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ふと、視界の片隅に何かが映り込み思考を遮断した。


向いた先で一番に目を引いたのは髪型だった。

マサトさんよりも立派なフランスパン、もといリーゼント姿で黒にところどころ金が混じった髪色。


おしゃれなのか大雑把なのか、金の入り具合は左右均等ではなくランダムで、前に突き出た前髪は顔の上半分を隠してしまうくらいに盛り上げられていた。


ただ顎をツンと反らしてこちらを見下ろしているものだから、目尻をこれでもかというほど釣り上げた両目が残念ながらはっきりと見えてしまう。

右頬が少し腫れ口の端に絆創膏を貼ってるあたりますます不良っぽい。


学ランはちゃんと着ていたが捲りあげた袖からは見るからに筋肉質な腕が生えていて、その腕を前に組んで仁王立ちしている。

その驚く程の身長差を利用して威圧感丸出しでこちらを見つめていた。



 「誰だてめーは」


 地を這うような声にまた恐怖心がぶり返す。

さっきこちらに向かってきていたもう一人の声と同じだ。



どうしよう、なんかすごい怒ってる。


 マサトさんが私の視界を遮っていたので気付くはずもないのだが彼はずっとあそこに立っていたのだろうか。

あの形相で?だとしたらなおさら怖い。


 すぐに直視できなくなって俯くと、それがまた気にくわなかったらしく盛大に舌打ちを漏らした。



 「無視かよ。つかユウトてめえ思いっきり押しやがって、転ぶとこだったろーが」

 「え?---あーごめんごめん」

 「ごめんで済むか!ったく自分で呼んどいて」



 声を掛けられてユウトさんはノッポさん---180cmくらいだろうか、距離があるからおおおよそでしか分からないが---に向き直りまた先程と同じ飄々とした様子で手をひらひらさせた。



 私があの場から駆け出した瞬間、出入り口へ向かうことをいち早く察知したユウトさんはまだ事態の把握ができていなかった彼を押しのけて反対側から扉の前へ先回りしようとしたのだろう。


 なんの構えもしていなかった彼は見事に体勢を崩し結果この場に出遅れた、ということだろうか。

だとしたら彼にとってはとんだはた迷惑だったろう。


 彼が不機嫌そうに青筋立ててるのもそれが原因かもしれない。



 「だってほら、この子がいきなり走り出すもんだから。怖がらせちゃったと思って急いで謝りに行ったんだよー?」



 私を指差しながら言うユウトさんにノッポさんの注意はまた私へと向けられる羽目になった。



 謝りに来たなんて絶対嘘だ。

非難めいた目で見上げて睨んだがあいにくと私の精一杯の反抗には興味がないようで、まったくこちらを見てくれない。


 まあ嘘かどうかは置いておいても今のこの発言ようは彼の行動は私のためを思って行った行動でありなんの非もない、---つまりその発端となった私の責任なのだから仕方がないとうまい具合に回避してあまつさえ責任転嫁までしているんじゃないか?


 しかもそれを意図的に仕組んでいるような気がしてならない。

現にユウトさんは申し訳なさのひとかけらも感じさせない表情で言ってのけてるし、単純らしいノッポさんはまんまとそれに乗っかってますます敵意むき出しの眼でこちらを睨んでくるし。


 まったくもって不愉快極まりない話だ。

現時点最大の被害者は誰であろうこの私だということを、どうにかしてこの二人に知らしめてやりたい。




 ---なんて、出来るはずもない私はただこちらを穴が空くんじゃないかというくらいにガン付けてくるノッポさんから視線を合わせないようにするくらいが精一杯で、なんの反論もできないまま小動物よろしく俯いて小さく縮こまるだけだった。






 「ま、ユウトがこの子を驚かせちまったってのには非があるなぁ」

顔を向けるとすぐ側にパンチさんの苦笑した顔が。


 「そりゃ男に急に寄ってこられりゃ怖くなるもんな?」

 「えーなにそれ俺のせいっていいたいわけ?」

 「当たり前だろ」



 ポンと頭に手を置かれたが、その重みにいろんな意味が含まれているような気がして思わず涙が出そうになった。


 さすがに14歳にもなって会ったばかりの人たちの前でみっともなく泣き顔を晒すのには抵抗があったが、そんな私の心境を知ってか知らずかパンチさんは何も言わず置いた手をそのままに軽く撫でてくれた。



