【15】ゴブリンの棲む山(3)
女子二名を仲間に加え、ゴブリンを討つべく村を発った赤池一行。
日が暮れる前に片付けるということであれば、もう猶予は二時間も無い。
「で?ゴブリンはどこなのホンちゃん?さっき“裏山”とか言ってたし、そんな遠くないと思うけど。」
尋ねられた『療法士:ホンジン』は、回復系魔導士とは思えないほどムキムキしながら答えた。
「ええ。ミスリル鉱山はすぐ裏に見えるあの山で、ゴブリンの集落はその中腹にあります。」
「なるほどなるほどー。歩くと大体何分くらいかかるんだチクサ?」
もう一人の追加メンバー『料理人:チクサ』は、見るからに青い顔をしている。
「え…何分……“余命”です…?」
「どうしよう植田、こんなに絶望しきってる子を俺は見たことがない。」
「だな。まぁゴブリンのせい…かどうかは怪しいところだが。」
チクサはウエイダに近づこうとしない。
そしてさらに歩くこと三十分。
一行はゴブリンの集落が遠くに見える所までやって来ていた。
「さて…どうしよう?ノープランで来ちゃったけど、やっぱこのまま乗り込んだらマズいよな?」
「おぉ、意外にもちゃんと考えてたかアカイケ。半ば諦めてただけに喜びもひとしおだぞ。」
「じゃあさ、こういうのはどうだろう?まずはホンちゃんが単身乗り込んで、派手に全滅させる。」
「“まず”で完勝しちゃってるじゃないか。まぁ最も想像しやすくはあるが。」
「ハァ…やっぱり失礼ですねお二人は。アタスのこと何だと思ってるんですか?」
「んー、多分前世が『オーガ』?」
「少なくともあの村最強ではあるよな。」
まったく遠慮の無い二人。
「失礼な…。まぁこの見た目ですしね、わかりますけど。」
「えぇっ…わかるの!?よくいる無自覚系キャラじゃないんだ!“私のどこが強そうなんですか?”みたいな!」
「いやいや、それ現実から目を背けすぎじゃないですか?普通に鏡とか見ますし。というか自発的に鍛えもしないで、こんなキレッキレな肉体になると思います?」
なんと、ホンジンは自分の立ち位置を理解していた。
「な…なんかごめんホンちゃん。セオリー的に、どうイジッても通じないと思って色々言っちゃってたわ…マジごめん。」
「まぁいいですよ。次は“ゴリュボキッ!”っとしますけど。」
明らかに死にそうな擬音だ。
「でもさ、やっぱ女の子なんだし可愛いと思われたいとか…」
「だって、努力で綺麗になれる範囲って限界あるじゃないですか?目鼻立ちとか骨格とか。だったらそんな自分のせいじゃないとこで悩んでないで、伸ばしやすいところを伸ばすした方がいいかなって。」
「ヤバい植田、この子カッコいいわ。主人公向きだわ。」
「ああ。ノリでチャカしてた自分が恥ずかしいぜ。」
二人は心底恥じた。
「…というわけで、そうこうしてる間にかなり近づいたわけだけど…どうする?いい加減方向性決めないとな。」
「あ、あの…!」
「ん?どうしたチクサ?」
さらに歩き、ゴブリンの集落が間近に見える所までやって来た一行。
するとそれまで黙りがちだったチクサが意見を出してきた。
「は…話し合いとか無理です?も、もし争わないで済むなら…その…」
「話し合い?いやいや、無理だろそれは。ゴブリンだぜ?話が通じる種族じゃ…」
「おっと、それはわかんないぞ植田。確かに下位のゴブリンだとそうだろうけど、“上位種”がいるなら話が変わってくるだろ?『ホブゴブリン』とか『レッドキャップ』、作品によっては『ゴブリンリーダー』や『ゴブリンキング』みたいなのがいるんだけど…心当たりは無いか?」
「あ~、確かにいるぞ。レッドキャップはかなり好戦的な奴でな、もしいたらCランク案件だわ。話し合いどころじゃない。だが意外と理性的って噂の『ホブゴブリン』ならあるいは…」
「よし、じゃあその線でいこう。ホブゴブリンを説得だ!」
「いや、そんな一方的な願望…。説得もなにも、肝心のホブゴブリンがいるかどうかは運だろ?」
