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自宅での通夜は思っていたより多くの人を招き入れ、いつもは静かな庭先も人の列をつくり思い思いの足並みで固く均された土をさらに固く踏み固めてくれていた。
父の通夜にそれだけの人が集まったことに驚きはしたものの、ここはそもそも父の地元だし近隣住民も地元人ばかりなのだから不思議なことでもないなと思い直した。
実際思った通りご近所さんが多くほとんどは年配者ばかりだったがその中に混じって何人かは私の知らない人たちもちらほら見受けられた。
年齢的にも父と似通った感じだったしおそらくは会社の同僚や友人達なのだろうが、みな一様に共通していたのは顔に張り付けた信じられないという声にならない言葉だった。
不慮の事故での死亡なんて大抵信じられない、受け入れられない死ではあるがそんな風に悼んでくれるのは父をそれだけ好いてくれていた証拠になる。
私はそれを横目で見ながら不謹慎にも嬉しく思ってしまった。
親しい人間の存在が父を人間らしくしてくれているようだったから。
ずっと父を避けて来た自分に今さらそんな事を考える資格はない気もするがそれでも、そんな些細なことにでも感情を動かせたことが彼の娘だとういう証拠につながっているみたいでとても嬉しかった。
全てのことに納得がいくまでにはきっと相当の時間や労力もかかるのだろうけれど感傷に浸ってこれまでの思い出やいろいろ渦巻いていた気持ちに一度終止符を打っておくのも悪くはない。
一段落つければ、少しは父と向き合う勇気もわいてくるのではないか。
そのための準備としてまずは前を向くとこから始めよう---そう思っていたというのにまさかこんな、こんなことあり得るのだろうか。
死んだはずの父と、再会することになるだなんて。
「なになにどーしたの二人して固まっちゃって」
いつの間に傍までやって来たのかユウトさんが横から声をかけてきた。
ハッとして横を向けば首を傾げたユウトさんが私と目の前の彼を交互に見ていた。
どれくらい彼と見つめあっていたのだろうか。
そう思って居心地の悪くなった私とは違い彼はそんなこと気にも留めていないようだった。
未だにこちらへ視線を向けていた。
また前を向いたら目が合ってしまうと思いそれを避けるためにそのまま横に視線をずらすと、その隣には眉を潜めたパンチさんが。
まずいこれ、結局囲まれてるじゃないか。
「顔、大丈夫だったか?」
「え、」
「思いっきりぶつかっただろ。もっと早く声かければよかったなぁ」
悪ぃ、と困り顔でほんの少し目元を下げた。
何この人、すごくいい人だ。
普通に心配されただけだったが見た目とのギャップが相まって、この瞬間パンチさんが私の中で物凄い善良な人だとというところまでに昇格された。
不良にもこんな優しい人がいるんだと内心感動している間にユウトさんは目の前の彼と親しげに会話していた。
来るのが遅かっただとかどこでサボっていたのだとか、ペラペラ軽口をたたくユウトさんとは対照的に彼は一言二言の短い返答を返すのみで目線は変わらず私に向けたままだ。
「ていうかさ、珍しいじゃんマっちゃんがぶつかってきた相手に啖呵切らなかったの。まあ事故みたいなもんだけどさーいつも睨みきかせるくらいするじゃん?」
どうかしたの?というユウトさんの声に私は思わずぎくりとした。
マっちゃん。
そういえば先程パンチさんたちの会話の中にもマサトって出てきた。ならやっぱり---
そろりと父の顔を仰ぎ見て、だけどふと、その時になって初めて違和感に気付いた。
先程は余裕がなくてよく見ていなかったが--父にしては若すぎないだろうか。
背も少し低い気がするし、第一制服を着ている。
脇に挟んであるのはスクールバックだろうか、ペタンコになった鞄が見える。
髪だって黒くない、金髪だ。
オールバックではないが前の方で巻いているみたい。なんだろう、昔流行ったことがあると聞いたリーゼントというものに少し似ているような。
「--別に。こいつが化けもんでも見るような顔してこっちを凝視してっから」
顎をしゃくってこちらを示すともう興味をなくしたと言わんばかりに横を向いてフェンスの方へ向かっていった。
先程の強すぎるくらいの目線が嘘のようにあっさりしていて思わずぽかんとしたまま彼の去っていく背中を目で追いかけた。
同じ名前、似すぎるくらいの容姿。でも彼は私のことを知らない。知らなった。その現実がありありとしていて、なんだか拍子抜けしてしまった。
ふーん。
横から声がした。
見上げてみると私と同じように彼を見つめているユウトさんがいた。
興味のなさそうな返事とは裏腹にその眼差しには何か感じ取るものがあったというような具合に顰められていた。
その様子に私も眉を顰める。
この短時間常に捉えどころのなかった彼には若干似つかわしくない人間味の帯びた態度だったから。