頂星之来
「お嬢様、ご報告に上がりました」
「そう。で?」
「はっ、彼の配下の言葉によりますとあの男はデッドレインなる裏組織の幹部だそうです」
この部屋の中にいるのは清潔そうな出で立ちの青年とその主人。切れ長のその目には見掛けとは裏腹の鋭さを感じる。
「そうね…。じゃあ彼に潰してもらおうかしら?」
「それは軽策では?」
「大丈夫よ。彼には私が直々に頼みに行くから!」
役所のトップ。領主のいる筈の席に座るのはまだ年端もいかない少女。真っ赤なロングヘアーに際どい服装は部下である男の視線も釘付けにしていた。
「そ、それは危険では? 彼とて元々は勇‥」
「ダーメ。それ以上はダメよ!」
「………」
「けれどまずは彼女の尋問を任せましょう。1人の証言だけじゃ確証がないもの!」
「分かりました…」
そう言い部屋を出ていく男。その姿を見送った少女は自分の引き出しの中から写真を1枚取り出した。
「貴方は私のものよ♪」
机の上にヒラリと置かれた写真には彼の姿。そしてその隣にはブロンド色の髪をした少女が笑みを浮かべていた。
「主、お嬢様からの命令です!」
「ん、教えてくれ」
「罪人を尋問してくれという内容です」
「いつものことじゃないか…」
ウンザリというような表情を浮かべた彼は傾けたグラスをテーブルへ置くと憂鬱そうに立ち上がる。
「どこへ行くのです?」
「早速だ。罪人は用意しているのだろう?」
「はっ、拘束し尋問室へ移送済みです!」
「分かった…」
消え行く男を横目に彼は準備室へ向かう。ガチャっという音と共に開かれた部屋の中には数多くの薬品や尋問具が陳列されていた。
「毒漬けにするかな…」
陳列棚に置いてある数種の液体と錠剤を手に取るといつも通り注射器を手に部屋を出た。
「ほう、なかなかいい男じゃないか~」
尋問室へ入ると余裕そうな表情を浮かべた女が縛られながら話を始める。
「先に聞く。所属先は?」
「娼館さ。悪いかい?」
「ふざけるなよ?」
注射器にいつも通り瓶の液体を入れると汗の滲んだ首元へ薬をいれる。一瞬鼓動が早くなったかと思うと女は一気に目を血走らせた。
「あ、あんた、わ、私になにをした!?」
「すまん。催淫毒だった…」
「っ!」
「じゃあな…」
「ま、ま‥」
女が何か言おうとした瞬間バタンと扉を閉めると出てこれないよう鍵をしめ、彼は自分の部屋へ戻っていった。
「主、あのままでよろしいのですか?」
「気絶すれば痛みでも与えてみる…」
「そうですか…」
夜更け、珍しく部屋から出てきた彼は古城の一室へ入ると中にあった適当な本を手にワイングラスを傾けていた。
「それにしても私を呼んで下さるなんて…」
「お前くらいだろ?」
「はっ!」
1人で酒を飲むのに飽きた彼は配下である彼女を呼び互いに酒を酌み交わしていた。
「懐かしいな…」
「はい。飛鳥がいれば…」
「言うな。太古の話だ…」
「………」
「飛鳥は生きている。また酌み交わせる時もくるだろう」
「はい…。私も心待ちにしております…」
流れた雰囲気に彼らの心は太古の昔へと遡る。彼の全盛期の時期だった。
「久し振りに良い期を過ごした…」
「ありがたきお言葉です!」
「じゃあな…」
傍らの直剣を手に取った彼は軽く酒に酔いながら部屋を出ていった。暗くジメジメした階段を下る彼の足取りは少しふらついていた。
「あ、あんた…」
「まだ生きていたか…」
「も、もう止めて…」
「まずはお前の所属先は?」
「デ、デッドレイン。い、言ったでしょ、だ、だから…」
「お前の組織上の役目は?」
「ちょ、諜報員です…」
「そうか。なら最後だ。組織の本拠はどこだ?」
「ス、スラムの北、お、教えた、教えたからお願い!」
「ふっ、よく喋ってくれたな」
