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何だか見られてる気がする

不定期更新です。なかなか次の話が投稿されなくても我慢してくれると嬉しいです。

 俺はごく普通の高校二年生である。

 名前は森野誠司モリノセイジという。

 顔は普通。身長も平均的。特徴と呼べる特徴は、幼少期に階段から転げ落ちたときにできた額の十字傷くらいだろうか。

 趣味は読書。主にライトノベルと言われるものを読んでいる。まあ、俺自身はライトノベルとそれ以外の小説に区別なんてついていないのだが。とりあえず以前、勇者や魔王が出てくるファンタジー系の本を読んでいた際、友人に「お前ライトノベルが好きなんだな」と言われた。それ以来、自分が呼んでいる本はライトノベルなんだと認識している。

 ちなみに最近はファンタジーか現代ものかにはとらわれず、主人公が巧みな話術を駆使して悪人を倒していく系の話にはまっている。自分自身、子供のころから本ばかり読んでいて、外でほとんど遊ばなかったため運動神経は鈍く、力が弱かった。そのため、勇者みたいに力でもって悪を倒すような話よりもはるかに親近感が持てたのだ。これならばやろうと思えば自分にもできるかもしれないとさえ思った。

 そんなわけで(何がそんなわけなのかは全く分からないが)、たまたま休日に本を買いに出た際、不良に絡まれている同級生を見かけた俺は、調子に乗り彼らに食って掛かったのだった。

 もちろん腕力ではない。話術のみである。

「そこの不良たち、俺の同級生から離れなさい」

 突然割り込んできた男に不良たちは一瞬驚いたような顔を向けた。

 俺は彼らが呆気にとられている隙を突き、同級生のもとまで歩いて行く。

 ちなみにであるがその同級生は女子である。俺のクラスの学級委員をやっている長く美しい黒髪がトレードマークの、才色兼備な美少女である。念のために言っておくが下心とかはない。女子じゃなかったら助けに行ってないとかそんなことは絶対にない。

 さて、同級生の前まで言った俺は、

「大丈夫?」

 と気軽に声をかけた。そして、彼女が反応する前に不良たちに向き直り、手に持っているスマホをちらつかせながら言った。

「もう警察には連絡したんだけど、まだ何か彼女に用はあるかい」

 内心のビビり具合をひた隠し、堂々と振る舞う。俺の演技力もなかなかのものだったのか、不良たちは少し気押されたように一歩後ろに下がった。とはいえその程度で尻尾を巻いて逃げ出すということは当然なく、気を取り直して脅しにかかってきた。

「おいおい、突然出てきて何ほざいてんだよ。俺たちが警察が来るからって何もせずに帰るとでも思ってんのか」

 俺はやれやれと言いながら首を振り(演技)、薄笑いを浮かべて不良たちを見返した(涙目)。

「今からカツアゲでもするのかい? それとも暴力? 何にしろそれをやることで君たちに何か利益はあるのかな?」

「利益だぁ? お前のその顔をぶん殴れればそれで俺は十分満足だよ。それにお前今この場から無事に逃げられたとしても、後でどうなるか分かってんだろうな。この先何事もなく学校生活を送れるとは思うなよ」

 逃げたい気持ちを全力で押し殺し、ため息をついてあくまでも不良たちを見下すスタイルを貫く。

「それさぁ、君たちにも当てはまってるってことは分かってるの? 今はネットでありとあらゆる情報を世界に発信できる時代なんだよ。確かに君たちが俺を脅そうと何か仕掛けてくれば、俺は学校に行けずに引きこもりになって人生めちゃくちゃになるかもしれない。でもさぁ、その代わりに君たちが俺にやったことをネットに挙げて君たちの人生も道連れにすることだってできるんだよ」

「そんな脅しが」

「君たちって馬鹿なの」

 俺はここが畳み込む時だと感じ、不良の言葉を途中で遮ると一気にまくし立てた。

「別に俺は善人じゃないから犯罪を犯さずまっとうに生きろなんて思わないけど、人に知られてまずいことをやるからにはそれなりの損得勘定ができないとだめでしょ。自分に不利な結果になるとわかったら素早く手を引く。それができないようじゃ君たちのお先真っ暗だよ。それで、もう一度よく考えてみてよ。俺と彼女は君たちが人生をかけるに値するほどの相手なの?」

