【13】ゴブリンの棲む山
見事トロールとインプを撃退した赤池一行は後日、冒険者ギルドにて表彰を受けた。
Fランク冒険者だった赤池はEランクに、EランクだったウエイダはDランクにそれぞれ昇格。報奨金もそこそこ貰えた。
共に戦ったオウザンとカクから仲間に誘われるも、「しばらくはのんびり遊びたいから」と断った赤池は、先日は行けなかった防具屋へ向かおうとしていた。
「さて…今日は金もあるし、ちゃんと大通り沿いの店に行こうぜ植田!」
「そうだな。防御の大切さは改めてわかったしな。」
「うっかり武器屋のオッサンに会っても面倒だし。」
「って結局返済する気ねぇのかよ。まぁクソみたいにショボい剣を売りつけやがったしな、どっちもどっちか。だがその魔剣…武器は本当にそいつでいいのか?」
「あー…これなー…。あの後、急にブッ倒れて三日も動けなかったしなー。」
凄まじい攻撃力を発揮した『常闇の剣』だが、それだけに代償も大きかった。
「ま、やっぱ使いこなせるようになるまでは、しばらく封印するしかないかな…」
「じゃあ防具屋のあと武器屋も行っとくか。」
「えー、また盗るのー?」
「いや買えよ。ギルド証剥奪されるぞ?」
その日は大通りの防具屋と武器屋を巡り、時間をかけてゆっくりと装備を選びつつ、一通りの装備を揃えることができた二人。そのまま宿を取り一夜を明かした。
そして翌日。赤池は初めての依頼を受けるべく、再び冒険者ギルドを訪れたのだった。
「おー、誰かと思えば時の人たるアカイケニャン。よくいらしたニャ。」
「えへっ、来ちゃった☆」
「いや、そんニャ“無断で家に来ちゃった彼女”みたくされても困るニャ。」
受付嬢は軽くあしらった。
「今日は依頼を受けに来たんだ。Dランクの植田とパーティ組んでれば、Dランクの依頼を受けられるってマジ?」
「まぁマジではあるニャ。でもさすがに二人で挑むのはキツいのばっかニャ。」
「そうだぞ赤池。前にも言ったがあのトロールがDランクだからな?」
「でもさ、確かトロールはC寄りのDなんだろ?だったらE寄りのDランクの依頼ならいけるんじゃね?」
「ま、まぁ理屈上はそうかもだが、お前はEになりたてなんだぜ?そしてDになりたての俺と二人だ。最初の依頼ならEランクを受けるのが妥当だと思うぜ?」
「いいや、Dだ!初戦でC寄りのDランクを倒した勢いに乗っていきたいんだよ!高レベルの依頼をガンガンこなして、レベルやランクをガンガン上げて、そして伝説になるんだ!」
前向きと取るか無謀と取るか悩ましいところだった。
「言いたいことはわかるがアカイケ、でも最初くらいは様子見でEの…」
「Dだよ絶対にD!Eとかもう響きからして良くない。“どうでもE”的な。てゆーか、この世にDよりEの方がいいものとかある?無いよね?はい論破!」
「オッパイだったらどうニャ?」
「じゃあEで。よし、Eでいこう。なんならFで!」
赤池は秒で論破された。
「てなわけで、Eランクでイイ感じの依頼ってあるかな?Eランクだけに。」
「ん~、じゃあ『ゴブリン討伐クエスト』とかどうニャ?」
「おぉ、ゴブリン!それっぽい!じゃあFランクだと『スライム討伐クエスト』とかになるわけ?それとも『薬草採取クエスト』みたいな非戦闘系?」
「まぁどっちもって感じニャ。それだけ詳しいってことはゴブリンについての説明は不要かニャ?」
「あれでしょ?なんか緑っぽい肌の色で腰ミノ巻いてこん棒持って“小鬼”って感じの奴でしょ?」
「よくご存じニャ。じゃあ決まりニャ?」
「オッケー!じゃあ早速手続きを…」
「いやちょっと待てアカイケ、まぁ落ち着け。」
赤池は勢いに任せて話を進めようとしたが、ウエイダは慎重だった。
「なぁ受付のアンタ、ゴブリンって…アイツら群れで行動するだろ?雑魚かと思って舐めてた結果、数に圧されて返り討ちにあった奴らの話とかたまに聞くぜ?ギルドとして許可して平気なのか?」
「でもこの人、一回痛い目見た方がいいかニャって。」
「いやいや、一杯痛い目見ちゃうだろ。下手すりゃ死ぬぜ?」
受付嬢は可愛い顔して結構スパルタだった。
「まぁいいよ植田、受けようぜゴブリン退治。DからEに妥協したんだ、これ以上下げなくていいだろ?」
「けどお前、まだ自分の戦闘スキルもよくわかってないじゃないか。俺はあんまり戦えないぜ?一人でゴブリンの集団とどう戦う気だよ?」
「ん~…やっぱ範囲攻撃できないとキツいかな?」
「まぁ最低でも四人以上のパーティーで挑むのが定石ニャ。」
「なるほど。つまり二人で達成したら目立つと?」
