【04】備えあれど憂いあり
「俺、思ったんだ。異世界に行けるとか行けないとか、今は…そんなこと考えてる場合じゃないんだって。」
そこはいつもの学食。だが赤池の口から出たのは、いつもとは違うまともなセリフ。
逆にいつもクールな植田は思わず鼻から茶を噴いた。
「なっ…おぉ良かった、やっと現実を見る気になったか赤池!」
「うん。だってほら、ああいうのってやっぱ突然じゃん?こうしてる今この時に呼ばれてもおかしくないわけじゃん?だったらもう、一刻も早く行った後のこと考えるべきだよなって。」
「いつものことながら…こうも噛み合わないか…」
植田は一瞬喜んだ自分を恥じた。
「で、だ。今回はなんだかんだで急に異世界に飛び込んじゃった時にどうすべきかを考えたいんだよ。」
「かなり漠然としてるな…。まぁそもそもが雲を掴むような話だし、そんなもんかもな。」
植田は諦めて考察タイムに入ることにした。
「じゃあ決めてくれ赤池。今回は…“気付いたら森の中にいた”で考えるか、それとも“神様的な存在に説明を受けてから”がいいか、どうする?」
「んー、まぁ説明があると思ってて実際無かったらその時に困るし、今回はいきなり森パターンで頼む。神様パターンはまた今度な。」
「そうか、また今度があるんだな…」
「まぁ俺が異世界に行くまではな。」
「なんかちょっとモチベーション上がってきたわ。そうかその手があったか。」
もはや早く現世から追い出すしかなかった。
「でもさ植田、なんで『転移』の場合の出現地点って森とか荒野なんだろうな。」
「んー、やっぱ人気の無い所ってなるとそうなるんじゃないか?街中にいきなり人が出てきたら大騒ぎだろ。いきなり目立っちゃうし。出てくるのが見られていいのは『召喚』の場合だけだと思う。」
「なるほどな。じゃあまずはどうしようか?やっぱ近場の村とか探すのか?」
「そのパターンもあるし、まずモンスターとかモンスターに襲われてる誰かと遭遇するってパターンもあるよな。だがしかし、なにより先に確認しときたいのが…」
「ステータスウィンドウ!」
「それな。かなりの確率で見るよなステータス。主人公みんな適応力高過ぎだと思う。」
「ん?なんだこれ…ランク…S?」
「そうかそっち選んだか。最初から既にランクが異常に高いやつな。逆に“最弱”を謳うパターンもあるが、結局ガンガン強くなってくから最終的には同じって印象だわ。あとは実際最強なんだが周りに対しては隠ぺいするパターンも多いよな。」
「なんかたくさんスキルがあるな…。おっ、“鑑定”か…これは使えそうだな。」
「出た鑑定スキル。かなりの作品で見かけるやつ。」
「でもなんでだろ?なんでも鑑定団の差し金かな?」
「いや、そんな異世界にまで影響力のある組織じゃないだろ。んー、やっぱわかりやすい説明が無いと不安だからじゃないか?ただでさえ世界のこと何も知らないわけだし。」
「ハァ?考え甘いだろー。社会に出たらそうはいかない時もきっとあるじゃん?時には自分で考えて、失敗と挫折を繰り返してやっと理解できることもあると思うんだよ。楽して知ろうとか甘すぎじゃね?」
「まぁその社会に出たくなくて異世界目指してる奴が言っていいセリフじゃないけどな。」
「さて、状況は少しだけわかった。どうやら俺は異世界に飛ばされたらしい。困ったな、これからどうすれば…おっ?あんなところに街が!」
「村パターンじゃなくて街パターンを選んだか。」
「まぁどっちでもいいんだけど、結局行くじゃん街?そんで行くじゃん『冒険者ギルド』?」
「あー、みんな行くよなギルド。現代で例えるならいきなりハロワ行くような感じだろ?元はニートか社畜SEだと考えると違和感あるよな。誰よりも働きたくないだろうに。」
「植田…わかってないなぁお前は。俺達は別に働きたくないんじゃない!楽なら、別にいいんだ!!」
「どんな精神状態ならそのセリフをそんな上から言えるのかわからんが…とりあえず自分がそっち側だとわかってるようでなによりだわ。」
「まずはギルドで色々教えてもらおう。受付のお姉さん(美人)に話を聞こう。」
「ここで身分証を求められるパターンもあるよな。当然持ってないわけだけど、なんか特殊なアイテムとか魔法とかで発行できて特に問題にならないよな大抵。」
