恋哀縁
場所は変わり役所。そこの一室には明るいピンク色の内巻き髪をした少女が外出の準備をしていた。
「わ、私は隊長の命令で行くんだからね!」
言い聞かすように放つその言葉。彼女が向かうべき先は町から離れた大きな古い城の一室。但しそこは古く決してまともな城じゃない。
「それにしてもどうして私なのよ…」
口ではそんなことを言うが彼女の表情にはウキウキとした笑みが浮かんでいた。少しオシャレをしたその姿は可憐と言わずにはいられない。
「それは私に言っているのかしら?」
ギィッという蝶番の音と共に開かれた扉の先には白いロングヘアーの優しそうな女性が立っていた。しかし女性が放つ雰囲気は一種の恐怖を感じるほど禍々しい。
「い、いえ隊長…」
隊長と呼ばれた女性は小さな微笑みを見せると彼女に顔を上げるように促す。その笑みは確かに優しそうなのだがやはり怖い。
「そう。ならいいの。行ってらしゃい」
柔らかい笑みで言われたその言葉。まるで有無を言わせないその笑みに彼女は顔を強張らせながら部屋を出ていった。
「隊長、綺麗なのにあんなんだからいつまでたっても結婚できないんだよ!」
その言葉が放たれると共に周囲を包んだ圧倒的な威圧感は慣れていない者なら気絶ものかもしれない。しかし彼女は慣れているのか一瞬ビクッと震えるだけで建物を出ていった。
「そういえば朝ごはんまだだったんだっけ…」
大通りから漂ってくる香りはお腹の虫が鳴る彼女には毒に相応しかった。けれどそんなの彼女のお財布事情では厳しいのは本人が1番理解していた。
「止めとこ…」
出しかけた財布をその小さなポーチへとしまいこむと、わざと大通りは通らずに裏道を使いながら外へと向かう。普通の少女が相手なら危なく、こんな場所は決して通るな、と注意するところだが彼女だけは違う。何故なら…
「嬢ちゃん、大人し‥」
「死になさい!」
チャラチャラとした明らかに不良と思えるような男が前を塞いだ瞬間、彼女の目がキラリと光ったように見えた。そして次の瞬間には彼女の体は数メートル先にあった。
「ぐひゃっ…!」
「普段ならば私が直々につき出すところですが生憎今は用事があるのです。幸運に思いなさい!」
「…………」
胸元から血を流す不良に冷たい視線を向けた彼女は刃に付いた血を拭き取るとサッと背中を向けると剣をしまい歩き出した。
「来やがった……」
自分の部屋で資料と共にグラスを傾けていた彼は誰か知り合いの魔力でも感じたのか苦々しい声を漏らした。
「…………」
明らかに重たい表情を浮かべた彼は机の上の山積みになっている資料を棚の中へと片付けると飲みきったグラスへ再び注ぐと腰を持ち上げる。
「ダメだな…」
傍らに立て掛けられた鞘に納められたままの直剣を背負った彼は重たい表情のまま尋問室の階段を上る。窓から差し込む光が暗く冷たくなった彼に光を当てた。
「眩しい…」
ここは町外れの古城。所々ヒビの入ったそこは壊れることはないにしろ危険なことに変わりはない。
「準備、か…」
この古城に住んでいるのは彼と彼を慕う配下。そして彼の元へ運ばれてくる罪人だけだった。と言うことで古城の中は基本的には清潔に保たれていた。
「いるか?」
「はっ、なんなりと!」
「菓子類と紅茶を頼む。客だ…」
「はっ。仰せのままに!」
昨日の男と同じような服装をした女はサッと消えると彼の命令をこなすため動き出した。この城の中には彼の配下が3人住んでいた。罪人となると数なんて分からないが…
「それにしても遅いな…」
彼が今朝起きた時には昨日テーブルの上へと置いた書類が消えていた。と言うことはそれを誰かが確認したと言うことだ。そう考えるとまだ尋問相手がこないのは遅い。
「くっ、来たか…」
門を開ける大きな音が静かな城の中に響き渡った。明らかに憂鬱そうにした彼は静かに城の入り口で待つことにした。
