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神人

 「物事を見るには明哲という眼で見なければなりませぬ。一木一草にも神霊や仏性が宿ると申すが、それだけでは足りない。木や草がどのような所に植えられればどう伸びるのか、周りの草木に囲まれてどのように生長していくのかを知らなければなりませぬ。木の葉の動きで風の流れを読み、虫の動きで雲の流れを読む。釣り上げられた魚は四半時も生きてはいられぬが、同じ水の中に棲む蛙にとってはどうでも良いことじゃ。天の気・地の気・人の気が重なり合うと物事は成るという。それさえも明哲の眼を持って見れたればこそじゃ。」と小角は続けた。


「天の道を見てその通りに実行する。それが全てでございます。天の本質と人の本質は変わりませぬ。天の機と人の機を合わせることで正しい有り方が得られるのでございまする。天が殺機を発すると天体が運行し、地が殺機を発すると龍が雲に昇り、蛇が地上に這い出てきます。人が殺機を発すると自然界に大きな変化が起き。天と人の殺機が同時に発せられると全てが整いまする。天は生み、天は殺す。これが道の理というものであります。万物は天地を盗んで存在しておりまする。人は万物を盗んで存在し、万物もまた人を盗んで存在しておりまする。この三盗が適切に行われていれば、天地人は安定するのでありまする。」小角は諳んじているのか一気に喋ると大海人を見た。


「それは道教の奥義書、陰符経であるな。」そう大海人は言ったあとで、市井の一行者がどれ程の智識を持っているのか訝った。

「師である道昭殿の受け売りでございます。」と小角は頭を掻いた。

「ほう、道昭殿は道教にも見識があるのか。」百済が滅んだ年に遣唐使から帰国した僧道昭の名は大海人も聞いている。

「確か玄奘三蔵という高僧のもとで修行して来たと聞いているが。」と大海人は続けた。

「さよう、御仏の道だけでなく神仙の道にも明るぅございます。」と小角は続けた。


「今でも飛鳥寺に設けられた禅院にて瞑想の日々を過ごされておいででございます。身共のような者にも声をかけて下さいます。しかし、仏の道は儂には遠ぅござります。この国には古来より天神地祇がおわします。西の国の神々とは違いまする。儂はこの国の御仏を探しておりまする。」小角は自嘲気味に言った。


《危うい》大海人は思った。

《この男は神に成るつもりなのか。修行により神仙となれば、それは現神ともなるではないか。この国の現神は大君と大后だけで好いのだ。神仙の道と我国の仏を考えるのは大君の役割だ。それに、この男の智識の出所は遣唐留学僧からではないか。朝廷が遣唐使を派遣するのは、朝廷や大君のためであって、下賎の者のためではない。》そう考えると、大海人の気分は滅入ってきた。


仙人を古くは遷人と書いた。この世から生きたままで天界に遷るからである。上仙は仙薬により不老長寿と天界への入り口を手にすることができ、下仙は死により天界へ向かった。これを尸解仙という。

仙人は同時に神人であり特異な能力を持つとも考えられていた。

仏教では解脱を理想としていたが、中国の民衆信仰である神仙道と習合することで解脱することで神人とも成ると考えられ区別が曖昧になっている。


二人の話が途切れると角乗が口を挟んだ。

「もう10年以上も前になりますが、仲間内から金剛峯に誰かが入り込んでいる。人影が見えたので追って行ったら見失ってしまった。などの知らせが何度もありましたが、一向に捕まらない。そこで、一度見つけて懲らしめてやろうと網を張っていたんでさ。なにせ朱丹の穴でも探られるとやっかいなもんで。」

角乗は小角の顔を伺うように見ると続けた。


「それである時、金剛峯の岩屋から経を読む声がすると言うので仲間内七・八人で囲んだんでさぁ。それで、出てきやがれ。そこに居るのは解かってんだぞうってね。それで、どうなったと思いやす。」

と角乗は、大海人を見つめた。

「それで、どうなったのだ。」大海人が訊いた。

「ふん縛られたのは、あっしらの方で。」と言うと角乗は頭を掻いた。


「それは、どういうことだ。」興味ありげに大海人が訊いた。

「出てきた御師様に啖呵を切って、それってんで囲んだら喝を入れられましてね、みんな動けなくなっちまったんでさぁ。金縛りってんですかねぇ。身体も動かなければ口もきけねぇ。出てくるのは脂汗で。四半刻もそのままで。術を解いて頂きやしたが。こりゃぁ只者じゃねぇてんで、弟子にさせて頂きました。」と角乗は大海人を見た。

「ほほぉ、その術とやらを是非にも見たいものじゃ。」と大海人は小角を見た。

「座興では御座りませぬ。危のうござります。」と言って小角は手を振った。怪我人でも出たら困るということだった。


小角が辞して行った後の角乗の邸で大海人は考えていた。

《あれが役の行者と評判の男か。吾が大君ならあの手合いを許すことは出来ぬであろうな。やはり、この国で神と呼ばれて良いのは大君だけだ。それでなければ朝廷が立ち行かぬ。修行で仙人になれるかどうかは別としてもだ。それに遣唐使が持ち帰った最新の智識は、大君とその朝廷の物では無いか。》

何とかしなければならぬと考える大海人の脳裏には別の思いが湧いてくる。

《今の吾にはどうでも良い事ではないか。大友が考えることであろう。義父として叔父として忠告してやらぬでもないが、時期が悪い。何れ、そのような時が来るのか。》

大友と十市の顔が浮かんできた。

《因果なものじゃ。お前たちが悪い訳では無いのにのぉ。》



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