【33】忘れられし聖女
バリー達と悪魔公爵の一戦から一ヶ月が過ぎた。
アラータと別れ、仲間探しを始めた赤池とウエイダだったが、立ち寄った酒場で入ってくる情報と言えば『悪魔公爵』の話題一色。八事達に関係しそうな噂は全く耳に入らなかった。
「やれやれ、参ったなー。全然収穫が無いじゃんか。どうする植田?」
「まぁ地道に続けるしかないだろうなぁ。事が事だし、世間がザワつくのもわかるよ。」
「え、どういうことだよ?わざわざちょっとわかりにくく教えてくれ。」
「なんでだよ嫌だよ面倒臭ぇ。まぁそれだけ驚きの事実だったってことだよ。まさか人間の組織の中枢に、魔族の幹部が紛れ込んでたとは…」
「でも確かなんだろ?公爵が変身するのを見てた人は何人か生きてたみたいだし。結構な人数が殺されちゃったっぽいけどさ。」
「ああ。現場はかなり凄惨な状況だったらしいぜ?部屋中に飛び散った血とか肉片とか…糞尿とか。」
最後のはバリーの仕業かもしれない。
「にしても…まさか俺達がいた会場で、直後にそんな大事件が起きてたとはなぁ。おっかねー!」
「だな。俺達への追っ手が思ったより少なかったのは、それが原因だったに違いない。」
「あー、そう考えるとグッジョブだな悪魔公爵!」
「いや、さすがに俺はそんな不謹慎なことは言えんが…」
今の赤池はゲームの中にいるような感覚なので、面識の無いNPCの死に関しては結構ドライだった。
「でもさ、肝心の悪魔公爵は行方不明なんだろ?あとそいつと戦ってた二人ってのも。どうなったんだろうな?」
「さあな。最終的に宮殿の上部が豪快に吹っ飛んだらしいから、敵さんの方はその時に死んでてくれりゃあ解決なんだろうが…ま、そう上手くはいかんだろうな。」
「だよなー。でもなんか物語が動いた感はあるよな。“悪魔公爵”とか名前からして中ボス感あるし。だから仲間探し、急がなきゃだな!」
「その公爵と戦ってた奴らってのが有力な候補なんだがなぁ。ま、目的が同じならいつか会えるか。」
バリーと同じく赤池達もまた、この悪魔公爵の存在が第一部クリアに大きく影響すると考えていた。
というか、戦闘でなんとかなるストーリーでないと活躍できない赤池としては、そうである方が都合が良かった。
「まぁ気にするのやめようぜ植田。こういう時は捜してない時の方が会えたりするもんだよ。」
「そうかもな。てことは、引き続きお前のお友達の捜索か?同じ考えでいくならそっちも捜さねぇのか?」
「そうだなぁ…そっちはやっぱ捜したいけど、手掛かりが無さすぎてこれまで全部空振りだったしなぁ。どう捜せばいいのかわかんないや。」
すっかりお手上げ状態の赤池。
だがウエイダには、なにやら考えがあるようだ。
「じゃあ…思い切って視点を変えてみるか。」
「視点?例えば?」
「仮にだ、本人の見た目や人柄が夢絵本の配役に影響する…そう仮定して考えたらどうだろう?」
「んー、見た目とか人柄かぁ…となるとヤゴっちの場合、やっぱ『王女』とか『聖女』かな~。」
「聖女…?王女はわかるが、聖女ってのはどんな奴なんだ?聞いた感じからすると聖なる力を扱うようだが…」
「そう、まさにそれ。『神聖力』とか『神の加護』とか『聖獣』みたいな、なんか清らかな感じの力を使ってみんなの傷を治したり、汚染された土地を浄化したりすんの。マジ天使。」
「ふむ…とりあえずお前がその子に惚れてるのはわかったわ。」
「なっ!?べべべべ別に…って植田に隠しても仕方ないよな。そうだよ…ああそうだよ!俺がやったんだよ!」
「いやいや、なんで追い詰められて自白した犯人っぽいんだよ。やったって何をだよ。」
「おっ、植田もだいぶ“あるある”がわかってきたじゃんか。勉強したのか?」
「まあな。お前の話についていくにはボキャブラリーが足りないと感じてさ、本屋に寄ったらそれらしい物語買って夜中に読んでるんだよ。こっちの本にもお前が好きそうな展開は意外とあるみたいだわ。」
「お前…やっぱいい奴だな。」
「今さらか?まぁ乗りかかった船だしな、沈むまでは乗ってやるよ。」
「そっか、ありがとな。沈む前提なのがちょっと気になるけど。」
ウエイダは特に否定はしなかった。
