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【35】忘れられし聖女(3)

 悪魔公爵の存在が広く知れ渡ってしまったあの日から、半年が過ぎた。

 すぐに何かしらの騒動が起きるかと思いきや、意外にも公爵領に大きな動きは無く、世の中的にはまだ何も変化が起きていない状況。だがその不気味な静けさが逆に恐怖を煽り、人々は不安な日々を送っていた。


 しかし、人族側もただ手をこまねいていたわけではなかった。国王は秘密裏に高位貴族を召集し、打てるだけの手は打っており、いつ反乱が起きても対処できる基盤はできつつあった。


 そんなある日のこと。


「よく来てくれた二人とも。実は今日は貴殿らに、秘密裏に話したいことがあってな。」


 そこは王宮の深部にある隠し部屋。話を切り出したのはこのオウリック王国の国王『オスカノン三世』。その威厳のある佇まいは、いかにも王族といった感じだ。歳は四十代後半くらいだろうか。


「ふむ、王と公爵二人…この国の頂点に立つ三人だけで密談とは、あまり楽しい話題ではなさそうだな。」

「いや~まったくですなぁ。内容の想像がつくだけに、仮病でやり過ごす訳にもいかず…。いやはや参った参った。」


 国王と向かい合って座るのは、無骨な軍人のような男と、やや軽薄そうな痩せ型の男。どちらも国王と同世代に見える。


「ハハハッ!さすがは聡明な我が両腕だ、話が早くて助かる。そう、貴殿らと同格とされてきた…“あの者”の話だよ。」


 この国には悪魔公爵の『カニャーマ家』の他に、二つの公爵家があった。軍事力に長けた『ジングニシ家』と、国家随一の経済力を誇る『テンマチヨ家』である。ちなみにアラータの家系は後者にあたる。


