表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/15

1−1 恐怖

出席番号17番 千島由希の話



 私の友達は本だけだった。今も昔も、ずっとずっとそうだった。いつからそうだったのかと聞かれたらわからないくらい、ずっと前から。


 全然人に話しかけられなくて、話せなくて、私は人の輪に入ることが苦手だった。気づけば弾かれていた。


 だけどそんな私とも、本は会話をしてくれるの。決して返事をしてくれることはないけれど、いろんなことを教えてくれる。それは知識だったり、感情だったり。



 そんな私を指さして笑う奴もいた。寂しい奴だと、そう言う人もいた。けれど、私はそんなこと言われたって気にしない。


 本が友達だなんてイタイとか、そんなこと言うなんて怖いとか、そう言われたこともあったっけ。からかわれたことなんて数しれない。ましてや……。




 だから、このクラスは居心地がいい。


 だって誰も私に構わない。私と本の会話を邪魔しない。それをおかしいという人はいない。


 友達だと言えるのは本だけだと、公言した私を誰も批判しなかった。「素敵ね」なんて言葉を投げかけられたことも、覚えてる。



 だから、それでよかった。それ以上欲しようとは思わなかった。



 むしろ私は、人間が怖かった。簡単に人を騙して傷つけることができる人たちが。裏切り蔑み合う人間たちが。


 手出しをしなければ、法に触れたりしなければ、誰も彼らを裁かない。見えない凶器で人を傷つける術を知り尽くした人たちもいるのだから恐ろしい。


 傷つける側の気持ちを知らない、返り血に塗れて嘲笑う彼ら。



 だからこそ、私はこのクラスに対して居心地がいいと思うのかもしれない。みんな傷を負っているから。みんなが人を恐れているから。


 似たもの同士仲良くなろうとは思わないけれど、誰も人を傷つけようなんて欠片も思わない。愛のない無関心、むしろそれでいいんだ。



 生贄だって、このクラスで過ごしていてなんとなく察していく。他のクラスに逃げたり大人しく過ごしたり。声をかける人もいるけれど、深く関わろうとはしない。



 このクラスの人もね、悪意のない挨拶は普通に返すから。だけど、踏み入ってほしくない領域には入らない。


 例えば私が本を読んでいるとき。例えばあの彼がイジメられてるとき。例えば誰かが、なにかを思い出してしまったとき。


 話しかけていけない、そっとしておいてあげるべき領域には、入ってこない。



 それなのに。



 「ねえ、なんの本読んでるの?」


 彼女は、それを壊そうとする。残酷なまでに優しい手で。



 つい昨日転校してきたばかりの新人。このクラスに来たってことはつまり、なはずなのに、それを臭わせない。



 昨日は委員長に話しかけていたはず。どうせ冷たくあしらわれただろうけど。


 委員長は優しいけどね。優しいけど、必要最低限をわかっている。手強いのは、なんとなくわかるよ。



 だからといって、私のところに来てもらっても困るのだ。私だって人と関わりたくはない。なにしろ、私の世界の邪魔をされたくない。



 「……小説」


 冷たく、一言だけポツリと返した私は、本を閉じて席を立った。授業時間までもう少しというのに、授業の準備をするのを忘れていたから。もちろん、転校生から逃げたいからでもある。


 転校生はキョトンとして私を見つめたあと、私が戻ってきたタイミングで鳴ったチャイムに急かされ席に戻った。




 転校生の名前は確か夕陽綺羅々。明らかにキラキラネームなんだけど、一切名前負けをしていない。纏う雰囲気や、その顔に貼り付けた微笑みによく似合っている。


 そして、きっと、いや絶対こちら側なのに、やけに人と関わろうとする変な人。


 それが自己完結で終わるのならばそれでいい。だけれど、関わりたくないと思っている私に、彼女は突っかかってくる。



 結局その日は、やけに私に話しかけて関わろうとしてきた。避けるだけ無駄だし、興味のない話をひたすら聞かされるし、いろいろ聞いてくるし、災難だった。興味のない話を、聞いていた私も私だけど。


 ああもう鬱陶しい。なんて本音は言えるはずもなく、心の扉の奥のほうにしまいこんでおく。



 だけどそれは一日にとどまらず、その次の日も、次の日も転校生の彼女は私に話しかけてきた。私はなるべく関わらないようにするので手一杯だった。


 なるべく関わらないようにと、話だって相槌すら打たずに無視することになった。たまに、ちょっと気になる話に引っ張られそうになったけど、なるべく聞かぬふり。ほんとは聞こえていて、わりと、聞いていたりしたけど。



