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 三人組の男子生徒だった。制服は見たことあるものだった。なにかのときのために必死に情報を収集すれば、それは私の通う高校から一番近い、また別の頭の良い高校のようだった。


 ガシッと肩を掴まれて無理やり立たされた。掴まれた肩が痛くて慌てて立ち上がったけど、スカートの汚れが気になって払い始める。



 逃げたほうが、いいのかな。でも、鞄を持って逃げたところで追いつかれてしまうだろう。


 どうするべきかなんて、考えている暇はなかった。気づけば胸ぐらを掴まれ、逃げられないようにされていた。背の違いから、首元が引き上げられて息が苦しくなる。



 近づいたことで胸元のバッヂが見えた。刻まれた高校はやはり頭の良くてなかなか有名な高校だった。こんなことしたら停学、酷ければ退学にでもさせられそうな。



 怖いという感情も、とうに過ぎ去っていた。どうにでもなれ、それくらいの投げやりな気持ちになっていた。



 「見ろよ。こいつ、あの高校の四組だぞ」


 向こうにも私のバッヂが見えたらしく、ニヤニヤと笑いながら楽しそうに言った。



 ……あのクラスの存在は、そりゃあまあ“フツウ”な皆さんには理解できないらしくて。できた当時は批判の声もあったらしくて、そのクラスに入りたいと自主的に言う人も少なかった。


 毎年それなりにあのクラスへの入学者がいるのは、本人以外にも中学校の先生だったり、親だったり、誰かしらが高校に事情を話す人がいるから。本人から入学を希望するのは決して簡単ではない。私は自分から調べたというか、たまたま見つけたけど、先生からは「やめなさい」と言われた。



 偏見だってあるのはわかってる。身体にも心にも障害はなくて、それでも世の中で生きづらいと思っている私達が理解されないことは。


 関わらないでください、と公言している人に、関わろうとする人はあまりいない。冷酷クラスを知っている人たちは、私達を見てあまりいい顔はしない。



 だけどたまに、こんな人もいる。



 「ちょうどよくない? コイツだったらどうせチクれないでしょ」


 私達をサンドバッグかなにかと勘違いしてる馬鹿。ああそうだ、コイツも、アイツも馬鹿だ。


 だけどこの状況になってまで、足がすくんで声が出せない私も馬鹿だ。チクる相手が誰も浮かばない私も大馬鹿者だ。嘘でもいい、誰かの名前をあげればいい。考えれば一人くらい出てくるはずなのに。



 できたのは、目をそらすことだけだった。現実逃避にしかならないそれは、なんの意味をもたない。


 だけどこうするほかなかった。少しでも傷を増やさないために、今から起こることは全部夢だと言い聞かせて、現実逃避するほかない。



 これは、本の中の出来事だ。リアルな夢を見てしまってるのだ。大丈夫、本が私の傷を背負ってくれる、私の代わりになってくれる。


 だから。




 「撮影完了! うーん、いい絵が撮れたなあ。早速アップしちゃおーっと」


 携帯のカメラのシャッター音。カシャッと近くからした音に、胸ぐらを掴む手が緩んだ。


 続いて愉快そうにこぼされたその独り言に、彼らは私から手を話した。黒髪の三人組が、焦った表情を浮かべて声のしたほうを見ている。



 急に息がしやすくなった私は思わずむせこんだ。息を整えてから、声のしたほうを向いた。



 背後に近かったけれど、横にも近かったかもしれない。とにかく男子生徒が私の胸ぐらを掴んでいるのはしっかりと見えて、それが写真に収められる位置。


 携帯を触りながら、ちらっとこちらを見たその人は、ニコーっと笑みを浮かべている。



 「誰だよお前」


 私の胸ぐらを掴んでいた人が、その人に詰め寄るようにそう言った。携帯をポケットにしまうためにうつむいて、次顔を上げたその人は冷たい目をしてそいつを見ていた。


 「おい、あいつもあそこの四組みたいだぞ」


 一人が、制服につけられたバッヂに気づいてそう言った。


 四組だからといって、必ずしも冷酷クラスの人間とは限らない。生贄っていう存在がいるくらいだし、彼女が数合わせ側だったらどうするつもりなのだろう。



 それでも詰め寄るのをやめないで、ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべる三人組。パキパキと手を鳴らして、彼女を横道へ引きずり込もうとする。


