【12】始まりの街(5)
どう考えても場違いな武器を手に、死んだと思われていた赤池が帰って来た。
全身傷だらけではあるものの、トロールの一撃を食らったにしてはピンピンしている。
「あ、アカイケ…お前なんで生きてるんだ…?」
「ごめん植田、俺そういう難しいのわかんないや。」
「いや、そんな哲学的な意味じゃなく。」
「まぁ、よく漫画とかであるじゃん?後ろに飛ぶことでダメージを受け流す的な。あれやったら素早さ凄すぎたせいで飛びすぎてさ。勢い余って店に突っ込んで大騒ぎよ。」
「なんか褒めるべきか貶すべきか悩ましいが…とりあえず生きててなによりだわ。だが今の状況は…」
現状を説明しようとするウエイダの肩に、そっと手を置く赤池。
「じゃあ頼むよ植田、俺にとびっきりの攻撃力を。」
「お、お前…マジか。」
「ああ、マジだ。倒してくるよトロール。」
「いや、“頭大丈夫か”って意味で言ったんだが。そんな武器でお前…」
あまりにも無謀であるため止めようとしたウエイダだが、赤池が素直な聞くはずもなかった。
「フン、誰に向かって偉そうな口きいてんだい?女王様とお呼び!!」
赤池は妙なキャラ設定のまま駆け出した。
「さぁこのムチを食らいな!そしてロウソクからほとばしる赤き情熱を浴びちゃいなよ!」
赤池は全力でフザけているようにしか見えない。
これまでとはまた違った地獄絵図だ。
しかし、違うのは場の空気感だけではなかった。
「なぁ若いの、アレはお前さんのツレか?」
「あ、ああ。あまり認めたくもないけどな。あんなフザけた…」
「だがなんだか、トロールのやつ…翻弄されてるように見えんか…?」
「え…?そ、そういう言えば…」
オウザンの言うとおり、あれだけ狂暴だったはずのトロールが、赤池を前にただ右往左往しているという今の状況は、確かに不自然だった。
「あのムチとロウソク…もしかして何か特別な効果があるんじゃねぇのか?」
「いや、あの店にあったやつなんてただの変態のテイミング用…ハッ!てことは、まさか…!」
ウエイダは何かに気が付いたようだ。
「オイどうしたよ、何かわかったのか?」
「あ~…まぁ多分な。テンパってて考えるの怠ってたが、よくよく考えれば不可解な点がいくつかあったんだ。」
ウエイダは、たったいま頭に浮かんだ推論を整理しながら話し始めた。
「あのトロール…かなり大雑把な攻撃する割に、アカイケやオウザンを狙い打ちした時なんかは妙に鋭いとこ突いてきた。オウザンなんかは完全に死角にいたにも関わらずだ。」
「そ、そういやそうだな。」
「そして戦闘うんぬん以前に、そもそもこんな街中に偶然入れちまうような化け物じゃないよなアイツ?ここは平和な街だ、あんなのが近くにいる時点で不自然なんだ。誰かしらの手引きがあったと考えた方が合点がいく。」
「なっ…じゃあアレは誰かの手下だってのかよオイ!?」
「ああ。今アカイケがテイミングを邪魔できてるってので駄目押しだな。倒すべき敵は、他にいる。」
ウエイダが話し終えると、途中から話を聞いていたカクが合流してきた。
「面白ぇ読みじゃねぇの。けどよぉ、だからどうしろってことよ?見えねぇ敵は討てねぇぜ?」
「ああ、それを今考えてる。敵はそう遠くない…こちらを視認できる場所にはいるはずだ。どうすれば見つけられる…?」
やっと見つけた微かな手掛かり。これを逃せば全滅は避けられない。
トロールを完全に支配できていたことから、敵はかなり近い場所から操っていると思われたが、それらしい場所を調べても何も見つからなかった。
「さぁ言いなさいよ!気持ちいいって言ってたごらんなさいっ!」
「グエッ、グェエエエエエエ!」
「ってもうちょい静かにやってくんねーかなアカイケ!?折角の緊迫した空気感が台無しなんだわ!」
赤池は完全に女王様になりきっている。
トロールもどこかまんざらでもなさそうな感じだ。
「チッ、どこだよ操ってる奴は…!?なんか…なんか違和感があるんだ…それさえハッキリすれば…!」
「さぁ振りなよ!もっと振りなよしっぽを!」
「いや、だからうるせ…」
「そのだらしなく伸びきったしっぽをさぁ!」
「ッ!!」
「むっ!?どうした若いの!?」
「しっぽだオウザン!前に図鑑で見たトロールには、あんなに長いしっぽは無かった!」
ウエイダが叫ぶと同時に、オウザンは駆け出した。
そして落ちていた大剣を拾い、しっぽ目掛けて振り下ろした。
「ギョガァアアアアアアアア!!」