 最後は感情を押し殺した声音で言う。言動にメリハリをつけることで自分の言いたいことが伝わりやすいと何かで読んだ……気がする。

 しばらくの間無言の睨み合いが行われた。恐怖から涙が流れそうになるのを我慢して対峙し続けると、不良たちの中でリーダーっぽい男が

「もういい、行くぞ」

 と言い、他の不良たちを促してその場から立ち去って行った。どの不良も立ち去り際に俺を睨んでいくことは忘れなかったが。

 自分の無鉄砲な行動が(なぜか)うまくいったことに胸を撫で下ろす。大きく深呼吸を繰り返してから、ようやく同級生のほうを振り返った。

「とりあえず助かったみたいだね。じゃあまた今度学校で」

 それだけ言って俺もその場から速足で離れる。別に女子に対してかっこつけたかったわけではない。どちらかというと、さっきの自分の行動を思い返して恥ずかしくなったというのが本音であった。

 

  ***


「なんか最近見られてる気がするんだよな」

 俺がそう話すと、隣で本を読んでいた茶髪の軽薄そうな男子が、笑いながらこっちを見てきた。


 俺が学級委員長を不良の魔の手から救った日から早くも二週間が過ぎた頃。六限の授業が終わると同時に部室に向かったのだった。

 俺の通う高校には三階建ての部室棟が存在する。なぜ部室棟なんてものが存在するのかは知らないが、とにかく存在するのだ。俺が入っている部活はこの部室棟の三階の最奥に存在している。部室内には机と椅子がそれぞれ十台ずつ存在し、部室内を囲むようにして本棚が置かれている。

 部活の名は『評論部』。主な活動内容は小説や漫画、アニメなどを鑑賞して批評することである。とはいえ非常に残念なことに評論部にはテレビが置かれておらず、校則として漫画の持ち込みも禁止されているので、やれることといえば本を読むことだけなのだが。

 まあそんなわけで、今日も今日とて部室にて本をよんでいたところに、俺が話を切り出したわけだ。


「お前突然変なこと言うんじゃねぇよ。美少女ならともかくなんでお前みたいな地味なオタク系男子を見るやつがいるんだよ」

 茶色に染めた髪の毛に、うす笑いが張り付いたような口元。どこか人を小馬鹿にしたような目つきの持ち主――佐古稜也サコリョウヤが笑いながら言った。

「それはそうだけど、でもなんだか最近視線を感じるというか、家までの帰り道なんかでもつけられてるような気がするんだよな」

 俺は佐古を見返しながら言い返す。

 佐古は俺の言い分を全く信じていない様子で、ますます笑みを深めた。

「じゃあお前にもついにモテ期が来たってわけだ。いやー羨ましいねぇ」

「結構真剣に話してるんだけど。まあ今のところ困ったことは何も起きてないけどさ、やっぱり気味が悪いっていうか気になるっていうか」

「ラノベの読みすぎじゃねぇの。そうそう一般の男子高校生にストーカーなんてできねぇよ。そうだ、部長はどう思います、こいつの話」

 佐古は部室にて本を読んでいた『評論部』部長――石持一イシモチハジメに話を振る。石持部長も俺と同じく高校二年生であり、黒縁の眼鏡と七三分けの髪型が特徴のいかにも真面目そうな青年である。

 石持は読んでいた本から顔をあげ、眼鏡を光らせて俺を見つめてきた。

「ふむ、僕の意見を言う前に、森野君がいつから見られていると感じ始めたのか。何かストーカーされる心当たりはないか。この二点を聞いておきたいな」

 されて当然の質問。俺はいつから見られていると感じたのか思い返す。

「見られてると感じ始めたのは大体今から二週間前のことかな。ストーカーされる心当たりといえば……、そういえば今からちょうど二週間前ごろに不良と少し悶着を起こしましたね」

