⑤
突然の告白を受けたリーナは、初めはひたすら気恥ずかしそうに俯くばかりだった。
が、ほどなくして顔を上げた彼女は、入れ替わりに目を伏してしまった彼に、微笑みかける。
「……ありがとうございます。こんなに素敵ことを知ったのは、初めてです」
「リーナさん……」
彼もまた、オズオズとお相手の顔を見上げた。一部始終を見守っていたらしいノルニ村のエルフたちも、みな二人を祝福している様子だった。
「よかったですね、うまくいったみたいで」
「ふっ、私の立てた作戦のお陰ね」
「うん、どこが?」
そんなわけで、なんだかんだ丸く収まりそうな雰囲気になっていた。
オーディ村の男エルフを除いて。
「何が『僕だけの知識』だ──くだらん! そんなトンチ話で、我が一族の伝統を邪魔されてなるものか!」
先ほどの男は怒り心頭と言った形相で、アルに掴みかかる。
「高潔なエルフの血を濁らせはさせん! 先ほどの言葉を取り消せ!」
「い、嫌です! それだけは、絶対に!」
「貴様……!」
ギリギリを歯を食いしばった彼は、相手の襟首を掴んでいるのと反対の拳を振り上げた。
「アルさん!」と、リーナが青年の名を叫ぶ。
エルフは問答無用で殴り付けようとした──
が、しかし。
その瞬間、怒りで赤黒くなった男の顔に、真珠の飾りの付いた靴の裏側がめり込んだ。
「なぶっ──⁉︎」
声にならない声を上げた彼は、背中から料理や飲み物の置かれたテーブルの上に倒れ込む。
対して、見事なドロップキックをぶちかました張本人は、着地すると共に膝を伸ばし、立てた親指をクイッと下に向け、
「人の恋路を邪魔する奴は、私に蹴られて死ね」
「ゲホッ、ゴホッ……う、馬かよ……」
例により首を絞められたオグマは、苦しそうに噎せながらも、ツッコむことは忘れない。
「……くっ、“無力人種”の分際で!」
体を起こした彼は、綺麗にヒールの痕の付いた顔を庇いながら、忌々しげに吐き捨てた。ダラダラと鼻血を垂らし、「無力人種」を睨むその姿は、知的なイメージのエルフにはそぐわない物だった。
「……いいだろう。貴様らがその気なら──我が炎で纏めて焼き払ってくれる!」
言うが早いか立ち上がると、男は空の掌を天に翳した。すると、その中心にボウッと紅い火の玉が現れた──かと思うと、それは一瞬にして燃え上がる。揺らめく業火は熱波を発しながら滞留し、球形に渦を巻いた。
会場は騒然とし、さすがの姫様もたじろいだ様子だった。
それでも、偉そうに腰に手を当てたまま、仁王立していたが。
「後悔する間もなく、消し炭になるがいい!」
「姫様!」
燃え狂う火球が放たれる瞬間、オグマは彼女を庇うように、その前に飛び出して行った。咄嗟に体が動いたのだろう。
しかし、そんなこととは無関係に、一片の躊躇もないまま、エルフの腕は振り下ろされた。
──が、彼らが消し炭になるよりも先に。
時が停止した
二つの村のエルフたちも、エリスもリーナも、アルも姫様も、その場にいた誰もが──そして、放たれようとしていた炎や、木々から飛び立つ瞬間の小鳥さえも──、その動きを完全に止めている。
「──へ? 何これ……」
ただ一人、頭を庇って蹲っていたオグマだけは、例外のようだったが。
恐る恐る顔を上げた彼は、周囲の様子を見回しつつ、喫驚した様子で立ち上がる。
「なんか、みんな止まってる? ──嘘っ、なんで⁉︎」
『……そりゃあ、時間その物が止まってますからね〜』
「なっ──⁉︎」
突然聞こえて来た声に、オグマは慌てて斜め後ろを振り返る。すると、その先にあった木の枝の一つに、一羽のワタリガラスが留まっていた。
──どうやら、先ほどの声の主はその渡鴉であるらしい。
(な──何この超展開⁉︎)
唖然と立ち尽くす青年を他所に、烏はバサリと羽を広げ飛び立つ──かと思うと、その姿は空中で歪み、地面に降り立った頃には、すっかり人間の子供へと変わっていた。やけに顔色の悪い男の子は、サイズのあっていないローブの裾を引きずって、悠々とオグマに歩み寄る。
『どうも〜初めまして〜。ボクはフギンって言います〜。──ではでは、さっそく商品のご紹介を始めさせていただきますね〜』
「商品? ──こんなタイミングでなんか売り付ける気なの⁉︎」
『ええまあ〜。あ、でも、お代は要りませんよ〜。お客様の場合は特別に、無料でのご提供になっていますから〜』
「いや、そう言う問題じゃなくて」
『……何か勘違いなされてるようですが、これはずっと前から決められていたことなんですよ〜。それに、契約したのはお客様自身でしょ〜?』
「僕が? ──でも、そんなのいつの間に」
『まあ、とにかくすでに決定されていたこと──今更破棄できないのであしからず〜。……ですから、これは断じて超展開なんかではないんですよ〜。断じて〜』
「なんかムキになってない?」
『ではでは改めて、商品のご紹介を〜』
お客様のツッコミをスルーしつつ、男の子はローブの袖の中から紙の束を取り出した。どうやら、それは商品カタログらしく、ページを繰って中身を読み上げる。
『今回オススメするのは、こちらの三点〜。まず、一つ目は「触れた物ならなんでも一刀両断する、覇者の大剣」、二つ目は「一振りで辺り一帯の生命を奪い去る、死神の鎌」、三つ目は「ほんの一刺しで巨人すら痺れさせることのできる、禁断の毒針」〜』
「怖い怖い怖い。なんでそんなに物騒なモンばっかなの?」
『……こう言うのをお望みじゃないんですか〜』
「いや、魔王目指してるわけじゃあるまいし。──もっとこう、穏便に済ませられる系の奴はないの? 取り敢えず、あの炎を無力化できればいいんだからさ」
『なんだ〜、それならそうと先に言ってくださいよ〜』
フギンは仕方なさそうにカタログをしまい込んだ。
それから何を思ったか、袖の中からわずかに覗くだけの人差し指で、彼のことを指し、
『お望みの品でしたら、お客様すでにお持ちになってますよ〜』
「えっ?」
青年は吊られたように、自らの左胸を見下ろした。彼のシャツの左ポケットには、黒い羽根ペンが一本、差し込まれているだけだ。