「まぁそれはそうだろう。だが、他の者達も集めて連日会議で議論しておるだろ?今さら何を…」

「まぁまずは聞こうよジング。聞き飽きた話をするためにわざわざ呼び出すほど、カノンももうろくしてはいないでしょう。敢えて別の場を設けた特別な理由があるはずだ。」


 両公爵の口ぶりからすると、三人は随分と距離の近い間柄のようだ。


「おいおいテンマ、やけに辛辣じゃないか。仮にも私は王だぞ?」

「王であると同時に、私の可愛いアラータちゃんを捨てたバカ王子の親だ。辛く当たらずにはいられませんねぇ。」

「ふむ…その件はまたいずれ詫びよう。すまんが今日のところは話を戻させてほしい。ジング、軍事部が掴んでいる奴らの状況は?」


 バツが悪そうに話をそらしたオスカノン王。

 話を振られたジングニシ公爵は、やれやれといった顔で面倒臭そうに答えた。


「カニャーマ公爵は依然として沈黙を貫いている。恐らく先の戦いで相当の深手を負ったのだろう。」

「そうか。して、その手傷を負わせた者達の行方は?」

「そちらも相変わらずだな。あれだけ飛び散ってると血痕を追うのも難しい。」

「血の跡以外に何か無いのか?」

「できれば避けたいが、飛び散っていた糞の跡を追えば、あるいは…」


 やめてあげてください。



「まぁその程度だ。つまるところ、特に進展は無い。」

「そうか。まぁ、それはそれとして…ではそろそろ本題に入ろうか。」


 ジングニシ公爵の報告が終わると王は、少し神妙な顔つきに変わった。


「今日は、貴殿らにあらかじめ言っておくことがあって集まってもらったのだ。いや、今更ながら…の方が正しいかもしれんがな。かつての休戦条約の話だ。」

「休戦条約…高位魔族に人間界での一定の地位と権力を与えるというアレか?」

「そうだジング。五十年前に結ばれた、魔族との休戦条約…それは先代の王…つまり私の父が締結したものだ。詳細は父が亡くなる前に引き継いでいる。」

「フン、改まって何の話かと思えば…国民ならば幼子でも知っているような話じゃないか。」


 あきれたように話すジングニシ公爵。

 だが、話はそう簡単ではなかった。


「いいや、そうではない。私が聞かされたのは、“真の密約”の内容だ。」

「真の…?じゃあ、まさか…!」

「ああ。かつて先王が魔族の王と交わした密約…実は皆が知るその話は、真実とは異なるのだよ。」

「なっ…!?」


 驚愕する二人。

 ジングニシ公爵は何がなんだかわからない様子だが、テンマチヨ公爵はすぐに事情を察したようだ。


「…スパイ、でしょうか?」

「うむ。当時すでに、人類貴族の中枢部に敵側の密偵が紛れ込んでいてな。奴らを欺くには、真実を隠匿するしかなかったそうだ。」

「私達も…ですか。」

「友である前に王なのでな。責めてくれるな。」

「まぁいいじゃないかテンマ。今は疑いは晴れたってことだしな。」

「フフッ…怒ってなどいませんよ。むしろ、それでこそ仕えるに値する。」

「詳しいことはこれから話そう。だが途中で邪魔が入らないとも限らん…先に結論だけ言っておく。」


 王は少し声のトーンを落とし、そして言った。


「カニャーマとは…悪魔公爵とは、戦ってはならん。」




「…で、どうやって戦うよ爺さん?あの悪魔公爵のクソ野郎と…!」


 時を同じくして、オスカノン王の意志とは正反対のことを考えていたのは、王宮の爆発からなんとか逃げ延びていたバリー。共に戦った爺さんも無事のようだ。


「む?ふむ…すまんがバリー君、それは“悪魔公爵”と“クソ野郎”…どちらの話かな?」

「同一人物だよ!それとも何かジジイ、俺を泣かしてぇのかテメェ!?」


 今ので例の疑惑が確信に変わった。


「まぁ、すぐに再戦とはいかんだろうなぁ。彼奴が今頃どうしているかもわからんし、何より…我らには力が足りん。すぐに挑んだとて勝つことは叶わんだろう。」

「同感だ。今こうして五体満足でいるのが不思議なくれぇだわ。で?何か当てはあんのかよ?足りねぇ力を補うための何かが…」

「無くはない。だが今この手に無いということは…わかるだろう?簡単ではないのだ。」

「それでも一応聞かせてくれ。何かの足しになるかもしれねぇ。」

「ふむ…」


 少し考えて、爺さんは二本の指を立てた。


「当ては二つある。一つは仲間の力を借りることだ。我が盟友…『聖騎士:オゾーネ』…もしあの者がまだ生きているのなら、ワシと同等の戦力として見込める。」

「なるほど、言い回しで状況はわかったわ…簡単にはいかなそうだな。もう一つの方は?」

「あとは、ワシ自身の強化だな。この老いた肉体をなんとかできれば…かつての力を取り戻せたなら、だいぶ変わってくることだろう。」

「いやいや、そりゃ無理だろ。若返りの薬でも…って、もしかしてあるのか?そうか、ファンタジー世界だもんな…」

「うむ。『逆巻く時の秘薬』…若返りを可能とする妙薬があると、かつて聞いたことがある。」


 偶然か必然か、バリー達も赤池達と同じところに行き着いたようだ。こうなると次の展開も読めてくる。


「向かうは『精霊都市:イシテ』…そこに、なにがしかの希望はあるだろう。」




 そしてしばしの時が流れ…季節が一つ過ぎた頃。二組の目的地となった都市イシテでは、大きな事件が起きようとしていた。


「た、大変です聖女様!」


 そこはとある大きな屋敷の奥にある豪華な部屋。

 大慌てで部屋に飛び込んできたのは、一見クールな感じに見えるメイド。そんな彼女の礼節を無視した振る舞いからも、それだけ緊迫した状況なのだというのがわかる。


「えっ、な…なにごと?」


 “聖女”と呼ばれた声の主は、天蓋の中にいるためカーテン越しのシルエットしか見えないが、それでも聖なるオーラに包まれているのが目に見えるようだった。


「あっ、失礼いたしました。了解も得ずに部屋に入るなんて…」

「ううん、緊急事態なら仕方ないよね。それで何が大変なの?」

「あ、はい。侵入者です。」

「えっ、それは…おめでとうございます。皆さんの新たな門出を…」

「いや、“新入生”じゃなくて。アカデミーとかじゃないので。」

「あ、侵入者…でもこの街は結界があるとか無いとか?」

「ええ。そのはずなのですが…どういうわけか、正規の手順に従わず入ってきた者達がいるのです。しかも同時期に二組も…」


 露骨に犯人がわかった。


「それって、その人達はもしかして…私を狙ってたり?」

「聖女様を?いえいえ、それはないでしょう。この結界の外にいる人間どもは、呪いによって聖女様の存在ごと忘れているはずなので。」

「ふーん、そっかぁ…」

「とにかく、外は危険です。なので絶対にこの部屋から出ないでくださいね、ニセッキ様。」

「あっ…う、うん!」


 天蓋のカーテンを開けて顔を覗かせたのは、純白の寝間着に見を包んだ、見るからに聖なる感じの女性。

 金色に輝く髪の色こそ異なるが、その顔立ちは赤池の希望通り…八事と瓜二つだった。

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