【14】ゴブリンの棲む山(2)
「と、いうわけで!この俺…『勇者:赤池』がみんなを助けに来たぞ!」
寄合所についた赤池は、開口一番そう叫んだ。
状況的に赤池がギルドから派遣された人間だと察した村人達は、隠すことなく露骨にガッカリした。
「…村長、こりゃあもう…いよいよですなぁ。」
「うむ、もうこんなのしか派遣されんとは…ここまでかのぉ。」
「フッ、皆の期待が突き刺さるぜ。なぁ植田!」
「いや、耳詰まってんのかお前?どう考えても絶望してるだろ。まぁ助けに来た人間に向かって言うセリフじゃないとは思うが。」
村人達はだいぶメンタルがやられていた。
「まぁ言いたいことはわからんでもないが、信じて任せてくれ。これでもギルドの基準ランクは満たしてんだぜ俺達?」
そう言って村人達をなだめるウエイダ。
すると、奥から大柄な村人が現れた。
二メートルほどの巨体で筋骨隆々としており、明らかに赤池らよりも強そうだ。
「…なるほど、腕試しってわけか。どうする植田?」
「いや、どう考えても見掛け倒しだろ。もし本当に見た目通り強いなら、ゴブリンとか素手で引き千切りそうだし。」
「ひ、酷い…グスン。」
「アンタら…生娘になんてことを…」
なんと女の子だった。
「…植田、今のは駄目だと思う。見た目で判断しちゃ駄目だぞ。」
「あ、あぁ…確かに失言だった。でもアカイケ、お前の今のも失言だからな?“見た目は引き千切りそう”って言ってるのと同義だからな?いや、まぁ…とにかく申し訳ない。謝るよ。」
「まぁいいですけど…次また言ったら引き千切りますよ?」
「やっぱできんのかよ。じゃあ謝る必要なかったじゃねーか。」
ウエイダは釈然としなかった。
代わりに細かいことは気にしない赤池が続けた。
「で、結局のところどうなのさ?やっぱ俺らは信用できないってこと?できれば話くらいは聞かせてほしいんだけど。」
「いや、だがしかし…」
「ちなみに俺達、つい最近トロールとインプを倒してるんだぜ?」
「なっ!?トロールと言えば、C寄りのDランク…」
村人の赤池を見る目が若干変わった。
「あと武器屋の店主。」
「って倒しちゃったのかよ!あれか、途中急にいなくなって妙に帰りが遅かったあの日か!怖ぇよお前!」
ウエイダも見る目が変わった。
「村長、どうしやす?じきに夕方…夜は遠くない。このまま我々だけで挑むくらいなら、この兄ちゃん達を生け贄にした方がまだ…」
「ふむ。それで今日は凌げるやもしれんな。」
「いや、本人の前でそんな物騒な話してんじゃねーよ。邪悪すぎるだろ。もしかしてアンタら、何か悪さしてゴブリンに恨まれてるとかじゃねぇよな?」
「なっ!?失敬な!そんなことあるわけ…」
「まぁいいじゃんか植田、話してくれそうな流れにはなったんだし。変に喧嘩売るのとかやめようぜ?」
「チッ…お前にたしなめられるとはな。わかったよ、聞いてやろうじゃないか。」
「ああ、いいだろう。あれは…今から十日ほど前の話だ。」
村長の爺さんはおもむろに話し始めた。
「この村には特に名産品など無く、寂れる一方だったんだが、なんと裏山に『ミスリル』の鉱脈が見つかってな。」
「うわっ、出たミスリル!実際どんなものかイマイチよくわかんないけど、ゲームやラノベなんかだとなんかいい武器の原料とかになるやつ!あと『オリハルコン』とかね!」
赤池はテンションが上がってきた。
「その鉱脈を開拓すべく、なんというか、こう…爆破?みたいな。ドカーンと。その…ゴブリンの集落ごと…?」
「それだろ!思いっきりそれだろ発端!つーかアンタ、今の普通に恨まれてる自覚ある奴の言い方だったぞ!?」
「そうは言うが旅の人、ゴブリンだぞ?ほら、なんか…キモいだろう?邪魔なゴブリンが価値ある鉱脈付近に陣取っていたら、そりゃ普通ドカーンだろう?」
「ま、マジかよ…なんか助ける気が無くなってきたぞ…。なぁアカイケ?」
「ん?いや、普通ドカーンじゃね?」
「そうか…お前もか…」
ウエイダはアウェイに放り込まれた。
「ん?お前はあれかウエイダ、家畜が出荷されるシーンとか見たら肉を食べられなくなるタイプ?綺麗事だよそんなの。なんだかんだ言っても結局肉は食べるし、ゴキブリは見つけ次第潰すもん。そうなるとやっぱゴブリンはドカーンだよね。」
「ま、まぁ言わんとすることはわかるが…意外とドライなんだなお前。もっと情に厚い奴かと…」
「んー、ゲームとか散々やったからなぁ…モンスター系は狩り慣れてて、ちょっと容赦無いかも。少なくとも前のトロールみたく言葉も喋らないような敵なら、まぁ気にせずドカーンできるかな。」
