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怪しい人ばかり

「で、いつの間にかストーキングをしているかどうかを探り出すのを諦めて、愛の告白を切り出した結果はどうなったわけ」

 やや、というか完全に皮肉った口調で蒼真が言った。

 返す言葉もないとはまさにこのことであり、俺は顔を赤らめてうつむいた。

 成り行きから野村さんに告白してしまった次の日の放課後。俺は部室にて昼寝(?)をしていた蒼真に昨日の話をしていたのだった。

「俺だって告白するつもりなんかなかったさ。ただ、どう聞けばストーキングしているかどうかを聞き出せるか考えてたら……」

「告白することになったと? まあ俺には関係ないことだし、別にどうでもいいんだけどさ。で、結果はどうなったの。告白成功? それとも失敗?」

「……保留」

 俺はうつむいたままぼそりと呟いた。

 昨日、決死の告白をした俺だったが、野村さんからの答えは「考えさせて」、というものだった。まあ至極当然の反応な気もするが、とにもかくにも保留ということになったわけだ。まあ否定されなかっただけよかったといえるはずだ。

 蒼真はそんな心の葛藤を全く気にせず、眠たげな目で話の続きを促してきた。

「保留ねぇ。まあバッサリと断られなくてよかったね。それで、それはそうと誠司的にはどうだったの? 野村さんが誠司をストーキングしていた犯人だと思う?」

「うーん、たぶん違うと思うんだよなぁ。もし野村さんが俺のことをストーキングしている犯人だったら、俺の告白を断らなかったと思うし」

 俺の部屋で二人っきりになった時も、別段そわそわしている様子もなかったし、特に怪しいそぶりもしていなかった。野村さんが俺のことを嫌いでないことは事実……だと思う。でもそれはストーキングを行おうとするほど強い思いではないだろうし、野村さんのイメージからはかけ離れているように感じた。

「やっぱり石持部長が言っていたようにあの時の不良の誰かがやってるんだよ、きっと」

 この結論自体はあまり喜ばしいことではないが、クラスメイトを疑って生活するよりはましな気がする。

 俺が一人この結論で納得しようとしている中、蒼真はいぶかし気な表情で虚空を見つめていた。

 不意に、顔を俺に向けると、蒼真は口を開いた。

「その結論はおかしい。誠司が学校でも視線を感じている以上、不良が犯人だという考えは間違っている。それに、ストーキングの目的がまだわかっていない以上、野村さんが犯人だという考えも捨てきれない。ないとは思うけど何らかの恨みからストーキングをしている可能性だってあるんだから」

「へ、いや、恨みって……。俺、野村さんに恨まれるようなことはしてないと思うけど」

「あくまで仮定の話だからそんなにビクビクしなくていいよ。ただ、野村さんが白だと決めつけるのはまだ早いってだけの話。ところでさっきの話に出てきた誠司の従妹の麗奈ちゃん、結局何で誠司の家に来ていたわけ?」

「ああ、なんかよく知らないけどこの近くの学校に転校してきたらしいんだよ。それで交通費とかもろもろを考えた結果、俺の家に住むことが決まったらしい」

 寝耳に水な話だが、いつの間にやら両親間ではそれらの話し合いが行われていたらしい。俺にその話が一切伝わっていなかったのは、麗奈がサプライズしたいから内緒にしてくれと頼み込んだのを、律儀にも母さんが守ったためである。

「野村さんが帰ってからその話を聞かされてさ。かなり驚いたし転校の理由とか聞こうとしたんだけど、麗奈がその話よりも俺と野村さんの関係についていろいろ質問してきちゃって。どうして告白したのとか、何が気にいったのとか、いつから気になってたのとか。ほんと、昨日は大変な一日だったよ」

