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拷問官之狂想録  作者: すけ介
7/8

優兼惨

「『永久に毀れぬ斬首剣セバーキルソードオブイモータリティー』…」

ザンッ!

「ひゃっ!」

小さな悲鳴が彼の耳を掠める中、艶やかに煌めく漆黒の刃は血に濡れ死を帯びている。無言で剣を振るう彼。刃についた返り血が撒き散らされ、横たわる獣を赤く汚した。

「ミラ、だったな?」

「は、はい…」

「すまない。裏切ってしまった」

「へっ?」

「俺は、お前を愚弄した」

「………」

「責めてくれて構わない」

獣の首を刎ねた剣は虚無へと帰った。立っているのは2人だけ。物音ひとつ聞こえないそこには重い静寂がのし掛かる…。

「優しい言葉は、嘘、ですか?」

「っ……」

「私は、全て嘘だなんて思えません…」

「…………」

「私を殺しますか? 捨てたん、ですよね?」

「…………」

やろうと思えば容易い。しかし思えないのだ。その心は既に熱を帯びていた。獣は殺せど、真っ直ぐに彼を見つめる少女に刃を突き立てることはできなかった。

「殺さないんですか?」

「…………」

純真な問い。既に諦めているようだ。何度死んだか分からない経験をたった数日の間に何度も受け、生死観が麻痺している。目の前にいるのが冷酷な悪魔であることを知っていながら、少女はおもむろに彼に近付くと、その両手をギュッと握った。

「なら、ちゃんと私を守ってください!」

「守、る?」

「私を助けたじゃないですか! それなら最後まで私を助けてくださいよ!」

「…………」

「ダメ、ですか?」

「……もういい…」

「それじゃあっ!?」

「ついてくるといい。しかし、働かせるぞ」

「はい!」

彼女の手をサッと払い背を向ける彼。そしてそんな彼に嬉しそうについていく少女。客観的に見れば不釣り合いな2人だ。しかし、2人の心の均衡は保たれた。

「そう言えば、お名前、聞いてませんでした!」

「名乗らない」

「ズ、ズルいです! 私の名前知ってるのに!」

「…………」

「ホントに教えてくれないんですか?」

「…………」

「な、なにか言ってくださいよ!」

「…………」

「…………」

彼の無言に涙ぐむ少女。しかしそれでも彼は無言を貫く。しかし、その手は小さな手を優しく包みこんだ。

「あ、あの…、手が…」

「嫌なら離せばいい」

「…………」

やはり初な娘だ。彼の心に浮かんだ冷淡な感想とは裏腹に、()()()である少女は顔を朱に染める。俯いて彼に見られないようにしているものの、髪の間から見える耳は真っ赤に染まっていた。

「ついたぞ」

「っ!」

少女の視線の先には彼の住む古城。そしてこれからは彼女の住む家。彼は呆然と城を見つめる彼女をただ無言で待っていた。


「部屋がない。故、今宵は客間を使え」

「はい!」

明日(あす)、必要なものは買ってこい」

「つ、ついてきてくれないんですか?」

「!?」

「ダ、ダメでしょうか…?」

「俺は顔を見られるわけにはいかない…」

「そんなぁ…」

感情の起伏の激しい少女に彼は戸惑った様子で傍らの配下の女を見る。しかし彼女が彼を助けることはない。ただ無言でフードのついたロングコートを渡してきた。

「仕方がない。ついていこう…」

「ほ、本当ですか!?」

「嘘をつく必要がない」

「やったーー!」

ピョンピョンと跳び跳ねて嬉しさを全身で表す少女。やはり彼は慣れぬようで再び女の方を見る。しかし今回ばかりは彼女にもどうにもならない。柔らかく笑い主である彼に無言の視線を送った。

「それじゃあ早速どこ行くか決めましょ!? えーと、まず初めは…」

「ま、待て。少し落ち着こう」

「あっ、そ、そうですよね。ごめんなさい…」

「謝る必要はない。一先ず、座れ」

矢継ぎ早に話し掛ける少女の対応は長らく人と会話をしていなかった彼にとって無理な話だった。配下である彼らと話すことはあれど、その言葉は単調なもので、決して明るく盛り上がる話ではなかった。

