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異人種見聞録  作者: 若庭葉
第一章:エルフ
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「はあっ!」


 かけ声と共に、彼は業火の渦を打ち出そうとした──

 が、その瞬間。

 男の体は──何の脈絡もなく、()()()()になってしまったではないか。

 まるで、見えないバケツの水を、頭上でびっくり返されたかのように。

 当然ながら、掌の上の炎も瞬時に掻き消きえてしまう。彼自身も何が起こったのかわからないらしく、中途半端に振りかぶった姿勢のまま、固まっていた。

 無論、他の者も。


「……いったい、何が……」


 呆然と呟いた姫様は、そこでようやく目の前に立つ青年のことに気付いたらしい。

 会場内でただ一人、立ち尽くすのではなく佇んでいる彼の右手には、例の羽根ペンが握られていた。そして、男エルフの方に向けられたそのペン先から、糸のように繋がった文字の羅列──()()らしき物──が、ウッスラと光りながら、宙空で揺らめいているのだ。

 それを目にしたズブ濡れの男は、理解を越えた物を見るような表情──あるいは明確な恐怖の色──を浮かべる。


「……何故だ? 何故、無力人種(ミズガルディー)がそんな物を持っている……⁉︎」

「いや、なんでって言われても──ほら、商売道具ですし?」


 微妙に締まらない返答をすると、同時に浮かび上がっていた文章が消えた。オグマはペンを構えていた腕を下す。


「……なるほど。貴様らを侮っていたことは認めよう。──が、魔術道具が使えるとわかった以上、もう容赦はしない! 手心なぞ一切加えず、最大の力で捻り潰してくれる!」


 再び、男は魔法を発動させる体勢を取った。

 ──しかし、それが果たされるよりも先に、厳然とした声が彼を制す。


「そこまでだ。これ以上見苦しい真似はやめなさい」


 それは、オーディ村のリーダー──エリスの夫だった。


「バルク様! し、しかし、こんなどこの馬の骨ともわからぬ者に虚仮にされたまま、引き退るわけには」

「確かにそのとおりだ。……が、その為に仲間の一人が醜態を晒すなど、エルフとしてのプライドが許さない。──お前は一度村に帰って、頭を冷やすんだな」

「ぐっ……わかりました……」


 悔しげに答えた直後、とっ散らかったテーブルの上から彼の姿が消えた。

 バルクはオグマたちの方に向き直り、頭を下げる。


「三人ともすまなかった。我が村の者の無礼を、詫びさせてくれ」

「あ、いえ、そんな。みんな無事ですし」


 と、言いかけた彼の声に被せて、


「まったくだわ。お陰で靴に鼻血が付いたじゃない。どうしてくれるの? もちろん、弁償してくれるんでしょうね?」

「いや、あんたむしろ請求されてもおかしくないですからね? 慰謝料」


 彼女の連れが的確な指摘をする中、バルクは気が抜けたように笑みを零した。


「ふふ。──金を払うのは御免だが」

「ちっ」

「我々オーディ村も、君たちの取材に協力するとしよう。……実を言うと、初めは私も儀式の場に部外者が来るのには反対だったのだがね。気が変わったよ。知りたいことがあれば、なんでも訊いてくれたまえ」


 それから、彼は会場を見渡し、


「他の者もすまなかった。──さあ、仕切り直しだ。みんなも二人のように、素敵なパートナーを見付けるように」


 その言葉に、初々しい異人種同士のカップルは、やはり赤面した。


 ※


 翌朝。

 ノルニ村の入り口には、多くのエルフたちが集まっていた。次の目的地へと出発するオグマたちと、船頭のアルを見送る為だ。


「いろいろとお世話になりました。お陰でいい文章が書けそうです」

「それは何よりですわ。──ところで、その羽根ペンのことですけど」エリスは、オグマの胸ポケットに差してある物を手で示す。「そのような物、いったいどちらで手に入れられたのです?」

「えっと、旅に出る時に、普通に出版社から支給されたんですけど……? ──もしかして、これが何なのか知ってるんですか?」

「ええ……。それは、“記憶の筆記者(ドグラ・スクライブ)”と呼ばれる特殊な魔術道具です。『持ち主の体験した出来事』をそのペンを使って書き留めておくと、それを再生し別の誰かに()()()させることができると言われています。ちょうど昨日、あなたがオーディ村の若者にしたように」


 つまり、あのエルフの男が突然ズブ濡れになったのは、オグマの体験──すなわち、小舟が転覆し川に飛び込むハメになった──を、追体験させたからだったのだ。

 魔力、あるいは魔法その物を仕込んだアイテムは、この世界には数ある。しかし、エルフが「特殊」と言うだけあって、かなり風変わりな機能の魔術道具だと言えよう。エリス自身も「実物を見るのは初めてですわ」とのことだ。


「どーしてあんただけそんな便利なモンもらってんのよ。不公平だわ」

「そう言われても──でも、お陰で三人とも助かったんだし、いいじゃないですか。これからも、ピンチの時はお守りしますよ?」

「当然よ、私姫だし。……まあ、でも? 助けてくれたことには、礼を言ってあげても──」


 と、いつになく相方を褒めようとした──謂わゆる、「デレ」かけた──ところで。

 突如、彼女は()()()を堪えるかのように、唇をひん曲げ酷い渋面を作った。


「……えっ、どうしたんですか姫様。そんな急に変な顔して。見た目だけか取り柄なのに」

「う──うるっさい! あんたと話してたら、急に吐き気がして来たの!」

「ヒドイ!」

「それより、さっさと出発するわよ」


 言うが早いか、踵を返した姫様は、そのままスタスタと歩き出してしまう。何か()()()でもあるのか、自らの喉に手を当て、首を傾げながら。

 赤い糸に引っ張られたオグマは、急いでノルニ村のエルフたちに会釈し、その後ろ姿を追いかける。

 無論、アルもすぐに──恋人に手を振ってから──、二人に続いた。


「待ってくださいよー。姫様、何か怒ってますか?」

「別に! ──て言うか、あんた舟ひっくり返したことまでメモしてたの? どんだけメモ魔なわけ? マメすぎてキモいわ」

「いやぁ、少しでもネタは多い方がいいかな、と。……あと、姫様の傍若無人っぷりを読者にも伝えたくて」

「なんか言った?」

「いえ、別に。──今日もいい天気だなー」


 彼らのやり取りを一歩後ろで聞いていた船頭は、楽しそうに笑う。


「お二人とも、昨日は本当にありがとうございました。お陰で、リーナさんに想いを伝えることができました。──ところで、もしよろしければ、姫様のお名前を教えていただきたいんですけど……」


 尋ねられた彼女は足を止め、傷んだ髪を揺らして振り返った。

 そして──無一文のクセに──、無駄に偉そうなポーズでこう名乗る。


「エリーネよ。恩人の名前なんだから、覚えておきなさい」

「いや、あんた勝手に暴れてただけじゃん」

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