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異人種見聞録  作者: 若庭葉
第一章:エルフ
6/15

 突然の告白を受けたリーナは、初めはひたすら気恥ずかしそうに俯くばかりだった。

 が、ほどなくして顔を上げた彼女は、入れ替わりに目を伏してしまった彼に、微笑みかける。


「……ありがとうございます。こんなに素敵ことを知ったのは、初めてです」

「リーナさん……」


 彼もまた、オズオズとお相手の顔を見上げた。一部始終を見守っていたらしいノルニ村のエルフたちも、みな二人を祝福している様子だった。


「よかったですね、うまくいったみたいで」

「ふっ、私の立てた作戦のお陰ね」

「うん、どこが?」


 そんなわけで、なんだかんだ丸く収まりそうな雰囲気になっていた。

 オーディ村の男エルフを除いて。


「何が『僕だけの知識』だ──くだらん! そんなトンチ話で、我が一族の伝統を邪魔されてなるものか!」


 先ほどの男は怒り心頭と言った形相で、アルに掴みかかる。


「高潔なエルフの血を濁らせはさせん! 先ほどの言葉を取り消せ!」

「い、嫌です! それだけは、絶対に!」

「貴様……!」


 ギリギリを歯を食いしばった彼は、相手の襟首を掴んでいるのと反対の拳を振り上げた。

「アルさん!」と、リーナが青年の名を叫ぶ。

 エルフは問答無用で殴り付けようとした──

 が、しかし。

 その瞬間、怒りで赤黒くなった男の顔に、真珠の飾りの付いた靴の裏側が()()()()()


「なぶっ──⁉︎」


 声にならない声を上げた彼は、背中から料理や飲み物の置かれたテーブルの上に倒れ込む。

 対して、見事なドロップキックをぶちかました張本人は、着地すると共に膝を伸ばし、立てた親指をクイッと下に向け、


「人の恋路を邪魔する奴は、()に蹴られて死ね」

「ゲホッ、ゴホッ……う、馬かよ……」


 例により首を絞められたオグマは、苦しそうに噎せながらも、ツッコむことは忘れない。


「……くっ、“無力人種(ミズガルディー)”の分際で!」


 体を起こした彼は、綺麗にヒールの痕の付いた顔を庇いながら、忌々しげに吐き捨てた。ダラダラと鼻血を垂らし、「無力人種」を睨むその姿は、知的なイメージのエルフにはそぐわない物だった。


「……いいだろう。貴様らがその気なら──我が炎で纏めて焼き払ってくれる!」


 言うが早いか立ち上がると、男は(から)(てのひら)を天に翳した。すると、その中心にボウッと紅い火の玉が現れた──かと思うと、それは一瞬にして燃え上がる。揺らめく業火は熱波を発しながら滞留し、球形に渦を巻いた。

 会場は騒然とし、さすがの姫様もたじろいだ様子だった。

 それでも、偉そうに腰に手を当てたまま、仁王立していたが。


「後悔する間もなく、消し炭になるがいい!」

「姫様!」


 燃え狂う火球が放たれる瞬間、オグマは彼女を庇うように、その前に飛び出して行った。咄嗟に体が動いたのだろう。

 しかし、そんなこととは無関係に、一片の躊躇もないまま、エルフの腕は振り下ろされた。

 ──が、彼らが消し炭になるよりも先に。


 ()()()()()()


 二つの村のエルフたちも、エリスもリーナも、アルも姫様も、その場にいた誰もが──そして、放たれようとしていた炎や、木々から飛び立つ瞬間の小鳥さえも──、その動きを完全に止めている。


「──へ? 何これ……」


 ただ一人、頭を庇って蹲っていたオグマだけは、例外のようだったが。

 恐る恐る顔を上げた彼は、周囲の様子を見回しつつ、喫驚した様子で立ち上がる。


「なんか、みんな止まってる? ──嘘っ、なんで⁉︎」

『……そりゃあ、時間その物が止まってますからね〜』

「なっ──⁉︎」


 突然聞こえて来た声に、オグマは慌てて斜め後ろを振り返る。すると、その先にあった木の枝の一つに、一羽のワタリガラスが留まっていた。

 ──どうやら、先ほどの声の主はその渡鴉であるらしい。


(な──何この超展開⁉︎)


 唖然と立ち尽くす青年を他所に、烏はバサリと羽を広げ飛び立つ──かと思うと、その姿は空中で歪み、地面に降り立った頃には、すっかり人間の子供へと変わっていた。やけに顔色の悪い男の子は、サイズのあっていないローブの裾を引きずって、悠々とオグマに歩み寄る。


『どうも〜初めまして〜。ボクはフギンって言います〜。──ではでは、さっそく()()のご紹介を始めさせていただきますね〜』

「商品? ──こんなタイミングでなんか売り付ける気なの⁉︎」

『ええまあ〜。あ、でも、お代は要りませんよ〜。お客様の場合は特別に、無料でのご提供になっていますから〜』

「いや、そう言う問題じゃなくて」

『……何か勘違いなされてるようですが、これはずっと前から決められていたことなんですよ〜。それに、契約したのはお客様自身でしょ〜?』

「僕が? ──でも、そんなのいつの間に」

『まあ、とにかくすでに決定されていたこと──今更破棄できないのであしからず〜。……ですから、これは断じて超展開なんかではないんですよ〜。断じて〜』

「なんかムキになってない?」

『ではでは改めて、商品のご紹介を〜』


 お客様のツッコミをスルーしつつ、男の子はローブの袖の中から紙の束を取り出した。どうやら、それは商品カタログらしく、ページを繰って中身を読み上げる。


『今回オススメするのは、こちらの三点〜。まず、一つ目は「触れた物ならなんでも一刀両断する、覇者の大剣」、二つ目は「一振りで辺り一帯の生命を奪い去る、死神の鎌」、三つ目は「ほんの一刺しで巨人すら痺れさせることのできる、禁断の毒針」〜』

「怖い怖い怖い。なんでそんなに物騒なモンばっかなの?」

『……こう言うのをお望みじゃないんですか〜』

「いや、魔王目指してるわけじゃあるまいし。──もっとこう、穏便に済ませられる系の奴はないの? 取り敢えず、あの炎を無力化できればいいんだからさ」

『なんだ〜、それならそうと先に言ってくださいよ〜』


 フギンは仕方なさそうにカタログをしまい込んだ。

 それから何を思ったか、袖の中からわずかに覗くだけの人差し指で、彼のことを指し、


『お望みの品でしたら、お客様すでにお持ちになってますよ〜』

「えっ?」


 青年は吊られたように、自らの左胸を見下ろした。彼のシャツの左ポケットには、黒い羽根ペンが一本、差し込まれているだけだ。

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