「あのシステムは、こっちの世界にも欲しいよなー。」
「かなりハイレベルな生体認証だもんな。どのくらい細かいことまでわかるかにもよるだろうけどさ。」
「おっ、なんだ貴様…“熟女モノ”とかよく借りるな?」
「地獄じゃないか。プライバシーとか無いのかよ。絶対犯罪率減るわ。逆に自殺率が増えそうだわ。」
「まぁとにかく、俺は冒険者になりたいんだよお姉さん。わかってる、初心者は一番簡単なクエストしか受けられないんだろ?でも俺はチートな能力でサクッとこなしてくるから盛大に驚いてくれ!」
「確かにそうだがそう言っちゃうとあんまりだなオイ。とりあえず自信なさげに旅立っておいて、本来のクエスト対象じゃない大物を仕留めて帰って来て、それを見て驚くギルド連中を前に“ん?これって凄いことなのか?”みたいなリアクションを返すのが正解だと思うぞ。」
「えー。でもさ俺…できれば“やってやったぜー!この俺が最強だぁーー!”って叫びたいタイプなんだけどなー。」
「変に気取ってるよりそっちの方が清々しいと俺も思うけどな。でも敵の渾身の一撃を軽くいなしておいて、“で?”みたいな態度で返すのが異世界もの主人公としてのたしなみなんじゃないかって気がする。」
「確かに…カッコいいもんな。」
「やっぱ好きだったか…。でも実際ああはいかんだろ?いくら実際は強くなってようが頭の中は現代人だぜ?現代の、それも主にインドアで過ごしてた奴がいきなりドラゴンとか筋肉ムキムキのオークなんかと遭遇したら、普通は必殺技の前に盛大に糞尿がほとばしると思うけどな。」
「そうか?俺はワクワクするけど。」
「もしかして今どきはそんな子が多いのかな…?お前みたいにフィクションに染まりすぎて2.5次元を生きてるような感じの奴が。」
「んー、でもなんか植田は植田で偏見ないか?そんなスカした主人公ばっかでもないだろ?」
「まぁ確かに変な偏見あるのかもな~。もちろんちゃんとした主人公もいるのは知ってる。ただなんというか、書いてる奴が重度の中二病患者なのが透けて見えるというか…“混沌”とか“漆黒”みたいな単語が好きそうというか。」
「あー、中学時代のお前みたいな?」
「うぉおおおお!や、やめてくれぇえええ!封印したい黒歴史がぁああああ!」
「お前の漆黒のダーク・ブラック・メモリーが?」
植田もスネに傷を持つ身だった。
「…もう、ここまでにしようか…なんか暑くなってきたし…」
「紅蓮のファイアー・フレイム。」
「喜べ赤池、お前に『転生』のチャンスが訪れそうだぞ。」
「ごめん調子に乗りすぎた。俺まだ死にたくない。」
「転生のきっかけは大抵トラックに轢かれるか過労死って気がするが、たまに怨恨で刺される奴もいる…覚えておくことだな。」
「う、うん…」
植田は目が笑ってない。
「じゃあ気を取り直して話を進めるが…冒険者ギルドに行くってことは、お前の場合は戦闘系スキルを持った冒険者を目指す、って意味だと考えていいのか?」
「ん?そりゃそうだろ。逆に他に何かあるわけ?」
「王道好きのお前のことだからそうだろうとは思ったが、回復系みたいな戦闘補助職もあるじゃん?あとちっとも冒険者っぽくない生産職系の主人公も意外と多い気がする。“栽培”とか“錬金術”みたいなスキル持ってるやつ。俗に言う“スローライフ系”の異世界ものに多いよな。」
「あー、確かにいるわ生産職。やっぱアレかなー。一生冒険者ってわけにもいかないし、手に職つけて人生安泰!ってことなのかなー?」
「どうなんだろうな。結局どっちも“俺スゲー”な展開にはなるわけだが、戦闘系のそれより生産系の方が感情移入しやすいのかも。妄想も広げやすいし。」
「チート発動でなんでも作れるんだもんな。戦闘系だと怖がられちゃうかもだし、そっち系もアリかもしんない。」
「例えばお前なら何つくる?」
「魔王が死んじゃうボタン。」
「お前…“どんな願いでも一つだけ叶えてやる”って言われたら、“願い事の数を無限に増やしてくれ”とか言っちゃうタイプだろ?ルールは守れよある程度のルールはあるんだから。暗黙の。」
「じゃ、じゃあお前だったら何つくるんだよ?科学兵器とか言うのか?」
