【16】ゴブリンの棲む山(4)
ゴリュボキッ!
見回りのゴブリンはホンジンが軽くシメたが、チクサの絶叫が響き渡ったせいですっかり敵に存在がバレてしまった赤池一行。
だが逃げれば村に被害が及ぶため、逃げるわけにもいかない状況。つまりこのまま攻めるしかない。
「わ、私…もう…水炊きでいいです…」
「いや、“希望の調理のされ方”は聞いてないから。大丈夫だよチクサ、まだ慌てる時間じゃない。なぁ植田?」
「いや~、だいぶヤバいだろ。ゾロゾロ出て来たぞ。なんかもう“石を投げればゴブリンに当たる”ってレベルだな。」
「じゃあホンちゃん、ハイ!」
「ふんぬっ!!」
ホンジンは手渡された石を投げた。
一撃で三体ほど砕け散った。
「…チクサ、ハンバーグとか作るの得意?」
「ひ、ひぃいいい…!」
「え、えげつねぇ光景だな…退治しに来といてなんだが…」
「期待に応えたら応えたで、そんなリアクションなんですね…」
ホンジンは正解がわからない。
「さて…ここからが本番だな。ホンジンの一撃にビビッて、奴ら洞窟に逃げ込んじまった。攻め込まないと殲滅できねぇぞ。どうするアカイケ?」
「ん?どうするもなにも、行くっきゃないっしょ。植田は補助魔法でみんなを強化してくれよ。俺は『防御力』、チクサは『回避率』、そしてホンちゃんは『上腕二頭筋』。」
「いや、なんで最後のは部位指定なんだよ。まぁ不思議と異論は無いが。」
「じゃあ俺とホンちゃんが“特攻”で、植田が“後方支援”、チクサは“マスコット的存在”ってことで。」
「えっ、マス…私、料理すら必要ないです…?」
「まぁアタスらに任せてください。行きましょうかアカイケさん。」
「あっ、ちょっと待てアカイケ!お前…武器は?あの常闇の剣は…」
「あ~大丈夫、新しい武具玉があるから。おっと出所は聞くな?」
「いやわかるだろ。せめて買ってることを祈るよ。」
買ってるわけがなかった。
ウエイダの支援魔法を受けた赤池とホンジンは、ゴブリンが逃げ込んだ洞窟へと突撃した。入口で待って別動隊と鉢合わせてもマズいので、ウエイダとチクサも少し後ろをついていくことに。
「さぁ食らえゴブリン!」
「グギャッ!」
「ふんぬっ!!」
「ギョェエエエエエ!!」
武具玉から出た剣でゴブリンを斬り付ける赤池。
グーで粉砕するホンジン。
「ふぅ~…なんか開けたとこに出たね。つまりこれがドカーンの成果ってこと?」
「ええ、村長達がやらかしたドカーンの。おかげでいい迷惑ですよ。」
「でもまぁいいじゃん。意外と余裕で終わりそ…」
「ホンジン!避けろっ!!」
背後からのウエイダの声を受け、咄嗟にホンジンを突き飛ばした赤池。
するとそれまで彼女がいた場所に数本の矢が撃ち込まれた。
「チッ、やれやれ…悪い方を引いちまったか。気を付けろアカイケ、コイツが…」
「わかってる。見たまんまだよな…お前が『レッドキャップ』か!」
文字通り赤い帽子を被ったゴブリンが現れた。
レッドキャップは弓から手斧に武器を持ち替え、ホンジンに襲い掛かってきた。
ホンジンは不意打ちに動転して回避が遅れた。
ガキィイイン!
赤池がなんとか剣で防いだ。
「くっ、強い…!下がってホンちゃん、俺が相手する!」
「え…で、でも…アタス…」
「キシャアア!!」
キィン!
キィイン!
ガキィイイン!
