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衝撃は、来なかった。
棺に当たる振動も頭に響くはずだった鈍痛も、派手な落下音も何も起こらなかった。
前に出した腕とついた膝に当たる無機質な感触と瞑った瞼に感じる陽の光、そして頬をなでる微かな風以外は何も。
体に起こるはずだった全ての事象が予想を大幅に下回っていたのに対し精神面での打撃は予想をはるかに上回った。
目を開けた先には、傍にあった棺も火の消えたロウソクも、まだ色の褪せていない畳も閉じた障子も開けたままだった襖もすべてなくなっていたのだ。
いや、消えただけでは済まされなかった。
視界に広がるのはコンクリートで出来た床と壁、錆びたフェンス、そして頭上に広がる青空だ。
「え、」
どこ。
口には出さなかったがご丁寧にその質問には鳴り響くチャイムが教えてくれた。
私はその聞き慣れたメロディでここがどこかの学校なんだと瞬時に理解することができたし、校舎内ではなく屋外で、しかもフェンスの向こう側を見る限り今いる場所が屋上であるということもチャイムが鳴り終わるまでには把握することができた。
どこの、というところが抜けているあたりまだ完全に場所の把握が済んだわけではなかったが今はそれよりもっと重大なテーマが残っている。
家が消えたこと。
そして何より夜が昼になってること。
100歩譲って瞬間移動ぐらいなら..、などと馬鹿げたことを考えてもみたが、いやそれでも時間の瞬間移動なんて超人技できてしまっているあたり躓いてから地面に手をつくまでの間---1秒もかからなかっただろうが---自分は何かとてつもない事に巻き込まれてしまったのかもしれない。
背筋がヒヤリとした。
かもしれないなんて、まだ自分の仮説に納得できていないことが見え見えの言い方だったがとりあえずはこのありえない現象にそこまでの解析が出来たところで、取り敢えずは深呼吸して気持ちを落ち着かせた。
それから今度はここがどこの学校なのかを調べることにとりかかった。
ふらつきながらなんとか立ち上がるとふと自分がローファーを履いていたことに気付く。
ちらりと浮かんだ夢遊病説に若干口元がひきつったが、一度そのことは頭の隅に置いておくことにする。
まずは手っ取り早く確認できそうなところまで歩いていこう。
どうやらここの校舎は小高い丘の上に立っているらしくフェンス越しからの景色はかなりのいい眺めだった。
これといった高い建物はなく閑静な住宅街が広がるその先にはおそらくは商店街のアーケードだろう、珍しい夕焼けのような映えた色合いをした半ドーム状の筒が横切るような形でまっすぐ伸びているのが見えた。
右手側には青々とした山々が広がり奥に向かってうっそうとして見えたが山桜によって春の訪れを感じさせる薄紅色が陰々たる印象を和らげてくれていた。
目を凝らせばそれに沿う形でのびている幹線道路や山と山の間をつなぐ線路が見え隠れしている。
そのまま視線を走らせると小高い丘と思ったこの場所もその山の延長線上であることが分かった。
反対側に顔を向けると左手には湾岸の漁港と船が点在しているのが見えあちらこちらでウミネコが飛び交いその上をトンビが旋回していた。
その先の海にも何隻か船が出ているのが見える。
港町---私が住む戸港町で間違いない。
自宅からの配置と比べて逆さまになっていること以外特に変わりはない。
真逆になっているからちょうど商店街を挟んだ向かい側に今自分はいるのだ。
いつも家の窓から見える山の麓のどこかだろう。
この町の中学校ならば私が通っている学校しか今は残っていない。
もっと自宅よりだが商店街を超えた住宅街の中に位置する。
それほど大きい学校ではないがここからでも校舎とグランドを見つけることができた。
いくら移り住んできた住民がいるからと言ってもそこまで子供の数が維持できているわけでもなく、その証拠に今町で機能している学校は港近くにある小学校が一校と私の通う中学校の一校のみ。
中学校といっても高校も兼ねている。
数少ない数人の中学生と高校生が同じ学校に通っている地方にはよくありがちな中高一貫教育のシステムだ。
その他の学校はもうずいぶん前に廃校になってそのまま放棄されていたり違う施設として役立てているようなことを聞いたのだが...
まだ使ってる学校なんてあったっけ?
高校なら自分の知らない学校があったかもしれないと頭をひねっているところで突如背後から錆びた鉄の音が響いた。