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1. 襲撃

 オークトからキタハリの町まで続く道は、途中に宿場のひとつもない険しい山道で、休みなく歩いても丸一日かかってしまう難所だった。日が暮れてしまったら野宿するというわけにはいかないので、ここを行き交う人々は乗り合いのフライヤー、バスを使うのが常だ。それほど往来のある場所ではないので、バスは数日おきに片道ずつ運行される便があるだけだった。そんなバスの客室は十二、三人ほど乗れる広さだったが、今日の乗客は五人しかいなかった。


 出発してからずっとしゃべっているのはアッコォという年配の女で、通路を挟んだ隣の席に座ってまじめに聞いているのがアジシャンという女だった。二人は、年は離れていたが話は合うようで、ほとんど切れ目なくおしゃべりを続けていた。


 後ろの列の窓際にいるのは、プージャンという男だった。顔は丸く青白く、しかめっ面をして外の景色を眺めていた。その向かいの列にはルーガーという男がいた。彼はアッコォとアジシャンの話に耳を傾けていて、時々思い出したように口を挟むことがあったが、だいたいは静かに座っていた。


 一番後ろに離れて座っているのはドルイという男だった。彼は最初に乗り込んでその席に座ると、そのまま腕を組んで寝込んでしまい、ずっと寝息を立てていた。くしゃくしゃになった前髪の間から、硬く閉じたまぶたと太い眉毛が見えているだけだった。



 アッコォの話題の中心は、最近趣味にしているという旅行の話だった。彼女ほどの年齢だと、金も暇も充分にあって、子育ての合間に旅行するのが流行(はや)りになっている。朝にオークトを出発してからここまで、あちこち旅行してきた場所の話や、身の回りのことをずっと話し続けていて、もう昼を回っているというのに、まだ話題は尽きないようだった。


「お子さんは何人いらっしゃるんですか?」

「四人よ。実はこれから、四人目の子のところに遊びに行くところなの」

「へーっ」

「今はグジルカリタの近くの農場で働いてるわ。いろいろ作ってるみたい。詳しくはまだ知らないんですけどね」

「グジルカリタなら知っています。まだまだ道は長いですね。いまいくつぐらいなんですか、お子さんは」

「ちょうどあなたぐらいかしら、女の子だし。でもチャルカは、剣を一度もとったことがないくらいだから、あなたとは比較にならないわね」

「あらあら、そうなんですか」


 そこへ唐突にルーガーが口を挟んだ。


「あーでも、最近は剣術をやってる人ってそんなにいないでしょう」


 アッコォがにっこり笑って返事をした。


「そうねぇ、私も特にやらせようとはしなかったわ。チャルカだけじゃなくて、他の子もねぇ。最初の子供は男の子だったけど、今は商人をしてるはずよ」


 アジシャンが尋ねた。


「どんな商売なんですか」

「さぁ、最近連絡をとっていないから分からないわ」


 アッコォは遠くを見るような目つきになって続けた。


「やっぱり子供はかわいいわね。特に小さいころはねぇ。もっとも私は十歳より小さな子は面倒見たことないんですけどね」

「ふうん」

「小さい子は手がかかりますからね。そういうのを得意にしている人に任せておくのが一番だと思う。私は大きな子の面倒を見る方が楽しいわね」

「赤ん坊から大人になるまで、ずっと育てる人もいますね」

「そうね、昔はそういう人が多かったみたいね。私自身は、三人ぐらいの養親(おや)にもらわれていったけど」

「あたしは六歳のときに別の家にいきました。剣術のために」

「ああ、専門的に教育するのね。私はそういうのってしてないんだけど、そういう人もいるわね。ルーガーさんは、どうなんですか」


 ルーガーは戸惑うように答えた。


「え、僕ですか。よく憶えてないなぁ。話も聞かなかったし」

「親の方はご健在なの」

「いや、たぶんもう死んでるでしょう」

「あら、そうなの。プージャンさんはどうなのかしら」

「わ、わたしは……。もう親父とは離れて何年にもなりますね。元気にしているのやら」

「ふーん、どちらにお住いなのかしら」

「テクタスって……。ご存じないかもしれないけど」

「知らないわねぇ、ごめんなさい」

「まぁ田舎のほうですから」


 アジシャンは、またアッコォに話しかけた。


「さっきの話に戻りますけど、最近は産んだ親がそのまま育てるっていうのもあるらしいんですけど、そういうのご存じですか」

「ええ、そういうのも聞くわね。私はあまり感心しないけど」

「そうなんですか」

「だって、若いうちは仕事もあるし、子供を育てるのは大変ですからねぇ」

「でも最近は引き取ってくれる高齢者も少ないっていいますし」

「そうね、都会とか、人がたくさんいるところでは、そうかもしれないわね。私のうちの近所はずっと古くからある街だから、そういうのはあまりないんだけれど、やっぱり子供は四六時中面倒をみてやらなきゃいけないものね」

