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2―3

遅くなってすみません。

これからは少し更新がゆっくりになる戸思います。



 ひとしきり泣いて落ち着いてから、夕陽さんは「帰ろっか」とわたしの手を引いた。頷いたわたしは手を離して、荷物を持って夕陽さんと並んで帰る。



 可愛い夕陽さんの隣に並ぶのはまだちょっと苦しいけれど、それでも断れなかったのは夕陽さんのせいだろう。差し伸べられた手が悲しそうだった。掴んだ瞬間嬉しそうだった。


 笑顔の裏に見え隠れするのは、悲しみのようだった。なにに対してかはわからなかったけど、わからなかったから、断れなかったのかもしれない。



 駅まで歩く中で、夕陽さんがスケジュール帳を見つめながら、ボソボソと呟いている。




 「ねえ小島さん。ちょうどもうすぐ夏休みだけど、休み中ってなにか予定ある?」


 すぐには答えられなかった。去年は学校の用事以外特に予定なんて入っていなかったけれど今年は違った。



 「えっと、一日だけ」



 山川さんと会いたいねという話はしていた。たまたま、お互い甘い物が好きだと知って、一人じゃなかなか入りにくいお店に一緒に行こうと話していた。


 そんな約束をしたくらいなのだから仲がいいのかと問われると、それには多分違うと答える。お互い不利益がないから、お互いを利用しましょうって、そんな感じ。


 仲良くなれるならね、わたしは、山川さんならと思うけれど。まあ、わたしは友だちを求めているわけではないから。



 だからそれ以上の約束はしてないし、約束した日に会って、お店に行って、少し話して帰るだけ。


 そう考えると、予定はほとんどないに等しい。



 一日だけ、という答えに、夕陽さんはそれならよかったと笑った。



 「夏休み、家に来てほしいの」


 誰の、とは言わなかった。夕陽さんの家なのは確実だから、言わなかっただけかもしれないけれど。


 「変わるための努力は、毎日コツコツやっていくものだからね。家に来るのは毎日じゃなくていいんだけど」



 変わりたい、変わる、そう宣言したわけではないけれど、今さら断る理由もなかった。宣言してなくても、変わると決めたのは確かだから。



 わたしの手をとって、ぎゅっと握って、にっこりと微笑みかけてくれる夕陽さんにつられて微笑む。


 夕陽さんのことは信じたい。きっと信じられる。なぜかわたしのことをよく知っている夕陽さんのことは。



 「わかった。あの、じゃあ、連絡先とか、」


 努力を毎日することくらい、一週間に一回以上夕陽さんの家に通うくらいはなんてことない。ある程度遠くても大丈夫だろう。


 ただ、連絡先を知らないのは純粋に困る。山川さんとだって連絡先くらいは交換した。家にお邪魔する夕陽さんとは特に、連絡先は交換しておきたい。



 夕陽さんは、わたしがそんな提案をしたことが意外だったらしい。まるまると目を開いて驚いて、それから嬉しそうに笑った。



 「連絡先、ね。はい、これ、」


 慌てた様子で鞄をあさって、取り出したメモにシャーペンで番号を書いていた。スマホ同士で交換すればいいのに、と思ったけれど、まあいっかと夕陽さんの電話番号を受け取った。


 わたしからは、あとでメールを送ることにしよう。




 そうして、特に進展のないまま日は過ぎ去り、夏休みを迎えることになった。初日は早速夕陽さんの家に行くことになっている。



 半袖のシャツに、膝丈までのスボンを履く。すっかりタンスの奥にしまわれていた服を引っ張り出しただけだけど、いつもよりはマシな気がする。


 邪魔な後ろ髪は横で束ねて、前髪だけは相変わらず伸ばしたまま。わたしは夕陽さんに指示されたものがあることを確認してから、家を出て待ち合わせ場所に向かった。



 お母さんには友だちの家に遊びに行くと素直に伝えた。反応は冷たかったけれど、仕方ない。お父さんには一緒に勉強すると言っておいた。そうじゃないと怒るから。



 夕陽さんとの待ち合わせ場所は、学校の最寄り駅だった。いわく、家は学校からそう遠くないらしく、徒歩で通っているという。


 前に駅まで一緒に帰ったとき、コンビニに寄っていくからとわたしが先に改札を通ったけれど、あれは多分わたしに気を遣ってだろう。ほんとは駅まで来る必要がないと知ったら、わたしが多分罪悪感を抱くから。