「俺には仕事がある。明日(あす)、全てを使うわけにはいかぬのだ」

「そ、そうですか…」

「故、昼を越してからの出発としよう」

「は、はい!」

この小さな少女の面倒を見る。これは彼の仕事にはなんの関わりもない。つまり彼は今まで通り人の悲鳴を聞き、血を浴び続ける必要があるのだ。しかし、それもまた彼女の面倒を見るという面からすれば関係のないこと。彼はこの半ば相反する状況を両立しなければならない。

「予定はミラに任せる。彼女の補佐を、頼んだぞ?」

「はっ!」

「俺は少しここを開ける」

「連れてってくれないんですか?」

「危険だ。残れ」

「はい…」

部屋を出ていく彼の隣には既に黒衣を纏った男が2人、追従するようにして歩いていた。ここに残る彼の配下のうちの2人が集まっている。統計的には異例と言わざるを得ない状況だ。

「殲滅する」

『はっ!』

既に内容は知っていたようだ。消え去る彼らは揃ってある場所に姿を現した。そこは高い城壁の上。眼下には明るい町並みが広がり、沈む寸前の夕焼けは美しく紅の光を放っていた。

「逃げ道を塞ぐ。東、北に備えよ」

『はっ!』

入り組んだスラムの中に存在するデッドレインのアジトは古臭く周囲と比べても然程変わらぬほどのみすぼらしさを放っていた。道は狭く、窓なども周囲の建物に防がれ意味をなしていない。攻め入るには()()と言わざるを得なかった。

「日没までに終わらせる」

普通なら有り得ぬことだ。小規模とはいえ相手は組織。たった3名のみで攻めるのはあまりに無謀。ましてや日没までになど到底不可能なことだった。

「っ!」

それは一瞬だった。蹴飛ばされた石が城壁を落ちるよりも早く彼の姿はアジトの入り口にあった。そして軽く拳を引き、彼の瞳が錠前に閉ざされた扉を狙うと…、

ドカーーッン!

凡そ人が出せぬであろう轟音と共に扉は意図も簡単に破壊された。中から聞こえる足音。計3名。しかしその足取りは危機というよりも興味に近い焦燥感のないものだった。

「『永久に毀れぬ斬首剣セバーキルソードオブイモータリティー』!」

断言に似た言葉が鋭い斬撃を生み出した。振り下ろされた手には漆黒の長剣が握られ、血を帯びた刃は赤く汚れた血にまみれていた。

「3名処理。残数、18名…」

ブツブツと呟く彼の瞳には少女(ミラ)と話していたときのような熱は残ってはいなかった。冷たく冷淡を極めた瞳。黒く艶やかな長髪は紅の返り血により妖艶に照っている。

「…………」

軋む板張りの床は歩く度に奇妙な音を鳴らす。血の足跡が欠けた床にくっきりと浮かび、切っ先を擦った床板には鋭い亀裂が走った。

ギィィ…

蝶番の音が静寂に満ちた空間を反響する。緊迫の瞬間。開かれた扉の先を確認した彼は力むこと無造作な突きを前方へと放つ。

ガキンッ!

『せいやっ!』

無造作な掛け声も共に扉の影から現れる2人の男。前方の男は囮だったようだ。しかし彼の顔には焦りの色などは浮かんでおらず、その手は目の前の男に伸ばされていた。

「っ!」

「うわあっ!」

胸ぐらを掴まれ、彼と入れ換わるように投げ飛ばされる男。結果、奇襲のため現れた2人は囮の男とぶつかり壁に背中を打ち付けることになった。

ザンッ、ザンッ、ザンッ!

冷酷なる刃の前で隙を見せることは死に直結する。物言わぬ死体と化した男達は扉を背に横たわると、欠けた床板に血の海を作り出した。

「逃げたか…。いや、ないな…」

恐らくはどこかに隠れているのだろう。彼が結論を出すまでは早かった。そして一度決めてしまえば彼は徹底を極める。クローゼットや床下、小さな引き出しや物置まで。彼は全てをそな死神に等しき刃で切り裂いた。

「…………」

残るは2階。見付けた者は即刻切り殺し、既に十数名を斬った彼の残る標的は限りなく少なくなってきている。

ギィィ…

進むごとに彼の足音は悪魔のそれと化していた。今の彼は人ではなかった。刃を振るえどその瞳には何も宿らず、彼が持つのは背に響く亡霊の声のみだった。

ザンッ!

