【09】始まりの街(2)
冒険者ギルドの猫耳受付嬢にドン引きされつつも、諸々の手続きを終えて内門の中に入ることに成功した赤池。
しかし、ギルドで依頼を受けようにも、取り急ぎいくら稼げばいいか全くわからなかったため、まずは宿屋や食堂などを見て回ることにしたのだった。
「ふむふむ…ふーん、食べ物は前の世界と同じみたいだなぁ。今の時期にリンゴが“100銅”ってことは、“銅”は円と同じくらいってことか?で、何桁目かで単位が“銀”になると…なるほどな。」
基本的に勉強とか苦手な赤池だが、漫画やゲームは大好きなため、この手のルールを飲み込むのは意外と得意というか、野生の勘が働くというか、とにかく意外にも適応能力は異常に高かった。
「んー…結局のところ、食事と宿で一日1銀(約1万円)は欲しい感じだなー。でも…素手で?いやいや~、いくら俺の潜在能力が尋常じゃなくても、いきなり素手でモンスターと戦うってのは戸惑うなぁ。さて、どうしたものか…」
街を一回りし、大体の相場はわかったものの、手持ちがゼロで武器も防具も無い現状の危うさにようやく気付き、赤池は途方に暮れてしまった。
「よぉ兄ちゃん、どうしたよ?困りごとかい?」
困り果てた赤池が噴水の脇でへたりこんでいると、いかにも胡散臭い、そして体臭はもっと臭い髭面の小汚ないオッサンが話しかけてきた。
「新顔だな兄ちゃん。見たとこ金がなくて困ってるようだ。助けが要るんじゃねぇか?」
「あ、わかる?俺は赤池。アンタは?」
「俺かい?俺は『ドクシゲ』。ただの呑んだくれだが、お前さんよりゃ色々知ってる。どうだい兄ちゃん、取り引きといかねぇか?」
ドクシゲと名乗る怪しいオッサンは、舐め回すように赤池の全身をジロジロ見ている。
「ご、ごめんオッサン、俺まだ男はちょっと…」
「いや、そういうんじゃねーよ!服だよ服!その珍しい服を俺に売る気はねぇかって話!つーかなんだ、そのちょっと待ったら意外とイケちゃいそうな感じは!?」
「あー、服ね。そういやその手の反応も異世界ものの定番だなー。やっぱ珍しい?高く売れそう?」
「ああ。俺ならその上着だけで5銀(約5万円)は出すね。」
「えっ、こんな古着屋で2千円で買ったジャケットが!?売る売る売っちゃう!」
「おっ、いいねぇ。決断早ぇ奴は女にモテるぜ?ヘヘッ、まいどー。」
赤池は安物のジャケットを売り払った。
赤池は5銀を手に入れた。
「んじゃ、俺は行くぜ。達者でな兄ちゃん。」
足早に立ち去ろうとするドクシゲ。
だがその時、背後から彼を呼び止める声が聞こえた。
「おいオッサン、ちょっと待ちな。」
「…あん?」
ドクシゲと赤池が振り返ると、そこにはターバン的なものを目深に被った怪しげな男が立っていた。
「気をつけな旅の人、このオッサン…とんだ嘘つき野郎だぜ?」
「な、なんだ、テメェ!この俺にイチャモン付けようってのかぁ!?」
いきなり嘘つき呼ばわりされ、ブチ切れるドクシゲ。
すると謎の男はドクシゲが赤池から買ったジャケットを指差した。
「じゃあそれはなんだ?さっきからポケットん中でブルブルいってるそれだよ。アンタのお目当ては、最初からそれだったんじゃないのか?」
「なっ、ぬぐぐっ…!」
男に図星を付かれた様子のドクシゲ。
いきなりのことに話についていけていなかった赤池だが、やっと事態を察したようだ。
「あっ…アラーム!?スマホか!なるほど、時計とか写真とか色々見てたのを見られてたのかー。んで、服ごと手に入れようと…」
「…チッ、バレちまっちゃ仕方ねぇ。ヘイヘイ返すよ返しゃいいんだろ!?」
嘘がバレ、開き直って悪態をつくドクシゲ。
だが赤池の口から出たのは意外な言葉だった。
「んー、まぁいいよそれも付けるよ。一回売ったもんだしね。」
「えっ…?」