「というわけで私はギブアップニャ。ご冥福を祈るニャ。」
「いや、幸運を祈ってくれよ…」
ウエイダは見捨てられた。
話の通じない赤池を誰も説得しきれず、結局そのまま二人で旅立った赤池一行。対トロール戦と比べて敵のランクこそ低いものの、危うさという意味では大差ないのかもしれない。
「で、あれが問題の『ブロンタ村』か。確かになんか、滅んでる感が満載だなぁ…煙とか立ち昇ってるし。」
楽天家の赤池が思わず引いてしまう程に、村は荒れ果てていた。
話の流れ的にゴブリンの仕業と見て間違いない。
「な?こういう酷ぇことすんだよゴブリンってのは。」
「ま、マジかゴブリン…見損なったぜ!」
「いや、“信じてた仲間に裏切られた”みたいなノリで言うなよ。最初から敵だろうが。」
「んー、ちょっと舐めてたわゴブリン。こりゃちゃんと作戦立てないとだな。」
「だろ?まぁ見たところ今はいないみたいだから、少しは時間ありそうだな…。恐らく夜になったらまた来るんだろうが。」
「じゃあ罠でも作って…」
「それが有効かは敵の数次第だな。だからまずは生き残りを探して敵の情報収集…って感じじゃないか?」
「生き残り…つまり、いわゆる『くっ殺系女子』か。」
「くっこ…え、なんて?」
「なんだよ察しが悪いな植田。敵に襲われ逃げきれず、まさに純潔を奪われようというその時!このまま犯されるくらいなら、いっそのこと…という思いを込めて、“くっ!殺せ…!”とか言っちゃう女戦士のことに決まってんだろ?」
「お前の世界ってそんなイカれた常識があるのか…。そりゃお前もそうなるわけだわ。」
誤解だが無理もなかった。
「あ、あのぉ…もしかして、冒険者の方…ですか…?」
「ん?どこからか声が…おっ!人だぞ植田!」
恐る恐る声をかけてきたのは、十歳ほどと思われる少女。
割れた窓から少しだけ顔を出し、プルプルと震えながら外の様子をうかがっている。
「えっと、キミはこの村の子だよな?怖がらなくていい、俺達は味方だから。他に誰か大人はいないのか?」
ウエイダがそう言うと、少女はホッと胸を撫で下ろし、扉を開けて二人を中に招き入れた。
「お招きありがとう謎の少女よ。俺の名は赤池。あとこんな感じで相手を油断させて家に押し入る手口で有名なコイツは植田ね。」
「ッ!!?」
「いや人聞き悪すぎる嘘はやめろよ。キミも真に受けなくていいから。」
「つ…詰んだです…?」
「詰んでないから大丈夫。恐れるべきは俺じゃないってのは、まぁじきにわかると思うわ。」
少女は未だ震えが止まらない。
「で、さっきも聞いたが他に誰かいないのか?またゴブリンどもが来る前に、できる限りの手を打ちたい。」
「…と、見せかけて…?」
「いや、だから妙な手口じゃないから。おいアカイケどうすんだよ?この子、完全に心閉ざしてんぞ?」
少女が落ち着くまで小一時間かかった。
「ふむ、なるほどなるほど~。それは大変だったなぁ…怖かったろ?チクサ。」
「あ、はい…とっても…グスッ。」
少女…改め『チクサ』の話によると、村は一週間ほど前からゴブリンの襲撃を受けており、自力での解決は難しいためギルドに討伐依頼を出したらしい。
ウエイダの予想通り、敵は毎夜深夜に現れてはひとしきり暴れ村を破壊した後、家畜を一定数略奪して去っていくのだという。抵抗した村人は惨殺されたそうだ。
そのため現在、生き残った大人達は寄合所で今夜の対策を練っているとのこと。
「でもさぁ植田、今さら対策練ってどうにかなるのか?」
「ならんだろうな。そもそも勝ち目が無いからギルドに依頼がきてるわけで…まぁ今夜をどう乗りきるかって話だろ。戦力も無いんだよな?」
「は、はい。大人の男の人は、もう半分くらいに…」
「なっ!?それは…上半身?それとも下半身?」
「いやグロ過ぎるわ!どう考えても人数の話だろ!もしそんな状態で動いてたら、もはやそいつらも討伐対象だよ!」
「じゃあまぁ…とりあえず俺らも寄合所とやらに行こうか。教えてやらないとな、この俺という希望が…ひょっこり顔を出したってことを!」
「いや、もうちょっと期待感持てそうな表現にしてやれよ。行きつけの飲み屋に顔出す程度に聞こえるぞ。“どう?開いてる?”みたいな。」
「というわけで、案内してよチクサ。」
「え、でも…」
「さもなくば、ここで植田と二人にするよ?」
「ひ、ひぃいいい!」
「テメェいい加減にしろよアカイケ!出るとこ出るぞオイ!」
「えっ、お前が…ボン・キュッ・ボンに…?」
「裁判的な意味でな!?なんで今の流れで俺が胸とか尻とか強調するんだよ!変態かっ!」
チクサはさらに距離を取った。




