謀反
吉野の桜も風に飛ばされ、谷の流れをつたって吉野川に流れ込んでいる。初夏の陽射しが眩しくなってきた。
角乗の邸で大海人は角乗の三男の角正と双六に興じていた。盤上に白と黒の駒を置き左廻りに動かしていく。双六の目の数だけ進み、相手の駒を取っていく。相手の駒を取り終えたら勝負ありである。と、その時角乗の次男の角仁が入ってきて言った。
「離宮の方へお客様がお見得です。巨勢臣徳麻呂様と名乗られておいでです。」
巨勢臣徳麻呂、大友の皇子を支えている五人の重臣の一人である御史大夫の巨勢臣人の従兄弟である。
挨拶が済むと徳麻呂が口を開いた。
「東国と出雲へ徴兵使が派遣されました。」
「大后様のご意向は、変わられたのか。」大海人が尋ねた。
「いえ、大后様のご意向とは別にございます。表向きは先の天智の帝の山稜建設ということでございます。」徳麻呂が言った。
「正丁三人につき一人を軍丁とします。軍丁十人につき馬が六頭の徴発となりまする。」徳麻呂の脇に控えていた丹比長目と名乗った男が口を開いた。
「徴用された者は、30日分の食料にあたる糒6斗、塩2升、それに武具、鍋釜の類まで用意しなければなりませぬ。」やはり徳麻呂の脇に控えていた穂積贄古が言った。
「東海道より二万、東山道より一万、山陰道より八千、都合三万八千を徴発し、その後坂東でも徴発して行くとのことでございます。」
と徳麻呂は言って、大海人の顔を見た。
「皇子、六月の終わりに兵の徴発が終わります。そうなってからでは間に合いませぬ。吾に考えがございます。」と徳麻呂は言って、再び大海人を見た。
「皇子には、難波の宮へ入って頂きます。難波には阿倍と大伴がおりまする。共に近江朝廷には距離を置いている大族です。阿倍と大伴が立てば一万の兵は、すぐにでも集まりましょう。そこで吉備と筑紫からの援兵を待ちまする。さすれば近江方を力でねじ伏せられまする。」と確かめるように大海人の瞳を覗き込んだ。
《確かにありえない話ではない。》と大海人は思った。
《阿倍は倉梯麻呂が孝徳の帝の元で左大臣を務めた後は斉明・天智の元でいいように使われてきた。不満が爆発してもおかしくない。大伴もやはり孝徳の帝の元で右大臣を務めた長徳いらい距離を置かれている。》
「有馬の皇子の一件以来、阿倍は深く恨んでおりまする。また先の百済救援の戦の折は、引田の比羅夫殿は無残にも討ち死にしておりまする。皇子が立てば必ず阿倍は立ちまする。」徳麻呂は語気を強めた。
孝徳の帝の子である有馬の皇子にとって阿倍は母の里であった。孝徳の後に重祚した斉明の帝のもとで阿倍は蝦夷征伐へと追いやられた。斉明の後の皇位継承に係わる天智にとって阿倍は邪魔な存在であった。そして雄族の阿倍氏の船団が東北の蝦夷征伐に赴いている間に有馬の皇子は罪に落とされて殺された。
「皇子、この国の民を救ってください。」穂積贄古が語尾を詰まらせて言った。
「皇子、皇子の下で働きとうございます。」丹比長目も声を詰まらせた。
大海人は隣の男依を見た。男依は頷いて立ち上がると扉を開けた。
扉の外には角乗が控えていた。
「訊いたか。」大海人が角乗に問いかけた。
「畏まってござりまする。」と応えた角乗が外で控えていた十人程の手下に合図した。一気になだれ込んだ角乗の手下は三人を締め上げた。
「なっなっ、何事で」徳麻呂が叫んだ。贄古と長目は、目を合わせると俯いた。
「お主ら大方、大友の村主にでも弱みを握られているのだろう。」大海人が言った。
大海人を見つめていた徳麻呂の顔がゆっくり崩れ落ちた。
「何ゆえ、お解かりで。」徳麻呂が口の中で独り言のように言った。
「吾は長年、鎌足殿や大友の村主のやりようを見てきた。」そして大海人はつなげた。
「汝は何故、巨勢を動かすと申さなかったのか。」
大海人は角乗に向かって告げた。
「口書きを取り、倭京の留守司へ引き渡すように。」
「畏まってございます。」角乗が合図すると三人は邸の外へ連れ出されて行った。
「危のうござりましたな。」男依が言った。
「これからだな。」大海人が応えた。