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【10】始まりの街(3)

「俺、異世界転移してきたんだ。」


 とある場末の食堂で、うなだれるウエイダにそう言い放った青年の名はもちろん赤池。彼にとってはもう何度目かになるやり取りだが、ウエイダにしてみれば初めてのこと。


「…オーケーわかった、詳しく聞こうか。」


 だが、そんな普通じゃない赤池の発言を、なぜか聞き返すことなく受け入れた様子のウエイダ。さすがは赤池が植田の後継者として見込んだ男だ。



「…ハァ~~。つまりお前は、事故にあった勢いで異世界とやらから飛ばされてきたと、そう言いたいんだな?」


 赤池からこれまでの話を一通り聞かされたウエイダは、突っ込みたい所は山ほどあったが頑張って耐え、情報の整理に努めていた。


「そうそう、その通り。さすが植田、相変わらず物わかりがいい。」

「お前は物わかり悪すぎだろ。俺はウエイダだって何度言やわかるんだ?ったく…そのウエダって奴も相当イカれてるな、お前みたいなのとツルんでられたとか…」


 悪態をつきつつも、なんだかんだで見放すことなく相手をしてくれるウエイダ。

 しかも、早くも赤池の扱い方がわかってきたようだ。


「ま、頭ごなしに否定しても納得しないだろうし…いいぜ、少し話そうか。何かおかしなこと言いやがったら、正々堂々…正面から論破してやる!」

「おっ、いいねぇその感じ懐かしいわ。でも俺が異世界から来たって点についてはあんまし突っ込まないんだな。一番の突っ込みどころなのに。」

「ん?まぁその前提を否定したら話が進まないんだろ?それに、服装とかさっきオッサンに売った変な機械とか…一応はそれっぽいとこ見たしな。まずは気にしないことにしとくわ。」

「さすがだな。やっぱ植田はわかってるわ。」

「なんか…ウエダとはいい酒が飲めそうだわ…」


 盛大な絡み酒になる予感しかしない。


「で?お前はこれから何がしたいんだよアカイケ?俺に何を求めてるんだ?」

「それな。んー、まだちょっと悩んでるんだよ。この世界の情報も、俺自身の情報も無さすぎてさ、何を目指せばいいのかわかんない。」

「あー…まぁ聞いた感じかなり世界観が違うみたいだしな。でもこっちの世界は、お前らが想像してた感じと近いんじゃないのか?」

「あ、うん。確かに街並みは中世ヨーロッパ感があって文明の発達具合もそんな感じで…。でもまだ、肝心のことを知らないんだよ。モンスターとか魔法とか、そういうファンタジー要素について!」

「んー、そのふぁんたじー…?ってのはよくわからんが、とりあえずモンスターや魔法について知りたいわけだな?」

「おっ、あるの!?やっぱりあるのどっちも!?」

「そのリアクションじゃお前らの世界には無いようだが、こっちにはあるぜどっちも。」

「やっぱそうなんだ…!まぁモンスターについてはいる気がしてたけどさ、この店に入った時から。」

「いや、あれただの店主の婆さんだぞ。怒られるから指差すなよ。」

「モンスターってのはアレ?倒したら経験値たまってレベル上がったり、お金とかアイテム落とすって感じで合ってる?」

「お?なんだよ知ってんじゃん。そっちにはいないんじゃなかったのか?いや、知ってるって時点で存在はするのか…?」

「あー、ゲームとか漫画…まぁ空想上の存在としては色々と考察されてるんだよ。でもやっぱ…実際のモンスターっておっかない?」

「まぁピンキリだな。弱い奴は鈍器でゴンッ!でいけるし、ヤバい奴は…例えばドラゴン系なんかは軍隊で挑むレベルだったりする。」

「じゃあ…“奴”は?」

「だから婆さんを指差すなっての。料理に毒とか入れられんぞ?」

「つまり毒属性だと?」

「お前の毒の方がエグいがな。」


 婆さんは鋭い目付きでこちらを見ている。



「じゃあ次は魔法!魔法について教えてくれよ。火属性とか水属性とか色々あるんだよな?」

「その通り。水・火・氷・風・土・雷・光・闇の八大属性があって、火は水に弱く氷に強い…みたいな相性があるんだよ。まぁ図にすると“水⇒火⇒氷⇒風⇒土⇒雷⇒水”って感じだな。光と闇は特別で、“光⇔闇”って感じ。」