 佐古が驚いたように俺を見てくる。

「おいおいお前何考えてんだよ? お前みたいな明らかにひ弱な文化系男子がなんでそんなことしたんだ? ラノベの読みすぎで自分が勇者だとでも勘違いしたのか」

 あながち間違いではないが、認めるのもしゃくなので強めの口調で反論する。

「そんなわけないだろ。さすがにリアルとラノベの区別くらいできるさ。ただ同じクラスの女子が絡まれてたからさすがにほっとけないと思って動いたまでだよ」

「なるほどねぇ、相手が知り合いの女子だったからかっこつけたかったわけだ。それでその絡まれてた女子っていったい誰だよ。美人なやつか」

 佐古がにやにやしながら聞いてくる。

「まあ美人だけど。俺のクラスの学級委員長だよ」

 出てきた名前が意外だったのか、佐古は驚いて体を乗り出した。

「お前んとこの学級委員って言えば文武両道でクールビューティーな野村美玲ノムラミレイのことだろ! そりゃあかっこつけたくなる気持ちもわかるなぁ。きっと俺でも助けに入ったかもしれないわ」

 石持が真面目な表情を崩さずに、俺の身を案じてくる。

「よく無事だったな。殴られたりはしなかったのか?」

「はい。幸いハッタリかましつつうまい具合に脅したら、特に何もせずに帰ってくれました」

「じゃあお前は美玲さんの目の前で不良を無事に追い払えたわけか。やっぱりあれか、美玲さんにお礼とか言われてかなりいい感じになったりしたのか?」

「いやー、それが……。不良が去ったあとふと我に返るとかなり恥ずかしくなっちゃって、委員長とはほとんど何も話さずに家に帰ったんだよね」

 恥ずかしそうにそう言うと、佐古が軽蔑した視線を向けてきた。

「はぁ、これだから本ばっかり読んでいる対人ポンコツ人間は。せっかく美玲さんとの恋人フラグがたったっていうのにあっさりとスルーしやがって。このヘタレ」

「そこまで言わなくてもいいだろ。大体俺と委員長じゃどうせ釣り合わないから別にどうだっていいよ」

「でもなんだ、少しはお前に対する態度とか変わったんじゃないのか?」

「学校で会ったときに礼なら言われたけど、別に態度は変わってないよ。今日だって提出物を忘れて普通に怒られたし」

 俺がそう言ったところで、石持が話を戻してきた。

「そうすると、森野君をストーキングしている人物はその不良たちの誰かという可能性が一番高いかな。動機は君に対する復讐とか」

「それってものすごく嫌な結論なんですが……。というかそれが事実だったら俺どうしたらいいんですかね?」

 あの時会った不良たちが復讐目当てで俺のことを狙っている? あの時はかなり見栄を張って強がって見せたけど、実際に不良に狙われるなんて……。急に胃が痛くなってくるのを感じ、青ざめた表情で部長を見返す。

 石持は七三の髪を撫でつけながら、安心させるように笑いかけてきた。

「ごめんごめん、少し脅かしすぎたかな。まだそうと決まったわけじゃないし、今のところ大した被害にも会ってないんだからそんなに気にする必要はないと思うよ。いざとなったら警察に頼れば何とかしてもらえると思うし」

 石持は俺から視線を外し、横で机に突っ伏して眠っている男に目を向けた。

「日高君起きてるかい? 君は誰が森野君をストーキングしていると思う? それともそもそも森野君の勘違いだと思うかな?」

 我らが『評論部』は計五人の、全員二年生で構成された部活である。現在部室内にはそのうちの四人ほどがおり、俺こと森野誠司、茶髪軽薄男子の佐古稜也、見るからに真面目君の石持一、そして今石持に呼ばれた年中居眠り男である日高蒼真ヒダカソウマがその構成メンバーである。

