【19】はじめての王都
王都を視界に捉えてから三日後。赤池とウエイダはようやくその入口へと辿り着いた。
外門をくぐると、さすが王の住む都市だけあって、これまで見てきた村や街とは比べ物にならないほど栄えていた。
「ほぇ~~…ここが王都か~!いいな!近くで見ると、なお王都!ぽいよぽい!王都っぽい!」
「いや、初めてなのに王都っぽいとか…あぁ、例のラノベの知識か?」
「そうそう。この溢れ出る“中世ヨーロッパ感”がまさにって感じだよね。まぁ中世ヨーロッパのことなんて全く知んないけどさ。」
“あるある”というか“お決まり”の光景だった。
「何を言ってるのかほぼほぼわからんが、まぁお気に召したんなら何よりだ。で?これからどうするよ?」
「とりあえず宿屋を探そうぜ。ラノベだと大体、宿屋には看板娘がいて飯とかも美味い。あ…でもどうだろう?街で何かしらの揉め事があって、助けた少女がたまたま宿屋の看板娘…そして親御さんにも気に入られる…ってパターンもあるなぁ。そう考えるとやっぱ繁華街か裏路地か?」
「そういうのは狙ってどうこうするもんじゃないと思うが…」
「ところでさ植田、この王都って何が有名なわけ?王都って名前の響きに惹かれて勢いで来ちゃったけど、特に目的ないんだよねー。」
「ん?王とか巨乳の王女に用があったんじゃないのか?」
「会ってみたいけどねー。あのだだっ広くて、無駄に背もたれの高い椅子とレッドカーペットだけあるような広間に、ホントにただポツンと座ってるもんなのか見てみたいじゃん?」
確かにそうだが動機としてはおかしい。
「でもさ、こっちから会いに行って会えるような相手じゃないじゃん?だったら何かしら偉業を成し遂げて、あっちから呼び出されないとじゃん?」
「おぉ、さすがにそこはわかってたか。俺はてっきり真正面から乗り込んで颯爽と捕まる流れかと…」
確かにその方が似合う。
「ま、とりあえず色々見て回ろうぜ!王都でもギルド証があれば内門の中まで入れるんだよな?」
「ああ。だが王都の場合は更に内側に『城門』ってのがあってさ、そこは特別な許可が無いと入れないらしい。ほら、あの城の周りにある城壁の中だよ。」
「マジかー。じゃあどうしよ?俺はどうしたら王族に会えるんだ?」
「ちなみに、会わないって選択肢は?」
「ハァ~~~…植田、お前は美味いと評判の食堂に入って何も食べずに店を出るのか?」
「いや、王族ってそんな“名物料理”的なポジションじゃないからな?その間違った認識を改めない限り、そう遠くない未来に死ぬぞお前…?仮にも冒険ものの主人公を名乗るなら、死ぬならせめてモンスターに殺されてくれよな。」
辛辣だがわからんでもない。
「そっか、じゃあ諦めるしか…」
「…だがまぁ、止めても聞かないんだろうし…よし、考えるか。」
赤池が諦めようとしたその時、頼れる男ウエイダが動いた。
「おぉ、マジか植田!何かしら名案が!?」
「俺にも手は無ぇよ。だがお前のラノベ知識を総動員すれば、もしかしたら活路が開けるかもしれん。もしお前に神の加護があるのなら、お前に都合のいい未来になるような強制力が働くかも…」
「なるほど!確かに『加護』とか『強制力』とかよく見た単語だわ!うんっ!」
赤池はテンションが上がってきた。
「で?何か使えそうな設定とかイベントは思い浮かぶか?」
「イベントかー。女子の学園ものだと『お茶会』とか『卒業パーティー』とかあるけど、王族が出そうなのだと『舞踏会』というか『社交界』というか『夜会』というか、やっぱそんな感じの優雅な集まりじゃないかなぁ?」
「ふむ…どれもこれも、フラッと立ち寄った冒険者が出られるやつじゃないな。」
「となると、貴族にツテが必要だな。“襲われてるのを助ける”ってのが一番ありがちだけど…」
「ちょっと運任せが過ぎるな。他には?」
「『生産職系』なら“強い武器とかポーションとか作って注目浴びる”とか、『戦闘系』だと“竜みたいな伝説級の魔物を倒した実績を買われる”とか…」
「ん~、能力的に可能性があるとすれば後者だろうが、結局運要素が強いなぁ。急がば回れ…地道に“冒険者ランク上げて名を轟かせる”ってのが、結局一番の近道なんじゃないか?」
「まぁそうだな。じゃあ適当な夜会にでも忍び込もうぜ!」
「お前はとりあえず“まぁそうだな”の使い方から正してくれ。そうか…やっぱり我慢できないか…」