 ウエイダは属性の相関図を紙に描きながら丁寧に説明してくれた。


「ふむふむ、なるほど…つまり俺は、光属性の『勇者』ってことだよな?闇属性の『魔王』を倒せる唯一の存在的な。」

「まぁお前ならそこを期待するわなぁ。でも光や闇は結構珍しいって聞くぜ?」

「あぁ大丈夫。俺もよく人から珍しいタイプだって言われる。」

「そこは確かに疑う余地はないが。」

「あー、でも光限定じゃなくて、全属性の適性があるってパターンかもなぁ。その方が特別感あるかー。」

「無茶苦茶言うなぁお前。全属性だなんて、『賢者』って呼ばれる選ばれた達人の中にもいるかどうか…」

「『勇者』か『賢者』…どちらにせよワクワクしかないな。」

「なんでその二択にできんだよ。お前よくその視野の狭さでこれまでやってこれたな。周りの人間の苦労が知れねぇわ。」


 赤池は甘やかされて育った。


「オーケーありがと植田、おかげで色々わかったわ。じゃあこれからどうする?」

「…ん?いやちょっと待て、それはどういう意味だ?まるでこれから俺達が、しばらく行動を共にするかのような…」

「ような…?」

「するのか…。まぁなんというか、こんな展開になりそうな嫌な予感は随分前からしてはいたが…」

「ん?なんだよ植田、何か不満でもあるのか?」

「お前よくそれを疑問系で言えるな?ハート強すぎだろ。」

「自慢じゃないけど、俺は一人で旅立ったらその辺の道端でうっかり野垂れ死ぬ自信がある。」

「マジで何の自慢にもならんな…。だが意外にも自覚はあるようでなによりだ。」

「お前の力が必要だ。一緒に行こうぜ植田!なっ?」


 曇り無き眼でウエイダを見つめる赤池。

 ここで断ったら悪者にされかねない空気だ。


「…ハァ~~。わかった、わかったよ行くよ。仕方ねぇからお前がある程度慣れるまでは付き合ってやる。」

「フッ、一筋縄にはいかないぜ?」

「だからお前よくそれを自慢げに言えるな。」


「よし、そうと決まれば善は急げ!行こうぜモンスターを狩りに!」

「マジかよ気が早ぇな…。まぁいいけど、とりあえず婆さんは指差すな。」


 ウエイダが仲間に加わった。




 頼もしき女房役ウエイダを仲間に加えた赤池は、早速モンスターを狩りに行こうと息巻いたが、その前にまず武器屋だろうとウエイダに諭された。そりゃそうだ。

 というわけで二人は、路地裏の寂れた武器屋を訪れたのだった。


「ここが武器屋か…。でもなんで大通り沿いのじゃなくてこんな裏通りの店なんだよ植田?エッチな武器でも買うのか?」

「誰がなけなしの金でそんな攻めた買い物しに来るんだよ。お前の持ち金で一式揃えようと考えたら、必然的に店のレベルも下がるってことだ。」

「そっか、なるほどな。じゃあ入ろうか!」


 二人は武器屋の中に入った。


「お~、なんかそれっぽくてワクワクするな~。剣に槍、斧にムチにロウソク…ふむ、やっぱりエッチな店なんじゃないか?」

「ど、どうやらあながち間違いでもないらしい。他を当たるか?」


「オイオイ勘違いしなさんな兄ちゃん達。真っ当な店だぜここは?」


 二人が戸惑っていると、モヒカン頭のいかにも悪人っぽい感じの店主が声をかけてきた。


「お前さんらがどう解釈したかは知らねぇが、そのムチやロウソクもちゃんとした武器なんだぜ?」

「いや、ムチはともかくロウソクは場違いだろ。俺が知る限りそんな戦闘スタイルの職業なんて…」

「それがいるんだなー。なんつーか…『テイマー』的な?」

「テイマー!俺は知ってるぜ?ラノベで何作か見た気がするわ、テイマーもの。確かモンスターを味方にできたりする職業だっけ?」

「おっ、知ってんじゃねぇか兄ちゃん。そうそう。ムチとかロウソクで、こう…オッサンとかを魅了する。」

「いやそれ絶対『女王様』だろ。全国のテイマーに謝れよアンタ。騙されるなよアカイケ?」

「まぁ使い方は人それぞれさ。とにかく、うちはれっきとした武器屋だ。気兼ねなく見ていってくんな!」


 だとしたら店主は黙っていた方が良かった。


「ところで兄ちゃん、アンタ職業は何なんだ?それによって選ぶ武器は変わってくるぜ?」

「あぁ、確かにそうだな。どうなんだよアカイケ?」

「え、職業…?俺まだ就職してないけど…その場合どうなるの?」

「あー、そっからかー。そうだなぁ…って、お前確かギルド証発行したんだよな?書いてあるはずだぜ?」


 ウエイダによると、この世界の人間は誰もが職業を持ち、それは職業鑑定によって明らかになるらしい。そして、先ほど冒険者ギルドで行った謎の水晶的なものによる鑑定が、まさにそれなのだとか。


