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2. 魔術

 しばらく進んでいくと、一行は小さな草原に出た。周囲は百(ひろ)ほどで、起伏も少なく見通しが利く。バスをそこで停めて、損害を確認することにした。


 アジシャンとプージャンは客席を片付け、死んだ運転手と、アッコォを毛布で包んでやった。アッコォは最初の侵入者にナイフで刺されて死んだのだ。


 ルーガーとドルイは、バスのダメージを調べた。ルーガーはフライヤーの運転がうまく、ルーガーはフライヤーの構造や修理が得意だという。そこで二人でバスの状態をチェックし、町までたどり着けるよう修理することになった。


 最初の問題は燃料だった。フライヤーは高速で走ると燃料をバカ喰いする。大慌てでここまで来たので、キタハリまで行き着けるだけの燃料が残っているのかが心配だった。二人はぶつぶつと相談しあって、こういうバスは予備をどこかに隠しているものだと結論付けた。それから機体のあちこちを探してみると、ドルイが客席の後部座席の底から予備タンクを見つけ出した。次に二人は機体の修理に取り掛かった。これにはしばらく時間がかかりそうだった。


「どう、動きそう?」


 アジシャンが、運転席に潜り込んでいるドルイに向かって尋ねた。


「なんとかなるだろ」


 ドルイは壊れた計器を放り出して言った。


「フライヤーってえのは、操縦桿を倒せば前に進むんだ。簡単なもんさ」


 アジシャンは疑わしそうな目を向けたが、文句は言わなかった。


「あのさあ、左の安定板が壊れちゃってるんだけど」


 車体の下から、ルーガーが叫んだ。ドルイも叫び返した。


「そんなのなくても走るだろ」

「山の中だと起伏が大きいから、土手に突っ込んだら大変かも」

「それくらい操縦でなんとかしろよ。そもそも壊したの、お前だろ」

「ううっ」

「それよか動力系は大丈夫だろうな。燃料漏れがあったらそっちの方がヤバいぞ」

「それは平気みたい」

「念入りに確認しといてくれよな。爆発したら困るから」


 それからドルイは、脇に立っているアジシャンに向かってにやりと笑った。


「そういや、こんなもん見つけたぜ」

「それは……。連中の使ってた銃ね」

「ああ。一撃食らわせたときに飛び込んできたんだろ」


 それは運転手の命を奪った拳銃だった。ドルイは弾が込められた薬室を開け、中を確認し、また戻した。アジシャンは、その慣れた手つきを見逃さなかった。ドルイは拳銃を腰のベルトにぐいっと差し込み、またがちゃがちゃと作業を始めた。


「あんたって、フライヤー整備士か何かでもやってるの?」

「んなわけないだろ」


 ドルイはちらっとアジシャンを見て言った。


「ちょっと詳しいだけさ」

「そうかしら。色々詳しいみたいだし、慣れているし……」

「いいから黙ってな。なんでまた根掘り葉掘り聞きたがるんだよ」

「根堀り葉堀りって、そんなつもりじゃないってば」

「いいか、フライヤー整備っていうのは由緒正しいフライヤーギルドの会員様じゃないと勤まらないんだ。このオレが品行方正なギルド会員に見えるか?」


 アジシャンはドルイの皮肉の意味が分からず、目を白黒させたが、やがてぷいっと横を向くと、客席の方に戻っていった。



 ルーガーとドルイの修理で、どうやらバスを動かせそうになったところで、夜になってしまった。バスには照明装置がなく夜中の暗闇では動けないので、生き残った者たちは仕方なく野宿することにした。ルーガーとアジシャンが志願して、交代で不寝番をすることになった。もともと夜になる前にキタハリに着く予定だったので、飲まず食わずで寝るしかない。皆、遺体の安置された車内では寝付けないので、外でごろ寝する有様だった。


 長い夜は、何事もなく過ぎていった。やがて明るくなるころ、アジシャンががばっと跳ね起きた。


「みんな、起きて」


 ドルイとルーガーはすぐに臨戦態勢に入る。プージャンも寝不足と恐怖ですかさず真っ青になった。


「近くに誰かいる」

「あっちだ」

「妙だな、近づいてこない」


 三人は声を潜めて口々に意見を言い合った。


「バスは動くの?」

「うん、でも動かしたらあっという間に囲まれるよ、きっと」

「まずいな、暗いうちに移動しといた方がよかったんだよ、くそっ」

「今更そんなこと言ってもね」

「でも連中も動かないわ」

「どうなってるんだろう……」


 状況が分からず、四人はその場に釘付けになっていた。


 と、そのとき、野原の向こうから、男が一人歩いてきた。周囲は明るくなってきていたので、その男の様子はよく見える。ひとめで愚連隊の首領だと分かった。どうやら、町のヤクザの一味のようだった。そして後ろには、子分たちが二十人ほど、横に並んでついてきた。フライヤーに跨った者もいる。逃げるチャンスはないようだった。


