賢者と神速と魔法訓練(未遂)
これはすごい能力なのではなかろうか。
「ポテンシャルの可視化」とヒカルは言った。
そいつが有能か無能かを一目見るだけで判別できるということで間違いなさそうだ。
人材登用などにうってつけ。人事部にぜひ配属してください。
とはいえ「ポテンシャル」なんて曖昧模糊とした表現では、その真価は問えない。
やればできる子、といったものも評価されてしまうのだろうか。
じっくりと吟味する必要があるな。
引き続き、往来の人々を見やる。
集中すると見えてくる、個々人の周りの靄。
プロハンター的な言い方をするとオーラだ。(うん、今後はオーラと呼ぼう。)
オーラは3色に分けられるようだ。
オレンジ・赤・黄。
割合は圧倒的にオレンジが多い。
10人に1人ずつ赤と黄がいるくらいの比率に思える。
なあヒカルはどう思う?
「私自身、オーラを見ることができないのでなんとも言えませんが、
配色を聞くと、ランク色の一部と共通していますね。
緑や青のオーラを持つ方が現れたら確定とみてよいかと思います」
と二人で推測を交わしていると、今冒険から帰還したであろうパーティーを見つけた。
4人組ですべて男性だ。
大仕事を終えた帰りだろう。大きな麻袋を背負い、がははと豪快に笑っている。
全員緑だ。
決まりだな。
潜在能力の低い順に
赤→橙→黄→緑→青→藍→紫
のオーラを身に纏う。
単純でわかりやすいじゃないか。
結局、その後30分ほど観察したがそれ以上のことはわからなかった。
集中力を欠いてしまっては見えなくなることや、
そもそも「ポテンシャル」が何なのかがわからないことを考えると、もうすこし実験が必要そうだね。
しかも、俺自身のオーラは見えないんだよなあ。
さあ、ここらで飯にしようか。
食堂に下りよう。どんな飯が出るのだろう、楽しみだ。
「パンとステーキです」
ヒカル…。そういえばお前、途中でいなくなってたな。
そういうのは答えなくていいんだよ。
まあいいか。腹減った。
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翌日
朝一でギルドへ入った。
昨日の支払いを済ませるためだ。
「あら、ありがとう
ゆっくりしていってね」
とララさんが意味深にウインクしながら応対してくれた。
昨日のことは二人だけの秘密だよ的なサインなのだろうが、女性のウインクはドキドキするな。
「なんだったら早速依頼を受けてもらっても構わないんだけど」と
仕事をこなそうとするララさんに今日の予定を告げる。
「せっかくだけど、今日は用事があるので」
他愛のない会話をしつつ、ララさんを注視する。
緑だ。無論、下着の色ではない。
「ちなみにララさんはモンスターと戦ったりしますか?」
「ううん。戦闘はからっきし。
ふふふ、お姉さんとパーティ組みたいの?」
からかわれてしまった。ふふふ。
しかし、やはりポテンシャルが何なのかわからんな。
ララさんが戦闘員であることを隠していなければ、オーラの色は純粋な戦闘能力というわけでもなさそうだ。
じゃあねと見送られてギルド館を出る。
うん。今日もいい天気だ。
能力開発のために街の外に出よう。
ついでに薬草を持って帰れば、今後しばらくの金策になる。
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城門にたどり着くと、昨日の門番さんがこちらに気付いてくれた。
カイジものそりと振り向く。
昨日のお礼と、無事審査を通過したことを報告。
「うむ。よかったな」
「よかったじゃん」
二人とも素直に喜んでくれた。
ああ、なんかいいなあ。
打算無しで人の成功や活躍を喜ぶ人なんて随分といなかった。
些細なことで心が揺れる俺、17歳(嘘)、思春期(嘘)。
二人を『賢者』で鑑定しようと思っていたのだが、止めた。
知人を評価してしまうと、もし悪い結果が出たときに見下してしまいそうだからだ。
少なくとも俺は二人に感謝してるし、今後出かける度に顔を合わせることになる。
そんな人たちに、いい気になって点数をつけることは憚られた。
どうだ、大人の考えだろう。褒めてもいいぞ、ヒカル。
「賢明です」
うむ。ララさんはノーカンだ。
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門をでて、城壁を沿うようにぐるりと進む。
誰にも見られないためだ。
スキルと魔法は極力隠す。
おそらく、ララさんに言われなくともそうしていただろう。
「彼を知り己を知れば百戦殆うからず」
相手に俺のことを知られなければ50戦は無敗なのである。
さらに俺は俺のことを知ろうとしているのでプラス50戦無敗。
合わせて百戦百勝だ。どうよ。
くだらないことを考えているうちに開けた場所に到着。
おお、ここ良いな。
人気もないし、見渡しが良く安全そうだ。
ヒカルに上空からの監視をお願いしたら完璧だ。
当面の特訓場として使おう。
荷物を置き、準備運動を終え、いよいよ特訓だ。
「まずは『神速』だな」
昨日のジャブに続いて移動速度のテストだ。
遮蔽物はないか、危険物はないかなどを気にすると、やはり街中ではできない。
昨日から楽しみにしていたんだ。
絶対に速いはず。
軽く準備運動をこなし、早速テストへ。
全神経を移動することに集中し、構える。
集中しろ、集中。
ぐっと顎を引き、まっすぐ遠くを見据える。
重心を低く、低く。前へ、前へ。
さあ、行くぞ。
用意、ドン。
心の中の掛け声と同時に奇妙な感覚に包まれる。
いやに頭がクリアだ。
クリアなだけに思考はまとまらないが、これ以上ないくらい周りが見えている。
舞い上がる土煙の粒子。横切る鳥の羽ばたき。
遥か頭上のヒカルの様子。背にしている荷物に止まっているテントウムシの柄までも。
360度の映像が脳に直接投影されるような気分だ。
脳内麻薬でも出てんじゃねえの、これ。
足の回転を徐々に緩め、完全に停止する。
ものすごい速さだ。時間にするとわずか2,3秒の内にこんなところまで走れた。
荷物があんな所にある。距離にして1㎞弱くらいか。
それにしても
「これ…めちゃ…くちゃ…疲れるな…」
3秒とはいえ、1㎞の全力疾走だ。
そりゃ息切れもするだろう。ぜえぜえと乱れた呼吸を何とか整えようとする。
酸素欠乏症間近の状態から、何とか回復しつつ元の場所へと歩く。
クールダウンだ。深呼吸しろ。
ぴるるるるると、ヒカルが降りてきた。
「リョウ様
新しいスキルの効果が判明しました。
『神速』の効果により、移動の速度に補正がかかります」
うむ。
「また、『神速』の効果により、脳の信号伝達速度に補正がかかります」
うむ?
周りの景色がゆっくり鮮明に見えたあの現象も『神速』スキルの一つだったのか。
『神速』…。
移動・攻撃の速度が上がり、集中すれば状況判断・空間把握能力が格段に向上する。
最強とは言わないまでも、そこらへんの雑兵では相手にならないんじゃないか?
口角が上がりそうになる。
いや、待て。
まだ調子に乗るな。この世界の平均もまだわからないままだ。
もしかしたら、小学生だってさっきくらいの速さで登校してるかもしれないじゃないか。
次は魔法だ。
得意属性とやらの真価を確かめてやる。
「リョウ様」
「どうした」
「モンスターです」
早く言ってよもう。