なんと、赤池はレッドキャップの猛攻をギリギリでしのいでいる。
特に修行もしていないのにこの戦闘能力は異常だ。
「ふぅ、前の戦いの時からそんな気はしてたけど…どうやらあの神様の爺さんが、ステータス爆上げしてくれてるっぽいなぁ。でなかったら死んでるわー。」
「グルルゥウウ!」
「にしても…やっぱ言葉は通じないっぽいなぁ。戦って勝つしかないのか…。あ、ホンちゃん大丈夫?立てる?」
赤池は腰を抜かしてしまったホンジンに手を差し伸べた。
「ご、ごめんなさいアカイケさん…アタス…頼りにされてたのに…動けなくて…」
「まぁ村人だもんな、戦闘経験は無いもんね。そりゃ怖くもなるよ。」
「でも…!」
「あ、今も頼りにはしてるよ?でもさ、“頼りにする”と“守る・守られる”は別の話じゃん?今どき古いって言われるかもだけど、やっぱ男なら…守らなきゃな、女の子は。」
(ズッキューーーーン!!)
ホンジンはハートを撃ち抜かれた。
「さて…どうしようかな~。どうすればいいかな植田?」
「いや、すまんアカイケ!こっちはこっちで他のゴブリンの相手で手一杯だわ!」
残ったゴブリンの多くは、急な侵略者を警戒して遠巻きから見ている状況。
だが一部の好戦的なゴブリンが襲い掛かってきて、ウエイダはその対応に四苦八苦していた。
「え、えっと…木を…枯れ木を…そして火を…」
チクサは落ちている枯れ木を集めていた。
戦闘では役に立てないので、もはや打ち上げで腕を振るうための準備くらいしかできない。
「参ったなぁ、この状況だと俺が一人で頑張るしかないか…。身体能力は上がってて思った通りに体が動くって感覚はあるけど、超人的な力があるわけじゃないっぽい。となると…ぐわっ!」
「シャアアア!」
レッドキャップの攻撃。
赤池は100のダメージを受けた。
「さ、さっすがCランク…!植田の防御力強化があってこのダメージか…イテテ。これは…“これまで味わったこと無い痛みを味わって、改めて戦乱の世に来たんだってことを自覚して、主人公が取り乱す”っていう…例のよくあるパターン…」
ガキィイイン!
「…のはずが、そうはならないってことは…これ多分、『恐怖耐性』も付与されてるなぁ俺。いや~改めてありがと神様!」
日々の妄想のおかげで、赤池は自分が置かれた状況の理解が早かった。
「とはいえ、まだまだこの世界に不慣れな俺が、コイツを一人で倒すのは…うわっと!」
「キャッシャアア!!」
「くっ…!そうとわかれば短期決戦しかないよな!やっぱ“あの剣”しか…いや、でもな~んか忘れてる気がするんだよな~。なんか大事な設定を一つ…あっ!」
赤池はポケットから武具玉×5を取り出した。
「チクサ!煙幕頼むっ!」
「えっ、さ…『桜チップ』でいいです…!?」
「いや、燻製とか作らないから!そうじゃなくて、とにかく目くらましを!」
「はっ…ハイッ!」
チクサは集めた枯れ木に瞬時に火を起こした。
無人島でも活躍できそうな見事な手際だ。
「生木も加えてさ、とにかく煙を起こしてくれ!」
チクサは言われた通り動き、周囲は濃い煙に包まれた。
「グ…グルルウウゥ…!」
「おっと、動きが止まったな!ハハッ、どうだ見えないだろレッドキャップ?俺もだけどな!」
「お前もなのかよ!!」
ウエイダは見えないながらも突っ込んだ。
煙の異臭で鼻も利かない状況であり、他のゴブリン達も動けずにいた。
だが―――
「キシャアアア!!死ネェエエエエ!!」
ズバシュッ!
