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拷問官之狂想録  作者: すけ介
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闇宿魔

1人だけの部屋に静かな泣き声が聞こえる。蝋燭さえ灯らない部屋で彼女は膝を抱えながら泣いていた。扉も閉めて窓も閉めて…。全てを閉ざしながら彼女は泣き続けた。

「どうしてよ…」

絞り出すように漏れ出た言葉は彼女に涙を流している自分を再確認させた。私は泣いている。その現実に彼女は困惑して、そして何より驚く。にも関わらず彼女は己の中に渦巻く感情を誤魔化すことは出来なかった。

「っ…」

再び顔を埋める彼女は再び泣いた。これまでは確かに酷いことを何度も言われた。けれどここまで心を抉るみたいにハッキリは言われなかった…。けど今回は、辛い…。酷い…。悲しい…。そんな時、閉ざされていた筈の扉が開いた。

「隊、長…?」

「フラれた?」

「っ……」

「フラれたのね。大丈夫?」

「っ……」

わざとなのか天然なのか、隊長の言葉は一つ一つが彼女の心を抉っていく。事実を突き付けるようで、彼女は半ば恨みのような気持ちさえ抱き始めた。

「大丈夫よ。彼は貴女を嫌ってはいないわ!」

「っ!」

「貴女のことが心配なだけよ。焦らずにゆっくりと仲良くなればいい。彼はそんな人よ」

彼女は本当に案じていたのだ。シルクのような白い手が彼女の柔らかな髪を撫でる。優しげな手つきがまるで母親のような温かさを秘めていたことは、彼女だって気付いていた。しかしそんなこと、今の彼女には届くことはなかった。

「知らないのに…、言わないでくださいよ!」

涙に濡れた顔で部屋を飛び出していく彼女。残された彼女は涙に濡れたシーツを悲しげに見つめる。

「彼はもう、誰も見ることはないわ…」

ポロっと小さな言葉を溢して立ち上がる。クルクルと己の髪先を弄ると、カーテンを開けて部屋を出た。いつの間にか、彼女の瞳も少しだが憂いをおびていた。


「貴様の処遇は後々決める。静かに待て」

彼は感情の宿らぬ表情で供述を書類に記していく。隣の椅子の上には血濡れの受刑者。容疑はあまり重くはないにも関わらずここに運ばれている…。それはつまり、ここ受刑者は単なる犯罪者ではないということを指す。

「お疲れ様です。午後の予定は御座いませんが、どういたしますか?」

「午後の予定はある。御嬢様が向かっておいでだ」

「っ!?」

「恐らくは遊びだろう。俺の武器を用意しておいてくれ」

「はっ!」

音もなく消え去る男は、その場に刃渡り80センチ程の細長い直剣を残した。彼はフッと笑うとそれを腰に差し階段を上る。既にその先では配下の女が頭を下げて待っていた。

「御嬢様がお待ちです」

「例の連れは?」

「護衛の方ですね。あの方も既にご到着です」

彼は思いっきり重い溜め息を吐いた。いつもあの護衛から問題は引き起こされる。熱い忠義心はいいものの、行き過ぎると困るものだ。彼女はそんな彼の表情にクスリと笑うと、先を彼に合わせて歩きだした。

コンコンッ、

「入りなさい」

中からの声に彼は観念したように扉を開けた。そこには予想通りの2人。片方は余裕そうな悪い笑みを浮かべ、もう片方は睨み殺さんばかりの視線で彼を睨み付けていた。

「ご無沙汰です。此度のご来訪はどういったご用件ですか?」

「無礼者!」

始まった…。彼と彼の従者が思ったことは120%共通だろう。そしてそんなことに気付かぬのは御嬢様の配下だけだった。主である少女でさえ、密かな悪い笑みを浮かべているのだから…。