「ちょっと待って。誠司はわざわざ麗奈ちゃんに自分が告白したかことを話したの?」

 いつもの眠たげな目が、少しだけ覚醒し始めている。蒼真のこんな目を見るのってなんか久しぶりだなーと感じながら、俺はその質問に答えた。

「ああ、どうだったかな? 確か野村さんが帰ってすぐ、麗奈が俺に飛びついてきて。そのままどうして告白したのかを質問されて……? あれ、そういえば俺が話す前から麗奈は俺が告白したことを知ってたのかな? もしかして部屋の外で立ち聞きしてたのかも」

「野村さんとの話は誠司の部屋で行ったんでしょ。あの部屋の防音性はかなり高いから、相当大きな声で話でもしない限り、部屋の外からじゃ中の声は聞こえないはずだ。ドアを開けたまま会話してたの?」

「いや、ドアはちゃんと閉めたはずだけど。でもそうすると麗奈が部屋での会話を知ってたのはおかしいのか。じゃあ閉めたつもりでも少し開いてたのかな?」

 謎だ。確かにドアは閉めていたはずだが。というか、そもそも人に聞かれたくないから俺の部屋にしたのに、ドアを開けたままにしておくなんてことあるだろうか? そこまでずぼらな人間のつもりはなかったけど。ちなみにだが、蒼真と俺は幼馴染なだけあってか、家もかなり近い。そんなわけで、よくお互いの家を出入りしていたから、自分の家のように互いの家を知り尽くしている。

 改めて首をひねる俺を見て、蒼真はめんどくさそうに小さくため息をついた。

「そうなると、少し考えを修正した方がよさそうだな、面倒だけど。念のため聞いておくけど、その日はそれ以上変なことは起こってないよね?」

「変なことは起こってないけど……。でも夜に橋本さんから電話がかかってきたよ」

「橋本さん? それって誰? 誠司のクラスメイト?」

「うん。俺のクラスメイトで野村さんの親友かな。そうそう、俺が野村さんに直接聞いてみようと思うきっかけを作ったのも橋本さんなんだよ」

「はぁ、またややこしくなりそうだな。そこのとこ、7もう少し詳しく話してくれない」

 かくかくしかじか。改めて昨日の出来事を話す。

 昼休み中に声をかけられたこと。その際に、野村さんが俺のことを隠し撮りしているようだと聞かされたこと。そして夜、野村さんとどんな話をしたのか電話で聞かれたこと。これからもうまくいくように、野村さんとの仲を取り持ってくれると言ったこと。

 一通り話し終えると、蒼真は頭に手を当てて大きくため息をついた。

「その話、もっと早く聞いておきたかった。いや、やっぱり全然聞いておきたくなかったかな。別に大した話じゃないと思ってたのに、想像の数倍は面倒なことになってるみたいだね。ああ、もう考えるの疲れるし、寝てていい?」

「いやいやいや、そんな思わせぶりなこと言われたら気になって俺が寝れなくなっちゃうよ。というか蒼真は家帰らなくていいの? こんなとこで寝てたら体痛めるよ」

「今親と喧嘩してるから家に帰りたくない。それと誠司が眠れなくても俺が困ることはない。というわけでお休み」

「ちょっ、本気で寝るつもり! そうだ、今俺の身に起こっていることを説明してくれたら、今度蒼真が大好きなサーティスリーのアイスクリーム奢るからさ」

「……仕方ないな」

 机から体を起こし、蒼真が再び話す体勢になる。蒼真は基本的に寝ることを何よりも優先しているが、ここのアイスだけは別らしく、寝るのを我慢してでも食べたがる。別段甘いものが好きではない彼が、どうしてサーティスリーのアイスを食べたがるのかはいまだに謎だが、頼みごとをする際にはとても便利なので深く掘り下げないようにしている。

 蒼真はどこから話したらいいかをしばらく考えた後、指を三本立ててみせた。

「あくまでこれは誠司から聞いた話を基にしている。だから、もし誠司が俺に話し忘れていることがあったりすれば、結論は簡単に揺らぐ程度のものだ。要するに、あくまで参考程度に聞いてくれってこと。とりあえず、考えられる可能性は三つ。一つは、野村さんが誠司をストーキングしているというもの」

