【26】最後のピース(2)
最初に事情を説明した際、夢絵本を所持していることは隠していた植田。幸いにもそれが功を奏した形になった。
ここからは植田のターンだ。
「やれやれ、よもや肝心な話を隠しているとは…。立場が逆転してしまったな。」
お手上げだと言わんばかりの仕草で苦笑いを浮かべるカミサワ。だが画面越しにも興奮を隠しきれていないのがわかる。
「では、この本について伺ってもいいですか?」
「やれやれせっかちな小僧だ。人が歓喜に震えてる時に…まぁいいがね。」
カミサワはコーヒーで軽く喉を潤してから、話し始めた。
「この絵本…『エリン大陸物語』は夢絵本の中でもだいぶ特殊でね。『オウリック王国編』『ダッサイ公国編』『ブッコフ帝国編』『ハードフ王国編』…四つの大国の各国を軸にした本が、それぞれ一冊ずつしか存在しないのだよ。そして、そのうちの一冊…キミ達が持つその『オウリック王国編』が、ずっと行方知れずだったのだ。」
「四冊あるという情報はどこから?」
「もちろん“本は四冊ある”なんてメタ的な発言が作品中にあったわけじゃない。あくまで推論ではあるが…既存の三冊のストーリーはそれぞれ自国の中でのみ展開されていて、他国については噂で聞くぐらいだった。大陸には四つの国がある。であれば、国ごとの本があると考えるのが自然だろう?」
「聞いてる感じ、実際に現地で見聞きしたように聞こえますが…」
「ああ。一応それぞれ単独でも成立するよう書かれているのでね、欠けた状態でも読めはするのだよ。だから私も一冊は読んでいる。」
「一冊?全部読まない理由は?」
「その理由はまた後でな。順を追って話そう。」
まだまだ話すべきことがあるようで、カミサワは矢継ぎ早に話を進めた。
「ライナーの本には必ず“プロローグ”と“エピローグ”があるのだが、我々が読んだ三冊にはプロローグのみあり、エピローグが無かった。装丁の統一感から見ると、恐らくその本にも無いのだろう。」
「それは…四冊あってもまだ不完全だと?」
「そうではない。有識者の間では、本が四冊とも読破された後に真の物語…言うなれば“本編”が始まるのではないか…そう噂されているのだ。」
「ギャルゲーとかでたまにあるよねウエピー。全キャラクリア後のトゥルーエンド的な。」
「ギャルゲーとかもやるのか荒畑。活動の幅広いなお前。」
とりあえずマイクを切れ。
「先ほど私は一冊読んだと言ったが、実は厳密には…読み終えてはいないのだ。なぜなら私が読んだ『ダッサイ公国編』は、“第一部完”という表記で終わっていたからだ。」
「それは…つまり俺が持ってるこの本が第二部で、順を追って読まなきゃいけないから先に進めないってことですか?」
「いや違う。他の二冊を読んだ者達の話によると、それらも“第一部完”だったそうだ。だからこそ、すべての本が第一部完を迎えたその後、一斉に始まる第二部…それこそが本編だと信じられているのだよ。」
あくまで推測のような言い回しではあるが、カミサワは確信しているように見える。
「ここで先ほど聞かれた、なぜ私が読んだのが一冊だけなのかという話なのだが…まぁ単純に中に入れなかったからだよ。これもまた“本編”の存在を疑う理由の一つだな。」
「本に入れないことで…?」
「お前さんが言った通り、本に入るとその中のキャラクターが読者に割り当てられる。そしてそのキャラとして、物語の進行に従うことになるのだが…」
「なるほど。四冊の世界が統合された世界が“本編”なら、一人が複数の役を持てないように…ってことか。」
「理解が早くて助かる。」
「あ…そういえば聞いてなかったですが、カミサワさんが夢絵本にこだわる理由は何なんですか?ただ異世界に行きたいってわけじゃないですよね?」
「理由か…まぁ大きくは二つだな。」
設定の話が長くなったため、一旦話を逸らしてみようとした植田。
だが結局、また新たな設定について引き出すことになる。
「ライナーが遺した他の夢絵本には、必ず何かしらの非現実的な逸話があってな。そのうちの共通的な例として、この夢絵本…どんなことをしても破壊できないのだよ。濡らそうが燃やそうが、どんなに強い力を加えようが…ね。」