「残数、1名」

どこにいるのか。(死神)の瞳が周囲を見回した。倒れた机、クローゼットからはみ出す衣、引き出しから漏れる紙の束。彼の瞳は僅かに開いた窓で止まった。

「逃げたか…」

窓枠から垂れたカーテンが僅かに開かれた窓の先に消えていた。よく耳を澄ませば布擦れの音が聞こえる。彼はニヤリと嗤った。

ザンッ!

カーテンを断ち切った。すると窓の向こうで大きな物音が聞こえる。(死神)の笑みは1人の男の運命を定めたようだ。物音もたてずに窓から飛び降りた彼は、ごみ溜めに埋もれる男に向けて刃を突き付けた。

ザンッ!

無慈悲な刃が肌を切り脛椎を砕く。噴き上げる血飛沫。彼はシャワーのように振る血を満足げに浴びると、漆黒の刃を虚無へと還元した。

「組織にしては練度が低い…」

お嬢様自らが相手するような組織にしては呆気なさ過ぎる。まるで初めから舞台の上であるかのように…。全て偽り。そんな疑心にも似た疑問が彼の心に浮かんだ時、目の前の民家の間から何かが反射したような光が見えた。

「っ!」

バンッ!

彼が周囲を見回すと所々に同じような光が見えた。つまり彼は完全に包囲されている。この状況であれば彼の配下である2人も同じだろう。万事休す…。彼の口元がグニャリと歪められた。

「まさか最新鋭の火筒を使うとはな…。しかし、無意味だ」

バンッ!バンッ!バンッ!バンッ!バンッ!バンッ!バンッ!バンッ!バンッ!バンッ!バンッ!バンッ!バンッ!バンッ!バンッ!

全てを掻き消すかのように火薬の音が閑散としたスラムに響き渡る。当然目標は彼の命。砂煙が上がる中、火筒の引き金から手を離した男はおもむろに立ち上がった。

ズンッ!

「鉄の礫を受け止めるなど容易い。貴様らの方が難しいのではないか?」

ズンッ!

ズンッ!

ズンッ!

ジリジリと追い詰めるかのように彼は被弾した弾丸を敵に向けて投げ返していく。そしてその度に血が弾け、骨が砕かれた。1人、また1人と命を落とす男達。既に彼らの間に戦意は残っていなかった。

「敵対する相手を間違えたな」

ズンッ!

最後に投げ飛ばした弾丸が男の眉間を砕いた。鈍い音をたてて倒れる男…。彼はその手に握られた火筒を取り上げると、男に向けて引き金を引いた。

バンッ!

「ほぅ、便利だな」

もう用はない、というように男達を放置して歩き出す彼。その手には奪取した火筒が握られ、妙に嬉しそうな顔には悪い笑みが貼り付けられていた。

バンッ!

「主!?」

彼の放った弾丸が配下の後ろにいた男を貫いた。既にそこには配下である男が殺した死体が転がり、無人の静寂が広がっていた。

「施設は外れだ」

「っ!」

「お嬢様に報告する。撤退だ」

「はっ!」

ここが本拠でなければもう用はない。彼が消え去ると共に2人の配下も消え失せた。そして次に彼が現れたのは堅固な城壁に守られた領城、しかも領主の座する部屋だった。

「き、貴様!」

「黙れ」

「…………」

戦闘後の昂った彼とまともに相対できる者は少ない。それがいくら親衛隊隊長とはいえ、彼もまた常人。血を浴びて嗤う狂人とは立ち位置が違うのだ。

「貴方から出向いてもらえるとは嬉しいわね。何かあったのかしら?」

「アジトが外れたようです。どうやらアジトのニセ情報を共有していたようです」

「なるほど。そうすれば捕らわれても本物のアジトを破られることはない」

「ニセのアジトは殲滅しましたが、数が計21名。防備も手薄、内装も最低限。どうやら末端基地のようでした」

「つまり全ては振り出しに戻ったってことね」

「そうなります…」

「ならば、一先ずは帰りなさい。必要になれば呼ぶわ」

「畏まりました」

彼を終始睨み付けていた男は彼の退室とともに机に拳を叩き付けた。そして何故、と言ったような憤激した視線を小さな少女に向けた。

「貴方では役不足よ。彼でなければならないわ」

「お嬢様!」

「黙りなさい。貴方にできぬことを彼にやらせるの! 文句があるのならば貴方がやりなさい!」

「…………」

「話は以上よ。下がるといいわ」

「…………」

少女の頭には既に先の先の構想が練られていた。全てを見通し全てを裁き全てに対して最善の策を講じる。これが彼女が今この席に座る由縁だった。

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