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3―1 裏切り

お待たせしました。


出席番号12番 椎名晃(と山川志津)の話



 俺も大嫌いだったと、そう言えたら良かったんだろう。そう言って突き放し返せたなら。


 眠い目をこすりながらそんなことを考えた。



 いっそのこと、はじめから絶望の中にいればこんなことくらい、と思ったりもする。それはそれで苦しいだろうから、いざとなったら望まないけれど。




 「……、くそっ」


 机の上に乱雑に置かれていた空の写真立てをベッドに投げ捨てる。何年か前までは、そこに写真が入っていた。写真を変えても写っている人物はいつも変わらなかった。


 こうして写真を破棄した今も、写真立てだけでアイツの笑顔が浮かんでくる。長年過ごして染み付いたそれは、どう頑張っても離れてくれない。



 本当にムカつく。信じた俺が馬鹿だった。あんなやつのことを最後の最後まで信じていた俺が馬鹿だったんだ。いやでもそもそもアイツが手のひら返すなんてことしなければ。



 頭の中で暴言を吐き散らかしながら、いつも通りに登校する。教室につくのは八時より少し前。教室の中には誰もいない。


 八時を過ぎる頃に、隣の席の小島が登校してくる。夏休みが明けてからも、この順番に変わりはない。



 「おはよう」


 そんなことを考えているうちに小島が登校してきて、いつものように声をかけてきた。



 いつも、どっちからともなく挨拶を交わしている。一番初めは小島からだったけど、その挨拶に答えてからはどっちからと言わず挨拶を交わしている。



 「おはよう、小島」


 名前を呼ぶのはなんとなく。挨拶をする時点で自分を認識されたくないとかそれとは違うだろうし、なら認識してることを伝えたほうがいいのかなって思った。


 俺は、どっちでもない。というよりはどっちでもいい。関わりさえそんななければ、いないものにしてくれようが、そこに居させてくれようが。



 そういえば、小島って夏休みが明けてから雰囲気が変わったよな。単純に言うなら明るくなった。


 雰囲気はやわらかくなったし、なにより可愛くなった。イメチェンしたというか、本来の良さを見せてきたというか。



 変わることはいいことだと思う。全然悪くないと思う。このクラスではどうしても浮いてしまっているけれど、それを気にしない様子は強くなったともとれる。



 でも本当に、良いことだとは思ってるよ。



 俺なんか未だに引きずっている。いつまで経っても忘れられないのは、なんだか馬鹿みたいだ。


 さっさと切り捨ててしまえばラクだろう。ここまで抱え込む必要なんかないだろう。


 裏切ったやつのことなんて、嫌いの一言で片付けてさっさと頭の隅へ追いやればいい。その一言で片付けられたらいいのに。友だちですらなかったのだとそんな奴のことは忘れて、他の人と気楽に笑えたならどんなによかったか。


 だけど、裏切られた一瞬よりも、共に過ごした十何年のほうが俺にとっては大きかった。幼なじみで、親友で、ずっとずっと一緒に過ごしてきたから、思い出はどれもアイツとのものばかりで、簡単には忘れられない。忘れられないから、裏切られたという事実がまた俺を苦しめる。


 裏切られたから忘れますと、あのときの絶望が思い出も何もかも消してくれたらよかったのに。考えれば考えるほど、思い出すのは幸せだった頃の記憶ばかり。



 全部覚えていて、全部忘れられない。



 低学年の頃、遊んでる途中に体調を崩し熱を出した俺を、家まで担いで連れ帰ろうとした無謀なアイツが。「負けた」と笑って、自分のユニフォームを託してくれたアイツが。自分のポジションを奪ったライバルに、「次は負けないからな」と笑顔で言ってくれたアイツが。


 多分、過ごした時間が長すぎたんだ。せめてあっさり切り捨てられるくらい短い期間の付き合いならよかったのに。


 俺はアイツを信頼していたし信用していた。その分裏切られたときの衝撃も、痛みも苦しみも大きかった。信じられなかった。


 家族を抜きして、他人と分かりあえたのは、あれだけ信用してたのはお前だけなんだと言っていたら、アイツはどんな顔をしただろうか。お前のせいでもう人を信じられないと言えばよかったのか。


 自分で抱え込んで潰れるより前に、アイツにも、どれだけ俺が苦しい思いをしたかぶつけていれば、少しはアイツだって苦しんでくれただろうか。俺の気持ちも報われただろうか。


 どっちにしろ、今はもう誰も信じたくない。誰かの笑顔も、言葉も、いつかは裏切られてしまうかもしれないと考えたら。友情なんて、もってのほか。


 そんなものならいらない、友情なんて。



 ……もともと、友人を作るのが苦手だった。それは確かに俺の責任かもしれない。自分から声をかけるのが苦手で、というよりはまずそこまで他人に興味が出なくって。


 はっきりと堂々と友人と呼べたのは親友だったアイツだけ。むしろアイツがいたからこそ、大勢でワイワイする必要なんて感じなかった。アイツが誘ってくれたらのるけど、結局最後はアイツといたほうが気が楽だった。