 待ち合わせ場所にはすでに夕陽さんがいた。淡い空色のワンピースがよく似合っていた。



 駅からは学校とは別の方向に歩いた。やっぱり、あの日はわたしに合わせて駅まで寄って帰ってくれたらしかった。


 しばらく歩いて、一軒家の立ち並ぶ中、周りよりも少し大きく存在感のある家についた。それが、夕陽さんの家らしい。




 「ごめんね、ちょっと遠くて」


 歩いたのは三十分くらい。遠いといえば遠いのかもしれないけど、そこまででもない。




 ちらっと見えた、インターホン近くにあった表札は、『夕陽』なんて書かれていなかった。




 「あら、いらっしゃい」


 迎え入れてくれたのは、どことなく夕陽さんと似た雰囲気の人だった。ふわふわと笑みを浮かべながら、小さく会釈をする。


 わたしも慌てて頭を下げて、「お邪魔します」と挨拶をした。



 「綺羅々ちゃん、もしかして駅まで行ってた? 言ってくれれば車出したのに」

 「大丈夫だよ。第一、愛ちゃんの車じゃないじゃん」


 お家の車でしょ、と言った夕陽さんに、愛ちゃんと呼ばれたその人はクスクスと笑った。


 年はわたしたちよりもいくつか上くらい。車を出すって言ってるなら、少なくとも二つは上、だと思う。



 ごゆっくり、と手を振ったその人にもう一度頭を下げてから、歩き出した夕陽さんのあとを追った。



 夕陽さんの部屋は、淡いピンク色を基調とした女の子らしい部屋だった。棚の上やベッドの上にあるぬいぐるみとか、机の上の小さな造花とか、可愛らしくて夕陽さんによく似合っている。



 「飲み物持ってくるけど、お茶とココアとサイダー、どれがいいかな。あ、あとコーヒー」


 わたしをクッションの上に座らせたあと、夕陽さんは栗色の髪を耳にかけながら尋ねた。そういう仕草一つ一つも綺麗だなと思った。



 わたしがココアと答えると、夕陽さんは笑って部屋を出ていった。


 戻ってきた夕陽さんは、おぼんにココアとコーヒーをのせていた。夏の時期だからか、両方ともよく冷えている。



 それを受け取って一口喉に流してから、ふと気になっていたことを問いかける。


 「さっきの人、写真で見せてくれた人に似てたよね」


 夕陽さんに似た雰囲気のせいでぱっと見はわからなかった。だけどよく考えると、写真で見たあの人の面影があった。


 もしかして、と思って問いかけたけど、どうやら正解だったらしく、夕陽さんがぱっと明るく笑う。



 「そう、本人なの。私はアドバイスしただけなんだけど、本人がすごく努力したから」


 さっきの人は写真よりも少し大人になって、あの写真よりも綺麗になっていた。きっと今も継続してその状態をキープできるように努力しているからだ。



 「お姉さん、とか?」


 気になって、聞いた。夕陽さんはキョトンとして、それから困ったように笑った。


 「うん、まあ、そんなとこ」


 曖昧な回答。それでも、本当の姉妹でないことだけは理解できた。従姉妹とかなのかな。でも、それを問い詰める意味もない。


 それ以上聞くのはやめにした。



 夕陽さんは机の引き出しから一冊の本を取り出して、わたしに差し出してきた。それを受け取って、パラパラと中を見てみる。


 そこには、肌荒れを治す方法とか、肌を綺麗に保つ方法とか、体重を落とすためのダイエット法、運動法、メイクのやり方など、おそらく今のわたしに必要だとされることについて、事細かに書かれていた。


 走り書きではなく、読みやすくまとめられたノート。丁寧な字で色も使われていて本当に読みやすい。



 一番最初のページに戻ると、写真のあの人が実践した方法を参考にした、と書いてあった。多分、あの人のをそのまま書いたわけじゃなく、わたしのためにわたしに合わせて書かれたもの。


 目標とかを見てると、どこまでわたしのこと知ってるんだろ、ってびっくりするけど、逆に言うとわたしのために書かれたことがよくわかる内容だった。



 「今日はとりあえず、皮膚科に行こっか。ニキビを治すだけでも違うからね! あとはスキンケア用品とか買いに行きたいね」


 わくわくとした口調で夕陽さんがそう言う。わたしのことなのに、自分のことのように楽しそうにしている。


 それが多分嬉しかったんだけど、素直に嬉しいとは言えなくて。代わりに「頑張るね」と返せば、夕陽さんはまたぱあっと明るい笑みを浮かべた。




 夕陽さんに言われたことは守って、たまに自分で調べたりしながらコツコツと毎日頑張った。一つ一つ丁寧に、根気強く。


 自分がコツコツ頑張れるタイプでよかったと思う。夏休みに課題をやること以外ほとんど用事がなかったことも幸いした。



 その効果に気づき始めたのは、八月中旬頃。お母さんの、「痩せた?」という何気ない一言だった。


 ずっと、毎日鏡を見続けていたからあまり気づかなかった。けど確かに、ニキビも治ったし、肌も少し綺麗になった気がする。髪も前よりもサラサラになっている、気がする。


 どれも気がするだけだけど、確かに前よりはよくなっていた。変わっていた。



 夕陽さんは服も選んでくれた。わたしが着たことないようなキラキラふわふわとした服とか、わたし一人なら絶対に買わないような服を選んでくれて。似合わないであろうそれを、必ず着るようにと言っていた。