「つまり、この本を持ち込めれば“最強の鈍器”になると?」
「いや、そんな意図はまったく…」
「荒畑ちょっと黙っててくれ。」
話が真面目過ぎて荒畑は完全に集中力が切れているようだ。
平針と八事も当初の宣言通り完全に聞き役に徹しているため、もう植田が一人で頑張るしかない。
「んー、どうやっても破壊できない本…それが一体…?」
「大事なのはそこではない。ここで私が夢絵本に…特にこのシリーズの攻略にこだわる理由の一つ目なのだが…実はこの本、無事読破した暁には、その世界にある物や能力など、何かしらをこちらに持って帰れる…そう考えられているのだよ。」
「なっ…!?」
なんとも夢や野望が持てそうな設定が飛び出した。
「そ、それは他の夢絵本も同じですか?アナタが以前に読んだ本でも…?」
「いやいや、当時の私に割り当てられたのは端役だったのでね。その権利は無かったが…その時の主人公だった者は、どこからか巨万の富を手に入れたと聞いた。そしてその瞬間、傷一つ付かないはずの夢絵本が勝手に燃え尽きたともな。」
「チャンスは一度きりってことか…。でも、だからと言ってこの絵本もそうだとは限らないんじゃ?」
「確かにそうだが、一方で…このシリーズにおいても、物語内でそれらしい記述が散見されるのもまた事実でな。信憑性は低くないはずだ。」
眉唾ものの話ではあるが、それを言い始めたらキリが無い状況。そもそもが非現実的な話なので、非現実がもう一つ二つ増えてもなんら不思議ではない。
「不思議アイテムを使って物語の中に入って、その世界の何かを持って帰れる…。ウエピー、それってつまり…」
「ああ。」
「ハン○ー×ハ○ターのグ○ードアイランド編みたいな?」
「言うな荒畑。そういうのは触れないのがお約束だろ。」
決してパクったわけじゃないです。
「ところでカミサワさん、この本って一度本に入ったら読み終わるまで出られないんですか?」
「基本的にはな。実はそれこそが、このシリーズを攻略したい二つ目の理由でもあるのだよ。また、本編の存在を示す理由の一つでもあるな。意味がわかるか?」
何を聞いてもサクサク解いていく植田のことが気に入ったのか、事あるごとに質問形式で問いかけてくるカミサワ。負けるわけにはいかない。
「…そうか、本来なら読み終えたら戻れるはずなのに戻れない…つまりまだ読み終わってないってことか。じゃあ二つ目の理由ってのは、“本に閉じ込められた人達の解放”…」
「その通りだ。彼らを巻き込んだ身としては…まぁ責任を感じていてね。」
「なるほど…って、じゃあ今アナタがここにいられるのはなぜです?読んだって話じゃ…」
「出られなくはないのだよ。この『栞』を手に入れられれば…だがな。」
カミサワは、変わった模様の入った怪しげな栞を取り出した。
「一冊につき一枚ずつ、このような特殊な栞があるのだよ。これを挟めば物語の進行が止まり、挟んだ者は外に出ることができる。正確に言うなら、外から挟むわけではないがな。本の中で、とあるチェックポイントに辿り着けたらこの世界に戻ることができて、気付けば本には栞が…といった具合だ。」
「チェックポイント…さっき言ってた“第一部完”のタイミングですか?」
「そうだ。真のエンディングならキャストは全員お役御免…そこで解放されるはずなのだが、今回はされなかった。恐らくだが、下手に解放してしまうと“本編”移行時に再度全員を集めるのが困難になるからだろう。厄介な仕様だな。」
「でもその理屈だと、アナタのように栞の力で外に出た人に何かがあっても困るんじゃ…?」
「フフッ…我々は物語を動かす大切な演者であるという一方で、簡単に替えの利く存在でもある…ということなのかもしれんな。」
自嘲気味に笑うカミサワ。
だが植田の見解は少し違うようだ。
「そうでしょうか?大事な演者だけど、物語を先に進めるためには“外の世界で四冊の本と演者を集める”という重要な役割もある…この二つを天秤にかけた結果なのでは?“この人なら絶対にまた戻ってくる”と信じた者だけに与えられる重責なんですよ。」
「…ほぉ、そう取るか。そう考えればいくらか救われるものがあるな。」
カミサワの表情が、どこか和らいだように見えた。