「そうかもしれませんね」

「あなた、子供は作ったことあるの」

「いいえ、まだです。なかなかいい相手が見つからなくて」

「ほほほ」


 アッコォは声を上げて笑った。


「まあ、預けられるところがあるなら、できるだけ作っておいた方がいいですよ。子供が産めるのはやっぱり若いうちだけですからね。女性はそりゃ、妊娠していると仕事ができなくなっちゃうけど、男の方ならそうでもないし」

「そうですね、そこが悩みどころです」


 アジシャンは思案顔で返事をした。


「ところで、あっちの人は? ずっと寝てるのかしら」


 アッコォは後ろの席にいるドルイの方へ話を向けた。ドルイはうなって、首を回した。


「なんか用?」

「いえ、お話でもしないかと思って」

「話すことなんかないよ」

「そうかしら。あなた、親の方はどうしてらっしゃるか知らないの」

「んー、知らないね。あんまし思い出したくないし」

「あら、どうして」

「あんたみたいに、子供に情熱を注げるようなやつじゃなかったからさ」


 ずっと寝ていたのに、ドルイは話を聞いていたようだった。


「情熱のない親なんていないと思うけれど?」

「それはどうかな。みんながみんな、あんたみたいなご立派な人間ばかりじゃないからな」

「あまりいい感情を持ってはいないみたいね」


 ドルイのつっけんどんな態度に、アジシャンが呆れて口を挟んだ。


「あなた、目上の人にはもっと丁寧な口をききなさいよ」

「そんなのオレの勝手だろ。気に入らないなら話しかけてくんなよ」

「まあまあ、そんなに大きな声出さないで」

「親の話が聞きたいなら、してやってもいいぜ」


 ドルイは身を乗り出して、眉をつり上げた。


「最初のやつは小汚ねぇばあさんで、おれに見込みがあるってんで剣術を仕込もうとしたんだ。ところが途中で見切り付けられて、工具屋のおやじのところに放り出されたのさ。でもそいつも十四の時に死んじまって、それからは一人さ」

「どうして途中で放り出されたの……」

「おれが魔術使い(ウィザード)だって、バレたからさ」


 それだけいうと、ドルイはどかっと座り直して、また寝ようと窓辺にもたれかかった。


 その後、口を開く者は誰もいなかった。



 全員が黙り込んだまま、半刻ほど過ぎた。突然、フライヤーが急停止した。驚いた乗客たちは腰を上げると、窓の外を見た。しかし見えるのは山と森ばかりで、止まって眺めるような景色は見えなかった。


「ちょっと、どうしたの」


 アジシャンが運転手に向かって叫ぶと、運転手の不安そうな返事が聞こえてきた。


「なんかヤバい」


 不明瞭な運転手の返事に、アジシャンがいらいらして聞きなおした。


「どういう意味?ちゃんと説明して」

「ヤバそうな奴らが道をふさいでる」


 アジシャンとルーガーが、同時に左右の窓から首を出した。すると確かに道をふさいでいる愚連隊が見えた。フライヤーが三機と、抜き身の剣を持った者が五人ほどだろうか。こちらを見ながら互いにしゃべっている。アジシャンは思わずつぶやいた。


「……武装してる」


 ルーガーは首をひねって言った。


「そんな物騒だったっけ、この辺は?」

「何のつもりだろう、あいつら?」


 プージャンが慌てて叫んだ。


「いま、武装してるって言いました?」


 それを制止するようにアジシャンが言った。


「そんなに怖がることはないでしょう」


 しかし、他の乗客たちは不安そうな顔を見合わせた。一体どうするのがいいのか判断できない。


 そうこうしているうちに、愚連隊の方は準備ができたらしく、フライヤーにまたがりこちらに向かってきた。ルーガーが言った。


「はやく動いた方がよさそうだよ」


 さすがに人事ではなくなったドルイも口を開いた。


「穏やかじゃなさそうだな」

「動くっていっても……、うわー、どうしますか!?」


 運転手はすっかり慌てて、乗客に助けを求めている始末だった。これに触発されて、プージャンがさらに上ずった声で叫んだ。


「逃げましょうよ、早く!」

「よーし、このまま突っ走れ!」


 ドルイが太い声で叫んだ。運転手は最大速度で発進させた。


 相手はバスが動き出したのを見て驚いたのか、こちらは何もしていないのに道をあけた。バスはスピードを上げて間を通り過ぎた。しかし、連中はバスを逃がしたわけではなかった。すぐに回れ右をすると、バスを追いかけてきた。


「スピードを落とすなよ!」


 ドルイは、すれ違った後にそう叫んだ。案の定愚連隊は、あっという間に追いついてきた。バスは大きくてさほどスピードが出ないが、小型フライヤーは高速で小回りもきく。到底逃げ切れるものではないのだ。