そう淡々と語る赤池。非情のようではあるが、魔獣や野盗が平和を脅かすこの物騒な世界において、敵に情けをかけるのは命取りになりかねない。珍しく赤池の方が合理的だと言える。
「そうか…そうだよな。確かにお前の言う通りだ、アカイケ。俺が間違っ…でもこの村の惨状が自業自得なのは間違いないよな?」
「あー、うん。そこは揺るぎないね。しかも取り返しのつかない系だよな。」
「だよな?だがまぁ…受けちまった依頼だし仕方ないのか…やれやれ、やるか。」
ウエイダは腹をくくった。
「じゃあちょっと話を整理しようか。つまり…その…あれだ、植田頼む。」
「できないなら最初っから言うなよ。えっと…まず始まりは一週間前、村人側がゴブリンの集落をドカーンしたのが原因だよな。それから毎晩ゴブリンが村にやってきて、何かしら破壊したり家畜を奪って去っていく。抵抗した奴は殺されたって話たが…裏を返せば大人しくしてりゃ大丈夫って意味か?」
「うむ。家に押し入ってまで殺そうとはしてこんかったなぁ。」
「てことはつまり…恨んじゃいるがわざわざ殺そうとまではせず、村を壊すだけにとどめてる。ドカーンのせいで恐らく食うに困ってて、仕方なく家畜を…。うん、随分と良心的なんじゃないかアカイケ?」
「だな…。なんかさっきまでのドライな感情が揺らいできたわ。“どう見ても加害者”って方についた弁護士ってこんな心境なのかなぁ?」
“勝ったら正義”とは限らない。
「まぁいいや!行くとなったら後は見ない主義だ、前だけ向いていこう!どうせ戦うんなら待つんじゃなくて攻め入ろうぜ植田!」
「奇襲か…それは敵の戦力次第だな。村長、ゴブリンは何匹いるんだ?」
「むぅ…、村に来るのは十匹ほど…恐らく集落には、最低でも三十はおるかと。」
「じゃあ無理だろ。いくら奇襲って言っても、二人でその数はさすがに…」
「だったら、アタスが一緒に行きましょう。」
名乗りを上げたのは、先ほどひと悶着あったムキムキ女子。
よく見ると髪は二つのお団子にされており、ほどけば少しは女子っぽく見えそうな気がしないでもないようで、やっぱりそうでもない。
「アタスは『ホンジン』。歳は十六…去年成人してるので、他のお爺ちゃん達よりはお役に立てるかと。」
「おっ、出た“十五歳で成人”設定!なんで異世界って成人年齢低いパターン多いんだろ?理由わかる植田?」
「ん?お前の世界じゃもっと遅いのか?こっちは早く独り立ちして自分の食い扶持は自分で…って感じでな。」
「そうか、なるほ…十六!?えっ、そのナリで十六!?日本だとJK!?」
ビックリが遅れて来た。
「まぁアタスなんかじゃ、大した力にはなれませんが…」
「いや、先頭に立ってくれるだけでかなりの威嚇になると思うが…ちなみに職業は何なんだ?」
「え、何言ってんだ植田?そこは普通に『村人』なんじゃないのか?」
「ハァ?そんな大雑把なくくりのわけないだろ?村にだって宿屋とか道具屋とかあるんだから、働いてる成人なら何かしら職業あるぞ。」
「あ~、確かにそりゃそうか。じゃあ彼女の場合…『オーク』とか?」
「いや、それ“種族”だから。まぁ気持ちはわかるが。」
随分と失礼な物言いだが、それも無理も無いくらいホンジンは戦闘向きの体型をしていた。
「アタスは『療法士』…回復を司る職なのです。」
想像と180度違った。
「えっ、いや、それはちょっと…なぁ植田?」
「あ…ああ。こうもギャップに惹かれないケースもなかなか無いな。」
どう反応していいのかわからない二人。
するとその様子を見て、村長が動いた。
「そういうことなら、もう一人つれていくがいい。おいチクサよ。」
「えぇっ!?わ、私!?」
なんと、最初に出会った少女が名を呼ばれた。
「この子はまだ十歳ほどだが、見た目に寄らず刃物の扱いが得意な子でな。」
「マジで村長?へぇ~、なんだよチクサ~!やればできる子なんじゃ~ん!」
「い、いや!そんな、そんなことは…その…なくて…」
「謙遜しなくていいって~。なぁ植田?」
「ああ。その歳で村長から推されるとか大したもんだよ。ちなみに刃物って何系なんだ?」
「えっと…『包丁』?」
「『料理人』じゃねーか!どう考えても戦闘面じゃ“調理される側”だろ!?なんでこの子なんだよ村長!?」
「ん~~……“口減らし”的な?」
「闇が深ぇよ!なんなんだよこの村はオイ!?」
滅んで然るべきかもしれない。




