前篇:契約を結ぼう
「小説家になろう」で書いていて、運営様からの朱字の「書籍化打診のご連絡」というメッセージが届いたら。多分、誰だって嬉しいと思います。それが憧れのあの作品を出しているレーベルだったら、なおのこと。そうでなくとも、もしかしたら結構良い条件で書籍化してくださる、という場合もあります。印税率が高いとか、初版出版部数が多いとか、或いは書籍化と同時に漫画化、なんていう話もあるかもしれません。
けど、舞い上がって。後になって「話が違う!」ということになっても、文字通り「後の祭り」。どうしようもありません。
作品は打ち切られ、けど「出版契約期間」の契約拘束条項により他の出版社に改めて交渉することさえ出来ず、それどころかWebでの連載再開さえ認められないかもしれないのです。
けど、ちょっと待ってください。出版社は、「なろう作家」の作品を書籍にしてくれる相手、なのでしょうか?
いいえ、違います。だって、出版社は「なろう作家」に、対価を要求しないでしょう?
「自費出版を手助けしてくれる」出版社・印刷社は、「なろう作家」の作品を書籍に纏め、またそれを書店と交渉して棚を割いてもらい、その行為の対価を作家に請求します。作家自身が収益を得られるかどうかは、あくまで作家自身の問題です。
それに対して一般の「書籍化」は、出版社は作家に対して「著作権使用料」(印税)を支払います。つまり、出版社側のビジネスは、作家に著作権使用料を支払い出版の権利を得て、その作品を書店に卸して収益を得るのです。つまり、「出版社」と「作家」は、このビジネスに於いて対等の関係にある、という事なのです。
なら、作家側は、自己の利益、自己の権利を自分で守らなければならないのです。「認められない?」違います。作家は、契約に於いて、その権限を出版社に譲渡することを「認めて」いるんです。自分が譲渡した権限を返してくれない、と嘆くのは。字義通りの意味での「自業自得」でしょう。
だからこそ。「正しい契約」を結ぶ必要があるのです。
その為には、次の手順で行うことで、問題を矮小化させることが出来るでしょう。
Step1 声がけしてくださった出版社担当者様との遣り取りは、全て記録に残す。
メールの遣り取りは当然、出来れば電話や直接の話し合いの内容も録音してください。
ただこれは、あとで裁判に使う為、などという大上段に構える話ではなく、自分の約束したこと、相手にお願いされたことを確認する為の作業です。
出来れば、録音した内容は文章に書き起こしておくと、その「文章起こし」の作業自体が記憶の補強と約束内容の明確化に繋がります。
Step2 書籍化打診に応諾したのなら、契約書の草案を出してもらう
拙エッセイ「契約書の見方・読み方・読み解き方」(n1268ee)でも書きましたが、出版業界は契約書を交わすという文化がこれまでありませんでした。その為、発売日の前日に契約書に署名捺印を迫られる、などという事も普通にあるようです。が、「契約」それ自体は、応諾した瞬間から始まっています。すると、「作者側がすべきこと」と「してはならないこと」、「出版社側がすること」と「しないこと」が不明瞭なまま契約は進行し、思ってもみないところで契約違反に問われる恐れもあるのです。或いは、全くありもしない内容が契約書で謳われている場合もあります。
ちょっとルール違反かもしれませんが、具体例を挙げますと。打ち合わせ時に「○巻までの出版を確約する」という条件で応諾し、そして第一巻発売直前に契約書に署名捺印したのですが、その契約書には「○巻まで刊行する」とはどこにも書かれておらず、しかし契約書には「×月×日までに本著作物の完全な原稿を出版権者に引き渡す」という条項が組み込まれていました。当然、第一巻発売日は×月×日の後です。
この時、出版社側は「契約書には『○巻まで刊行する』とはどこにも書いていない」という反論の他、「仮にこの契約書が○巻までの分の包括契約だったとしても、×月×日までに○巻までの分の原稿の提出がなされていない以上、契約違反は作者側にある」という反論さえ出来るのです。言った・言わないは、裁判で争う内容。けど契約書がこうなっている以上、裁判所に訴えても、作者側に勝ち目はありません。
社会実務では、慣行で契約書の締結が後回しになるという事は間々あります。けど、新規取引業者相手の最初の取引に於いて、契約書を後回しにすることはあり得ません。一方、書籍化作業は、応諾の瞬間から始まります。なら、一秒でも早い契約書の調印が必要になるのです。
盲目的に調印するのでは、発売日前日にめくら判を押すのと大した違いはありません。だから、まず出版社側に、草案を出してもらうのです。
Step3 契約書の草案を吟味する