「この方を何方と心得る! 貴様のような罪人が言葉を交わせることをありがたく思え!」

スンッ…

何かが配下の男を貫いた。そして倒れる。数秒の静寂のあと、2人は会話を再開した。

「今日は貴方の突き止めたアジト攻略の作戦を命じに来ました。行きなさい」

「畏まりました。数日中には壊滅させておきます」

「ふふ、上々ね。この子は残していっていいかしら?」

「御嬢様、お願いしますよ。殺してよいのならともかく、残していくなど…」

「そうだったわね。ならば代わりに1つ頼み事を許可しましょう」

「………。ならば、定期調査の少女の来訪を制限してください」

「定期調査? 彼女が何か?」

「些か面倒です。お願いします」

「ふーん、分かったわ。そう言えば貴方は今も闇のエレメントを所持しているの?」

「解くつもりはありません。俺から奪おうとする者は殺します」

「そう…。また来るわ!」

ゆっくりと立ち上がり、紅茶を飲み干す少女。最後に垂らした紅茶の滴が大きな膜のように広がると、彼女とその配下を包んだ。

「ご苦労様です。御嬢様」

「貴方はいまだに優しいわね。愛してるわよ」

明るい笑みと共に消え去る少女。既にその場に彼女のいた形跡はない。彼はその場を立ち上がると部屋を出ていった。残されるは彼の配下1人。彼女は優しげな笑みを浮かべると、部屋の中を片付け始めた。


「久し振りに聞いた名前だな…」

闇のエレメント…、それは数十年前に彼が己に取り込んだ力だ。下界とは離別した力。人に不死の呪いを宿し、悪魔の闇を宿らせる。

「君が長らく忘れていたものだね!」

明るく話すのは彼と瓜二つの悪魔。しかしその剽軽な言動は彼と似るどころか対色を誇る。

「失せろ。貴様は俺がいなければ存在出来ない弱者のくせに」

「四肢をもぎ目を潰し舌を抜いても存在は可能。君が自由である必要はないんだから」

「もういい。入ってくるな」

彼は傍らの剣で悪魔を切り裂くと、視線の先の扉を静かに開けた。そこは不気味な滴が落ちしきる部屋。先に行くに連れて天井から錆び付いた鎖が垂れ下がる。そしてその先、彼は鎖に繋がれた彼女に触れた。

「そろそろ必要だな…」

彼は鎖の1本を引っ張ると、鎖に先についた刃を己の腕に突き刺す。流れ出る鮮血。トクントクンっと溢れだす血を鎖は吸っていく。

「静まれ…」

全ての鎖が紫に光り、彼女の体を戒める。彼は鎖を抜いた。その傷も蘇生させることなく、彼は血塗れの手で彼女の顔に触れた。そして何もかも振りきるように後ろを向くと、もと来た部屋をトボトボと戻っていった。

「結界を張るなんて酷いじゃないか!」

「お前を飛鳥に触れさせるわけにはいかない。とっとと失せろ」

既に彼の手の傷は跡形も無く消え去っていた。しかしその手には流れ出た血が赤黒くなってこびりついている。彼はそれを取り払うつもりはないらしく、その手のままワイングラスを持ち上げた。

「悪魔の力って、便利だろ?」

「ふんっ!」

飲み干したグラスを投げ付けた彼は血にまみれた手を持ち上げる。再び傷口は裂けると血がダラダラと流れ始めた。

「君はいつもそうするね?」

「無駄口は叩くな…」

掌から放たれた無数の杭に貫かれ、悪魔の彼は消え去った。ポタポタと滴る血は既に血の海を作っている。そして一瞬、彼が目を閉じると共に血はルビーのような美しい結晶に変わると、儚い雪の如く消え去った。

「いるか?」

「はっ!」

「アレの記憶は消したか?」

「まだ昏睡状態のようで不可能です」

「昏睡? 前回は回復に向かっていたのではなかったのか?」

「はい。薬の副作用がでたようで、再び体調を悪化させたようです。処分しますか?」

「止めておけ、俺が引き取る。薬の完璧な解毒後、記憶を消して戻すことにする」

「かしこまりました。それでは?」

「案内しろ!」

「はっ!」

男が消え去ると、それに続くように彼も消え去った。残り香のように紫の光が床を撫でる。そしてそこに降り立つ悪魔(彼の悪魔)

「愚かだねぇ~」

クククっと嗤う悪魔は机の上のナイフを手に取る。そしてポッキリと刃を折ると、楽しげにワインを注ぎ始めた。

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