世界の裏側でプロペラ戦闘機のパイロット
ーー間違いだったなぁ!
名前を聞いたこともないだろう世界の僻地の空では、全時代的にも見えるプロペラ機同士の空中戦が発生していた。紛争多発地帯と言えば聞こえは良いが、実際は武装勢力が群雄割拠する戦国時代だ。国連のクソ野郎が傭兵連中に、大国の理由で引き揚げさせたせいで政情が落ちきった、世界に作られた戦場でもある。
私は、安価で、絶対にパイロットになれると日本で勧誘されて来ただけだ。目が悪くて、パイロットの資格を普通は所得できない身体的な理由はともかく、一度、飛行機を飛ばして空に上ってみたかった。その程度の強い欲求がーーこのザマさ。
「地方空港にいそうな、ショボいセスナみたいなヤツの癖に!」
敵機の機関砲弾が衝撃を伝えてきた。今のはヤバかった。運が良いぞ、ツイてる。そう思わないと自信が折れて死ぬのが経験でわかっていた。首を回せば、背後で右に左に揺れる敵機が見えた。どこぞの国の、プライベートな小型プロペラ機だ。どう見てもシルエットは民間機で農業機だが、翼下には機関砲のポッドが風車を回している。レーダーでロックオンなんて、ハイテクの支援はない。自分の目で導いて、トリガーを引いてやるだけだ。
敵機は、左右に切るように機体を揺らした。ーークソッ!また撃ってくるぞ!私は機体を横滑りさせて、この一閃を回避した。躱した曳光弾が左の窓に死神の羽音を引っ掻いた。ただの素人だ。飛行経験は最低限で、だがこの時の閃きは冴えていた。私は機体をあえて失速させて、背後をとる敵機をやり過ごし、逆に後ろから撃つことを実行した。逃げているうちに、緩い降下のお陰で充分なエネルギーを蓄えている。一度失速させても、復旧可能、の筈だと。
一瞬、天井の太陽が私を見つめた。
ずっと、乾いていて、綺麗で、日本とは違う青空が、のんびりと、時を回していた。
敵機の影が過ぎ去る。
敵機は頭上を滑り、自分から照準環に飛び込んだ。考えるよりも機械と一体化した精神と指先が反応していた。エンジンの激しい回転音に負けない砲声が立て続く。何発もの炸裂弾がパッ、パッ、敵機の腹で破裂して、命中するたびにそれが見えて、数えきれないほどの破片が落ちた。最初の一連射で敵機は不調をきたし満足な回避軌道をとれず、続く射撃で燃料タンクに発火、エンジンからも火を吹き上げ、地上へと急速に機首を下げていった。敵機はそのまま回復することはなく、そのまま地面へと叩きつけられて爆発した。あるいはパイロットはもう、死んでいたのかもしれなかった。
肉眼と勘がなによりも頼りにされる全時代的な戦いだ。誘導砲弾がなければレーダーもない。歩兵が銃を担いで、プロペラ機が黒煙があがる戦場をまるで蝿のように飛び回る。だがそこでは確かに殺し合いがあって人が死んでいるのだ。そこには私の心臓も載っている。いったいどこの誰のテーブルのディナーだ。少し血肉が贅沢に多すぎる。
ーーカラフルな信号弾が空に花開くのを見た。味方からではない。敵の信号弾だ。だが意味は知っている。撤退するつもりのようだ。どこからか撃ち込んでくるのだろう迫撃砲弾が一瞬激しく炸裂したかと思うとーー撤退支援だろうーー地上の騒がしさは鳴りを潜めたのが空からでもわかった。
「……?」
脚が塗るついていた。ズボンの下で何かが垂れている不快さだ。見れば避けた布切れが血に染まっていた。機関砲弾が掠ったわけではない。貫通した機関砲弾が散らした金属片に裂かれた、その程度だ。じくじくとした痛みが、一度意識してしまえば広がる。
「……」
フットバーを蹴るたびに、その傷から血が噴き出す感覚、心臓の音を感じている、そんな気がする。この傷は、子供の頃の擦り傷のように、放っておいたら勝手に塞がるものではないらしい。慣れない手つきで座席下の応急キットから消毒パウダーを振りかけ、パッチを貼った。血管を塞ぎすぎない程度に圧迫包帯を巻く。
狭いコックピットの中で、飛行帽を被った頭がアクリルにぶつかる。少し疲れた。……疲れたな。
どこまでも飛んでいく、それに乗ってどこまでも運ばれていく。死神は魂を片手に抱えている。