「やっぱりまだ野村さんがストーカーの可能性もあるんだ……。でももしそうなら、どうして野村さんは俺の告白を受け入れなかったの? さっき蒼真が言ってたけど、俺に恨みがあるからなのかな?」

「別に恨みとは限らないよ。というか自分で言っておいて何だけど、その可能性は限りなく低いと思う。不良から救ったのに恨まれるなんてそうそうあり得ないだろうしね。それよりも、別の可能性として、野村さんは異常なほどに誠司に惚れているという考えがある」

「異常なまでに惚れている? それってどういう意味?」

 他人から好かれた記憶などほとんど持ち合わせていないのに、異常なまでに惚れられるって、全く想像ができない。というか、異常だろうが正常だろうが惚れているのなら、俺からの告白の言葉を保留にしたりしないと思うのだが。

 いまいちピンと来てない俺に、蒼真は憐れむような視線を向けてくる。

「橋本さんって女子の話が本当なら、野村さんは誠司のことを隠し撮りしていたってことだ。それも一回程度じゃなく何十回も。それに誠司に告白されたときに彼女が言っていた言葉。自分を卑下するという以上に、誠司のことを過大評価しまくってる。要するに、誠司のことを神格化さえしているかもしれないってこと。だから、恐れ多いから断った。まあある意味野村さんが言った通りのことだね。自分はあくまでご尊顔を拝ませてさえくれればいい、付き合うなんて恐れ多いことまでは考えてない、とか」

「……もしそうだったら俺、どうすればいいの?」

「そんな不安げな顔で俺を見つめるなよ。最初に言ったろ、あくまで参考程度だし、本気にする必要はないって。とりあえず、これが一つ目の可能性だ」

 そう言って、誠司は指を一本下す。立っている指はあと二本。俺は息を殺して蒼真の言葉を待った。

「もう一つは、ストーカーは複数いるというもの。具体的に言うと、学校内では野村さんが、学校外では麗奈ちゃんが誠司を見ていたということ」

「ああそっか。視線を感じてるとはいえ、その視線がすべて同一人物とは限らないのか。でも、何で麗奈の名前が出てきたの? 学校外で俺のことをストーカーする人がいるとしたら、それこそこの前会った不良の誰かなんじゃない?」

「その可能性もないわけじゃないけど、麗奈ちゃんが誠司のストーカーであるという考えの方がしっくりくる。俺が麗奈ちゃんに会ったのはもう数年前の話だけど、あのころから誠司にはかなりなついていたからね。よくは覚えてないけど、闇の契約云々を結んだって喜んでたと思うし」

「わー! その話はもういいんだよ! 確かに麗奈とは昔から仲良かったです! はい、それで終わり! それに最近は全然会ってなかったし、麗奈が俺ことをストーキングしてるなんて」

「でも誠司の話を聞く限りでは、今でも麗奈ちゃんは誠司にべた惚れのようだし、十分にあり得ると思うよ。まあそれはともかく、誠司と野村さんの会話が彼女に漏れていたのが気になる。念のためではあるけど、家に帰ったら一度部屋の中を捜索してみたほうがいいと思うよ。もしかしたら盗聴器が見つかるから」

「ははは、蒼真でもそういう冗談いうんだな。あの麗奈が盗聴なんてするわけないじゃないか。麗奈に隠し事なんてほとんどしてないし、わざわざ盗聴する必要なんてないよ。でも、視線の送り主が二人以上いるっていうのはあるかもね。さすが蒼真、頭良い!」

 そう茶化す俺に比べ、蒼真の表情は険しい。だが、蒼真は反論しようとはせず、指をさらに一本下した。これで立っている指はあと一本。今の二つ以外にどんな可能性があるのだろうかと、俺も少しは考える。

