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従妹と親友が内緒話を

「ただいまー。今日は麗奈の引っ越し祝いってことですき焼きの材料を買ってきたよ」

 玄関に入ってそう声をかける。だが、リビングの明かりがついているにもかかわらず、返事は何も聞こえてこなかった。

 帰ってくるのが遅かったから寝てしまったのだろうか? でもまだ六時だし、さすがに寝たりはしてないよな? 俺はひっそりとした足取りでリビングに近づいていく。

 扉に手をかけたところで、リビングから二つの声が会話しているのが耳に入った。

 もしかして両親のどっちかが早く帰ったのだろうか。それで麗奈と話でもしてるのだろうかと思い、なんとなく扉を開けるのを躊躇い、話に耳を傾けてみる。

「……えのほとんどに……監視か……くし終わった。後は……」

「それ……ばれずに……」

「大丈夫。その点は……、……ちがその気ならわ……」

「……もちろん。……裏切ったりは……」

 ?

 一体何の話だろうか。まるで誰かに聞かれるのを警戒するかのように、ひそひそと小さな声で話している。

 話している内容はよく聞き取れないが、とりあえず一人が麗奈であることは間違いなさそうだ。もう一人もすごくよく聞いたことがある声なのだが、というかついさっきまで聞いていた声な気が……。

 俺は首を捻りながらも、扉を開けてリビングの中に入って行った。

 中にはテーブルを挟んで、麗奈と蒼真が真剣な表情でひそひそ話をしている姿があった。

「えーと、何で蒼真がうちにいるの?」

 二人は相当話に熱中していたらしく、俺がリビングに入ってくると驚いた表情で見返してきた。が、すぐに笑顔になり、今までの深刻そうな雰囲気とは打って変わって明るく話しかけてきた。

「ああ誠司、帰ってきたんだね。悪いけどお邪魔させてもらってるよ」

「お兄ちゃんお帰りー。あ、もしかして今日の夕飯ってすき焼き? せっかく蒼真さんも来てるし、三人ですき焼きパーティだね!」

 ついさっきまでのことをなかったかのように、あからさまな態度をとってくる二人。怪しさ百パーセントだが、おそらく聞いても答えてくれないだろうから特に追及はせずに頷いた。

 まさか俺を落とし入れるような会話をしていたわけではないだろうし。

「うん。今日は麗奈の引っ越し祝いってことですき焼き用意したから。もちろん蒼真も食べていっていいよ。じゃあ二人とも皿とか用意しててくれるかな。俺も手を洗ったらすぐ準備に取り掛かるから」

「「はーい」」

 俺の言葉に素直に従い、キッチンにある食器棚に向かう二人。

 むぅ、やっぱり怪しい。


「いっただっきまーす!」

 ぐつぐつと鍋の中で煮えるすき焼きを前に、麗奈がはしゃいだ声でいただきますを言う。

 普段は食事に無関心な蒼真も、今は機嫌がいいのかニコニコ顔で鍋を突っつている。

 二人の機嫌が素晴らしく良さそうなのは結構なことなのだが、やはりさっきの会話の内容が気になる。

 俺はさりげなさを装いつつ、十分に煮えた肉を卵に浸しながら言った。

「それにしても蒼真が俺の家に来てるとは驚いたよ。家に帰りたくないから部室にいたはずなのに、話が終わった途端に出て行ったからさ。てっきり親と仲直りする策でも考えついたのかと思ったけど、こういうことだったんだね。でも俺の家に来るのなら、何も先に一人で向かわずに、一緒に帰ろうって誘ってくれればよかったのに」

「ごめんね。つい誠司が驚く顔を見たくなったからさ。それに、麗奈ちゃんとも二人っきりで話してみたかったし」

 白滝を口でムニムニと噛みながら、笑顔で蒼真が答える。

 てっきり麗奈と二人っきりで話していたことは話題に出されたくないだろうと思っていたのだが、この笑顔を見るかぎりどうやらそうでもないらしい。

 最近ストーカー被害(?)に会っているせいか、少し疑り深くなっているのかもしれない。俺は親友と従妹を疑いの目で見ていたことを反省しつつ、軽い調子で尋ねた。

「俺をのけ者にして二人っきりで会話するなんて、一体何の話をしてたんだよ。まさかとは思うけど蒼真、麗奈に気があるんじゃないだろうな」

「あはは、麗奈ちゃんは可愛いと思うけど、恋愛対象としては見てないよ。それにそういうことだったら誠司に黙ったりなんかせず、告白が成功するよう協力を仰ぐだろうし」

「私も蒼真さんのことは嫌いじゃないけど、すでにお兄ちゃんと契約を交わしてるから付き合うのとかはちょっと。実際さっきしてた話だってたいしたことじゃないんだよ。親と喧嘩しててしばらくは家に帰りたくないから、この家に泊めてくれないかって頼まれてただけのことでさ」

「そうそう。基本的にこの家は誠司一人だし、最初は適当なタイミングで誠司の家に泊めてもらうよう頼むつもりだったんだけど、麗奈ちゃんが来てるっていうから。麗奈ちゃんも年頃の女の子だし、突然あまり交流のない男が泊まりに来たら困るかもしれないと思って、先に確認しておきたかったんだよ」

「なるほどねぇ。でもそのくらいだったら俺が一緒にいても問題なかったんじゃない?」

「それはそうだけど、さっきも言ったように誠司をびっくりさせたかったていうのもあったからね。一石二鳥の発案だったわけだよ」

「もし私に断わられてたら、今頃部室に逆戻りだったかもですね」

「まあ蒼真は机で寝るのは慣れてるし、最悪それでも問題ないよね」

「いやいや、机で寝るのも悪くはないが、布団の魅力に比べたら月とスッポン――いや、太陽とマッチぐらいの差があるから。いいかい誠司、布団っていうのには魔力があってだね……」

 いつの間にやら話題はそれ、蒼真が滔々と布団のすばらしさについて語りだした。

 蒼真の布団談義を聞きながら、しばらくの間適当に相槌を打って、すき焼きを咀嚼する作業を行う俺。が、ふとある言葉を思い出し、再度話を戻してみた。

「そういえば、二人が話してたとき『裏切り』って言葉が出てなかった? 蒼真がうちに泊まるって話と関係なさそうな、ちょっと不穏な単語だけど。ああそれと、そもそも何でひそひそ声で話してたの? あの時誰か周りにいたわけでもないのに」

 途端、人が変わったように二人が黙り込んだ。そして、お互いに視線を幾度か交差させた後、探るような視線で俺を見つめてきた。

「あのさ、誠司はどの程度俺と麗奈ちゃんの話を聞いてたの?」

 唐突に緊迫した雰囲気で迫られ、俺は体を縮み込ませながら答える。

「え、いや、どの程度って言われても……。断片的に単語が聞き取れただけで、どんな話をしてたかは全然分かんなかったし……」

 この答えであってるだろうか? というかこれが事実なのだからこれ以上答えようはないのだが。俺は不安げに二人の顔を交互に見つめた。俺が答えた後もしばらくは探るような視線を続けてきたが、それ以上何も言わないのを見て、二人同時に肩の力を抜いて笑顔を見せてきた。

「そっか、それなら別にいいんだ」

「うんうん、もうお兄ちゃんたら心配させるようなこと言わないでよ」

「ご、ごめん……」

 結局俺はそれ以上(怖くて)その話を持ち出すことはせず、残りの時間は作り笑いを顔に張り付けて過ごした。


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