 でも、そうすれば話しかけなくなるかなって思っていたのに、あの転校生は、夕陽さんはそんなのお構いなしだった。


 無視されることは前提として、私の興味が引かれるように話をしていた。無視されてもいいというか、無視しててもどうせ聞いてるでしょうと、そう言いたそうでもあった。



 あまりに鬱陶しいから、私は仕方なく教室から逃げることにした。居心地のよかった教室だけど、仕方ない。


 そうやって、私は放課ごとに教室を出て、図書室に入り浸るようになった。前から、放課後や昼休みに食事を終えてから通っていたけれど、それが毎放課に変わった。



 夕陽さんから逃れるには、ここが一番最適だった。夕陽さんも、図書室では話しかけてこないし、なにより追いかけてこないから。



 私が冷酷クラスの人間だからか、教室を出たら視線が突き刺さる。けれど今さら、それくらいはどうってことなかった。


 ああでも、冷酷クラスの人間だとわかってしまうクラスバッジは、外したいかもしれない。そうしたら、もう少し過ごしやすくなるだろうに。



 やっぱり、人の視線は少し怖い。冷たい視線を向ける人たちが怖い。


 私のことをなにも知らないくせに、噂話やレッテルだけでそうも簡単に人を蔑めるなんて。こうも簡単に冷たい目を向けられるなんて。


 ヒソヒソと、本当かどうか確証のない噂話をできるなんて。そうして無自覚にも安易に人を傷つけて、それで傷ついた人を見てなんとも思わないなんて。



 図書室はたくさん友達がいるけれど、そんな視線くらい、噂話くらいへっちゃらだと、強がることができるけれど。でも、やっぱり。



 「……っ、」


 逃げ場といえど、図書室に行くたびに、負った傷は簡単に消えないものだと思い知る。何度も何度も、消せないものだと思い知らされる。



 適当に眺めていた本棚で視界に入った、たった一つだけ避けてしまう本が、いつもいつも私に教えてくれる。どんなに小さな傷だって、一度負ったらもう消えないのだと。


 いつか消えてくれればいいのにと、そんな淡い期待と願いをいだきながら、私はその棚の前から逃げて別の文庫を探し始めた。




 ……私は、いつも一人だった。


 本が友達だと言い聞かせても、たまに現実に戻ることがある。私の手を握ってくれる友達はいないのだと、私は一人なんだと。


 誰かが、それが私の役目だと言ったから。私に友達を作る権利などないと、ずっと一人でいればいいと、誰かがそう言ってから。



 呪いの言葉だと思う。引かれた線を踏み越えるのが怖くてたまらない。


 私はそうして、また一人を選ぶのだから。



 適当に選んだ本を借りる。少しだけ興味を抱いた本で、特に読みたかったわけではないんだけど、でも興味が出たならそれでいいかと思って。


 避けてしまっている本の代わりのようにそれを抱えて、私は図書室をあとにした。



 私が手を触れなくなった本は、本当に素敵なお話が書かれたものだった。誰もが知っているような、素敵でキラキラとしたお話だった。私もあのお話は好きだった。


 どうして避けるようになってしまったのかと、思い出してみれば悲しくて。思い出すのも辛くてまた目を背ける。


 ただ、そんな感情を誰かに悟られたくはないから、代わりに小さなため息をついた。誰にも聞こえないくらい小さなため息。だったはずなのに。



 「ため息ついて、どうしたの?」


 ひょいっと私の背後から顔を出して、優しく笑いかけてきたのは夕陽さん。図書室から教室に戻る途中の私のあとでもつけてきたのだろうか。


 それにしても本当に小さなため息だったはずなのに、それにすら気づくなんて。転校生、なのに。まだ深く関わりがあるわけじゃないのに。



 横を見ると、いつの間にか隣に並んで歩く夕陽さんがいた。何食わぬ顔で笑って、そこにいるのが当たり前みたいに振る舞う。


 目を合わせたくなくて下を向くと、ふわりと風に揺れた彼女のスカートから、足に貼られたガーゼかなにかが覗いていた。片足じゃなかった。片方は、包帯だったかもしれない。その怪我かなにかに触れる気はなくて、それは見なかったことにした。



 「別に、大したことじゃないから」


 キツく言い返して、冷たくそっぽを向いて、夕陽さんから逃げるように小走りで教室に向かった。


 だけど、夕陽さんも同じクラスなんだから、当然彼女は私の後ろを歩いてくる。背後からジロジロと見られているのはわかって、なんだか怖くなった。



 好奇の目を、向けられているみたいだった。私に対して好奇心を抱いているようだった。


 あのクラスの人間だという、周りからの好奇の目には慣れていた。見世物を見るような目は、結局のところ見世物で終わるから。


 ただ、私を知ろうとする、好奇心からくる視線は怖かった。悟られたくないという一心で、ただ歩く。



 好奇心なんて、抱かないでほしい。その目はまるで、私がいい玩具になるか品定めしていた、アイツの目を彷彿とさせるから。


 だから、後ろは絶対に振り向けなかった。



 そんな時だった。


 「あのっ、」


 女子生徒の、ちょっと弾ませた声が、ジメジメと悪口が染み渡った廊下に異質に響いた。背後から聞こえたその声は、夕陽さんに投げかけられたものだった。


 「なあに?」


 ふわりとした優しい声が、後ろを向いた。愛想よく答えた夕陽さんが、その女子生徒のほうを向いたのだ。



 思わず足を止めていた。背後からの会話は、友達になる前の当たり障りのないものだった。


 たとえただの生贄であっても、あのクラス、冷酷クラスの中にいる人にはなかなか話しかけないのに、どうやら転校生は特別らしい。それとも、夕陽さんの容姿が整っているから、クラスなんて関係ないのだろうか。



 すぐに歩くのを再開した。逃げるためのチャンスを逃すわけにはいかず、さっきよりも早足で教室に逃げ帰った。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