたちは嘔吐し、タンズィですら思わず目を背けた。

「ユウナ、お前……」

 タンズィが再びユウナを睨み付けた時、少女はすでにその声を聞ける状態になかった。

 胃液の後に口から真っ赤な血をごぼっと吐き出すと、ユウナは真っ青な顔で崩れ落ちた。べちゃっと嫌な音を立てて、ユウナの顔が女性の血と肉片にまみれる。

「ユウナ!」

 サレイナが叫び声を上げ、ユウナの身体を抱え上げると、その顔を服で拭き取り、“治癒”の魔法をかけた。

 特別室はむせ返るような血の匂いとすえた胃液の匂いが充満し、魔法使いたちの泣き叫ぶ声が引っ切りなしに上がっていた。

 地獄というのがあるならば、恐らくこういう場所なのだろう。そして、この部屋はいつもこんなふうだ。

 サレイナの胸の中で意識を取り戻したユウナは、目を閉じたままそんなことを考えていた。

 タンズィは一度舌打ちをすると、さすがに気分が悪くなったのか、軽く口元を押さえて出て行った。

 残された者たちはいつまでも泣き続けていた。


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