 蒼真は眠そうに顔を起こしながら、目までかかる髪をかき上げ、

「起きてる……」

 と呟き、再び目を閉じた。蒼真は髪を無造作に伸ばし続けており、その先端は肩を少し超えたところまで届いている。顔のつくり自体はとても精巧で美少年なのだが、ぼさぼさに伸び続けている髪型のせいでいまいち冴えない雰囲気を醸し出す、残念系男子だ。

 ちなみに、佐古や石持部長とは高校からの付き合いであるが、蒼真とは幼稚園からの付き合いである。いわゆる幼馴染というやつだ。

 再び寝ようとし始めた蒼真を、佐古が笑いながらどついて起こす。

「おいおい、寝てないでお前も森野ストーキング事件について考えろよ。おい、だから寝るなって」

 佐古の執拗な目覚まし攻撃に寝るのを諦めた蒼真は、やや機嫌悪そうにしながら

「それで何の話……」

 と聞いてきた。俺が今までの話を繰り返すと、蒼真は眠そうに瞼をこすりながら口を開いた。

「誠司はその視線を学校でも感じてるの? 例えば授業中とか」

 俺は少し考えてから答える。

「学校でも視線は感じてるけど、授業中はいつもじゃなくてたまにって感じかな。特に眠たくなってボーっとしているときなんかふと見られてるなーって感じる時があったりする」

「そんなのお前が寝ぼけてただけの話だろ。絶対気のせいだと思うな俺は」

 佐古が口を挟むが、蒼真は佐古のことを気にせずに自論を話し出す。

「今までの話を聞いてると誠司を見てるのは委員長の野村さんだと考えるのが自然だと思うけど」

 佐古が腹を抱えて笑いながら、蒼真の言葉を否定する。

「それはないだろ、スーパー美人の美玲さんがこんな冴えないオタク系人間をわざわざ見るわけないだろ。ましてストーキングなんて絶対しねぇよ」

 蒼真は眠そうな表情のまま首をかしげて佐古を見返した。

「そう? 明らかに野村さんだと思うけど。だって誠司に不良から絡まれているところを救ってもらえたんでしょ。しかも誠司は恩着せがましく礼を迫ったりせず、その場から颯爽と立ち去った。それが本当なら、誠司のことをかっこいいと思って惚れたとしても何もおかしくないと思うよ」

「いや、まあ確かにそうかもしれないけど」

「それに学校でも視線を感じる、たまにではあるけど授業中でも感じるってことは少なくともこの学校に所属しているだれかってことでしょ。それに加えて見られていると感じ始めた時期も野村さんを助けてからなんだし、これ以外の回答なんてないと思うけど。それに部長が言った不良の仕返しっていう考えだけど、もし不良が仕返しに来てるのなら姿を隠さないほうが効果的なはずだよ。わざわざ姿を隠して見てるだけなんて仕返しにしては中途半端すぎる。結論、野村美玲が誠司のストーキングをしている。以上、お休み」

 蒼真はそうまくしたてると、再び机に突っ伏し眠り始めた。

 彼の話に説得力を感じた俺たちは、その話をそこで打ち切り、再び思い思いに本を読みだした。


 次の日の昼休み、俺はいつものように部室に向かっていた。

 普段から昼休みは部室で弁当を食べるようにしているのだが、今日は特に少し慌てながら向かっていた。

 理由は教室にいづらかったからである。昨日の部室で蒼真が言っていたことを意識してしまい、妙に野村さんのことが気になり、なんだか落ち着かなかったのだ。

 そんなわけで少し足早に部室へと向かっていたのだが、後ろから誰かが走ってくる音が聞こえたと思ったら、突然名前を呼ばれた。

「森野君、ちょっといいかな?」

 振り返ると、同じクラスの橋本環希ハシモトタマキがそこにいた。橋本は件の野村さんととても仲のいい女子で、髪はショートカット。身長が百七十ちょっとあり、全体的に引き締まった体と精悍な顔つきのためにボーイッシュな感じの、かわいいというよりもかっこいいといったタイプの女の子だ。

