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【07】真っ白な空間

「んっ、うぅーー…こ、ここは…?」


 赤池が目を覚ましたのは、どこまでも広く、ただひたすらに真っ白な空間。そしてそこには、いかにも神様っぽい風格を漂わせた、白くながい髪と髭の爺さんが。

 状況からすると、以前植田との話にあった“神様的な存在に説明を受けてから異世界へ旅立つパターン”のようだ。


「おぉ、目覚めたようじゃの赤池君や。」

「え…?あ、アンタは…まさか…!」

「うむ、そうじゃ。お前さんの思う通りじゃよ。」

「マジで…?そっか、ホントにいたんだ…」

「まぁ驚く気持ちもわかる。特にお前さんの国の民は信心深い人間が少な…」

「ホントにいるんだ…語尾に“じゃ”を付ける爺さん。」

「そこか…。やれやれ、なんとかは死んでも治らんとはまさにこのこと。」

「フッ、やめてくれよ照れるぜ。」

「いやいや褒めとらん褒めとらん。お前さん騙されとるぞ、多分過去に誰かに騙されとる。」


 荒畑のお茶目心だった。


「って、ちょっと待ってよ爺さん。“死んでも”って…もしかして俺って…」

「ふむ、驚くのも無理はない。お前さんはトラックに撥ねられて死…」

「…んだかと思いきや、“神様の手違いだった”的な理由で異世界に送ってもらえる例のよくあるパターンってことか!?」

「フッ、さすがの妄想力じゃのぉ。まぁ結果的にはお前さんの期待通りとなるじゃろうがな。」

「…そうか。そうなると…この手のパターンのお約束…“残念ながら元の世界に戻すことはできん”ってわけか…」

「あ~、お前さんとこの書物を見る限り、確かにそのようなケースが多いようじゃが…よく考えてみるがいい、そんなわけないじゃろう?チート能力を授けて異世界にブチ込めるだけの力があるのなら、元の世界に戻すくらいワケないわい。」

「えっ、じゃあ…なんで戻せないとか…?」

「そりゃお前、そうじゃないと…始まらんじゃろ?余程現世に未練がない場合を除けば、普通に生き返って終わってしまうじゃろうが。」

「そんな理由で!?いや、俺が異世界を救うキーマンだからとか…」

「自身が全知全能の神なのに、そんな存在が必要かね?」

「だったら、俺はなんで呼ばれたんだよ…?」

「では聞くが、お前さんは神をどのような存在だと考える?自分が全知全能の神じゃったとしたら、どう過ごすと思う?永劫の時をいかにして過ごす?」

「全知全能…?だったら好き勝手過ごすかな。あー…でも永劫とかなるとどうなんだろ?漫画とかだと、長生きすぎるキャラは段々感情が死んでくというか…ハッ、じゃあまさか…!」

「そう、ただの“暇つぶし”じゃよ。」


 あんまりな真相だった。


「とにかく刺激が足りんでなぁ。あらゆるパターンの暇つぶしを日々考えているわけじゃ。こう言っちゃなんじゃが、神にとって人間なんぞスゴロクの上のコマでしかないんじゃ。」

「そんな…そんなことのために俺は…これから異世界に…」

「不満かね?」

「いや、別にいいや。どうであれ異世界には行けるわけだし。」


 やっぱり細かいことは気にしない主義だった。


「あ、でも…元の世界の俺はどうなったんだ?トラックに撥ねられたわけだから、やっぱあっちではもう…」

「あ~、体はすぐここに回収して修復してしまったからのぉ。あちらでは行方不明扱いになっとるはずじゃ。もう一週間ほど過ぎている頃じゃな。」

「そ、そっか…。じゃあみんな悲しんだだろうな…」

「そのようじゃの。特にあの眼鏡の坊主なんぞは、吐くまで飲んだくれとるわ。」

「へぇ~、あの植田が吐くとか珍しいな。そっか、そんなショックだったのか。」

「いや、ラーメンを。」

「あー。」


 酔ったかどうかの問題じゃなかった。



「とまぁそんなわけで、お前さんには異世界へと旅立ってもらう。じゃがしかし、ワシは神…鬼ではない。それなりの便宜は図らせてもらおう。」

「便宜…とは?」

「ふむ、それはじゃな…」

「測る…つまり重さとか長さの親戚?」

「まさか言葉の意味を聞いておったとはのぉ…。“便宜を図る”とは、まぁお前さんの都合の良いようにするという意味じゃよ。今すぐ元の世界に帰すというのは無しじゃがね。」