 だが、俺が考えつく前に蒼真は口を開いた。

「最後に、橋本という女子が誠司をストーキングしているというもの」

「え、なんで橋本さんの名前が出てくるの? 確かに昨日少しは話したけど、基本的にほとんど関わりとかないよ?」

「理由は分からない。ただ、昨日の彼女の行動を考えるとそういう可能性も浮上してくると思っただけ」

「そうかな? 俺にはわからないけど、どんなところからその考えに至ったの?」

「まずは野村さんのスマホを見せてもらっている際に、名無しのフォルダ――誠司の隠し撮りフォルダ――をあっさりと覗けている点。野村さんが仮にストーキングをしているにしても、他人にはばれないようにやっているはずだ。それは誠司の前での態度や、そもそもスマホの待ち受けを誠司の写真にしていなかったことからも分かる。だとしたら当然、誠司の隠し撮り写真の入ったフォルダにロックをかけておいたはず。一体どうやって橋本さんはそのフォルダを覗いたのか?」

「それって単にロックし忘れてたんじゃないの? 普通に最初の画面に移行するまででロックかかってると思うし、あまり気にしてなかったんじゃないかな」

「もちろんその可能性もある。でも、他にも怪しい点があるんだ」

 そう言うと、蒼真は話し疲れたのか大きく伸びをして椅子から立ち上がった。そして体を左右にひねった後、教室に備えつけられている丸時計に目をやった。

「だいぶ時間たったな。そろそろこの話も終わりにしたいし、手早く言っていこうか。俺が思う怪しい点としてはもう一つ、昨日の夜どうして橋本さんが誠司に電話してきたのか、及びなぜ野村さんと誠司が話したことを知っているのかという点だ」

「別に不思議なことでもないだろ。野村さんが橋本さんに昨日のことを電話で相談したのかもしれないし、そもそも橋本さんも俺と同じクラスだから、俺が野村さんに話しかけたのを見て推測したのかもしれないし」

「そうだね。誠司が言うならそうなんだろう。ただ、仮説の一つとして考えついただけだ。あり得ないと思うのなら気にする必要はないよ」

「なんかそう言われると気になるんだけど……。というかどうして橋本さんが俺なんかのストーキングをするんだよ? さっきも言ったけど俺と橋本さんに接点なんてほとんどないよ?」

「それは誠司が一方的にそう捉えてるだけだろ。橋本さんが誠司に一目惚れしていて、以前から誠司のストーキングをしていたかもしれない。二週間前から視線を感じるようになったのは、その日からストーキングが始まったのではなく、不良からの報復を心配した誠司が人目を気にし始めたからかもしれない」

「そんなことって……ないだろ?」

「さあね、俺が思いついたのはここまでだ。ここからどうするのかは誠司が決めること。じゃ、俺は一足先に帰るね」

 そう言うと、蒼真はカバンを持ち素早く教室を去っていった。


 しばらくの間誰もいない部屋の中で、一人何をするでもなく俺はたたずんでいた。

 蒼真の話のどれかに正解は存在するのだろうか? 仮に存在したとして、とるべき行動とはいったいなんだ? うだうだと頭の中で考え続けること数分、俺はふとあることに気づいた。

「もしかして、これって深く考える必要性はないのかな」

 よくよく考えてみたら、どれが正しかろうと俺自身にはそこまで被害がない気がする。大体俺自身そこまで気にしていたわけではないのだ。少し妙に感じていたから、皆に話してみたというだけで。

 俺は頭を振って思考を切り替えると、今度は別の疑問を思いついた。

「そういえば蒼真はどこに帰ったんだ? 親と喧嘩してて帰りたくないからここにいたはずなのに。仲直りの方法でもおもいついたのかな?」

 まあこれこそ俺が気にかけるような問題でもないか。家族間のもめごとは当事者たちで解決するべきだろうし。

「よし、俺も帰るか」

 腕時計を見ると、時刻は五時を示そうとしていた。

 基本的に夕飯は俺が作ることになっているから、帰り道に何か食材を買っていかないといけない。しかも今日から(正確には昨日から)は麗奈のぶんの夕食も作らないといけない。引っ越し祝いに何か豪華なものでも作ってやろうか。

 俺は夕飯の献立を考えながらゆっくりとした足取りで帰路を歩いていった。


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