 逃げてやろうかと思ったけど、私もそこまで薄情じゃないし、第一一人が見張っていて逃げれそうにない。



 私だったら足がすくむか、いや実際すくんでいた、殴りかかりそうな三人に囲まれそうになっても、その人は、夕陽さんは表情一つ変えずにそこに立っていた。


 冷たく軽蔑するような目。鋭く尖ったナイフのような目。さきほど私に向けていた微笑みとは大きく違う。初めて見た、嫌悪感を全面に見せた、ここまで攻撃的な人の目線。


 怖い顔をしているわけでもなんでもないのに、それこそその目で人を殺してしまいそうな。



 「なあに、殴り合いでもしたいの?」


 優しい言葉遣いだったけれど、声は全く優しくなかった。ヒタリと首筋にナイフをあてられるような感覚。


 それに気づいて三人組も一瞬たじろいだ。だけどそれをごまかすように、ニヤリと笑う。



 「まあ、ストレスも溜まってるし? ごめんねえ」


 優等生って大変で、と笑う顔が鬱陶しかった。夕陽さんの一つ一つの行動よりも、ずっとずっと鬱陶しかった。なにかされたわけじゃないのに、妙に気に障る。



 優等生って大変って、言い訳でしかないのは明らかだった。確かにあの高校の生徒ならば優等生なのかもしれないけど、性格的には人間のクズだ。



 ああやだ、悪口が止まらない。だって、ただ、腹が立って。


 あのとき、こんなふうに怒れたら、と思った。今はただ、多数に対して自分一人じゃなくて夕陽さんもいるから、だから強気になれるのかもしれないけど。



 でも、このまま私が黙っていたら、真っ先に殴られるのは夕陽さんだろう。体格も全然違う男子生徒三人を相手に、華奢な夕陽さんが敵うはずない。


 助けたいとかそうじゃなくて、夕陽さんが不利なら自分だって見捨てられる可能性は十分にあるのだ。



 彼らのうちの一人の制服を掴んで軽く引く。気づいたやつが振り返る。


 彼女は関係ないとか、私がぶつかったんだからとか、そんなのは言ってやる気はない。第一に、出会い頭の衝突なら向こうだって責任あるはずだ。



 「ストレス発散なら、サンドバッグにしたら?」


 思ったよりも冷たい声が出た。思ったよりも、私は彼らを嫌悪していたらしい。恐怖心よりも、怒りが勝った。



 私が制服を掴んでいた人が、私の手を振り払った。思い切り叩き捨てるように、思い切り。


 「お前からぶつかってきたくせに、口出してんじゃねえよ」


 ケラケラと笑いながら、突き飛ばされた。簡単にバランスを崩した体が倒れて、再び尻もちをついた。二回目は、また結構痛かった。


 だけど気にするほどでもない、と言い聞かせて立ち上がる。重い腰を上げて前を見ると、男子生徒たちの隙間から、相変わらず冷たい目をしていた夕陽さんがいた。



 冷たい目の中に、怒りが混ざっていて、恐ろしい、という感想が出てきた。



 「なにしてんの?」


 私に問いかけたときのような優しさは欠片もなかった。顔の造形がいいから余計に恐ろしく見える。


 「女の子に手を出すとか、最低ね」


 わざとらしく口角を上げるから、余計に空気が凍りついた。慈悲をなくした女神の微笑みとか、詩的に例えてみるけれど、それは多分想像するよりもはるかに恐ろしい。


 風でゆらりと揺れた栗色の髪が、それを際立たせていた。


 「別にね、今から殴り合っても構わないんだよ」


 たださ、と付け足した。一歩、三人組の一人に近づいて、その手首をギュッと握りしめた。



 よほど痛かったのか、すぐに彼は痛い痛いと喚き出した。なんとか引き離そうと、ブンブンと腕を振ろうとしたり引き抜こうとする。だけれど腕は動かず、夕陽さんは握ったまま。