「んー、そうだなぁ…だったら旅立つ前に、誰かに伝言を残したいかな。心残りがあるんだ。」

「なるほどのぉ。いいじゃろう、特別に三人の夢枕に立つことを許そう。誰にするかね?」

「三人か…。じゃあ植田と…ヤゴっちと、あとはアッラー…荒ちゃんかな。平針は信じてくれそうにないし。」

「妹は良いのか?日頃から気にかけておったろうに。」

「いや、いいんだ。アイツはちょっとだけ俺に厳しい時があるから、下手するとワン切りされかねない。」

「夢枕をワン切りて。生死不明の状態でもそうなる関係ならもう…いや、皆まで言うまい。」


 ほとんど言っちゃった後だが大丈夫か。


「とはいえ、残念ながら植田君は無理じゃの。まだ眠っておらぬようじゃ。」

「あー、まだラーメン吐いてるってこと?」

「いや、先ほどからピクリとも動かん。」

「それ大丈夫かな?もう少し待ったらアイツもここに来るんじゃ…?」

「つまり“不思議アイテムによる転移”のパターンか…悪くないのぉ。まぁそう簡単には呼ばんがね。」

「んー、植田が駄目となると…じゃあやっぱ平針でいいや。男に頼みたい用件があるんだよ。」

「ふむ…では最初は誰にするかね?やはり…想い人がいいかのぉ?」

「べっ、別にヤゴっちは…その…じゃあヤゴっちで。」

「いいじゃろう。では、行ってくるがいい。」


 神の爺さんは赤池の顔の前に右手をかざした。

 そこで赤池の意識はプツリと途切れた。




「…ち……っち…ヤゴっち!」


 どこからか聞こえる赤池の声。


「んっ、んん…んーー…えっ、その声…アッキー!?」


 飛び起きた八事の目の前に飛び込んできたのは、どこまでも広く、ただひたすらに真っ白な世界。先ほどまで赤池と神がいた空間と、八事の夢の世界を繋げた異空間のようだ。


「そうそう俺。俺だよ俺。」

「えっ…オレオレ詐欺?」

「いや、詐欺じゃないんだ。それ対面でやれる詐欺じゃない。」

「じゃ、じゃあ…生きてるの?生きてたんだねアッキー!」

「あ?あー、俺マジ最強だし。トラックなんて、こう…逆に轢き返すし。」

「イキッてるの!?それとも生きてるのどっち!?」


 基本的に人を疑わない八事は、いつもこんな感じで赤池に惑わされていた。


「本物…?本当にアナタ、アッキーなの…?」

「もちろん本物だよ。ほら、光にかざせば、こう…」

「“透かし”とかあるの!?だったらもう…揺るぎないね。」

「そんな揺るぎない俺、どうよ?」

「うん、揺るぎないと思う。」

「くっ…!」


 赤池は赤池で、八事にまったく想いが伝わらず報われぬ日々を送っていた。


「ま、詳しい事情は言えない約束なんだけど、とにかく心配しないで…待っててほしい。」

「それって噂の…タイやヒラメの…?」

「いや、舞ってなくていい。踊りもしなくていいんだ。」


 そう言うと赤池は、いつになく真剣な表情で続けた。


「や、ヤゴっち…俺、俺は前から…」

「ん?どしたのアッキー?」

「前からキミのことが…」

「えっ…?」



「す、すっ…好きだったんだっ!!」



「ん?ほぉ、そりゃ照れるのぉ。」

「って爺さん!?えっ、なんで!?」


 勇気を振り絞ってやっと想いを告げられたかと思いきや、いつの間にか目の前の人物が入れ替わっていた。どうやら元の場所に戻ってしまったようだ。


「残念ながら時間切れじゃ。惜しかったのぉ赤池君、あと一歩のところで。」

「ち、チクショウ…!なんで…なんでこんな…!」

「なんで…?フフッ、決まっておろうが。その方が面白いからじゃ。」


 爺さんはあまりに暇すぎて、結構性格が歪んでいた。


「では次じゃな。誰にするかね?」

「んー、じゃあ荒ちゃんかな。アイツは話がわかる奴だから。」

