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信じられない思いで固まったまま彼を凝視していたが、彼にさっきの笑顔をもう一度向けられた瞬間唐突に雷が落ちてきたような衝撃が頭の中を駆け巡った。
この人全部分かってたんだ、私がここに隠れていたことを。
だから音も立てず気配を消して私の傍までやってきた。私にも、向こうの二人にも気付かれないように。
でも、なんで隠れてるのかが分からなかった。
それで話しかけてみて、私の表情や態度を見て察した。隠れた理由を。
屋上に入った瞬間に隠れる私の足音に気付いたのか、それとも気配で気付いたのかは分からなかったがなんにしてもその洞察力がすごい。
まして私が彼らを怖がっていることや気付かれるのを恐れていることにも気付いていて、その上で私の存在を彼等にバラした。
どう考えたって悪意100%の行いだ。
「あぁ?面白いもんってなんだよ」
勿体ぶった物言いに多少不満を滲ませた返事が返ってきたが、どうやら彼の言葉に興味を示したらしい。
言いながらこちらへ向かってくる足音が一つ。
もう一つは聞こえてこなかったからそこまで興味を持てなかったのか、あるいは傍観することに決めたのか、なんにしてもこちらに意識を向けてしまったことだけは確かだ。
近づいてくる足音がまるでこの後の私の運命を決めるカウントダウンかのように徐々に大きくなり私の心臓の音もそれに比例して大きくなっていった。
対してユウトさんはというと、質問に対する返答を自分の目で見てもらうまで明かさないつもりらしく彼の返事には何も返さなかった。
ただニコニコ至極楽しそうに怖がる私を見ながらねー、なんて同意を求めるような声を投げかけてきたので彼の中では人がいる、というところまではばらしてしまってもかまわないみたいだった。
「んだよ誰か隠れてんのかぁ?」
盗み聞きとはいい度胸じゃねーか。
先程よりさらに不満を滲ませた声が思ったより近く、すぐそこまで彼がきている事を知らせてくれた。が、その言葉を聞いて大半を占めていた恐怖の中にほんの少しだけ苛立ちを孕ませた。
別に好きで隠れていたわけじゃない。
気付いたらこの場所に放り出されていて何処だか分からず混乱しそうになる頭を必死に抑えながら頑張って事態の収拾をしていただけだ。それだけなのに。
知らない場所に知らない人たちが現れたら誰だって警戒して隠れるに決まってるじゃない。
そもそも先にここにいたのは私だ。後から来た彼らににこんな、からかわれたり責められたりするなんておかしい。
小さなモヤがどんどん広がっていく感覚がした。これは恐怖じゃない。怒りだ。
いくらこの人たちにとって面白い余興だろうと私にとってはいじめと何らかわらない。
一緒になってこんなバカバカしい余興を楽しむなんてまっぴらごめんだ。
怒りに勢いを任せて硬直していた足を無理やり動かした。
いきなり立ち上がったせいだろう、少しふらついたが目の前にいる彼の笑顔を消し去るには十分効果的だった。
驚きに目を丸くしたユウトさんを精一杯のにらみでお返ししてやるとそのままくるりと後ろを向いて走りだした。
「あ」
「あ?」
予想外の私の行動にユウトさんが驚きの声を上げたのと、ようやくこちらまでやってきたもう一人がユウトさんの態度を訝しんで声を出したのはほぼ同時だった。
その声を背後で聞きながらなんとなく彼らを出し抜いてやったような心持になりそれが勇気に変わってさらに背中を押してくれた。
その勢いを保ったまま私は反対側の角から身を乗り出し屋上の出入口に向かってまずはまっすぐ駆け出した。
必然的に向こう側にいたもう一人と対峙することになりその事実が一瞬足を鈍らせたが、どうせもう後戻りできないんだという現状と背中を押してくれたこのちっぽけな勇気を無駄にしたくないという一心で体を前へ押し出すことに成功した。
必死な形相で向かってくる私に気付き驚いた表情を見せた彼は黒髪の---たぶんパンチパーマというやつだろう、雑誌かなにかで見たことがある---とても今時の学生には見られない髪型をしていた。
先程のユウキさんはYシャツ姿だったから気付かなかったがここの学校はどうやら学ランを起用しているらしくパンチさん---この際ネーミングなんてどうだっていい---はその学ランを羽織って着用していた。
まさにザ・不良の出で立ちで出迎えた彼に若干顔が強張ったがとにかく今はこの屋上から脱出する方が先決。
なるべく彼の顔を見ないように下を向いたまま壁に沿って曲がりちょうど壁の裏側にあったドアまであと数歩のところまで来た。
あと少し、と思ったところでパンチさんの慌てた声が聞こえた気がしたがそっちに注意を向ける時間が惜しくてとにかくドアノブを掴もうと手を伸ばした。
その時、伸ばした先にあったはずのドアノブがなぜかひとりでに回った。
え、と思った時にはもう遅く咄嗟に上げようとした顔が入ってきた来訪者の胸に思いっきりぶつかった。
「ぶ」
衝撃で出た変な声に顔が赤くなったが自分の置かれている状況に気付いてすぐに体を離した。
思いっきり体当たりしたのに相手が微動だにしなかったのには驚きだがこの場合前をちゃんと見ていなかった自分に当然非がある。
謝ろうと口を開いて相手の顔を見た。
だが、声を発することは出来ず口を半開きにしたまま固まることになった。
目の前に、亡くなったはずの父がいたのだ。