「じゃあアカイケ、まずは聖女ってのを捜すってことでいいか?王女の方が所在を知るのは簡単だが会うのは難しいし、それに…お前を貴族の前に出すのは避けた方がいいだろ。」
「だな。俺も貴族の前で出すのはもう避けたい。」
「一文字違うだけで意味がまったく変わってくるな。」
もちろん悪い方に。
「よし、そうと決まれば情報収集だ!聖女についての情報を集めようぜ!」
「そうするか。こんな場末の酒場じゃ期待できんし、次の街のギルドにでも…」
「ちょいとお待ち。今アンタら“聖女”と言ったかい?」
二人が店を出ようとしたちょうど時、突然会話に割り込んできたのは、怪しげなフードをかぶった小柄な老婆。口ぶりからして何かしらの情報を持っていそうだ。
「な、なんだか前にホリタに捕まった時と同じ流れだな。あの時は利用されて酷い目に遭ったし…今回もいい予感はしないんだが…」
「なんだよ婆ちゃん、何か知ってるの?」
「ああ、知ってるよ。詳しく聞きたきゃ…ついて来な。」
そう言うと婆さんは先に出て行ってしまった。怪しさ満点ではあるが、他に選択肢も無いので行ってみるしかない。
仕方なく二人は婆さんの後を追った。
「着いたよ、入んな。」
婆さんに招かれて入ったのは、寂れた教会の裏手にあるボロ家。状況からして婆さんの家のようだ。
「何ここ?婆ちゃんの巣?」
「人を虫か何かみたいに言うんじゃないよ。失礼な子だね。」
「こんな時間に男を家に招き入れるとか…婆ちゃんもなかなか大胆だな。」
「…そっちの兄ちゃん、アンタは話が通じるのかい?」
「ああ、一緒にしないでくれると助かる。」
「そうかい、それは良かったよ。ほれ、飲みな。」
婆さんは二人に茶を出すと、目深に被っていたローブを脱いで対面に腰掛けた。
やっとまともに見えるようになった婆さんの姿は、お世辞にも美しいとは言えない…という表現すらしづらいほどに醜いものだった。そして、よく見ると鼻や耳の形、肌の色が普通の人間とは若干異なる。亜人の類だろうか。
「まともな方の兄ちゃんに聞くけど、アンタは『聖女』って言葉…今日初めて聞いたのかい?」
「フッ、俺か?愚問だな婆ちゃん!」
「もちろんアンタにゃ聞いてないよ。そっちのアンタだ。」
「ん?ああ。割と勉強してる方だとは思うんだがな、初めて聞いたと思う。」
「だろうね。他の皆もそうだろうさ。」
「だけどアンタは知ってる…だからこそ声をかけてきたんだろう?」
「まあね。人間界に潜んでた悪魔王の手先の噂で持ちきりって時に、奴らの仇敵…忘れられし聖女の話を聞かされちゃあね。」
「おぉ!やっぱ知ってたんだな婆ちゃん!詳しく教えてくれよ!」
赤池はテンションが上がってきた。
そんな赤池をいぶかしげに見つめながら、婆さんは話し始めた。
「かつてこの地には、『三聖』と呼ばれた三人の英雄がいたのさ。」
「賛成…?」
「そう、『剣聖:ガサカ』『聖騎士:オゾーネ』、そして『聖女:ニセッキ』の三人だよ。その戦力が無かったら、とてもじゃないけど休戦に持ち込むなんてできなかったね。人族は間違いなく滅んでたはずさ。」
「あぁそういう三か!マジか凄ぇな三聖!なぁ植田…ん?どうした、なんか変な顔して…生まれつきか?」
「だったら今言うことじゃねーだろ。心にそっと秘めとけよ。いや、別にブサイクなつもりはねぇが。」
「ごめんごめんジョークだって。ただの小粋なジョーク!で、どうした?」
「んー…いや、かつて百年続いた人族と魔族との戦争…それが休戦に至ったのは五十年ほど前だ。まだそんなに経っちゃいない。なのに、“忘れられし”ってところが…気になってな。」
「…へぇ、やっぱり賢い子だね。話が早くて助かるよ。」
婆さんの反応からすると、ウエイダが疑問に感じた点には何やら大きな意味があるようだ。
「賢い?フッ、照れるぜ。」
「だからアンタにゃ言ってないよ。図々しい子だねぇ。」
「え~?だからやめてくれよ照れるから!んもぅ!」
「アンタの辞書は改ざんでもされてんのかい?それとも罵倒の意味を反転する魔法でもかかってんのかい?」
どっちもありえる。
「まぁ気にするな婆さん、これがコイツの標準仕様なんだ。話を進めてくれ。」
「やれやれ難儀だね…まぁ諦めるしかなさそうだね。」
「悪いな、打つ手は無いんだ。」
「アンタも大変だねぇ。」
ウエイダに理解者ができた。