「くれぐれも異世界うんぬんの話はせんようにの。どうせ信じてもらえんのじゃ、あまり妙なことを言うと本当にただの夢と思われて終わりじゃぞ。」

「フッ、わかってないな爺さん。アイツに不可能は無い…そう思わせる女の子は、荒ちゃんだけだぜ?」

「どう考えてもお前さんより主人公向きじゃな。人選間違えたかのぉワシ…」




「てなわけで、俺…行くよ、異世界。」

「なんか…さすがだねアッキー、夢の中でもブレないとか。まぁアタシがそう認識してるからってだけなんだろうけど。」


 八事の時と同じように呼び出された荒畑は、赤池の第一声にどこか安堵の表情を見せた。とりあえず何が“てなわけで”なのかを聞かないあたりはさすがだ。


「で?今回はどうやって行くって話?聞かせてよアッキー。」

「フッ、お前もさすがだな荒ちゃん。普通の奴なら信じないらしいぜ?」

「まぁ夢に信じるも信じないもないっしょ?さすがのアタシも最近ちょっと気落ちしてたからさ、楽しい話はウェルカムなんだ~。」

「こっちとしても助かる。ありがとう。」


 だが“信じる”とは一言も言っていない。


「そうだなぁ、じゃあどこから話そうか。俺がトラックに撥ねられた後の話か…」

「どう考えてもそこからっしょ。それ以上に気になる話とか無いわ。」

「それとも俺と植田が初めで出会った日の…“血の新歓コンパ事件”からか?」

「なにそれすんごい気になる。詳しく。」


 こうして時間切れになった。




 その後、なんとか平針にPC破壊の願いだけ伝えることには成功したものの、結局ろくな情報を残せなかった赤池。神の気遣いは空振りに終わったのだった。


「なんか…ごめんな爺さん…折角の心遣いを…」

「いやいや、期待以上に滑稽じゃったよ。十分に楽しめたわい。こりゃあこれから先も期待が持てるのぉ。」


 爺さんは完全に赤池で遊ぶ気だ。


「まぁ頑張るがいい。ワシを楽しませてくれるのならば、元の世界に帰すことも検討してやろう。」

「マジで!?よっしゃーモチベーション上がってきたぜぇー!」

「あぁそうそう、お前さんの能力についてじゃが…」

「おっと、それは聞かないでおくよ。きっとその方が面白い。」

「そうかの?さすがに不安ではないか?面白がってる余裕は…」

「いや、見てる側は。」

「それ採用。ナイスな意見ゆえ褒美をくれてやろう。」


 爺さんは謎の袋を取り出した。


「こ、これって…まさか…!?」

「そう、『アイテムボックス』じゃ。」

「出たアイテムボックス!なぜか主人公が高確率で持ってるチートアイテム!無限の空間が広がってて、しかも中は時間が止まってたりするやつ!ある意味これだけで無双できる気も…。でもなんでみんな持ってるんだろ?」

「そりゃあお前さん、武器や食糧やらを数日間の冒険に足りるほど持って歩こうとしたら…大変じゃろ?途中でドロップアイテムやらも増えるし、どう考えても大荷物になる。そういうのを、考えたくないからじゃよ。コミカライズされた時は作画も大変じゃしな。」


 爺さんは業界関係者か何かか。


「あと、他にも適当に便利な力をくれてやろう。想像を超えてくれることを期待しとるよ赤池君。」

「ああ、任せてよ。次に会う時は俺の名場面集でも見ながら酒でも飲もうぜ。録画とかできるよね?」

「フォフォフォ、そりゃ楽しみじゃ。ガッツリ編集しておくわい。」

「んじゃ、行ってくるよ爺さん。」

「うむ、楽しんでおいで。」


 こうして赤池は異世界へと旅立った。

 そして、爺さんの期待を裏切らない活躍をすることになる。

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