契約に失敗しないコツは、受け取った契約書を、相手の前で朗読し、且つわからないことはその場で聞くことだ、と言います。相手が朗読を邪魔したり、或いは質問に適切に回答しなかった場合、その相手は不誠実だからその契約はすべきではない、と。
けど、書籍化に伴う出版契約の場合、それはあまり意味がありません。何故なら、作者側は法律の素人であり、また出版業界の慣習に疎く、そして出版社側も契約文化に親しんでいないからです。
だからまず、契約書の草案を、暗記するくらいに読み込む。そして、単語や言い回し、文法上の疑問などはノートに纏め、一括して出版社側に質問する。必要なら、弁護士会の「法テラス」に出向いて契約書の内容を査読してもらうのも一案でしょう。
Step4 作者側の要求を草案に盛り込む
出版社側が提示した草案は、作者側にとっては受け入れられない部分もあるかと思います。また逆に、お願いしたい内容が草案に盛り込まれていない可能性もあります。それらを修正した「改訂契約書(案)」を、出版社側に提示してください。
まず間違いなく、却下されます。
けど、それで良いんです。
Step5 出版社側と協議する
「草案」にあった、作者側が受け入れられない部分。
「改訂案」に盛り込んだ、作者側が付け加えてほしい部分。
それを前提に、出版社側と協議します。それを協議する過程で、出版社側が譲れない部分と譲歩出来る部分、作者側が妥協出来ない部分と受け入れられる部分が明確になって来るでしょう。
そして出版社側の「譲れない部分」と作者側の「妥協出来ない部分」。これが重ならないのなら、書籍化応諾を取り消し、出版契約そのものを白紙撤回すべきです。調印前なのですから、それは容易なことです。
ちなみに、協議自体に応じてもらえない場合は?
その出版社と契約すべきじゃないです。草案に関し、作者側が丸っと異議無しという場合を除き、その契約を続行したら、作者側が不幸になるだけですから。
Step6 契約書に調印する
協議し、納得したら。次は調印です。
ただ、勘違いしないでください。契約書とは、「相手に義務を強いるもの」ではありません。「自分がすべきことを明確化したもの」です。そして、「与えられた契約書に調印」したのではなく、「吟味し、協議し、納得した契約書に調印」するのですから、この段階にきて「この条項がそんな意味だとは思っていなかった」という言い訳は、通用しません。
Step7 契約内容を履行する
調印したら、それを守ってください。
漫画やラノベの後書で、「締め切りは、過ぎてからが本番だ!」などと嘯いている大御所がいらっしゃいますが、そう言えるのは、契約書を交わさないからです。契約書に調印した以上、それは「自分との約束」です。「締め切りが×月×日」だというのなら、「それを守る」と自分で約束したから調印したんです。その時になって、「締め切りを延ばして!」というのは、立派な契約違反。違約金請求書付きで契約破棄されても、苦情は言えません。
また逆に、出版社側が契約内容と異なる行為を採ろうとするのであれば、それが契約に定められた手順でないのであれば、頑として拒絶してください。
例えば、タイトルの変更。これに関し、「事前に書面で通知し、作者の承認無ければしてはならない」と契約書に定められているのに、担当編集者の一存で「こっちの方が良いと思って変えました。ヨロ~」と言ってきたら。これは契約違反ですので、元に戻すように主張してください。「もう印刷に廻しているから出来ません」と反論されたのだとしても、その追加費用(再印刷費用、印刷済み分の廃棄費用、再印刷の特急料金、印刷所作業員に対する詫び料等)は、当然契約違反を犯した出版社側が負担すべきものになりますから。
繰り返しますが、契約は「自分のすべきこと」を纏めることです。「相手にさせること」ではありません。しかし同時に、「相手がすべきことを確認すること」もまた、契約に定める「自分がすべきこと」です。
だから出版社側は、たとえば「契約に定められた締め切りを、作者が守れる状況か」を期限前から確認します。同じように、作者側も出版社が契約内容について段階を踏んで履行しているかどうかを確認する必要があるのです。
「出版契約詐欺」の話もよく聞きます。が、「大手なら信頼出来る」と契約書の調印を後回しにしていたり、契約書の内容をよく吟味していなかったりというのがその殆どです。
「なろう作家」は、素人であり、一般人です。
けど、書籍化の打診を受け、出版契約を交わした段階から、一人の「事業者」になるのです。
なら、これも繰り返しになりますが、自分の事業は自分で守らなければなりません。その為のノウハウがなければ、エージェント、コンサルタント、或いは法律家などの助けを求めてください。
(3,987文字:2017/09/11初稿)