「んー、どうだろう?やっぱ命が大事だし、防具系かな?回復系のアイテムなんかも捨てがたいな。いや、生きるには食料の方が…」
「お前は“無人島に何か一つ持っていけるなら何にする?”って聞かれたら、したり顔で“ナイフ”とか答えるタイプだろ?」
「ハハッ、馬鹿にするな赤池。ナイフなんかじゃ枝とか切れないぜ?ナタだろ。」
「大差ねーよ意味的には!そういうガチな感じは要らないんだよ!もっとこう、ファンタジーな感じでいいんだ!ファンタジーな話なわけだし!」
「ま、そいういうのはお前に任せるわ。俺は向いてないよ。で?じゃあ生産職でいくのか?」
「んー、でもなぁ…わざわざ自分で作る必要あるかな?持ってけばよくね?スマホとか。」
「あー、現代科学でマウント取りに行くパターンな。大抵の場合、異世界って文明レベル低いもんな。」
「そうそう。なんでこう…折角の異世界なのに街並みとか既視感バリバリなんだろうな。」
「あの隠しきれない“中世ヨーロッパ感”な。特殊なコンセプトがある作品でもない限り、街並みとか全部同じに見えるわ。まぁあんな感じが一番それっぽく見えるから仕方ないんじゃないのかもしれないが。」
「それに俺…やっぱ、戦いたい!『勇者』としての運命から逃げるわけには、いかないんだ!」
「今まさに現実から逃げようとしてる奴のセリフじゃないけどな…みたいなセリフも言い飽きたが、懲りずに言うぞ。それが俺の役目だからな。」
「さて…じゃあそろそろ整理してもらおうか。」
「自分でする気はゼロか…。まぁ余計にこんがらがりそうだから俺がやるが。」
植田は観念してこれまでの話の整理に入った。
そんな植田に注目する赤池、そして例のごとく遠目から見守っているギャラリー達。
「えー…気付いたら見知らぬ森の中にいたお前は、まずは最寄りの街へと向かう。目指すは冒険者ギルド。Sランクのステータスを持つチートなお前は、美人の受付嬢の心配をよそに戦闘系の冒険者として大活躍しつつ、現代から持ち込んだ科学の力なんかもチヤホヤされ、とにかく順風満帆な冒険者生活を送る。そして最終的には見事魔王を倒し、巨乳の王女と結ばれてめでたしめでたし。うん、売れねーわこのラノベ。」
「い、いやいや!どんな名作だって400字詰め原稿用紙半分にまとめたらそうなっちゃうって!お前の手にかかったらラピュタだった駄作になっちゃうだろ?」
「炭鉱で働く少年パズーは空からダイブしてきた少女シータを海賊や軍から逃がそうとしたが軍に捕まったので40秒で支度して海賊と助けてからラピュタを目指して空へ旅立ち悪のおっさんムスカに奪われた飛行石を取り返して“バルス”。」
「やべー、なんか逆にちょっと面白そう。文字数は俺の話の半分くらいなのに。」
「ま、客観的に見て面白いかどうかは関係ないんだけどな。お前から見りゃ満足な結末だろ?」
「でも俺…どうせなら売れたいなー。」
「いや、誰が出版すんだよ。確かにラノベ軸で色々考察してきたが、最終目標がラノベ化なのはおかしいだろ。」
「んー、でもなんかなー…なーんか納得できないんだよなー。」
「まぁまだ時間はある。なんなら一生分あるんだ、ゆっくり考えればいいさ。」
「じゃあ続きは夕飯でも食いながら話そうぜ。実は死ぬほどマズいラーメン屋台を見つけたんだ。あまりにヤバすぎて今まで黙ってたけど。」
「そんなにマズいならここの学食ラーメン食った方がまだいいと思うんだが…でも“死ぬほど”とか言われると逆に興味深いな。仕方ない行ってみるか。」
ギャラリー達に見送られながら、二人は学食をあとにした。
太陽は西に傾き、もうじき沈もうとしていた。
「あ~植田、やっぱ駄目だわ。」
「ん?駄目って何がだ?」
「やっぱさっきの結末じゃ嫌だわ俺。あくまで帰って来られるのが大前提!ここだけは譲れない。」
「でも帰ってきたら就職が待ってるぜ?チート能力はこの世界には無いぞ?」
「確かに就職は面倒だけど、家族と一生会えないとか考えらんない。それに…」
「ん?」
「親友と…お前らと過ごす時間も、やっぱ捨てがたいしなー…なんてな!」
「ちょっ、オイ…」
「ハハッ、なんだよ植田?なにマジな顔…」
「赤池ぇええええ!!」
パッパァーーーー!!
唐突に背後で鳴り響くクラクション。
振り向きざまに赤池が見たのは―――
「…え?」
ゴンッ!!