 突然話しかけてきた橋本を不思議そうな表情で見つめていると、彼女は真剣な表情で

「ねぇ、森野君。美玲と何かあったでしょ?」

 と勢い込んで聞いてきた。

 俺は橋本の勢いに押されて、少し後ろに下がりながら答える。

「何かって何かな? というか、どうしたの突然そんなこと聞いてきて?」

「理由は後でいうから先に答えて。美玲に何をしたの」

「何って……、二週間前に委員長が不良に絡まれてたのを助けたくらいで他には何もしてないけど」

 俺がしどろもどろに答えると、橋本は

「それだ!」

 と大きな声で叫び、大げさに天を仰いだ。何事かわからず呆然と橋本を見つめていると、彼女は俺へと視線を戻し、

「美玲に気をつけて」

 と言ってきた。いまだに何が何だかわからずに固まっている俺のことを気にすることなく、橋本は話を続ける。

「さっきの休み時間中に、美玲がスマホで撮ったお気に入りの写真っていうのを見せてもらってたんだけど、それを見てた時に一つ名無しのフォルダがあったからちらっと覗いてみたのよ。そしたらそこに森野君の写真がたくさん写ってたの! どれも視線がカメラに向いていなかったからたぶん盗撮したやつだと思って。美玲には私がその写真を見たのは気づかれなかったと思うけど、どうしてもその写真のことが気になっちゃって」

 そこまで一息でいうと、いったん落ち着くために橋本は深呼吸をした。

「美玲ってすごく真面目だけど、時々暴走することがあるから。たぶん今美玲は君に惚れてるんだと思う。でもそれが変な形で発露しちゃってるみたいだから、何とかうまい感じに対処して。手伝えることはできるだけ手伝うから。それじゃ」

 結局俺にほとんどしゃべらせることなく、橋本は立ち去って行った。

 一人取り残された俺は、とりあえず昼飯を食べるために部室に向かった。

 部室で昼食を食べながらひとしきりどうすればいいか考えた末、結局野村さんに直接聞くことにした。

 もちろん直接とはいえ、探りを入れつつであるが。

 そんなわけで最後の授業が終わると同時に、俺は野村に話しかけた。

「委員長、ちょっと話したいことがあるんだけどいいかな?」

 そう話しかけると、野村は少し考えるそぶりをしてから言った。

「今日は先生と話があるから、少し時間がかかるかもしれないけど、それでもいいなら」

「全然構わないよ。じゃあ図書室で待ってるから用事が終わったら呼びに来てほしいな」

「わかったわ」

 野村が頷いたのを確認して、俺はいったん席に戻った。


「委員長まだ用事終わんないのかな? もうそろそろ五時になんるんだけど。もしかしてすっぽかされたのかな」

 場所は図書室。野村さんを待ち続けること約一時間半が経ったころ。

 俺はそう独り言ちながら、自分に向けられる視線について考えていた。

 やっぱり何度考えても、見られてるっていう思いは変わらない。でもそれが委員長からかどうかは正直よくわからない。今日はつい意識して俺のほうがずっと委員長のことを見ていたけど、委員長がこちらを見てくるようなそぶりは全然なかった。それにさっき話した時も俺に対して気があるようには見えなかった。

「実際今も来る気配ないし。委員長が俺をストーカーするなんてありえないよな」

 と俺が呟いたとき、図書館の扉が開き野村がやってきた。

 野村は俺が座っている席の近くまでやってくると小声で声をかけてきた。

「ずいぶん待たせてしまってごめんなさい。話があるんですよね。図書室ではあまり大きな声で話せませんし、いったん廊下に出ましょうか」

 俺は野村の提案にうなずくと、一緒に図書室から出て行った。

 廊下に出た俺は、どこで話をしようかと考え始める。

「それじゃあ、どこか適当な教室で……」

 そこまで言ったところで、ふとある考えを思いつき話すのをいったん止める。少し逡巡した後、改めて野村に提案した。

「ちょっと他の人に聞かれたくない話だから、委員長さえ良ければ俺の家で話さない? うちは両親が共働きだから夜遅くまで誰もいないし、二人っきりで話すにはちょうどいいから」

