【31】翻弄される男(3)
無謀な戦いに挑もうとする爺さんのせいで、もはや余命は数時間ほどかと思われたバリー。だがその予想は、少し間違っていた。
「…ふむ、どうやらここまでのようだ。」
「なんで入り口で早速捕まってんだよ爺さん!?そんなすぐバレるほど有名人ならもっと身分偽るなりしろって!」
数時間どころじゃなかった。
「ふむ、よもや辿り着けもせんとは思わなんだ。」
「クソッ!下手すりゃ今日で死ぬ気はしてたが、まさか予想よりさらに早くなるとか…」
早々に捕まり、後ろ手に両手首を縛り上げられた状態で地下牢に放り込まれた二人。想像していたよりもピンチになるまでのペースが早い。
「やれやれ、もしやこのバリーってキャラは死ぬことが約束された不遇のキャラなんじゃ…?ただでさえ序盤酷い目に遭う追放系だってのに、最後までこうなんのかよ…?」
「む?どうしたバリー君、表情が険しいが…」
「…ハァ。この状況でニコニコしてたら余計に変だろ?アンタだってさっき“ここまでか”的なこと言ってたじゃねーか。」
「あぁ、あの時はまだ看守がいたからな。まぁ慌てるでないよ、むしろこれは好機だ。」
「あん?なんだよ、敵の懐に潜り込むための作戦だったとでも言うのか?」
「無論。彼奴らの密会はこの地下で行われる。上から潜り込むのは容易ではなかった。それを招き入れてくれたんだ、ありがたく受け入れようぞ。」
「だが、武器も無ぇぜ?」
「どのみち大層な武器は持ち込めぬ高貴な者の集いだ、大差は無いさ。それにキミの能力は、武器に依存はしないだろう?」
「それはまぁそうだが、そもそもがハイリスクな職業だってのを忘れんなよ?できれば呪技は使いたくねぇ。」
「わかっている。安心しろ、すべては計算のうちだよ。ただ一つ惜しむらくは…飯にありつけなんだ。」
「…まったくだな。最後の晩餐をお預けとはあんまりだぜ。唯一の楽しみだったのによぉ…」
「ならば、生きねばならんな。そして皿まで食ってやろう。」
「フン、ただでさえ毒が盛られてそうな状況でその表現は微妙だが…むっ?誰か来る…!」
遠くからかすかに足音がした。そしてゆっくりと現れたのは、身の丈2メートルを越す巨漢。
すると男よりも先に、爺さんが口を開いた。
「早速現れたか、『カニャーマ』…悪魔公爵よ。密会の場に潜り込む手間が省けたわ。」
「こ、コイツが…!確かに見た目からしてタダ者じゃねぇ…!」
“公爵”の名の通り、男はとても豪華な衣装に身を包んではいるが、服の上からでもわかる屈強な肉体、顔に大きく刻まれた十字傷、鋭い眼光…そのどれもが自らが武人であることを物語っていた。
目を見張るほどの巨体ではあるが、“魔族”という割に見た目は人間のように見える。
「久しいな老いぼれ。まさか隠れるのも忘れて堂々と乗り込んで来るとはなぁ。もうろくはしたくないものだ。」
「馴れ馴れしくするでないよ。挨拶を交わす間柄でもあるまい。」
「ゲハハッ!冷たいじゃないか。この俺様ほどの者がわざわざ会いに来てやったというのに。」
どう見ても旧知の仲である二人の様子に、バリーは困惑した。
「なんだよ爺さん、面識あるならそう言えよ…つーか、なんで敵の親玉がわざわざこんな場所まで…?」
「…何者だ貴様は?」
暗くて見えていなかったのか、声を聞いて初めてバリーの存在に気づいた様子の公爵。
凄まじい威圧感だが、死を覚悟してこの場に臨んでいるバリーとしては、いちいちビビッてやるつもりは無い。
「あ?まぁ今は“主と従”の関係と言うべきなんだろうが、本音で言うなら“加害者と被害者”の関係だな。」
「ふむ…なんのことやらわからんが、どんな経緯でそうなったかはわからんでもないな。」
どうやら爺さんは昔からこんな感じらしい。
もしかしたらバリーは公爵との方が気が合うのかもしれない。
「で?これからどうする気なのだ老兵よ?そのように無様に捕われた状態で…って貴様、手錠は…!?」
「ホホッ、忘れたとは言わせんぞ?我が右腕が…お前さんらのせいで、どのように成り果てたのかということを。」
爺さんは右の義手を外し、手錠から逃れていた。
「そうか、やるな爺さん!だから拘束されても慌ててなかったのか!」
「ま、多少不便な時もあるが、慣れてしまえばこの腕の方が便利な時もある。季節によってデザインを変えたりな。」
「オシャレを楽しむなよ!いや、まぁいいんだが!」
「他にも、短剣に鉤爪…場面によって先端の形状を変えられる。もしくは逆に…中にこんな刀を仕込んだり、な!」
カチッ!