 アジシャンは座席の下から自分の両手剣を引っ張り出し、鞘を払って待ち構えた。ルーガーは窓からごそごそと外へ這い出し、車体伝いに運転席に移動して、運転手の隣に潜り込んだ。


「連中は速いよ。もっとスピード出せない?」

「これ以上は無理です」


 前方に急な曲がり道があって、運転手は操縦桿をぐいっと倒した。乗客はみんな外へ放り出されそうになり、それどころかバスが街道から転げ落ちそうになる。しかし追っ手のフライヤーは苦もなく曲がり角を通り過ぎ、バスに襲い掛かった。


 愚連隊の一人が、扉に剣を叩きつけた。ガツンと大きな音がして、みんながびくっと身を震わせた。


「窓から離れろっ」


 ドルイはアッコォを席から引き離すと、外の奴の顔に蹴りを入れた。効き目はさほどなかったが、さっと離れていったので悪くはない。反対側では、アジシャンが自分の剣を突き出して牽制している。車内は狭いので、長剣のアジシャンは不利だった。


 突然扉が破れて、愚連隊の一人が転がり込んできた。そして一番近くにいたアッコォを床に引き倒した。ドルイは、その男が振り向く前に背中から殴りかかった。ひるんだ相手は、扉に背を向けた。ドルイは隙を見逃さず、相手の腹の辺りに手を伸ばした。パッと何かが光ったと思うと男の腹が破裂した。男は(はらわた)を撒き散らしながら、外へ転がり落ちていった。


 アジシャンも、窓に張り付いた者を一人切り倒して、なんとか息をついた。誰もが自分の身を守るのに必死で、なりふり構っていられない状況だった。


 運転席では、小型フライヤーがまとわりつき、運転手に向かって攻撃を仕掛けてきていた。隣に座ったルーガーがそれを防ごうとしていた。


「近付いてきたら、機体をぶつけるんだ」


 ルーガーは叫んだが、運転手は聞いているのかいないのか、返事をする余裕がなかった。ルーガーは座席の下にあったホウキを手に取り振り回しながら、相手のフライヤーを牽制した。しかし、あまり効果はなかった。


「今だ! ぶつけろっ!」


 ルーガーは運転手の操縦にじれったくなり、横から手を伸ばして操縦桿をガツンと押し込んだ。バスの右前部が愚連隊のフライヤーの後部にぶつかった。小さな機体はひとたまりもなく吹っ飛び、道をそれて林の中へ消えていった。


 追っ手はまだいるのかとルーガー達が首を巡らせたとき、最後の一機が右側から飛び出してきた。


「げげっ」


 ルーガーは小型フライヤーの女が右手に持っている拳銃に気づいて、運転手の腕を引っ張ろうとした。しかし二人が伏せるよりも先に、女は銃を撃った。弾丸は運悪く運転手の右目に飛び込んでしまった。運転手はがっくりと前に倒れた。運転手を失ったバスは、道を外れて林の中に突っ込んだ。ルーガーは慌てて横から操縦桿を取ったが、木に激突するのを避けるのが精一杯だった。後ろの客席では、上下左右に揺さぶられて、全員がひっくり返っていた。


 ルーガーはなんとか運転手を脇に転がした。ルーガーが運転席についた途端、バスは生まれ変わったようなスピードで林の中を進み始めた。


 木々の隙間は大型フライヤーであるバスにはギリギリだが、ルーガーは車体を削るのも構わず突き抜けていった。追っ手も、一発では止まらないと分かると、もう一度運転手を狙おうと、小回りを利かせて前に回りこんできた。


 ルーガーは、まだ相手の手の中に拳銃があるのを見て取ると、撃たれる前に行動を起こした。わずかにスピードを落としておいてから、タイミングを見計らって最大速度まで上げ、相手のフライヤーに体当たりをしかけたのだ。相手は拳銃の狙いに気を取られていたので、こちらの運転席の左端にまともにぶつかった。ルーガーは相手が離れてしまう前に、そのまま立ち木に相手を挟み込んだ。


 ものすごい音とともに、小型フライヤーと愚連隊の女はバラバラに砕けた。ルーガーはそれ以上バスが壊れてしまわないように、車体を急停止させた。


 運転席は体当たりした助手席側がすっかりつぶれてしまい、血まみれになっていた。ルーガーは運転席の(へり)に張り付いた、女の右手首を払い落とした。


「くっそー、めちゃくちゃしやがるな!」


 客席から、ドルイの叫び声が聞こえてきた。ルーガーは大声で答えた。


「追っ手は?」

「もういない」

「これで終わりかな?」

「だといいがな……。とにかく奥に進もう。機体をチェックしないと」


 ルーガーはボロボロのバスを、森の奥へと進めていった。


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