 気を許せた。信用できた。信頼してた。クラスが離れても他に話す相手ができても、いつも最後はアイツの隣に立っていた。一番楽だったから、楽しかったから。



 だから、だから余計にダメなんだ。それ以外の逃げ場がなかったから、もう誰も信用できないんだ。


 信用していたのはアイツで、それ以外に移ろうとした頃にはもう窮地に立たされていた。まさに崖っぷち、あとは落とされるだけ。それならもう、誰も信用したくない。




 八時五分頃、続いて一人で入ってくる見慣れた奴。このクラスで、小島と同じくらい話すソイツは、まず小島に挨拶をする。


 軽く交わした会話のあとに俺をほうを向いて笑みを貼り付ける。



 「椎名くん、おはよう」


 ひらひらと手を振る姿はどこか弱々しい。肩より少し長い茶髪は左側で一つに束ねられている。


 「おはよう、山川」


 俺も同じように笑みを貼り付けてぱっと小さく手を上げた。挨拶を返せばそれだけで、山川は満足そうに微笑む。



 「小島さん、可愛くなったよね。あ、椎名くんは今日は課題やったの?」


 山川は小島を褒めてから、思い出したように俺に話を振った。いつものように課題を広げていなかったから疑問に思ったらしい。


 別に毎日課題を忘れてきているわけではないんだけど。学校でやってることが多いから、いつも忘れてきてると思われている。



 山川は人をよく見ている。クラス全体ではないけれど、近くにいる人の行動だったり顔色だったりをよく見ている。人との付き合いはきっと苦手ではない。


 なのに、なんでかな。俺とはきっと正反対なのに、どうしてかな。


 山川みたいな奴でも、裏切られるなんて。山川みたいな奴を裏切るなんて。



 「あー、まあ、一応やった」


 適当に答えると、山川はくすくすと笑いながら「珍しい」と言った。失礼なやつだと俺はムッとする。


 それも束の間、山川は自分の席へと行ってしまう。それを見送ってから、俺はスマホの電源をつけイヤホンをさす。そうして適当な動画をあさり始めた。



 朝のほんの数分、三人きり。小さな世界だと思う。それでも今はこの距離のこの関係が一番楽だ。


 友人とは言えない、話し相手止まりの関係。これ以上の干渉はない。それはこの二人だけでなく、クラスの人たちも。


 誰も邪魔しない、いつも通りの朝のはずだった。



 トントンと、誰かが机を小突いた。その音は流していた曲の合間に挟まり、ちょうど聞こえてきた。


 俺は曲を止めて、耳からイヤホンを外し、その細い指の、声をかけてきた人物を見上げた。そこには、あの転校生がにっこりと笑みを浮かべながら立っていた。



 「えっと、椎名くんだよね。今日の放課後は暇?」



 遠慮気味に聞いてくる転校生。名乗ったわけでもないのに、座席表で調べたのか、知っているらしい俺の名前を確認してくる。そうして唐突に放課後の予定を聞いてくる。


 予想外のことに、俺は必死に思考を巡らせた。ぐるぐると巡る思考では余計な考えも浮かんでくる。



 見かけに似合う可愛らしい鈴の声。愛らしさも美しさも兼ね備えた声は、すんなりと耳を通り言葉を認識させる。


 噂では、他クラスの人からも人気らしい。冷酷クラスに転校してきたのに、それに似合わない雰囲気で、美少女とあればそれも仕方ないのかもしれない。


 そんな、どうでもいい情報はなんとか頭の隅に押しのける。



 「夕陽さん、ですよね。今日は暇ですけど」


 記憶の片隅にあった彼女の名前を引っ張り出し、確認をした。それから彼女の問いに素直に答えた。


 名前を確認しなければ、顔と名前が一致しない。転校生ということはわかっても、その名前はまた別の人に変換されてしまう。


 なんせ、人の名前を覚えるのが苦手だった。ここのクラスの人たちはそんなこと気にしないから、俺も同じような境遇でよく話すようになった小島と山川くらいしか覚えていない。正確には覚えられない。なんとか担任の名前を覚えたくらいだ。



 だけど転校生というのは印象深くて、記憶の隅には名前もあったらしい。まだ定着しなくても、顔と名前がバラバラになる前だったらしい。


 下の名前はまったくわからないけど。




 夕陽さんはぱあっと明るい顔をした。その笑顔は確かに、他クラスでも人気になるのはわかる気がする。


 「名前、覚えてくれてたんだねっ」


 嬉しい、と頬を緩める。それはまるで、俺が名前を覚えるのが苦手だと知っていたかのような反応。



 というか、夕陽さんであってたんだ、よかった。


 そんなことに安心している俺をよそに、夕陽さんは続ける。



 「じゃあ、帰りに寄り道していこう、ねっ!」


 そう約束だけこぎつけて、夕陽さんら自分の席へと戻っていった。



 素直に答えたことを少し後悔したけど、まあいっかと思って考えるのをやめた。そうして曲の続きをと視線を落とそうとして、その視界の隅に揺れたスカートの影から覗く白いものが見えた。



 それは包帯。ほんの少し、端しか見えないけれど、足の色とは全く違う真っ白に巻き付くそれは包帯だろう。一瞬見えた質感が、布に似ていてまた違う。


 それが、ふわりとした笑顔とはあまりにアンバランスすぎて、夕陽さんの纏うその空気の隙間に、張り詰めたものを感じた。包み込んでいた袋に空いた穴から水がこぼれるように、それがすぐに塞がれてしまったときのように、じわりと滲む冷たさが後味悪く残っていく。足されることなくても消えることはない。



 ……善とはいえない、冷ややかさ。




今回のお話からツッコミどころも増えてくるかもしれませんが、大目に見てくださると幸いです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新お疲れ様です(^_^ゞ 新たなる子羊の登場ですね。 そして唐突に接触をはかる夕陽綺羅々。 相変わらずですねぇ~(苦笑) [一言] 写真立ての中身が幼馴染みっぽかったから男女関係かと思…
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