「ぐわぁあ!えっ、なんでバレ…というか喋っ…」
レッドキャップは真っ直ぐ斬りかかってきた。
赤池は野生の勘で避けたが完全には避け切れなかった。
「ハハッ!知能ガ無いト油断したロウ?敵の気配モ読めン雑魚が、コノ俺様ニ勝てるワケが…」
「…そうか、やっぱり言葉通じてたか。」
「グギャッ!?」
赤池はレッドキャップを力強くハグした。
「いろんなパターンの裏切りはラノベで予習済みでさぁ!こんな展開もあるかと思ってたよ!」
「ぬぐっ!?は、離セ…!」
「頼むホンちゃん!後は任せた!!」
「はぃいいいい!!」
ホンジンがレッドキャップに襲い掛かった。
しかし、敵の方が一枚上手だった。
「…ハハッ!甘いナ人間!ブフゥーー!!」
「えっ…ぶわぁっ!!」
レッドキャップは毒霧を噴いた。
ホンジンは視界を奪われた。
「ご、ごめんなさいアカイケさん…!アタス、また…」
「いいや、問題無いさ。さっき俺が頼んだ“後”ってのは、“攻撃”って意味じゃない。」
「えっ…?」
「そう、俺は大事なことを忘れてたんだよ…ホンちゃんの、職業をさぁ!」
「…ハッ!貴様…その玉ハ…!」
「へ…“変化”…!」
武具玉×5が武器化した。
赤池とレッドキャップの体を、五つの武器が貫いた。
「…う…うぅ~~ん…あれ?ここは…?」
目を覚ました赤池の目に広がっていたのは、満天の星空だった。
「あぁっ、アカイケさん!良かった…!」
「あ~、ホンちゃん。それにみんなも…。そうか、うまくいったみたいだな。」
ホンジンの膝枕から赤池が体を起こすと、ウエイダとチクサも近づいて来た。
「ったく、無茶しやがって…。回復魔法にも限界があるんだぜ?ホンジンのキャパ超えてたらどうするつもりだったんだよ?」
「あ~、そこはまぁ“主人公補正”でなんとか…ねぇ?」
「正直ヤバかったですよ、アタスだけじゃ…。ウエイダさんの補助魔法で増幅してなきゃ死んでましたね。」
「あ、あの…これ食べてください。血とかになるんで…その…」
「あぁ、ありがとチクサ。でも凄い色だな…材料が何かは聞かないでおくよ。」
賢明な判断だった。
「で、結局ゴブリンはどうなったの?全滅させたわけ?」
「いや、レッドキャップが死んだのを見て、残った奴らは逃げてったよ。事情が事情だし追ってまで殺すのは違うだろ?」
「あ~、そういやそうだった。ゴブリン倒せば終わりって話でもなかったなそういえば。」
「え…?これで終わりじゃないです…?」
「いやいや終わらんでしょ。正直、これであの村が潤うのかと思うと納得がいかない。」
「ああ、まったくだな。できれば滅んでほしいよな。お前は違うのかチクサ?“口減らし”とか言われてただろ?」
「で、でも…これまでお世話に…お世話に…お世話に?」
これといって未練は無かった。
「というわけで、とりあえずこのミスリル鉱山は没収しようと思う。」
「ハァ?没収?アカイケお前、何を…」
「これは、とある爺さんからもらったマジックアイテムでさ。容量は無尽蔵なわけよ。」
赤池は『アイテムボックス』を取り出した。
「こ、これ…アイテムボックスか…?こんな貴重な物どこで…しかも“無尽蔵”だと…?」
「その口ぶり…やっぱそうだよな。バレたら襲われそうだから隠してたけど、実は持ってたんだよ、こんな超チートアイテムを!」
「マジか…お前にしては賢明な判断だな。確かに殺して奪おうって奴がいても不思議じゃない。にしても、アイテムボックスか…なるほど。じゃあミスリルを?」
「ああ。採るだけ採ったら、あとは山ごとドカーンして逃げようぜ!」
そして、時は流れ―――
三ヶ月後。
赤池とウエイダの二人は、遠くの景色がよく見える小高い崖の上に立っていた。
「おー!おぉーー!見えた見えたぁーー!長かったぜ…あれが『王都』か…!」
「ああ、あれが目的地…この『オウリック王国』の王都だよ。俺も一度しか行ったことないわ。」
「途中色々あったけど、なんとか辿り着けそうで良かったわ~。」
「そうだな。だが良かったのかアカイケ?ホンジンとチクサは…」
「いいんだよ。連れてった方が助かるのかもだけど、やっぱ旅って危険じゃん?良さそうな村が見つかったんだもん、そりゃ置いてくよね。」
「ま、確かにその方があの子らのためだわな。なんたって…王都だもんなぁ。」
「えー?なにその感じ?なんかビビる要素あるわけ?王都だぜ?王様とか巨乳の王女とかいるぜ?会いたくね?」
「だからだよ!そういうとこだよ!お前のその“会いに行こう”って発想が恐怖でしかねぇんだよ!あとその“王女は巨乳”って決めつけもな!」
不安で仕方ないウエイダ。
だが赤池は当然、気にする素振りも見せない。
「さぁ、行こうぜ植田!巨…王都が俺を、待っている!!」
赤池は走りだした。
まるで打ち切り漫画の最終回のような感じで。




