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【29】翻弄される男

 元仲間に価値のありそうな装備やアイテム類をごっそり奪われ、パーティーを放り出された『バリー』こと平針は、隠し持っていたわずかな銀貨を手に途方に暮れていた。


「やれやれ、これが『追放系』ってやつか…?途中からなんかそれっぽい流れだなって気はしてたが…参ったぜチクショウ。」


 自身の置かれた状況になんとなく察しがついていたバリーだったが、受け入れると心が折れそうだったため、現実から目を背けて今日まで頑張っていた。しかし残念ながら、悪い予感は的中してしまったのだった。


「ったく、ナカムの野郎に難癖つけられないように地味にしてたんだがな…結局無駄だったか。」


 殴られて軸の曲がった伊達メガネを投げ捨て、顔を隠すためこれまで下ろしていた前髪をかきあげた。


「だがまぁ逆に考えれば、まぁ少しは…期待できそうってことだよな。」


 平針もこちらに来る前にラノベの類いは一通り読み込んできたため、追放系がどのような展開になるのかは大体理解していた。

 しかし、追放シーンにはある程度のテンプレがあるものの、追放後にどうすればいいかは作品によって異なる。攻略するには、まずはよくあるパターンの洗い出しが必要だ。


「そうだなぁ…“偉業を成し遂げてどこぞのお偉いさんのお眼鏡にかなう”とか、“襲われてる姫さんを救う”とか、“俺の持つ特殊な力が必要で誰かが探してる”ってパターンもあるな…」


 考えられるパターンはいくつかあるが、残念ながら狙ってやれることはあまり無いようだ。



「おやおや、お困りかね若いの?」


 これからどうすればいいかわからないバリーがうなだれていると、長いアゴ髭が特徴的な薄汚れた爺さんが話しかけてきた。普段のバリーならスルーしかねない相手だが、今は何かの助けになるかもしれないので邪険にはできない。


「あ~、まぁ確かに困ってるよ。急に一人になっちまってさ。」

「ほぉ、そりゃ珍しい。さっきまでは何人かに分裂してたと…」

「いやそうじゃねーから!そういう意味じゃねぇ。仮にそうなら困るんじゃなくて元に戻って喜ぶタイミングだろ。」


 爺さんはジョークで言っているようには見えない。どうやら天然系のおとぼけキャラのようだ。


「まぁ確かに、この街で一人は心細いだろう。壁の外にはなかなか凶悪なモンスターがうろついとるしなぁ。お前さん、職業は?」

「俺か?俺は『呪技ジュギ使い』ってやつでな。まぁ面倒だから説明は省くが、とにかく一人旅は向かねぇ職なんだわ。」

「ほぉ、呪技とは…あれかね?呪いを受ける代わりに強大な技を放つという…」

「へぇ…知ってるのか爺さん博識だな。かなりの希少職なはずなんだが。」

「呪技の存在は知っているが、そんな職があるとは初耳だよ。呪技自体も、今や剣術などの一部の流派にわずかに残るのみと聞く。使い手に会うなど実に久しいことだ。」

「なっ、久しい…ってことは前に…?」

「うむ。ワシが知る者の中にも、かつて“スカートめくりの呪技”を放った代償に右腕を失った者がおったわ。」

「とんでもなくハイリスクなやつだなオイ。右腕どころか社会的にも色々失うやつじゃねぇか。」


 みなさんも気を付けましょう。


「そんな物騒な技を、扱うだけでなく専門とする者がいようとは…。なるほど、であれば確かに難儀なはずだ。」

「そういうこった。大技なんて使おうもんなら何かしらの後遺症…悪けりゃ戦闘不能だ。誰かしらのサポートがある前提の強さなんだよ。」

「ふむ…であればパーティーに参加しなされ。」

「ハハッ!残念ながら、たった今そのパーティーを追い出されたところでなぁ。」

「おやおや、ダンス中に貴婦人の足でも踏んだのかね?」

「いや、そっちのパーティーかよ!なんで呪いの力を駆使して優雅に踊らなきゃなんねぇんだ!?」

「おっと、言葉が足りなかったな。“ワシの護衛として参加せんか”という意味だよ。それなりの権力者の集まるパーティーだ、そこで上手いこと人脈を作れれば仲間も作りやすかろう。」