「拷問官さん。定期調査に参りました!」
「入れ、」
町を包む森林を越えてきたにも関わらず息切れ一つしていない彼女は笑みを浮かべながらも冷淡にそう告げると古城の中へと入っていく。その後ろにはウンザリした表情の彼が歩く。
「私の来ることは予め分かっていたのですか?」
チラチラと後ろを振り向く彼女の行動を知ってか知らずか彼は目を背け天を仰いでいた。
「いや。足音が聞こえたから外に出ただけだ…」
「そうですか…。現状、生きている罪人の数は何名ですか?」
「5人だ。4人は獄の中で処理中だ…」
「分かりました。必要物はございますか?」
「特に無い…」
「…………」
彼女はどうにか話を途切れさせまいと質問を続けるがそんな彼女の考えを知ってか知らずか彼は淡々と冷静に素早く答えていく。
「入るといい、」
1階の玄関から階段を上った2階にある客間。その中には身なりを整えたさっきの女が彼に言われた通り紅茶と菓子類を整えた上部屋の隅に立っていた。
「ありがとうございます…」
ソファーに座った2人は無言のまま用意された紅茶を口へ運ぶ。ソワソワとした彼女と反対に彼は呆れにも似た表情で静かに目を閉じていた。
「何度、来るつもりだ?」
「…………」
「無理だぞ」
「なっ、いつ私がそんなこと!?」
「その態度だ」
「………」
「帰れ…」
「嫌です」
「帰れ…」
「嫌です」
「………」
ここに来た時に見せていた表情は既に消え、彼女の顔には悲しさと共に少しの涙が浮かんでいた。そして相対する彼は相変わらずの無表情だった。
「どうしていつも私にだけ意地悪するんですか…」
流石に涙を溜めたこの一言には彼も動揺したようだ。眉をピクリと動かした彼は立ち上がろうとしたが止めて踞る少女に冷徹な視線を向けた。
「それはお前が執拗いからだ。とっとと帰るがいい!」
そう言って踵を帰す彼。残されたのは涙を流し踞る少女と冷静に立ち尽くす女だけだった。オシャレの為つけていた髪留めは冷たい石レンガの床に落ちてしまった。
「主…」
天井を見上げたままの女は涙を流す少女に一瞬憐れみの視線を向けたが紅茶を片付ける為部屋を出ていった。
「失礼しました…」
彼はあのまま地下の自室へと戻ってしまって出てきてこない。彼女は配下の女に見送られて門を出ていった。その目尻には涙の跡があり後ろ姿は悲壮に満ちていた。
「主…、良かったのですか?」
「アレはまだ初な娘だ…」
「そうですか…」
いつの間にか女の隣で後ろ姿を見送る彼。さっきいい放った冷徹な表情とは違い哀しみに満ち溢れたその表情は彼を長い間知る女からも珍しく感じる程だった。
「アレのメンタルケアは頼むぞ…」
「お任せください」
それでも定期的に来る彼女。毎回来るなと忠告しているのだが意味を成していなかった。
「酷いことしてしまったな…」
暗い顔で呟く彼は自分の行動を後悔しているように見えた。ここ数年、彼が滅多に見せない顔だった。
「主……、主は悪いことはしていません!」
「ふっ、礼を言う…」
配下と言えど数十年来の関係のある2人はお互いよく理解しあえていた。彼は女の励ましに言葉に僅かだが笑みを溢し地下へと戻っていった。
「主……、貴方が私を見てくださらなくても私は貴方のものです…」
彼の背中を見つめる女は寒く冷え込む風の中、温かくも悲しい、そんな笑みを浮かべた。そしてサッと吹き抜ける風の中へと消えていった。
少女②ー役所を巡回する憲兵の1人。
「彼」に心を寄せており隊長はそれを応
援している。
隊長ー元「彼」の配下。
解体時に各国へとんだ配下の1人だが、
「彼」を慕っていることに変わりはない。
配下ー長らく「彼」に仕え慕ってきた。
(女)「彼」の元に残る配下の中、唯一の女性。