驚くドクシゲと謎の男。
「い、いいのかよ兄ちゃん…?」
「んー、どうせ電波も無いし充電切れたら終わりだし。俺にはもう必要無いから、欲しい人が持ってればいいんじゃね?んで、また何かあったら助けてほしいな。」
「…ヘヘッ!面白ぇ兄ちゃんだ、気に入った。この借りはいつか返すぜ、また会おう!」
ドクシゲは意気揚々と去っていった。
「あー、なんかゴメンな無駄足踏ませて。ありがとね謎ターバンの人。」
「ん?まぁ問題無かったんならそれでいいさ。むしろこっちこそ余計なお節介だったかな?じゃあ俺は…」
謎の男もその場を去ろうとした。
だが赤池が強引に引き留めた。
「いやいや、ちょっと待ってよ謎ターバンの人。これからこの金で色々買いに行きたいんだけど、さっきの調子で助けてくんない?」
「ハァ!?なんで俺がそんな…」
「俺、面倒見のいい人は嫌いじゃないんだよ。」
「いや、それ面倒見てもらうつもりの奴が言うセリフじゃねぇだろ!お前一体…」
「まぁいいじゃんか、どうせ暇だし俺。」
「だからなんで自分を基準に…って、ちょっ、引っ張んなよ取れ…」
赤池が引っ張ったせいでターバンが取れ、男の素顔が明らかになった。
「なっ、お前…その顔は…!」
その顔を見て赤池は驚愕した。なぜなら彼の顔は、遠い世界にいるはずの親友…植田と瓜二つだったからだ。
メガネが冒険用ゴーグルに変わっただけで、背格好や顔立ちなどはまったくもって植田だった。
「う、うぇ…植田!?植田じゃんか!なんだよーお前も来てたのかよー言えよー!え、どこー?どこにあんのよー?」
いるはずのない植田が現れたことにより、これまでの一連のイベントは手の込んだドッキリだったのだと解釈した赤池は、慌ててカメラを探し始めた。だがもちろんそんなものは見つからない。
そして当然、男の方も何が何だかわかっていなかった。
「あん?違ぇよ間違うんじゃねぇ。俺の名は『ウエイダ』だっての!誰と勘違いしてんだよ?」
「やっぱり植田なんじゃん!なんだよトレードマークの眼鏡はどうしたよー?」
「いや、だからウエダじゃなくてウエイダなんだよ!ウ・エ・イ・ダ!」
「…からの~?」
「いや、変わんねーよ!?」
見た目だけでなくツッコミ属性も似ている謎の男。だが言動を見るにどうやら本当にただ似ているだけの別人らしい。
その後もしばらく疑い続けた赤池だったが、ドッキリならネタばらしするようなタイミングになっても頑なに否定され続けたことで、仕方なく別人説を受け入れることにしたようだ。
「なんだ…植田じゃなかったんだ…そっか…」
「な、なんか悪いな期待させちまったみたいで。まぁ謝るようなことは何もして無いけどさ。」
「んー、まぁいいよ。植田だろうがそうじゃなかろうが、ガッツリ頼る気なのは変わらないし。」
「いや、そこは変われよ!多分だがそのウエダって奴も困ってたと思うぜ?」
「え?じゃあ聞くけど、今日は麺類が食べたいんだよね。」
「って聞けよ!せめて何か聞けよ!なんで今の流れからそう繋げられらんだ!?頭ん中どうなってんだオイ!?」
「知りたい?だったら俺と…友達になろうよ。」
「ぐっ…!」
身の危険を感じたウエイダは慌てて駆け出した。
だが赤池がまとわりついて逃げられない。
「は、離せ!なんか今すぐ逃げないと、今後とんでもないことになる予感が…!」
「さ、とりあえず飯でも行こうぜ。焼き肉とかどうよ?」
「いや行かな…って麺類はどうしたよ!?」
「お、なんかそれっぽい匂い!こっちだ相棒!」
「誰が相棒…ちょ、ちょ待っ…誰かぁーーーー!」
こうして、抵抗虚しく赤池の毒牙にかかってしまったウエイダ。
顔だけでなく性格も似ている彼が、植田と同じ役割を強いられることになる未来は、決して想像に難くなかった。




