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プロローグ



 冷酷クラス。


 私たちのクラスにつけられた、いわばあだ名のようなもの。他人には無関心で、自分のことだけで手一杯な人たちが集まったクラスだから、そう呼ばれている。


 どうせ思いやりも何もないんでしょう、と言わんばかりの、失礼なあだ名である。



 別に、クラス内でイジメがあるわけではなく、誰かの悪口が飛び交っているわけではない。ただ、クラスメートが他のクラスの人からイジメられても、手を差し伸べることはしない。興味すら抱かない。


 それが、冷酷なんだって、周りの人が言う。



 だけど、誰かへの憎しみが、なにかへの悲しみが渦を巻いたこの教室では、それは暗黙の了解だった。イジメられてる人だって、助けてもらうつもりなんてないのだろう。


 だって、このクラスは特別だから。


 偶然にも冷酷な人間が集められたクラスじゃない。他人に無関心な人間が集められたクラスじゃない。




 ほんとは、傷を抱えた人たちが集まったクラス。この学校だけにある、この学校が用意してくれた私たちの避難場所。


 他人に傷つけられた私たちは、誰を傷つけようとも思わない。信用しようとも思わないし、されたいとも思わない。だから、そういう人ばかり集まったこのクラスは過ごしやすい。


 他人に期待はされない。他人に期待をしなくてもいい。ただ、最低限の会話と、必要とする温もりだけを得て過ごす。



 だから、だからこのままでいいんだって。このままなにも変わらなくていいんだって、そう、思っていたのに。






 *




 「麗、おはよ」

 「おはよ、愛友」


 簡単な挨拶だけを交わす。声をかけられたから、反射的にしたようなもの。


 「一時間目ってなんだっけ?」

 「確かに数学」

 「うわあ、やだなあ」


 友だちのような会話も、彼女が求めるからするだけ。なんだかんだ、こういった会話もたまには必要だったりするから、交わすだけ。




 私、桜井麗は、とある高校の二年四組、通称冷酷クラスと呼ばれるこのクラスの、委員長である。去年、誰も引き受けない委員長の役割を引き受け、今年もそのまま引き継いでいる。



 そして、今会話をしていたのが、話し相手の平瀬愛友。彼女も冷酷クラスの人間である。


 去年も今年もメンバーが変わらないのは、三十人のうちの半分。それがいわゆる冷酷クラスの人間。あとの半分は、傷とかなんとか関係なく数合わせに配置されていて、周りの人は生贄だと言っている。



 人を信用できない、信用しない、そんな私たちにとってこのクラスはとても居心地がいい。気を遣わなくていいのがなにより楽。窮屈に感じるのは、生贄側の人たちだけ。彼らもまた、他のクラスに遊びに行ったり、教室の雰囲気に順応してはいるけれど。


 生贄なんて、あんまりだ。誰も私に干渉してこないし、誰にも干渉しなくていい。




 「おい、明日はちゃんと金持ってこいよ」


 そんな声が聞こえてきた。そちらを見やれば、クラスメートが冷たい目で言葉を放った人物を見ていた。


 彼らはクラスメートを、生意気だと言って殴っていた。



 日常茶飯事、いつもの光景。そりゃあいい気はしないけど、だからといって手を差し伸べたりもしない。彼はそれを求めていないから。


 だからそれは私にとって、流しっぱなしにしていたテレビの中の会話のように、右から左へと流れていくどうでもいい情報。



 捨て台詞を吐かれクラスに押し込まれたクラスメートは、逃げるようにして去っていく彼らの背中を変わらない目で見つめた。冷たい目。彼らを、憎む瞳。


 クラスメートはそれきり、助けてくれないクラスの人にはなんの感情も抱かずに、ただ自分をイジメる人への憎しみだけを写して席についた。


 なんの感情も抱いてないというか、私たちのことなんて視界に入ってないというか。まあ私も、目に見えてることだけしか、見てないけれど。



 だから、それでいいと思ってた。みんながそれを望んでいるはずだから。それなのに。




 「知ってる人もいると思うが、今日は転校生を紹介する」


 先生の言葉に、隣に立った転校生はうっすらと微笑みを浮かべる。整った顔に貼り付けられた笑みは、やわらかくってどこか冷めている。



 「はじめまして、夕陽綺羅々です」


 透き通るような声は、誰彼と魅了するなにかを持っていた。鈴のように凛として、心地よい声。



 だけど、私は察した。


 その笑顔の裏に隠した傷跡を。彼女が必死に隠している苦しみを。


 だって、このクラスへの転校生は、つまりはそういうことだ。ただの転校生は、別のクラスに入るはずだから。




 だから、私は思ってもいなかった。



 「委員長、よろしくね」


 無邪気に笑うその人が、このクラスを変えようとしているだなんて。


 「こちらこそ」


 差し出されたその手は、ひんやりと冷たかった。白い手は、とても健康的とは言えなかった。



 私は、まだ知らない。彼女の傷も、彼女の目的も。知ろうとも、思わない、そんなクラスだから。



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