奇策
日雄の離宮の脇の桜の木の下に老人とその息子であろうか屈強そうな若者が佇んでいる。先ほど離宮を掃除していた若者に大海人の皇子への取次ぎを頼んだのだが、未だに表われぬ。息子の方が少し焦れてきたようだ。
「近くにおられると申したではないか。」と言って、右足を踏んだ。
「まぁ良い。日はまだ高い。お会いできれば良いのじゃ。」と言って続けた。
「見事な桜じゃ。今が盛りじゃ。檜隈では、これほどの景色は見れんのぉ。これだけでも訪ねてきた甲斐があるわい。」
そう言われて若者は山の麓の景色に眼をやった。
「おお、おいでじゃ。」と老人は言うと、近づいてくる人影の方に向かい膝を折った。
近づいてきた人影の中の僧服姿の大海人が声をかけた。
「首名殿、久しぶりじゃな。」
坂上の直首名、東漢氏と呼ばれる渡来人数流の中の一当主である。
「皇子様には、ご機嫌麗しゅう。」と言って額づいた。
「まぁ良い、入れ。」と言って、大海人は邸に入って行った。
邸に入り、奥に大海人を挟むように角乗と舎人の男依が座った。
舎人の雄君と角乗の次男の角仁それに角乗の手下数名が外で控えている。
一通り挨拶が済むと大海人を見上げるように首名が口を開いた。
「皇子様には、倭姫様を娶って頂けるお気持ちはありますまいか。」
「むっ」大海人は、声にならない声を発して首名を見た。
「奇策でございます。奇策では御座いますが、謂われ無きものでもありますまい。」と首名は頭を掻いた。
「姫様は、まだ三十半ばにおはします。三十半ばの女ざかりにございます。」と首名は続けた。
この翁は何を考えているのか。大海人は考えている。
「それで大后様には、何と。」と訊いた。
「やっやっ」と眼を丸くした角乗が口を挟んだ。
「大后様と吾が君がご一緒になるということは、吾が君が大君になると言うことではないか。」
角乗の言葉を避けるように首名は大海人に応えた。
「中の大兄様に婚せられる際に、姫様は仰られました。なにゆえ敵の中の大兄なのじゃ。せめて大海人様なればと。せめて大海人様なればと。これは臣と吾が家刀自しか知らぬことでございます。」しわぶきを一つすると首名は続けた。
「最後は斉明様に押し切られましてございますが。」
「大后様の乳部の汝なればこそか。」
倭姫が仮に首を縦に振ったところで近江政庁はどう動くのか。大海人は計りかねた。
大海人の心中を見透かすように首名は言った。
「吾等東漢の者どもは、皇子のお味方でございます。今しばらく時間を賜りますようお願いいたしまする。」
去っていく親子の後ろ姿を追いながら大海人は男依に問いかけた。
「お主は、どう思う。」
「吾には考えも及びませぬ。」男依が応えた。
似たような話を大海人は思い出していた。曽祖父の敏達帝が薨去したおり、帝位を狙った異母弟の穴穂部皇子が殯の宮にあった大后炊屋姫を犯そうとした事件であった。穴穂部の皇子の企みは敏達帝の側近の三輪君逆のために阻止されたが、この事件を契機に蘇我物部戦争が始まった。
その戦いに勝利した蘇我氏の台頭による影響が大海人の少年時代まであった。その蘇我本宗家を排除したのが叔父の孝徳帝であり、兄の天智と鎌足であった。
「皇子を推載することにより、近江朝廷から百済人達を追い落としたいのでしょう。」と男依が言った。
応神帝の時代に阿智使主に引きつれられて渡来してきた東漢氏は、雄略帝の時代に掬が活躍したと伝えられる。その後、蘇我氏が台頭してくると蘇我氏を通して大和朝廷の技術官僚として代々仕えてきた。
それが近江朝廷では、百済人の風下に立たされている。
渡来人とは言いながら、もう二・三百年もこの大和の地に暮らしているのだ。遣唐使から帰って来た一握りの者を除けば、彼らは大和人と変わらない。最新の智識技量では、百済人には適わないのである。
造るはじから崩れたという斉明帝が築こうとした両槻宮や、やり直し工事となった孝徳帝の難波の宮。それに対し筑紫に造営した水城の技術力の高さ、石積みの技量の違いは較べるべくもない。
失敗工事でなければ、狂心の渠などと母の斉明帝は陰口を叩かれることも無かったであろう。
「今しばらく、様子を見るか。」呟くように大海人は言った。
首名や東漢氏一党の動きを見ることにした。