 俺のかなり大胆な提案に、野村は唖然としたようにしばらく固まった。

 さすがに大胆過ぎたかと後悔するも、発言を取り消すことはせずに野村の反応を待った。

 もし委員長が万が一にも、俺にストーキングをするほどの好意を持っていてくれるのなら、俺の家に入れるチャンスを逃すはずはないと思う。逆に俺の思い込みかつ橋本の見間違いであるのなら、当然この提案は断るはず。さて、どうなる。

 野村のことを黙って見つめること数十秒。彼女は真剣な表情のまま小さく頷き、

「わかりました、それじゃあ森野君の家で話しましょうか」

 と言ってきた。正直断わられるとばかり思っていた俺は、呆気に取られて彼女の顔を見つめた。

「え、本当に来るの……」

「ダメなんですか?」

 野村は相変わらず真剣な表情のまま俺を見つめてくる。

 俺は動揺しながら何度もうなずいた。

「もちろんいいよ! ただ断られるんじゃないかと思ってたから驚いただけで」

「断りませんよ。他の人に聞かれたくない大事な話のようですから」

「あ、うん、そう。大切な話だからね……」

 動揺を抑えようと一度後ろを向いて大きく深呼吸をする。

 何とか動揺を抑えると、野村のほうに振り返った。

「じゃあ、行こうか。あんまり帰るのが遅くなると親が心配するだろうからね」

 そう言って俺と野村は歩き出した。

 俺の家へと向かう途中、野村が話しかけてきた。

「それで、森野君の家って学校からどれくらいかかるの?」

「まあゆっくり歩いて三十分くらいの場所だよ。今の高校を選んだのは家から近いからっていうのが一番の理由だしね。それにしても委員長、そのこと知らないで俺の家に来てくれることを承諾してくれたんだ。てっきり俺の家がどこにあるのか知ってるのかと思ったよ」

 さりげなく探りを入れてみるが、野村は特に動揺した様子もなく、平然と答える。

「自分の家をわざわざ話す場所として提示してきたのだから、それほど学校から離れた場所にあるとは思ってなかったわ。森野君ならその程度の気配りはできると思っていたもの」