 その細い腕のどこにそんな力があるというのか。



 「ただね、今あなたたちが怪我したところで、ここには証拠が残ってて、こっちの正当防衛にしかならないの」


 優等生ならわかるでしょう、と、ポンッとポケットを軽くたたきながら夕陽さんが挑発した。


 こちらには夕陽さんが撮った、私に殴りかかろうとする写真がある。向こうにはそういった類の写真はない。向こうがこちらに怪我をさせられたと訴えても、あの写真は向こうから仕掛けてきたことを残している。


 だからか、相手はすぐには殴りかかってこず、しばらく夕陽さんを睨んでいた。夕陽さんも負けじとジッと相手を見つめていた。



 しばらくして、緩んだ夕陽さんの手を振り払って、舌打ちとともに去っていった。


 「今回は見逃してやるよ」


 そんな捨て台詞とともに。次回があってたまるか、とか思ったけど、それは心の中で呟いておく。



 結局、夕陽さんのほぼ不戦勝だった。腕は掴んていたけれど、これは多分不戦勝と言っていいだろう。


 逃げ帰っていく男たちの顔を、最後まで冷たい顔で見つめていた。一切表情を変えることなく。



 「大丈夫だった?」


 そう言って手を差し伸べてきた夕陽さんは、先ほどとは打って変わって穏やかな顔をしていた。やわらかくてあたたかい笑顔を浮かべていた。


 もう立ち上がってるんだけど、と思いながらもその手を掴むと、横道へと追いやられかけていた私を、大通りのほうへ引っ張った。


 さっきの場所は影になっていたらしく、通りに出た体に日の光があたってあたたかくなる。



 「うん、大丈夫」


 それだけじゃあ、足りない気がした。


 「ありがとう」


 素直にお礼を言えば、私がお礼を言ったことがよっぽど予想外だったらしく、夕陽さんはちょっと目を丸くした。だけど私がなにか言う前に、すぐにふんわりといつもの笑みを浮かべた。



 「あ、あと、今日は千島さんに用事があったの」


 ほんとだよ、と念を押して、夕陽さんはその場に捨て置いてあった鞄を拾い中を漁る。どうやらあの三人組と対峙する際に邪魔だと思ったらしく、その場にほかったらしい。


 少し砂のついた鞄から、夕陽さんは一冊の本を取り出した。



 見覚えがあった。なんなら、その表紙はしっかりと記憶していた。


 忘れるわけがない、忘れるはずもない。それは私が今まで避けていた、だけど大好きだった本。



 夕陽さんは無邪気に私にそれを差し出した。けれど、その笑顔はどこか寂しそうだった。


 なにが言いたいのか、なにがしたいのかわからなくて、私は一歩、退いた。



 「千島さんと一緒に読みたかったの」


 嫌だ、と声に出そうになった。それが用事なら帰って、そう声に出しそうになった。どうしてそれを、と言いたかったけれど、そちらは声にならなかった。


 踏み込まないでそれ以上、思い出したくない。今思い出さなかったところで、いつだって付きまとってきたけれど。


 夕陽さんの悲しそうな顔が、心に突き刺さるようだった。



 「この本に罪はないじゃん」


 その一言に、ドクンと心臓が跳ねた。頭のどこかにあったけれど、見てみぬふりをしてきたこと。



 「罪があるのは森谷さんたちなのに、この本だって千島さん好きなはずなのに、あんな奴らのせいで嫌いになるのは悔しすぎるよ」



 ……なんで、名前、知ってるの。


 森谷。私が大っ嫌いなアイツの名前。もともと一人だった私に目をつけて、中学校の頃、私をイジメた。トラウマを植え付けた本人。



 『黙ってろよ。それがお前の使命なんだからさ』


 物語が好きな私をからかうように、そうやって甲高い声でキャハハと笑う。アイツの姿はいつまでも忘れられなくて、あの笑い声がずっと耳に残っている。



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