「ギルド証か~。そういえばあんまり詳しく見てなかったなぁ。どれどれ、俺の職業は…?」


 赤池はギルド証の職業欄を確認した。

 なんと、そこには『人気者』と書かれていた。


「な、なにこれ…?悪い意味の言葉じゃないし…喜んでいいやつ…?」

「に…人気者…?店主のオッサン、聞いたことあるか?」

「いや、俺もこの業界長ぇがこんな意味わかんねぇ職業…そもそも職業かこれ?」


 想定外の結果に、三人はどうしていいかわからなくなった。


「と、とりあえず仕方ねぇ…どの武器を装備できるか、片っ端から試してみるしかねぇな。こっち来な兄ちゃん!」


 武器屋心をくすぐられたのか急にやる気になった店主は、赤池に様々な武器を装備させた。

 するとなんと、驚くべきことがわかったのだ。


「な、なんてこった…!コイツ、あらゆる武器を装備できやがる…!」

「なっ…馬鹿な!どんな職業にも、必ず一定の装備制限があるはずだろ…!?」


 絶句する店主とウエイダ。

 赤池だけが事態を飲み込めていなかった。


「えっと…どういうことさオッサン?あらゆる武器…?」

「どうもこうもねぇ、お前さんはどんな武器でも装備できる規格外の野郎ってことさ。」

「つまり俺は、このムチやロウソクも装備できると?」

「ああ、立派な女王様になれるよ。」

「やった!」

「いや喜んでんじゃねーよ。オッサンも勧めるなよ止めてやれよ。だが確かに…喜ばしい話ではあるよな。前例が無い話だけに不気味だけどさ。」

「そっか、なんでもかー。でもなんでもって言われるとそれはそれで困るよなー。何を買えばいいんだろ?」

「んー、まぁ最初は無難に短剣とかじゃないか?」

「えー、短剣かよー?なんか小者感が出るじゃん?どうせならもっと大振りのカッコいいやつがいいわー。」

「でもお前、使いこなせなきゃ意味ないだろ?」

「いや、でも…!」


 二人が言い争っていると、なぜか先ほど黙って奥に引っ込んでいった店主が戻ってきた。


「じゃあ兄ちゃん、こんなのはどうよ?」


 店主はおもむろに怪しげな剣を取り出した。

 明らかに他の武器とは違う、禍々しいオーラをまとっている。


「おおっ!こ、このいかにもな感じ…!オッサン、これは…?」

「これは、『魔剣:常闇トコヤミツルギ』。かつて伝説級の小悪党が、借金のカタに置いていったという曰く付きの珍品だ。」

「ふむ、“借金のカタ”とか“珍品”とかイマイチ反応に困る感じだけど、なんか他の武器とは違う何かを感じないでもない。」


 “伝説級”なのか“小悪党”なのかもハッキリしてほしかった。


「まぁ確かにこの店には相応しくない業物に見えるが…なぜこれをアカイケに?」

「いや、単に見せたくて。」

「って見せただけかよ!今の流れ的には“お前になら託せると思ってな”的なこと言って譲ってくれるパターンなんじゃねぇのか!?」