ニヤリと笑った彼は今の供述を書類へ書き込むと、テーブルの上へ置かれた無色透明の液体を注射器へ注ぐ。
「は、は、早く…」
「慌てるな。天に連れていってくれようぞ!」
血走った目で懇願する女の口を押さえると首の静脈へとその液体を注ぐ。すると女の鼓動はさらに早くなる。
「こ、これ、は…」
「不死薬だ。永久に拷問を加えてやろう」
「は、はひ~」
「お前は虫の餌だな…」
拘束を解き乱れに乱れた女を彼は無造作に掴むと部屋の扉を開け、準備室の奥へ奥へと進む。そこには尋問用の虫が多く飼われていた。
「餌だ。喰え」
彼はそう言うと餓えた虫達の巣窟へと女を投げ飛ばした。不死の女は死ねずに体を喰われるという苦痛を味わう筈だ。
「や、そ、そんな、や、止めえ。助けて、そ、そんなのやだ…」
「お前がこれまで売買した人間はザッと100人を越える。お前を助ける愚か者はいない」
彼はそう言うと泣き叫ぶ女に目もくれず部屋を出ていった。中からは永久に続くであろう悲鳴が響いていた。
「いるか?」
「はっ、ここにございます!」
「この書類を頼む。そして先の命をこなせ!」
「はっ、仰せのままに!」
スッと消えた男と書類は見えない風となって部屋を抜けていった。酒に酔った彼は自分の部屋へ戻ると酒の意のままに眠りに墜ちた。
場所は変わり役所のトップ。いわば領主の席。
「なかなか早いじゃない!」
「はっ、彼の記述によるとデッドレインなる裏組織はスラム北側に位置するようでございます!」
「そう…。ならそろそろ私が行く番ね!」
「ですのでそれは軽策と申していますのに…」
「過保護過ぎるのです。あの方の元はなにより安全に決まっておりますでしょう?」
「アヤツの過ちを承知の上の御言葉ですか!」
「当たり前じゃない!」
男は真面目に少女を諭そうとするが机に座り足を組んだ少女には全く届いていない。戒めをポンポンと返す少女は傍らの短杖を持つと隣のコートを手に取った。
「お嬢様!」
「貴方はついてこなくても良いですよ。私1人で向かいます」
「そ、そんかことはさせられません。私はお嬢様の護衛でございます!」
「ふふっ、私より弱い貴方が?」
「…………」
自分よりも5つは年下の少女に言い負かされた男は複雑そうな顔をしたが大人しく少女の前へひれ伏した。
「貴方も来たい?」
「はっ!」
「そう。なら行きましょう」
サッと部屋を出ていく2人。バタンと部屋が閉まったと共に部屋に現れた者が1人。
「主の命、執行する」
部屋に現れたのは彼の配下の1人。真っ黒な服で体を隠す男は机の引き出しを漁る。
「そういうことか…」
机の引き出しからはみ出していた写真を見た男は悟ったように言葉を漏らす。そしてその写真を戻すと静かに部屋を後にした。
翌朝、目を覚ました彼は扉を越え女が繋がれた部屋へと来ていた。
「飛鳥……」
やはりその声には悲壮が込めら大きな悲しみに満ちていた。ブロンドの髪が微風に揺れたがやはり女が目を覚ますことは無かった。
「お前はいつまで俺を苦しめる?」
包帯に包まれた女の頬に触れた彼の右眼には一筋の涙が溢れていた。
「俺にはまだ決心がつかない…」
彼の右手には鋭利なナイフ。何をしようしていたのかなど考えなくても分かるだろう。
「また来る。早く目覚めてくれ…」
右眼の涙を拭うと彼はナイフをテーブルへ突き刺し部屋を出ていった。彼が本来赤く濡らすために持ってきた刃は彼の涙という違う形で濡れてしまった。
「………………」
ピクリと動いた女については誰1人気付くものは無かった。
お嬢様ー町の領主を勤める少女。
彼の昔を知る数少ない人物。
部下 ーお嬢様の部下。
この物語唯一の普通人。
罪人 ーデッドレイン諜報員を勤める女。
(女) 「彼」により殺された?
連載した間もないですが長期間休載させて頂きます。
誠に申し訳ございません。