 アジシャンは毅然とした態度で首領を見据えた。剣一振りしか持っていないのに、立派な態度だった。それを見た首領は、子分たちに手を挙げてみせ、それから一人で前に進んできた。首領は口を開いた。


「話がある」

「何の用?」

「ウィザードが一人いるだろう。腹を割られて死んだ仲間がいた。お前らの誰かがウィザードだろう、違うか?」


 首領は顎を突き出してそう言った。アジシャンは思わず目を見開いた。


「あんたじゃないな」


 ドルイはその場を動かなかったが、低い声で答えた。


「俺になんか用か」

「ああ、思った通りの奴だな」


 首領は笑いながら、ドルイを見据えて言った。


「仲間の死に様を見て、取引しようと決めたんだ。オレはあんたみたいな奴をよーく知ってる。まともにやりあっても(かな)わないってな。オレはむやみに人が死ぬのは見たくないんだ、分かるだろ……」

「いや、分からんね」

「まあいい、取引だ。オレは、そこのそいつに用がある」


 そういって首領が指差したのは、ガタガタ震えているプージャンだった。


「そいつはオレの会計士なんだがな、分け前に飽き足らず、オレの金に手を出しやがった」


 首領は言葉を切った。しかし、誰も何も言わないので、彼は言葉を続けた。


「そいつを引き渡してくれたら、他は何もいらん。そのまま帰してやろうってワケだ。どうだい?」


 突然プージャンが叫んだ。


「助けてくれ! あいつらに殺されてしまうっ! 頼むよ、礼ならいくらでもするから」

「オレの金でか?」


 首領は皮肉っぽく続けた。


「なんでもする、だからお願いだっ、こんなところで見捨てないでくれぇ!」


 プージャンは泣きながらアジシャンにすがりついたが、彼女は驚いて口を丸く開くばかりだった。しかしドルイはプージャンの言うことをまるで聞いておらず、ずっと首領のことを睨み続けていた。自信たっぷりだった首領の方も、ドルイの態度にだんだん表情が曇ってきた。


 ドルイが何を言うのかと思って全員が耳をそばだてていたので、ドルイが突然右手を挙げたとき、彼が何をしようとしているのか気づいたものは誰もいなかった。ドルイは(むち)を振るうように腕をくるりと回した。すると彼の頭の上から、小石のような赤い球が七つほど、ひゅうひゅうと音を立てて飛んでいった。それは首領の頭の上を飛び越えて、後ろでニヤニヤと笑っていた子分たちの足元にバラバラと落ちた。首領が警告の叫び声をあげるのと、子分たちの悲鳴があがるのは同時だった。赤い球は恐ろしい高温の炎を撒き散らすと、子分たちを全員飲み込んでしまった。


 それはまさに悪夢のような光景だった。子分たちは足元から焼き焦がされてしまい、逃げ惑うことすら出来なくなっていた。吸い込んだ炎で喉を焼かれ、悲鳴すらすぐに聞こえなくなってしまった。ただ腕をばたばたと振り回し、ばったりと倒れていくだけだった。その炎はあっという間に燃え尽きたが、後に残ったのは消し炭のような黒い塊ばかりだった。


 首領は子分たちが全滅してしまうのを呆然と眺めていたが、やがて憤怒の表情でドルイの方を振り向いた。腰に吊った剣を引き抜き、切り掛ろうと三歩ほど前に進んだ。そこで、首領の頭の辺りでバチンという音が鳴り響き、彼はその場にばったり倒れた。


 迎え撃とうと剣を構えたアジシャンも、どうしようかと浮き足立ったルーガーも、呆気に取られてその様子を見ていた。そして二人は恐る恐る、ドルイの方を振り返った。ドルイはしかめっ面をして首領のことを睨みつけているだけだったが、二人にはドルイが何をしたのか察しがついた。魔術使い(ウィザード)の技に違いない。


「あ、ああ……」


 プージャンは相手が倒れたことに安心したのか、膝をついてその場にへたり込んだ。そして初めて、顔色を伺うようにドルイのことを見た。


 振り向いたドルイと、プージャンの目が合った。プージャンは、別の恐怖でその場に凍りついた。ドルイがベルトに差していた拳銃を抜き、まっすぐプージャンに向けていたのだ。