 この世界にはゲームや漫画こそ無いものの、演劇など似たような文化はあり、物語のお約束的なものに関しては赤池の元いた世界ととても似通っていた。


「ハハッ、悪かったなぁちょいと自慢したくなってよぉ。詫びと言っちゃあなんだが、その辺の剣なら適当に割り引きしてやるよ。面白ぇ職業も知れたしな。」

「割り引きしてくれるなら…じゃあこれがいいな!この見た目がカッコいい剣!」

「おっ、そいつを選ぶたぁ兄ちゃんなかなかいい目をしてやがる。」

「ケッ、よく言うぜ。騙されるなアカイケ、そんなワゴンセールされてたような剣がまともなわけないだろ?」

「オイオイ舐めてもらっちゃ困るぜノッポの兄ちゃん。これでも誇り持って武器屋やってんだ、武器についちゃ嘘はつかねぇよ。」

「フン、どうだか。じゃあこの武器のどこがいいんだよ?」

「コイツぁお前、うまいこと急所に刺さればワンチャンある感じの逸品だぜ?」

「やっぱある程度は嘘ついた方がいいな。それじゃ商売あがったりだろ。」


 正直ならいいってものでもなかった。



「さて、武器も手に入れたことだし…次は防具だな。痛いの嫌だし。」


 とりあえずの武器を手に入れた赤池は、次の目的地である防具屋へと向かうべく武器屋を出ようとした。

 だがその時、外から叫び声が聞こえてきたのだ。


「う、うわぁーー!トロールだぁーーーー!!」


 路地裏にある店内にまで響く絶叫。

 大通りは大騒ぎになっているに違いなかった。


「今の悲鳴…トロールってやっぱ強いモンスターなのか?植田は見たことある?」

「いや、見たことは無いが…確かDランクモンスターだったはずだ。つまりDランク冒険者がパーティー組んで挑むレベルの敵だな。」

「D?最低ランクがFってことは、下から数えた方が早いなぁ…。そう強くもないってことかな、おっちゃん?」

「いやいや、んなこたねぇよ。トロールは知能が低いからD扱いだが、力だけならCの部類だ。Cなんてのはなぁ兄ちゃん、普通に生きてりゃそうそうお目にかかることねぇ化け物よ。」

「そうだな。少なくとも…こんな街中に出るなんてのは本来ありえない。」


 険しい顔をする店主とウエイダ。

 だがそれとは対照的に、赤池はワクワク感を隠しきれない顔をしている。


「なぁ植田、そういやお前の職業は何なんだっけ?」

「俺か?俺は…ってちょっと待て、お前一体何を考えてる?この状況でなんでそんな楽しそうな顔を…」

「俺の伝説は、ここから始まるんだ。」

「行く気か!?馬鹿言ってんじゃねーよ!そんな無謀な伝説、一ページで終わりだぞ!?もはやビラだよビラ!」


「俺の冒険は…まだ始まったばかりだ!行くぜっ!」


 赤池は死亡フラグを立てまくりながら飛び出していった。

 まだ尺が足りないが神様的に大丈夫か。

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