「ハァ~~…まったく植田はこれだから…。諦めたら終わりなんだよ!願えば、きっと叶うんだ!」
「アカイケ、もしかしてお前…」
「…うん。なんか…名言っぽく言えば、勢いで叶うかなって。」
さすがの赤池も無茶だとは思っていた。
「ま、いいんだけどさ。いなきゃいないで…」
「…シッ!て、敵さんが…出て来たです!」
敵影にいち早く気付いたチクサが、赤池を制止した。
「どれどれ、十…二十…三十…四十くらいいるよなぁ。そして多分まだ中にも…。村長の予想より多そうじゃん。ヤバくね?」
「やれやれだな…。どう考えても正攻法じゃどうにもならんだろこれ。」
「んー、そうだなぁ…じゃあ『料理人』のチクサが腕を振るって、胃袋を掴むってのはどうだろう?」
「えっ、私が…!?で、でも食材とか…」
「それはもう現地調達しかないねー。例えば…ゴブリンとか?」
「とんでもねぇ宣戦布告じゃねーか!怒りに震えて余計に強くなるわ!」
「そうは言っても植田、この状況で『料理人』にできることなんて…」
「ちょっ、誰もが目を背けていた事実をお前…」
チクサはどこか一点を見つめながらプルプルと震えている。
「で、でも大丈夫大丈夫!異世界ものにはさ、『不遇職系』ってジャンルがあるんだわ!」
「不遇職…またお前の世界のラノベとかいうやつの話か。どんな話だ?」
「例えば戦闘系の職業が求められる世の中で、主人公は『鑑定士』とか『鍛冶師』みたいな非戦闘系の職でさ、みんなに雑魚扱いされんの。でも実は『鑑定士』は鑑定スキルで敵の弱点とか色々見れたり鑑定結果を書き換えれたり、『鍛冶師』は普通は絶対手に入らない最強の武器とかサクッと作れたり、とにかく“知られてなかっただけで実は最強”なのよ。」
「なるほど、それで不遇職か。言葉の響きはなんとなく不幸っぽいけど…不幸ではないよな?」
「うん、全然不幸じゃない。大体の物語が第一話から早速不幸じゃない。主人公目線では不幸でも、読者目線だと夢と希望に満ち溢れてる。それが不遇職。」
「で、お前はチクサの『料理人』がその不遇職じゃないかと…?」
「まぁ料理が得意な奴は普通に料理で無双するのが一般的なんだけど、戦闘面で考えても『料理人』はワンチャンあるかなって。」
「随分と無理矢理な理屈だなぁ…お前の願望じゃねーか。それともアレか?何か心当たりとかあったりするのかチクサ?」
「えぇっ!?な、無いです無いです!ホントにただ、ちょっとした料理が作れるくらいで…」
「えー、マジでー?何かあるんじゃないのー?敵の急所が光って見えるとか、どんな敵でもこんがりと美味しく焼けるとか?」
「だ、だから全然無くて…普通に弱い職業なんで…」
「いいや、諦めちゃ駄目だ!そういう決めつけが不遇職を生み出すんだよ!想像してみてくれチクサ、身の丈を超す大包丁とフライパンを振り回すホンちゃん…弱そうか?」
「ま…『魔王』です…?」
「やっぱり失礼ですね…。お望みならこんがり美味しく焼きますよ?」
ホンジンはフライパンを振り上げた。
二人は土下座で対抗した。
「というわけでチクサ、もっと自信を持っていこうぜ!まずは口に出すことから始めよう。」
「『言霊』ってやつだな。確かに言葉に結果がついてくるって考え方もある。そのくらいなら試しても損は無いよな。」
珍しく赤池とウエイダの意見が合った。
「じゃあ言ってみよう!“お前らなんか私が軽く料理してやるよ!”セイッ!」
「えっ、そんな上手いこと言わされるです…?」
「そこはホラ、やっぱ料理人感は出せる限り出さないと。」
「まぁ諦めろチクサ。こうなったら退く奴じゃねーよコイツは。別に痛い怖いって話でもないしな。」
「う、うぅ…ハァ~~…」
ウエイダに促されると、チクサは涙が出そうな目をグッとつぶり―――
「ご、ゴブリンなんて…わ…私が軽く、料理してやるですよっ!」
そして目を開けると、見回り中のゴブリンと目が合った。
「うっ…うっぎゃーーーーーーー!!」
とっても盛大にバレた。




