【27】最後のピース(3)
植田がカミサワの心を掴んだことにより、最初は張りつめていた場の緊張感も薄れ、だいぶ協力的な雰囲気になってきた。であれば、あとは聞くべきことを聞けるだけ聞きまくるしかない。
「ところで、カミサワさんが読んだ本以外の二冊…その攻略者はわかってるんですよね?さっき聞いた感じでは情報交換してるようですが。」
「ああ、他の二人とも連絡は取れている。共に待っているよ、いつか第二部が始まることを夢見ながら…ね。」
「じゃあ俺達の本で第一部が終わったら、すぐ第二部に入れるわけですね?」
「そうだな。時が来たら、今はビクともしないこの栞が何かしらの反応を示すはずだ。その時を待ちわびて、我々は毎日定刻に確認している。問題ない。」
「他に何か有益な情報のやり取りとかは?」
「残念ながら、大した話はできんのだよ。本の具体的な内容に関しては、まるで魔法にでもかかっているかのように口にできんのだ。本の外側で物語に影響する駆け引きができんようにだろうな。」
「そうですか、そんな制約まで…。じゃあ最後に、肝心の条件面の話をさせてください。」
赤池救出という目的を果たすには、可能な限り好条件で臨まなければならない。今回の交渉で最も重要な局面だ。
「まず俺達が優先的に中に入る。その他の枠は好きにしてもらっていいんで、代わりに今後も可能な限りの情報提供とこの本の管理に協力してもらう。こちらが提示する条件はこんな感じですがどうですか?」
「申し分ない。キミらの本だしな、優先権は当然そちらにある。互いに利のある関係だ、協力は惜しまんよ。主人公格に実力が無いと第一部を終えられんという懸念はあるが、まぁキミならうまくやるだろう。」
「せ、責任重大だな…」
「そうか…他のメンバーはそんな感じか。まぁ頑張ってくれたまえよ。こちらからも後で、頼りになりそうな連中を送り込むとしよう。」
長くそして緊張する時間だったが、これでカミサワとの交渉は一段落。
植田は一旦ミュートにして仲間達に問いかけた。
「というわけだ。聞いてて伝わったと思っていいか平針?」
「まぁここまではな。これから何すりゃいいのかはさっぱりだが。」
「そこは俺もだよ。荒畑は?」
「アタシもオッケー。俄然ワクワクしてきたね。今はとりあえず、SNSにバラ撒きたい気持ちを必死で抑えてる。」
「死ぬ気で耐えてくれ。八事は…どこまでついて来れてた?」
「うぅ…なんで途中で脱落した前提なの?たまに失礼だよねウッちゃんって。」
「おっと、そりゃすまん。じゃ平気なのか?」
「うん大丈夫。私の座右の銘は“行きあたりバッチリ”だから。」
「やっぱり脱落してんじゃねぇか。多分だが結構早々に。」
「だねー。どう思うウエピー?このまま入ったらヤバいかなミク?」
「うーん、どうだろうな…まぁリスク次第だな…」
植田はミュートを解除してカミサワに尋ねた。
「カミサワさん、もう一つ質問が。夢絵本の中で怪我したり死んだりしたら、現実世界ではどうなりますか?その答え次第では、入念に準備しないと入れない。」
「あぁ、その点なら問題ない。死んだら本から弾き出される仕組みだ。また、外に出たら中で発生した身体的な異常も残らないことは確認済みだよ。本に入った時の姿のまま出てくると思えばいい。」
「じゃあ、戻ってきたら現実の時間が極端に過ぎていて浦島太郎状態に…ってことは?」
「それが問題ないのは私の今が証明している。こちらの世界では、本来であれば本を読むのにかかるのと同じくらいの時間しかかからんのだよ。まぁ先ほど話した通り、このシリーズの場合はは少し違うがね。」
「あぁ、閉じ込められるリスクが?」
「そうだ。誰かが読破しないと出られなくなるという点さえ除けば、基本的には問題ないはずだ。まぁ内容によっては、心に何かしらのトラウマを持って帰ってくる危険性は…無いではないがね。」
“外に出られないかもしれない”というのは決して小さくはない問題だが、ここまで来て気にしても仕方がない話でもある。
「あとは…そうだ、どうすれば本に入れるんですか?ただ読めば入れちゃうとかだと簡単すぎますよね?」