「うん、我慢できない。漫画アプリのコメント欄にネタバレしちゃう奴くらい我慢できない。あ、“ネタバレになるから言えないけど”とか言って暗に“後で何かしら大事なことが起きること”をネタバレしちゃってる奴も同罪ね。」
「これまた何の話かよくわからんが…とりあえず面倒臭い奴って意味なのはわかったわ。お前ともどもな。」
「さぁ、そうと決まれば情報収集といこうぜ植田!酒場に直行だ!」
「ハァ…どう決まったのやら…いや、言うまい。」
ウエイダに幸あれ。
「…というわけで、貴族の集まりに忍び込みたいんだ。何か名案ないマスター?」
情報収集のため立ち寄った酒場で早速店主に絡む、酔っ払いよりタチの悪いシラフの赤池。
「あ、アンタ…マジか。」
「ああ、マジだ。行くよ舞踏会。」
「いや、“頭大丈夫か”って意味で言ったんだが。」
恒例のやりとりで困惑を露わにする店主。
「おい、そのくらいにしとけよアカイケ。場所が場所だし、ある程度は“酔った勢い”で済ませられるが度が過ぎると捕まるぞ?」
「フッ、捕まる?今やCランク冒険者であるこの俺が?ハハハッ、笑止!」
『ハマジリの街』ではEランクだった赤池だが、レッドキャップ討伐やその後の活躍によりなんとCランクまでランクを上げていた。駆け出しの冒険者にしては異例のスピード出世と言える。これもまた神の加護の影響だろうか。
「お前なぁ…そういう油断はラノベ世界だと何かしらの悪いフラグになるんじゃないのか?」
「おぉ、わかってきたじゃないか植田。確かにその通りだわ、気を付けなきゃ。」
「ところでアカイケ、流れに任せて入ってはみたが…こんな場末の酒場で本当に求めてる情報が手に入るのか?お貴族様なんぞとは全く縁の無い場所だぜ?」
「フッ、そう思うだろ?今さら言いづらいけど、俺も途中からそう思ってた。なんなら店に入る前から。」
「じゃあ言えよ!お前が来たいって言ったんだろ!?」
「いや、まぁいいんだよ。やっぱ冒険者といえば酒場じゃん?いろんなパターン考えたけど、急がば回れ…地道に“冒険者ランク上げて名を轟かせる”ってのが、結局一番の近道なんじゃないかって思うんだよ。」
「お前…よく人が言ったことをさも自分で思いついたっぽく言えるな。それさっき俺が言ったやつじゃねーか。多分だが一言一句間違ってないぞ。」
無意識でやってるのが余計にタチが悪い。
「だったらアカイケ、それなら酒場より冒険者ギルドの方がいいんじゃないのか?正式に依頼受けなきゃランクも上がらんし、うまくいきゃ貴族の警護みたいな依頼もあるかもしれないぞ?」
「あ~それもそうだな、じゃあ行こうか!酒場の雰囲気はもう堪能したし…」
「あっ、あー!ちょ待っ…ちょいと待っとくれやす!そこのお兄さん!」
立ち去ろうとした赤池達に、怪しげな男が声をかけてきた。
歳は赤池達と同年代、小柄で出っ歯に三白眼、頭に手ぬぐい、長いもみあげ…どう見ても胡散臭い。
「ん?待てって…俺に言ってる?というかアンタ誰?」
「アッシですかい?アッシは『ホリタ』、『商人』やらしてもらってやす。」
「え、商人?なんかいいもの売ってたりすんの?ちょっと見せ…」
「おっと、気を付けろよアカイケ。安易に気を許すな?」
警戒するウエイダ。
その理由は、単に見た目だけでなかった。
「どうにも怪しいな…アンタ、いつから聞いてた?」
「ん?どういう意味だよ植田…?」
「これでも店に入ってから周りの視線には警戒してたんだ。だがこっちの会話に大きな反応見せる奴はいなかった。」
むしろ全員が目を背けていた。
「アカイケが目立ったからな、話を聞いてそうな奴は何人かいたが…アンタは一度も目線を向けてこなかった。だがその割に、話はしっかり聞いていた…なぜだ?そして、いつからだ…?」
「え?あ~…えっとぉ~、“ほぇ~~…ここが王都か~!”のあたりから?」
「のっけからじゃねーか!店どころか街に入る前じゃねーか!」
思ってた以上にヤバい奴だった。
「やれやれ、じゃあ店に入ってから警戒しても遅かったってわけだ。俺もまだまだだな…」
「いや~、ふいに聞こえてきたお兄さん達の話がどうにも面白そうでねぇ~。悪いとは思いつつも、ついつい後をつけちまいやした。アハハ!」
「いやいや、そんな笑い事っぽい感じ出されても。寄って来るなよ、どう考えてもお近づきになりたくねぇわ。なぁアカイケ?」
「だな。詳しく聞いてみようぜ!」
「くっ、アウェイか…」
ウエイダはガックリと膝をついた。
「入り込みたいんでしょ?貴族の集いに。アッシなら…お力になれるかと。」
危険なシナリオが動き出す。