「まあそれはそうだよね。家が遠かったらわざわざ話し場所として提案するわけないよね」

 俺はそう野村に笑いかけつつ、心の中で嘆息した。

「委員長がストーカーかどうか判断するのは難しそうだ……」

「今何か言った?」

「いえ、何も」

 野村が不思議そうにこちらを見てくるのを感じながら、俺は小さく一つため息をついた。


「委員長、あれが俺の家だよ」

 野村と雑談をしながら歩くこと約二十分、ようやく見えてきた自宅を指さしながら俺は言った。

「確かに学校から随分と近いわね。自転車を使えば五・六分で着くのじゃないかしら」

「試してみたことないけどそうかもね」

 そう言いながら、俺はカバンから家の鍵を取り出し、鍵穴に差し込んだ。

「さっきも言ったけど、今は家にだれもいないからそんなに緊張しなくていいからね」

 あれ、これって逆に緊張させるんじゃ……。というか野村さんと家で二人っきりって……。

 自分でした発言に内心で冷や汗をかきながら、俺は扉を開けて家の中に入っていく。

 靴を脱ごうと思ってふと足元に視線を移すと、そこに一足、見知らぬ靴が置いてあるのが目に入った。

 俺が不思議に思ってその靴を見ていると、

「どうしたの?」

 と後ろから野村が声をかけてきた。

「いや、なんかよくわかんない靴が」

 俺がそこまで言ったとき、突然二階から走ってくる音が聞こえ、その音源である一人の少女が叫びながら俺に突っ込んできた。

「お兄ちゃーん! 久しぶり! 最近ずっと会えてなかったから麗奈すっごく寂しかったんだよ」

 俺はバランスを崩しながらもなんとかその少女を抱きとめる。

 少女はツインテールにしてある長い髪と、ぱっちりした目が特徴的な、上下とも真っ白な服で身を包んでいる、俺のよく知っている人物だった。

 俺は驚いて言う。

「なんでお前がここにいるんだよ麗奈! というかどうやって家に入ったんだ?」

 麗奈は手に持っていた鍵を見せつけながら、自慢げに言う。

「お兄ちゃんのお母さんから鍵はもらっておいたから」

「……」

 なぜ俺に言っておかないんだ、母さん……。

 俺の心の声を呼んだのか、妹がニコニコ笑いながら言う。

「えへへ、久しぶりの再会だからお兄ちゃんにサプライズしたくて、お母さんには内緒にしておくように頼んだんだ。どう、ビックリした?」

「……スゴイビックリシタ」

 俺が驚きを表すために片言でいうと、麗奈は嬉しそうにその場で回転した。

 そんな俺と麗奈の様子を黙ってみていた野村が、ようやく口を挟んできた。

「それで、森野君、この女の子は森野君の妹ってことでいいのかしら?」

 俺は慌てて野村のほうを見ると、大げさに首を振って否定する。

「いや、違う違う。麗奈は俺の従妹なんだよ。だから普段はこの家にいないし、そもそも会ったのだって一年ぶりくらいだよ」

 俺が麗奈をそう紹介していると、麗奈が笑顔を向けながら野村の前に立って自己紹介をし始めた。

「初めまして。私、森野麗奈モリノレイナって言います。中学二年生です。お兄ちゃんとは私がまだ幼稚園だったころに闇の契約をして、魂のつながりを持って以来の仲です。それであなたはお兄ちゃんの何なんですか?」

 麗奈が笑顔を崩さず(ただし目は笑わず)に野村に聞く。

「私は森野君と同じクラスの野村美玲と言います。今日は森野君から大事なお話があると言われて家に誘われてきました」

 野村が真面目な表情を崩すことなく自然に答える。麗奈はしばらくの間黙って野村のことを見ていたが、すぐに笑顔に戻り、俺と野村に向けて言った。

「じゃあ私はリビングにいるので、私のことは気にかけずにお二人でゆっくりお話ししてください。お兄ちゃん、また後でたくさんお話ししようね。たまには契約の更新もしたいし」

「おい、ちょっと待って」

 俺が呼び止める間もなく麗奈はリビングに引っ込んでいった。

 俺は頭をかきながら、

「結局なんであいつはうちにいるんだよ」

 と軽くぼやいた後、野村のほうを振り返り、俺の部屋まで案内した。

 部屋に着くなり、野村が俺に聞いてきた。

「さっきあなたの従妹の麗奈さんが言っていた『闇の契約』っていうのはいったい何? まさかとは思うけど大事な話っていうのは……」

 俺は慌てて首を大きく横に振りながら否定する。

「いやいや、それは全く関係ないっていうか、できれば聞かなかったことにしておいてほしいというか……。ほんと、幼少期の頃の戯言だから……」

 両腕を無意味に振り回し、しどろもどろの返答を返す俺を真剣な表情のまま見つめてくる。

 彼女の態度を見ていると、何だか一方的に慌てている自分が馬鹿みたいに思えてきて、俺は一度深呼吸をすることで落ち着きを取り戻した。

「それで話っていうのは……」

 目の前で真剣な表情で見つめてくる野村を見ながら、さてどう聞いたものかと俺は頭を悩ませる。

 いくらなんでも「野村さん、最近俺のことストーキングしてるよね?」と聞くほどの度胸は俺にはない。もし俺の勘違いであったなら、超自意識過剰男として軽蔑されるであろうことは請け合いであり、俺への精神的ダメージが許容量を超えて引き籠りになりかねない。かといって、肯定されたらされたでどうしていいか分からないし……。

 十数秒の思索の末、俺はこう切り出した。

「実は俺、委員長のことがす、好きだったんだ。できればお付き合いしてもらいたいと思って、その、ええと、どうでしょうか?」

 ダメだ、すごく恥ずかしい! というか、この切り出し方はやっぱりかなり間違っているのじゃないだろうか! 否定・肯定どちらの答えを返されてもかなり困ったことになりそうな点で言えば、ストーキングをしているかどうか直接聞くのと変わらない気がする!