「あん?ワシの護衛って…なんだよアンタお偉いさんなのか?」

「フホホホ。いやいや、爵位こそあるが今や隠居の身でな。目立った財産も力も無い。こうして一人で歩いて襲われもせんのがその証拠よ。」

「まぁパッと見は浮浪者だしな…俺もまさか貴族だとは思わなかったぜ。なんなら今も思ってねぇよ。」

「賢明だな。よく知りもしない相手を安易に信用するような者は、すぐに死ぬ。気が済むまで疑うがいいさ。」

「ま、そうさせてもらうわ。で?仮に護衛するって話になったら、俺はどうすればいいんだ?つーか開催日はいつよ?」

「急ですまんが明日でな。」

「そりゃ急だ。まぁ用事があるわけでもねぇし、俺は構わねぇよ?」

「助かるよ。では頼むとしよう。」

「だが爺さん、アンタこそ俺のこと信じて平気なのか?アンタに負けず劣らず俺も怪しさ満点だぜ?」

「ホホッ、言われてみれば確かにそうだ。何か身元の分かるものはあるかな?」

「あーー…」


 この本の中のバリーは“気が付いたら路地裏に転がっていた”から物語がスタートしており、身分を証明するものは一切持っておらず、それどころかそれまでの記憶すら無かった。


(前に赤池から聞いた、異世界もののあるあるだと…その世界の常識を知らなくても戸籍がなくても、“山奥に住んでた”とか言えば意外となんとかなるって話…マジでそんな都合良くいくのか…?)

「ん?どうしたかね?」

「いや、実は俺…最近山から下りてきてさ…」

「ほぉ、そうかね。それでは仕方ないな。」

(マジか…!)


 やっぱりなんとかなった。


「正式な契約前には一応『魔道具』で調べさせてもらうとしよう。」

(おっと、出たな魔道具!道具で身分を探るとか一体どんな原理なんだか…)

「まぁ問題ないとは思うがね。ワシぁ人を見る目には自信があるんだ。」

「好きにしてくれていい。いや、むしろ俺も知りてぇくれぇだ。是非とも見てくれや。」

「待ち合わせは明日の夕刻にしよう。それまでに、今から言う準備を済ませてきておくれ。」

「了解だ。あぁ、そうだ肝心なことを…。爺さん、アンタ名前は?」

「…ふむ、名は『チャヤ』と言う。こう見えて爵位は伯爵だよ。」

「伯爵…爵位の偉い順はイマイチわかんねぇが、かなり偉いってのはなんとなくわかるわ。」

「まぁ身構えんでいいよ。今はただのジジイだ。」

「オーケー。俺は『バリー』だ。」

「うむ。ではバリー君、また明日。」


 そう言うと、爺さんはスーッと路地裏へと消えていった。


「…さて、ついに話が動き出したってことなんだろうが…まぁまずは生き残ることに注力すっか。赤池の話はその後だ。」


 バリーは一番面倒なことから目を背けた。




「おぉ、バリー君。よく来てくれたね。」


 翌日。準備を終えたバリーが待っていると、約束の時間からは少し遅れて爺さんが現れた。昨日のみすぼらしい格好とは違い、正装に身を包んだ爺さん。これなら貴族と言われても違和感は無い。


「よぉチャヤ爺さん、諸々の手続きは済ましといたぜ。おっと、“伯爵様”じゃなきゃマズいか?」

「ホホホッ、構わんさ。雇用関係の前に我らは友人だ。気楽にいこう。」

「その方が助かる。ところで爺さん、他の護衛は?それらしい姿は見えねぇが…」


 待ち合わせ場所は今日の舞台となるだろう宮殿を臨む小高い丘。先ほどまでは頻繁に馬車が通り過ぎていったが、パーティーの開始時間は間近のようで、人通りは少なくなりつつあった。


「ん?おらんよ。今日来るのはキミだけだ。」

「なっ、マジか…。まぁ前日に俺なんかに声かけてる時点でそんな気もしてはいたが…」

「ま、無駄に人数だけ集めても意味は無いしな。」

「確かにただの隠居の爺さん守るのに、そう何人も要らねぇか。」

「フホホ。そうとも言えるし、そうでないとも言える。」

「あ?それはどういう…」


 爺さんは終始変わらぬ笑みを浮かべている。だがしかし、今の声はどこか真剣味を帯びていた。


「な、なんだか嫌な予感が…」

「気をつけなされ若いの。これから向かうのは決して優雅なパーティー会場ではない。言うなれば“魔窟”…鬼の棲む城だ。」


 爺さんが右腕の服をまくった。

 なんと、腕は機械仕掛けの義手になっていた。


「まぁ呪技を知る者ならば、わかっていると思うがな。」

「そ、その腕…!じゃあアンタが例の…スカートめくりの…!?」

「フホホホホ。そんなに見ないでおくれ、照れるじゃないか。」

「いやいや褒めてねぇから!流れ的には“伝説の偉人”みてぇな扱いしてやりてぇとこだが、やらかしたことがことだけに扱いに困るわ!」


 隠居に追いやられた理由がわかった気がした。


「フホホ!元気がいいのぉ、頼もしい限りだ。」

「ちょ、ちょっと待て!色々と話が違っ…」



「さて、では行こうか。倒すべき悪鬼…『悪魔公爵』の討伐へ。」



「と…討伐!?」


 バリーの災難は続く。

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