「少量でいいのだが、表紙に血を垂らすのだよ。そうすれば中に招かれる仕組みになっている。あぁ、“なんとしてでも本の中に入りたい”という渇望のある者だけだがね。誰でも彼でも無理矢理に引きずり込むような簡単な恐怖のアイテムではないようだ。」
「なるほどねー。てことはさウエピー、車に轢かれたアッキーの血が落ちてた夢絵本について、そのまま本の中に…って可能性に期待が持てる感じじゃない?そんでその本が偶然ウエピーの手に…」
「だな。アイツなら何も知らなくても、本の中に入れると考えてても不思議じゃない。」
「ほぉ、なかなかイカれたお仲間らしいな。できるなら会いたくないものだ。」
カミサワは好奇心よりも理性が勝つタイプのようだ。
「で?すぐに向かうのかね?」
「いや、さすがに少しは準備の時間が必要ですね。場合によっては何かの原因で長期間閉じ込められるかもしれないし、多少の身辺整理はしとかないと。」
「それはウッちゃん、“ダイイングメッセージ”的な…?」
「せめて遺書にしてくれ、見つけた人が戸惑うだろ。って、遺書も駄目だからな八事?死んでないと思われるようにしろよ。葬式あげられちまうぞ?」
八事に構っていたらいつまで経っても話が終わらない。とりあえず面倒事は後回しにし、植田は先に会議を終えることにした。
「ではカミサワさん、今日のところはここまでってことで。また旅立ちが決まったら連絡します。」
「ああ。何か入り用であれば言ってくれ、力になろう。」
「助かります。」
「ではな。健闘を祈る。」
カミサワは通信を切った。
「ふぅ~~~…疲れたわー。タダ者じゃないな、あのオッサン。」
「おー、お疲れさん。なかなかやるじゃねぇかウエピー。俺の助けは要らんかったなぁ。」
結局一言も話さなかったニッシーだが、何かあったら助けるつもりではいたようだ。
「お前らが旅立ったら、この本は俺からコミュニティに届けといてやるから安心しな。」
「ありがとねニッシー♪その滲み出る“手数料としてコミュにいくらか吹っかけそうな笑み”さえ無ければもっと感謝してた。」
「ハハッ!いい勘してるなぁお嬢!まぁ、ちっとくらいは役得が無ぇとなぁ!」
一山越えたことで、なんとなくもう終わったような気分になっているニッシーと荒畑。
だが平針はもう少し先を見ていた。
「で?どうするよ植田?準備ってのは具体的にどれくらいの期間、どれくらいまでする?」
「んー、そうだなぁ…。さっきも言ったが、リスクにどこまで備えるか…それ次第だと思う。上手くいけば本を読むくらいの時間で終わるって話だけど、下手するとしばらく戻って来られなくなる。」
「だな。けどよ、他の本は第一部完までいってるって話だし…だったら俺らはすんなり進めるんじゃないか?」
「想定通り第二部が本編ならな?もし第三部第四部と続くとなると、どこで足止め食うかわからんだろ。」
「なるほど…まぁ考えてもキリねぇやつだな。」
「そうなるな。八事みたいに無心でいった方が案外いい結果出たりしてな。」
「わ、わかったよウッちゃん。じゃあ私、手ぶらで挑むね!」
「そりゃそうなるだろ。多分だが本の中には何も持ち込めん。」
「うわぉ!ミクってば大胆~♪限界ギリギリショット~?」
「ちょっ…お嬢、写真頼む!」
「ニッシーは黙っててくれ。多分だが“手ブラ”違いだ。」
「もうみんな集中力が限界みてぇだな、さっさと決めること決めて解散しようぜ植田。出発は…一週間後くらいか?」
「そうだな、そうしようか。それまでに各自いろんな本とか読んで、どんな展開になってもこなせるように準備しよう。」
「オッケー♪とりあえずミク、緊急女子会開催で!」
「了解だよムーちゃん!」
「女子会か…フッ、初めてだな。」
「いやニッシーは呼んでないから。」
「ガーーン。」
「レポート出してね平針君。単位出すよ。」
「何の単位だよ…。まぁ無事に戻れたら考えますわ。」
「じゃあなみんな。また一週間後に、この場所でな。」
そして―――
「ようこそ読者諸君。我が名は『プロローグ』…汝らを夢へといざなう、案内人である。」
夢への扉が開いた。