 そう悶々と頭を抱え始めた俺のことをまっすぐに見つめ返しながら、野村さんは一言、

「ごめんなさい」

「グハッ!」

 分かりきっていたことではあるけど、やっぱり振られた……。

 これは思っていた以上の精神的ダメージが……。明日からの学校生活、ずいぶんと憂鬱なものになりそうだ。

 俺はなけなしのプライドを振り絞って、涙目になりながらも笑顔を向けた。

「あはは、それはそうだよね。俺みたいな地味な男子が委員長みたいな美少女に釣り合うわけないし。いやーごめんね、こんなくだらない用事で家にまでついてきてもらっちゃって」

 なけなしの言葉を俺が振る絞っていると、野村は困ったような、少し慌てたような顔つきになりながら、ゆっくりと言葉を紡いできた。

「その、森野君はあまり授業を真剣に受けてなくて、宿題をよく忘れたりとか、ちょっと不真面目なところもある。でも、私が不良に絡まれてるときに身を挺して助けに来てくれたのもそうだし、普段の行いを見ている限りではいい人だと思ってるの」

「グサッ!」

 でました、「いい人」認定。この認定を受けた人は、そもそも異性として認識されていないということでもあり、どんなに努力してアプローチしてみても良き友人どまりで終わってしまうのだ。俺が読んできたライトノベルの数多くでそのことが書かれていた。まさか実際に自分がその認定を受けることになろうとは。

 一人勝手に落ち込んでいる俺に気づいているのかいないのか、野村は予想外の言葉を続けてきた。

「だから、そんな森野君に、私は釣り合わないと思う」

「え?」

 硬直する俺に構わず、野村は自分を卑下する発言をし始める。

「普段はできるだけ皆から頼られる存在になろうと思って気丈に振る舞ってる。皆の模範となる生徒であろうと、運動も勉強も人一倍頑張っている自信はある。でも、私は緊急時には全く役に立たなくなる」

「いや、そんなことは」

「あるの。現に不良に絡まれたとき、私は警察助けを求めようという考えさえ思い浮かんでなかった。大声で助けを呼ぶことだってできたはずなのに、怖くて全く声も出なかった。もしあの時森野君が助けに来てくれなかったと思うと……。不測の事態が起こると、いつもそう。こんな私じゃ森野君には釣り合わない」

 はっきり言って全く予想だにしていなかった発言を受け、どう答え返していいか数秒迷った。というか、あの時不良たちから助けに入った一事だけで、そこまでプラスの評価を受けていたとは驚きだ。なんだかむず痒い気持ちがするし、そんなことはないと否定したいところだが、ここで否定するのは愚策だろう。余計彼女を恐縮させることにつながりかねない。

 俺は小さく深呼吸すると、真剣な表情で彼女の目を見つめ返した。

「そんなこと気にする必要はないよ。野村さんは十分に素敵な女性なんだから」

「違う、私は森野君が思っているような素敵な女性なんかじゃ」

「野村さんが何と言おうと、俺はその弱さを含めて野村さんのことが好きなんだ!」

 恥ずかしさで顔が赤くなりそうになるのを何とかこらえ、俺は必死に言葉を続ける。

「それに、足りない部分を補いあってこそ、親密な間柄になれるんだと思う。俺は野村さんと付き合うことで、普段の不真面目さを改善できるかもしれないし、逆に、野村さんは緊急時での対応力を身に着けられるかもしれない」

「それは……」

「だいたい、もし野村さんが緊急時での対応力まで身に着けちゃったら、今度は俺の方が野村さんに釣り合わなくなるわけでしょ。普段の生活では俺が野村さんに勝るようなところは一つもないんだし」

 俺の発言を戸惑った表情で聞き続ける野村に対して、もう一度、ありったけの勇気を振り絞り告白の言葉を述べた。

「野村さん、俺と付き合ってくれますか?」

 


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