「だめ、だめよ!!」


 アジシャンが叫んだが遅かった。ドルイは容赦なく引き金を引いた。乾いた音が響き、弾丸がプージャンの肩に命中した。プージャンは悲鳴を上げて後ろに倒れた。


「なんだくそ、音ばかり大きくてちっとも役に立たないな」


 ドルイはうめき声をあげて傷口を押さえるプージャンの脇まで歩いていった。


「狙いも全然定まらないし。一発で倒せなきゃ意味ないじゃねぇか」


 ドルイは銃口をプージャンの眉間にくっつけると、もう一度引き金を引いた。そうやってプージャンの息の根を止めると、ドルイは残り火が燻る草むらの方へ拳銃を投げ捨てた。そしてルーガーとアジシャンに向かって言った。


「邪魔者は全員いなくなったし、そろそろ行こうぜ」



 ルーガーはバスの運転席に座り、ドルイは隣に立ちっぱなしで手伝って、ポンコツのバスを操って森を進んだ。二人は数刻の間、ふらふらと進みながら、ようやくのことで山道を見つけ出した。そしてなんとかキタハリへ向かって進み始めることができた。


 アジシャンは、めちゃくちゃになった客室の一番後ろの席に座ってうつむいていた。ときどき顔を上げてみると、目に入るのは毛布に包まれたアッコォと運転手とプージャンの遺体だった。それを見て、また黙ってうつむくしかなかった。


 キタハリに着いたのは、まもなく日が暮れようとする時刻だった。三人は最初に保安官を探した。人が死んでいるので、報告の義務があるのだ。そして保安官に向かって、山賊に襲われたこと、それを返り討ちにして山に放置してきたことを告げた。するとキタハリの町は大変な騒ぎになった。翌日、ルーガーの案内で、保安官と助手と手伝いの一行は例の草原を検分しに行った。多くの死体を前に、再び騒ぎは大きくなった。アジシャンもドルイも、それぞれ別の宿に篭りっきりで出てこなかったので、仕方なく説明や手続きは全部ルーガーが一人でやった。


 ルーガーは、死体を数えるのに忙しい人々から離れて、ヤクザの首領の遺体の脇に立った。そしてドルイが吹き飛ばした頭の傷を見下ろしながら、どうやったらこんなことができるんだろうと考えた。魔術使いの技はボールと呼ぶことは聞いたことがあった。子分たちを焼いた赤い球がそれに違いない。ドルイはボールを自由に作ったり壊したりできるようだ、とルーガーは想像した。ということは、おそらくドルイは、首領の頭の中に爆発するボールを作って起爆したのだろう。魔術使いが一睨みで相手を倒せるという噂は本当だったのだ。そりゃあ皆が嫌うはずだ、とルーガーは思った。


 そんなことをぼんやり考えていたルーガーに、保安官が近づいてきた。彼は汗を拭きながら言った。


「君たちは相当な手練(てだれ)だな。二十人を相手に切り合うとは」

「はあ、でもこちらも三人亡くなりました」

「そう、そうだったな。で、最後に草むらに火を放ったと?」

「ええ。焚き火をしてたんで、それを使って。うまくいきました」

「すごい燃え方だったんだな」

「山火事にならなくてよかったです」

「まったくだ」


 実にいい加減な作り話だったが、保安官たちはこの話に矛盾はないと判断した。二日後、保安官はルーガーたちに町を出てもよいと許可を出した。それどころか、保安官はこれからオークトへ行ってヤクザの根城を家宅捜査しに行くという。さすがのルーガーも、それには付き合わないことにした。


 アジシャンは、プージャンを殺したのはドルイだと告発することなく、黙って町を出て行った。もし告発したら、ドルイは町をまるごとひとつ消しかねないと本気で心配したのだ。そこで保安官の許可が出たと知るやいなや、宿を飛び出しどこかへ行ってしまった。


 ドルイも、保安官の許可が出たと聞いてすぐに姿を消した。ルーガーはほっとした。というのもルーガーも、ドルイを告発する気がなかったからだ。ルーガーは、やり方はともあれドルイに共感するところがあった。もしプージャンを連れてキタハリまでたどり着いていたら、アッコォの無念は誰がどう晴らすのか、と……。


 退屈な峠越えがとんでもない騒ぎに巻き込まれたもんだなあ、とルーガーは思った。彼は町を出ると、急ぎ足で道を歩いていった。


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