 着ていったのは夕陽さんと会う日だけだった。だけど、前着たときよりこういう服が似合うようになったように見えた。



 いや、そう言い聞かせよう。夕陽さんも、ポジティブに考えなきゃって言っていたし。




 そうして、ついに、美容院に行って前髪を切ってもらうと決めていた日が来た。ここまで先延ばしにしていたのは、わたしが嫌がったからだ。


 わたしは、前髪で顔を隠していた。お姉ちゃんに劣るコンプレックス同然のわたしの顔を。マシになっていくとはいえ、まだそれをさらけ出す自信がもてなかった。


 だから、日付を決めてその日には絶対に切るからと夕陽さんに脅されて、約束した日までにはと努力をした。頑張った理由にはそれもあった。



 ふわふわと女の子らしいワンピースを着て、前髪を切って、長くストレートにしていた髪をアイロンでゆるく巻いてもらう。




 「……似合わない、」


 肌が綺麗になったからって少し痩せたからって、顔の造形が変わるわけではない。そんなことわかっていた。それがわからないほど馬鹿じゃない。



 でも、やっぱり期待もした。どこかの漫画みたいに、見違えるほど変われていたらって。夕陽さんがつけてくれた髪飾りは可愛いのに、それに似合いたかったのに。



 呟いた言葉は夕陽さんには聞かれていなかった。手を引かれて一緒にショッピングモールに入ってからも、気になって気になって仕方がない。



 「ごめん、ちょっと、お手洗い……」


 適当に嘘をついてトイレに駆け込んだ。誰もいないことを確認して、鏡の中の自分をまじまじと見つめた。


 どうしても、自分の顔に自信が持てなかった。



 ふいに、女の子が走り込んできた。慌てて前髪を整えるふりをして、目が合わないようにそらす。


 じわり、と目に涙が浮かんだ。その女の子にもそうだけど、他の誰にもこんな顔は見られたくなかった。



 けれど女の子はわたしの顔を見つめていた。目は合わなかったけれどなんとなく視線でわかった。わたしの後ろから動かずに、鏡越しでわたしを見ていた。


 遅れてトイレに入ってきた女の子の母親らしき人物も、娘の視線につられて私のほうを見た。見ないでなんて言えるわけもなく、どうしようと焦ってしまう。



 視線が怖かった。夕陽さんがわたしを見つめる目には慣れたけど、他の誰かがわたしを見つめる目には慣れていない。


 視界の隅で女の子はわたしを指さした。ドクドクと心臓がうるさくなっていくのを感じた。



 たまった涙がポロリ、とこぼれた。それと同時か、少し早いくらいに、女の子がキラキラとした目をして笑った。




 「お姫様みたい!」


 純粋な目だった。おだてるわけでもなく純粋にそう思っている。



 「え、」



 思ったよりもずっと間抜けな声が出た。どこが、と聞き返しそうになってしまって言葉を飲み込んだ。


 一度こぼれた涙は止まらなくて、ポロポロとこぼれていく。なんとか拭おうとするけれど追いつかない。



 女の子の抱えた本の表紙には、可愛らしい女の人が描かれていた。もしも、その子のいうお姫様がその人を指すのなら。わたしが、その人みたいと言うのなら。



 ……お姫様。なんて、どこが。



 顔を上げて鏡を見た。いつも通りのようでそうではないわたしがそこにはいる。重たい黒髪の毛先をゆるく巻いて、淡いピンク色のレースをあしらった膝丈のワンピースを着て、頭にリボンの飾りをつけている、わたしの姿。



 言葉って、不思議なもので。



 「ママ、あの人、お姫様みたいに可愛い!」


 はしゃぎながら言われる純粋な言葉は、まっすぐとわたしの心に届く。改めて見た姿は、さっきよりもマシに見えた。


 ああ、似合わないことないかもしれないって、そう思った。単純かもしれないけれど。



 「……お姉さん、泣いてるの?」


 女の子が、今度は悲しそうな顔をした。しょんぼりとした声と顔に、思わずブンブンと首を横に振る。



 思い切り泣いてしまってるけど、でもなんだか、申し訳なくて。すぐに泣き止むから、と心の中で訴えて、わたしは鞄の中からハンカチを取り出して押し付ける。


 泣きやめ、泣きやめと思ってるときほど涙は止まらない。



 「あの、」


 女の子のお母さんが口を開いた。


 さっきから黙ったままただ泣き続けるわたしにさすがに疑問を抱いたらしい。少し顔を上げると、大丈夫かと、心配そうな顔をして近づいてきた。


 大丈夫、となんとか答えようと口を開こうとしたときだった。



 「あー、よかった、まだここにいた」


 夕陽さんの声が聞こえた。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新お疲れ様です(^_^ゞ 夕陽綺羅々の思惑はどうあれ、小島明音の状況が好転しているのは救いですね! [一言] 更新はゆっくりと待たせていただきますので、無理を為さらずに‼
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