爺さんは左手で右肘を捻り、そのまま引き抜いた。
なんと!抜いた右腕の先は細身の長剣になっていた。
「なっ、どんなカラクリだよそれ!?どう考えても物理的に、その長さの刀身が体内に納まるわけが…」
「ホホホッ、中はちょっとした魔法空間に繋がっていてな。どうだね凄いだろバリー君?」
「ああ、凄まじくグロいな。」
柄の部分が右腕という、とても気持ち悪い見た目の長剣。
だが、ほとばしるオーラから察するに攻撃力はかなり高そうだ。
「つーかチャヤ爺さん、アンタ『文官』とかじゃなかったのかよ?その成りで魔法は使えないって言ってたから、俺はてっきり…」
「魔法は使えんよ。だが、戦闘力が無いと言った覚えは無い。」
なんと、爺さんは剣を扱うタイプの戦士だったようだ。
見るからに線は細いが、確かに構えは様になっている。
「チャヤ?なんだ貴様、今はそう名乗ってやがるのか?輝かしき栄光と共に名前まで…よくもまぁ、そうあっさりと捨てられるものだ。」
「輝かしき栄光…?オイオイ爺さん、アンタ話してないこと多すぎないか…?」
爺さんは何も答えず、相変わらず飄々としている。
そんな爺さんの代わりに、真相は悪魔公爵の口から明かされることになる。
「小僧…先ほど聞いたな、なぜわざわざ俺様が出向いたのかと。それはコイツが、その必要があるほどの猛者だからだ。」
シャキィーーーン!!
爺さんは鉄格子を斬り、そして牢の外に出た。
「ならば、かかってくるがいいよ。」
余裕の笑みを浮かべながら手招きする爺さん。
その様子を見て、公爵もまた嬉しそうに笑った。
「ゲハハハッ!いいだろう今度こそ始末してくれるわ!かつて、王妃のスカートの中に隠された爆弾を見つけ出し、右腕と引き換えに彼女の命を救った救国の英雄…『剣聖:ガサカ』よ!」
スカートめくりの真相が明らかに。
「ってなんか秘密とかミスリードばっかだなオイ!結局どっちなんだよ爺さん!?英雄なのか変態なのか!」
変人であるのは確かだ。
ジャキイイイイン!!
キィン!
キンキィン!
ガッキィイイイイイイン!!
爺さんと公爵の一戦が始まり、二十分ほどが経過した。
公爵は本来の魔物の姿となり、攻撃力は倍増。だが一方で、サイズが膨れ上がった影響により狭い牢獄では思い通り動けずにいた。
その僅かな隙間を縫って、小さいながらも着実に手傷を負わせていく爺さん。絶えず強烈な攻撃を繰り出す公爵。一瞬も気を抜けない緊迫した接戦が続いていた。
確かにこれほどまでに高度な戦闘となると、中途半端な戦力では邪魔にしかならない。こうなることを見越して単身乗り込んできた爺さんの判断は的確だったと言える。
「まったく、忌々しいジジイだ。老いてなお、これほど戦えるとはなぁ。」
「フン、やはり一筋縄にはいかぬか…口惜しいものだ。」
公爵の勢いは未だ衰えないが、爺さんはだいぶ動きに精彩を欠いてきた。このままではいつ致命的な一撃をもらってもおかしくない。
するとその時、状況に変化が。
「…なにやら騒がしいな。」
遠くに聞こえる喧騒に、公爵は手を止めた。
そこに慌てて飛び込んできた衛兵と見られる男。どうやら上の階で何かがあったようだ。
「た、大変ですカニャーマ公爵!」
「何用だ貴様?みっともなくうろたえるな。大変だか変態だか知らんが…」
「えっ、ど…どっちもです!」
「フン、そうかどっちも…どっちも!?」
「そうです、どっちもです!変態が現れて、大変なのです!」
「くっ、訳のわからんことを…!もっとわかりやすく説明しろ!!」
「そ、それが…全裸にマントの変態が…!」
そう、今は時系列としては赤池がアラータと再会した…まさにあの時。奇しくもバリーもまた、同じ時刻・同じ場所に集まっていたのだ。
「上で一騒動あったようだなチャヤ爺さん。半裸の変態とか…どの世界にもいるんだな、その手の困った奴は。」
残念ながら同一人物だった。




