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 校門をくぐってからすぐに走り出し、そのままの勢いで坂道を下っていた。


 走る直前、気になって校門横にある校名を見返したがやはり聞いたことのない校名で書かれていた。

 「浜津高等学校」---珍しくも一貫校ではない、高校のみの学校のようだった。


 知らなかったとはいえ美連浜とよく似た名前の学校に妙な親近感を感じつつ、それでも今は親近感よりも変な焦燥感の方が勝っていた。


 走りっぱなしの足は重力とそれに加わる速度の二重の負荷で痛みに変わりつつある。

 つま先から速度の減速を脳に伝達してきていたが今はそんなことどうでもよかった。




 またね、と手を振った彼の背中に声をかけたのは、喉に突っかかってしょうがない小骨を取る時の作業と同じありふれた行為だったと思う。


 ただの私の馬鹿な勘繰りで済めばそれに越したことはないし、そのまま清々しい気持ちで校門を抜けることだってできた。


 それに、変なオカルトチックな現象を脳裏に置き去りにしたまま家に帰りたくはなかった。


 不思議そうに振り返る関口さんに尋ねたのはマっちゃんの名前。

 同じ黒崎さんがたしかにマサトという名前なのかどうかという疑問。



 ---聞かない方がよかったのかもしれない。




 坂を下り終わり一時立ち止まるとボサボサに乱れた髪を耳にかけながら方向を確認する。

 商店街へと続く道を選んで走りだした。



 単純明快に言えば答えはYESだ。


 ダイキさんとヨっちゃんさんが言ってたマサトがイコールマっちゃんだったという立証になった。

 でも話はそこで終わらない。

今まで見てきた関口さんの完璧スマイルの中で一番寒気のする衝撃発言が待っていた。


 (同じ黒崎として興味がわいちゃった?マっちゃんはねーマサトっていうんだけど)


 指でなぞった文字はとても簡単で分かりやすいものだった。


 (たしかこんな字。野郎の名前なんていちいち漢字まで覚えちゃいないけど---マっちゃん簡単な字だからさ)


 覚えやすいでしょ?

 そう言っていた関口さんには悪いが覚えずともその名前は既に頭の中にインプットされている。忘れられない、特別な名前。



 黒崎、正人。





 細くくねった道を駆け抜けると商店街の通りに出る。

 あちこちの店先から声が飛び交い音であふれかえっていた。今日は珍しく賑やかだ。


 昼を過ぎて今日上がったばかりの魚が未だに残っているらしい。鮮度が落ち始めた商品を何とかさばこうと店主が価格交渉に乗り出しているのが見えた。


 自然とその様子をうかがっていたが妙なことに気付く。



 あそこはよく買い出しに行くお店だ。安売りした魚介類は先にあるスーパーのものよりずっと新鮮だから。


 ---確か老夫婦できりもりしていて顔なじみの私でも会うのは接客担当のおばあちゃんだけ。齢78歳。

 今声を張り上げているおじさんは誰なんだろう?親戚の人かな?


 普段から腰が悪く座っていることの多かったおばあちゃんが、もしや体調を悪くして店先に出られなくなったのかもしれないと心配になった。

ちょっと聞いてみようか。



 ぐるぐると思考を巡らしてからそれより今自分がしなければならない事が何なのかを考え、頭から切り離すことにした。


 いや、もしかしたお母さんが何か知ってるかもしれないし、後で聞いてみればいい。

 とりあえず、今は早く家に戻ろう。


 魚屋から目を離し、そのまま通りを横切ってまた脇道に入り込んだ。





 ---第一、こんなこと本当にあり得るのだろうか。

 こんな閉鎖的な小さな街で、今まで誰も気づかず噂話にもならなかったなんて。


 どう考えても同姓同名、しかもそっくりさんなんてドッペルゲンガー説の生き証人だろう。良い恰好の話題話になるに決まっているのに。


 例えばあの黒崎さんが---同じ苗字だとなんかややこしいな---仮に違う町から登校してきているとして、馴染みがないからとかでこの町ではどこにも立ち寄ることがなく、自分の町まで真っ直ぐ帰るという人であればあり得なくもない……



 とはいっても、電車で来ているのであればまず町まで下りて、それから港方向へ向かわなければばならないからそこへ続く商店街は必ず通らなきゃいけない。


 山間に見える線路は残念ながらこの町を通過してトンネルに入り、さらに先の利用客の多い駅までノンストップだ。

 あるのは海岸線沿いを通るローカル電車のみ。


 そこを利用するために学校との間を行き来してれば誰かしらこの街の住人の目にとまるはずだ。もちろん、私だって。



 じゃあ車での送り迎えつきか、と今のところ有力候補の予想はしかしあまり自信がない。

 失礼かもしれないがあの風体ではおとなしく車で移動させられるような人には見えなかった。




 慣れた感覚でアリの巣のように分かれる道を迷わず進んでいくと芝で覆われたちょっとした駆け上がりにたどり着いた。


 ここを上がると小さな公園がある。

 公園といっても滑り台、ブランコ、砂場がちょこんと置かれてあるだけのささやかな広場で、昼間でも人がいることはあまりなく、たまにブランコに座ってそこから見える海を眺めるのが私のお気に入りだった。


 階段は使わず踏ん張って上っていくと、ここでも賑やかな声が響いてくる。


 どうやら子連れの団体さんらしく、大きな桜の木を木陰にして小さな子供を連れたお母さんらしき人たちが会話に花を咲かせているのが見えた。


 子供達は抱っこされていたり退屈そうに地面に絵を描いていたりと様々だ。



楽しそうにトーンを上げて喋る声が私の侵入と視線によって一時止む。


 何人かの視線とかち合ったがその目から伝わってくる探るような視線に場違いな所にでも来てしまったかのような居心地の悪さを感じた。


 いたたまれなくなって急ぎ足で公園を抜ける。




 見かけない人たちだった。

 あんな小さな子供連れてたらすぐ印象に残りそうなんだけど……最近引っ越してきたのかな。でもそんな話全然聞いてないし---



 公園から離れまた一人きりになる。

 父と黒崎さんの不可思議な一致の事ばかり気にかけて突っ走ってきたからあまり気にも留めていなかったが、ここに来て初めてその違和感に気付いた。


 なぜか、ここまでの道のりで知っている人と全く出会わなかった。一人もだ。

 いつもだったら商店街でも近所でも誰かしらすれ違ったり声をかけられたりするはずなのに、会ったのはどれも皆知らない人達ばかりで、顔見知りすらいない。


 どうして?




 急に沸き起こってきた底知れない不安に足が絡み取られて前へ踏み出せなくなる。遅くぎこちなく、徐々に運びが悪くなっていった。


 それになんだか町の雰囲気もおかしいじゃない?行くとこ行くとこ人が多くて賑やかで、活気づいてる様子だった。私の知ってる街じゃないみたい。まるで---




 脚が止まった。走ったせいか、火照った体を汗が伝い俯いた顔にも一筋流れていく。

 疲れ切った脚がじんじんと震えた。



 (まるで、知らない街にいるみたいな)


 顎を伝った滴が地面に落ちていった。

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