会心の一撃!オウザンはトロールの尾を斬り落とした。
するとその断面から、手のひらサイズの魔物が現れた。『インプ』だ。
「チッ、バレちまっちゃ仕方ねぇ…!逃げあっちぃ!熱っ、やめろ貴様!!」
赤池がインプにロウをかけている。
「なぁ植田、これは何者?こいつもお客さんかな?」
「何の商売のつもりかは敢えて聞かずにおくが…まぁ敵の親玉だと考えてくれ!やっちまえよ英雄!」
「オッケー。じゃあ遠慮なく…うわ痛っ!」
インプの攻撃。
間一髪で避けた赤池だが避けきれず、頬にダメージを受けた。
「ケッ、俺様も舐められたもんだぜ。これでも悪魔の端くれだ、人間ごときにやられてやるほどあっちぃ!だから熱いんだよ空気読めよ貴様ぁ!」
「フン、甘いなチビっこ!戦闘中に油断してる奴が悪いんだよ!」
赤池の容赦ない攻撃。
だが、敵の方が一枚上手だったようだ。
「…フフッ。ああ、その通りだな。やれぇトロール!!」
「なっ!?わっ、あわぁあああああ!!」
なんと!赤池はトロールに飲み込まれてしまった。
油断していた隙に、トロールの支配権を奪い返されていたようだ。
「なっ、アカイケェーーー!!」
「ギャハハハ!残念だったなぁ人間ども!いくらあの小僧が常識外れでも、コイツの胃袋を突き破るなんざ…」
「“変化”!!」
「ギャッ!?ギェアアアアアアアア!!」
なんと!トロールの腹から槍が突き出てきた。
そして中から、赤池の声が聞こえてきたのだ。
「いやー良かったわー使える武器になって。ハズレ武器だったら詰んでたなー。」
「なっ、アカイケ!?その言い回し…武具玉か!えっ、じゃあさっきのは…」
「ま、奥の手は隠しといた方がカッコいいかと思ってさ。ムチとロウソクは武具玉じゃなくて店からパクッ…強奪してきた現物だよ。」
「言い直した方が格段に響きが悪いが…とりあえずでかした!」
苦しそうに血を吐くトロール。
だがその勢いに乗って赤池が脱出するのはさすがに難しそうだ。
「フン、一矢報いたのは褒めてやろう。だがここまでだ人間よ!このまま消化されてしまうがいい!」
「フゴッ!フゴォアアアアア!!」
「ど、どうにかできんのか若いの!?このままじゃ変態のお仲間が…」
「語弊のある言い方はやめてくれ、俺まで変態みたいじゃねぇか!せめて“仲間の変態”と…って、そうじゃなく…チッ、どうすれば…!」
ウエイダは混乱しており、名案は浮かびそうにない。
だがなんと、赤池の口から思わぬ言葉が飛び出した。
「いや、問題ないよ…いけそうだわ。ちょっと吐いてくれたおかげで腕が動く。これなら鞘から抜けそうだ。」
「なっ、鞘からって…何が…?何を企んでやがる人間!?」
「あ、アカイケ…お前まさか、“アレ”まで…!?」
「さぁ、闇を食らいて力を示せ…『常闇の剣』よ。」
ズズッ…ズゴォオオオオオオオオオオオ!!
「ギョヘァアアアアアアアア!!」
トロールの絶叫とともに、槍の穴から漆黒の竜巻が立ち上ぼり、しばらく激しく渦巻いてから霧のように消えた。
トロールの姿もまた跡形もなく消え去り、代わりにそこに残されたのは…魔剣を片手にニヤリと笑う、赤池の姿だけだった。
「ば、馬鹿な…!悪魔であるこの俺よりも悪魔っぽく現れるとか…ウギャッ!!」
カクの不意打ち攻撃。
毒のナイフが急所に当たり、インプは息絶えた。
「あ、アカイケお前…ムチやらだけじゃなく、その剣までパクってやがったのか。人としてはどうかと思うが状況的にはグッジョブだわ。」
「フッ、照れるぜ。」
「それになんか…セリフとかそれっぽい演出だったじゃんか。武器屋の親父に使い方を聞いてきたのか?」
「ん?男なら大抵、こういうシーン想像してそれっぽいセリフ考えたことくらいあるだろ?」
該当者は挙手してください。
「ふむ…だいぶ酷い目にはあったが、お前さんらのおかげでなんとかなった。礼を言わせてくれ。」
「まったくだわ。しかも俺なんか漁夫の利で敵将もらっちまって申し訳ねぇ。」
礼を言うオウザンとカク。
街のそこかしこからも感謝の声が飛んできた。
「お~、いいねぇこの大歓声。なんかもう『勇者』になった気分だわ。」
「ま、気分くらいならいいんじゃね?素人にあるまじき活躍をしたわけだしなぁ。まぁ…やってたことは『魔王』寄りだが。」
「もしかしてこれ、冒険者ランク上がっちゃう?」
「そりゃ上がるだろ。賞金もそこそこ出るんじゃないか?そしたら何に使うよ?」
「んー、そうだなぁ…まずは…」
「“支払い”かなー…」
「あー…武器屋にな…」