少し乱暴な手つきだったが、そのおかげで乱れた前髪が涙目になった顔を上手いこと隠してくれる。



 「ほんと、ヨっちゃんてば女の子にはやさしーよね」

 「女相手にする方がかっこわりーだろうが。そういうのは野郎だけで十分なんだよ」

 「お、さっすがー 軟派な男は言うことが違うね」

 「うっせ」



 ナンパな男ってなんだろ。軽い人ってことかな。


 確かに見た目はまんま不良だけど目鼻立ちはしっかりしててカッコいいし今までの接し方からすればこの中で一番まともだしやさしいし。かなり女の子にモテるのかもしれない。


普通の格好をすればもっと印象良くなると思うのに、少しもったいない気がする。

とはいってもどうせこの場かぎりの関わり合いだしそんなこと言ったら余計なお世話だろうけど。



 「おらダイキも、いつまで睨んでんだ」

 「---睨んでねーよ」


 横からため息が漏れる。

 「お前なぁ・・・おもっきしガン飛ばしてんじゃねーか」

 「---飛ばしてねー」

 「飛ばしてるっつーの」

 「うっせぇな、てめぇにはかんけーねぇだろが」

 「あぁ?」


 「まぁまぁ、しょうがないって。ダイちゃんはヨっちゃんと違って硬派な上にシャイで不器用だから。女の子の扱い方がてんで分からないんだよねー」


 「な、んだとてめぇ、誰がシャイで不器用だってんだよ!元はといえばてめぇの」


 「だーもうその話はいいだろうが、キリがねぇよ」


 パンチさんもといヨっちゃんさんは二人の間で苛立たしげにそう吐き捨てると乱暴に髪をかいた。



 端から見れば子供の言い合いのような稚拙さを感じてしまうのだがそれをしているのが怖そうでいかつい不良さんたちだからこそ笑えない。


 しかも自分がその渦中にいるもんだから尚更だ。

私の中にある良心やら罪悪感やらが枷を付けて後ろから突ついてくる。


 ヨっちゃんさんだってわざわざ気を使ってこの場をなだめようとしてくれてることが分かるし、そのせいで気分の悪くなるような険悪な空気を吸わせてしまっていることだって分かってる。

分かっているからこそ余計申し訳なくて何も言えず隠れて黙り込んでいる自分に腹が立った。



 私は一体、何をしているのだろうか。

下を向いて縮こまって、全然前を向けていない。これじゃ前と何も変わらないじゃないじゃんか。


 しっかりしろ、と自分を叱責して顔を上げるとすぐにダイキさんと目が合った。

 そのことに少し驚いた様子で目を見開いたがすぐさままた例の威嚇モードに切り替わった。




 「ぁ、あの」

 あたりが急に異様なくらい静かに感じられた。


 ユウトさんもヨっちゃんさんもなにも言葉を発しない。もちろんノッポさん---もといダイキさんも。




 「ご、ごめん、なさい。私…私のせいですよね、その…あの、帰ります。お邪魔しました」



 ちゃんと喋れなくて声も震えていたし、最後の言葉を言い終わる前に頭を下げてしまったためかなり早口で締めくくってしまった。

なんともお粗末な言い様。


 恥ずかしさと申し訳なさとがごちゃ混ぜになって早くこの場を離れたい衝動にかられた。

きっと赤くなっているだろう顔を見られないように顔は下げたまま、そのままドアノブを確認して今後こそしっかりと握った。



 あとはドアを開けて退散するだけ---そう思って体を反転させた瞬間、空を切った右腕を誰かが掴んだ。



 いきなりだったため反転させた体を途中で止める羽目になり、その反動で引っ張られた体は勢いを留めることができず後ろへと体が傾いてしまった。

やばい。


 一瞬の浮遊感と恐怖。

だが倒れる寸前だった体を片手一つで支えてくれた誰かさんのお陰でなんとか後ろに倒れこまずにすんだ。


ホッと胸をなでおろし、こうなった犯人とそれを抑えてくれた人が誰だったのかと思い後ろを振り返る。

 どちらも同じ人物だった。




 「おーあっぶない。倒れるかとおもったー」



 大丈夫?と悪びれた様子もなくにこやかに言うのはこの短時間で一番関わりあわない方がいいと思い知らされた人物。


 もはや癖なのかと思われる首を傾げる動作でこちらを伺い、そのあと今度は私の制服姿に目を止めた。



 「君さぁうちの学校の子じゃないでしょ?制服違うし。だから一緒にいこ?出口まで案内してあげるから」



 この場を素早く立ち去ろうとした私のささやかな計画を台無しにしてくれたユウトさんに少しばかりムッとしたが確かにそれも一理ある。


知らない学校の中じゃどこが出口かなんてすぐには分からないだろうし、もし先生と鉢合わせでもしたら今度こそ不法侵入で捕まりそうだ。


味方にするには不安要素満載の相手だけど、勝手知ったる人が傍にいてくれた方が何かと心強い。この上ない申し出だ。



 「じゃあ…あの、お願いします」



 快く、とまではいかなかったけれど、ユウトさんは満足そうに微笑み握ったままだった手を離した。


もしかして、断ったら離さないつもりだったのだろうか、と内心ヒヤリとしたが考えすぎだと改めた。



ダイキさんがため息を漏らしながら髪を一撫でしフェンス側へと歩いていく中、ヨっちゃんさんは何ともいえない神妙な面持ちでこちらを見つめていた。


 それに一瞬戸惑ったがヨっちゃんさんの肩越しにこちらを見つめるもう一つの瞳に気付き竦み上がった。


 肩を押されてユウトさんと屋内に入りドアが閉まるその瞬間までその視線が途切れることはなかった。

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