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 「今の予鈴だね」


 ローファーを片手に階下へつづく階段を降りる途中、二度目のチャイムが鳴った。


 おそらく独り言だろうユウトさんの呟きに今何時なのかと聞いてみれば、そんなことも知らなかったのかと言いたげな目をされてしまった。


 ここで変に追及されたらそれはそれで面倒になるかもしれないとも思ったが特にそれにについては追求されることもなく、次のチャイムが鳴ったら午後の授業が始まるのだと親切に教えてくれた。



 棺にぶつかりそうになったあの一瞬の中、おおよそ半日程度の時空間旅行でもしてしまったのかと呑気に感心してしまう。


 というか今隣を歩いているユウトさん含め屋上に残ったあの三人は授業に出なくていいのだろうか。


 強面のダイキさんは確か---カズコさんとかいうおそらくはこの学校の教師だろう人に言われて授業に出なければならないようなことを言っていたような……


 あの雰囲気じゃとても出席するようには見えないけれど、そんな気分任せで大丈夫なのかとちょっと心配になってしまった。


まぁ余計なお世話だろうけど。



 だがしかし今の予鈴を聞いて慌ててこの階段を駆け下りてくる三人の姿を想像するとそれはそれでちょっと面白い。


 少し想像して笑いを堪えながら一階を目指しているところで3度目のチャイムが鳴り響いた。

 ここに来て3度目のチャイムだ。


 「その制服、見たことないんだけどどこの学校なの?」

 「あ、美連中です。商店街の先の」

 「美連浜中学のこと?あれ、そんな制服だったっけ」


 記憶を辿るかのように上へ視線を流し数秒考え込む素振りを見せてからすぐに別のことへと思考が向いたらしく「あ」と声を漏らすのが聞こえた。


 「てことは中学生なんだ。なるほどねー道理で」


 含みを持たせた物言いについユウトさんの顔をまじまじと見つめる。

 おもむろにこちらへ向けられた目は面白そうに細められていて、その意味深な反応に若干距離をとった。


 あからさまな対応に気を悪くさせたかもしれないと思ったがそんなこともなかったらしい。

 むしろその反応が期待通りだとでも言いたげにいきなり噴き出して笑うものだから余計距離を置いてしまった。


 「っ、いや、変な意味じゃないよ。あんまり初々しい反応でさ、かわいかったから……ねぇ?」


 甘い顔をしたユウトさんについ顔が赤くなるが、冷静になって言葉の意味を考えてん?となった。


 初々しい、かわいいってさっきの悪意100%でできた行いに対する私の反応を指して言っているのだろうか。

困り果ててオロオロしている姿のことを。


 だとしたらこの人、相当のサディストじゃないか。困ってる人見て可愛いだなんて。

 ---もしかして、今も私がどんな反応をするのか気にしている?からかってるのだろうか。


 私だって、いつまでもこの人の手のひらの上で踊らされるのは癪だ。

 その手には乗るまいと決め込みあくまで無反応に徹することにした。



 シャキリと顔を正して前を向く。へぇそうなんですか、とだけそっけなく答えると隣でユウトさんが不思議そうに首を傾げた。


 「オレなんか気に障ること言った?」

 「いえ、別に」


 とげとげした言い方になってしまったが向こうもそう?と返しただけでそれ以上何も言ってはこなかった。

 空気を読んでるのか、それとも単に気付いていないだけなのか、よく分からない人だ。





 静かな校舎の中、黙々と二人で歩きようやく昇降口までたどり着いた。


 外に出た瞬間なんとも言えない達成感に胸が包まれたのはきっと先程までの一部始終を思い出の一部として片づけられる安堵感と、ここにいる道化じみた兄さんとおさらば出来る解放感からきているに違いない。



 すがすがしい気持ちで最後に下駄箱のある屋内へ振り返るとユウトさんが私の心境に合わせてるかのようにニコニコしていた。


 「んじゃ、オレは戻るから」

 「はい、ありがとうございました。案内してもらって助かりました」


 ぺこりとお辞儀をすればいえいえーと軽い返事を返してきたが、なにか思い立ったようにわざとらしく拳をポンと手のひらに打ち鳴らした。


 「あ、じゃあせっかくだしお礼してもらおっかなー、今度一緒にお茶でもしよ?」


 例の首を傾げるポーズでの要求につい可愛いなと思ってしまったが、もちろん要求を呑むわけにはいかなかった。

今度というやつはこないに限る。


 お世辞まじりの愛想笑いで「じゃあ今度お会いした時に」などと遭遇しないことを祈りながら心にもないことを言った。


 「名前言ってなかったよね?オレは関口優人。関所の関に口って書いて、優しい人でユウトだよ」


 指で「優」と「人」の文字をなぞって説明する。

 よろしくねーだなんて言われたが「優しい人」とは、失礼ながらなんのジョークかと思ってしまった。


 「えっと……私は黒崎千笑です。色の黒に山へんの方の崎で、名前は漢数字の千に笑うで千笑」


 あまり素性を明かしたくないという思いもあったがこの場合仕方がない。


 自分だけ名乗らないで切り抜ける方法なんてなさそうだし、偽名を使うなんて根性もない。礼儀に反するようなことはしたくないしね。


 例にならって私も、一応フルネームでジェスチャー交じりの説明を加えてみるとユウトさん---関口さんは名前を復唱して「かわいい名前だね」と褒めてくれた。


 「苗字黒崎なんだ。マっちゃんと一緒だね」



 マっちゃん。


 頭の中で何かが鳴り響いた。耳鳴りのような、耳障りな音。

 不審がられないよう努めて冷静さを装ってみせたが実際、どうだったかは定かじゃない。



 「---そうなんですか」


 口から勝手に出た言葉は独り言のように小さかった。


 震えなかったことにはホッとしたがいつまでもその言葉が昇降口に響きわたっているような気がして落ち着かない。

いや、響いているのは頭の中だろうか。


 「まぁ黒崎なんてそんな珍しい苗字でもないしね。でも覚えやすいから助かるよー」


 不審がる素振りを見せなかった関口さんにようやく音が鳴り止んだ。

 そのことに安心からか少し笑みがわいてきたので紛らわす意味も含めてそれは良かったと、なるべく軽いノリで微笑み返した。


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