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帰路の途中で

少し遅くなりましたが更新です。

いつの間にか、ライブラリーの外は夕陽に茜色に染まっていた。

「やっぱり、変だ」

 それが外に出てからの初めての言葉だった。振り返ってみるライブラリー。木々に囲まれた温かく、優しい雰囲気のあるライブラリー。それは内装も同じで職場としては問題ない。でも、振り返ってみるライブラリーには、解妖の塔の中で見たとてつもなく高い天井の建物なんて、どこにも見えない。

「どこにあんなものがあったんだ?」

 確かにライブラリーは所蔵本に合わせて巨大なものがある。けれどこのウォルトライブラリーは地方町の普通の大きさ。果たして僕が目の当たりにしたものはh現実なのか、それとも精霊指定図書庫の中のように夢でも見ていたのか、未だに解決するには難しい状況だけが残された。

「とりあえず、帰ろう」

 それはそうとして、今日は挨拶だけのはずだったから、部屋の片づけがまだほとんど終わっていないことを思い出す。

「こんにちは」

「こんにちはー」

 のどかな夕焼けの中で、ファンタジックでメルヘンな家が建て並ぶ通り。スクール帰りの子供たちも都会とは違って自然というのか、純粋そうに一人一人が楽しそうに笑いあいながらすれ違い、僕にそう自然と挨拶をしてくる。

「おかえり」

 たったその一言だけのすれ違い。けれど、僕にとってそれは新鮮だった。ハイスクールくらいだろうか。そんなお年頃の少女たちがすれ違う人に挨拶をする。見ず知らずの僕に対して。そんなこと、今まで体験したことが無く、子供たちの温かさが残っているここが、たったそれだけのことなのに嬉しく感じてしまった。

「こんにちは」

「あら? はい、こんにちは」

 それから僕は、夕陽の庭で花に水をやっている女性など、この時間帯でものどかな町の人たちに挨拶をしてみた。それは最初はドキドキして、緊張して、ちょっと不安で声が思わず高鳴ってたんじゃないかって思うくらいだってたけど、そんな緊張なんてすぐに払拭された。

「この辺りではあまり見ませんよね?」

「はい。今日ミンティスのラクリアから越してきたんです」

 色鮮やかな花も温かなオレンジの光に包まれ、水しぶきに薄い虹がかかる中、少し僕の足はそのお宅の女性の問いかけに止まった。

「ラクリアからですか? お仕事か何か?」

「ええ。明日からウォルトライブラリーの方で」

 そこで女性の表情に多少の変化が訪れる。

「じゃあ、司書さんか何かですか?」

「ええ。あ、挨拶が遅れました。ウォルトライブラリー司書補佐につきます、アサルト・キッシュと言います」

「そうでしたか。あ、私はエレナ・フォードです。この近くにあるフォレストマンションの管理人をしています」

 エレナさんの言葉に、え? と思った。

「そ、そうなんですか?」

 思わず聞き返してしまう。そのマンションの名前は、今日僕が引っ越してきたマンションの名前だった。少しウェーブのかかったロングヘアーとスタイルの良さに、管理人のようには見えないけど、この人がそうだったというのは何の偶然か驚いた。僕が驚いているのを不思議そうに見てくるエレナさんに事情を話した。

「あら、そうだったんですね。……そう言えば、先日ご連絡いただきましたね」

 言われて思い出した。最近は不動産を介して引越しにおいても大家さんや管理人さんとのふれあいも少なく、今回は鍵の受け渡し時期の変更について連絡したことがあった。まさかこんな所で会えるとは思っていなかった。

「すみません、ちゃんと挨拶に来たわけじゃなくて……」

「いいえ、そう畏まらないで下さい。ウォルトライブラリーは私もよく利用しているので、これから良くお会いすると思いますから」

 菓子折りの一つでも用意して置けばよかったと、何も持っていなかったことにもエレナさんは笑ってくれた。どこにいてもこの町の人はおおらかで優しい。

「あ、そうそう。キッシュさん少し待っていてもらえますか?」

「はい……?」

 一通りの挨拶が終わり、そろそろお暇しようと思ったら、エレナさんが自宅へ戻る。玄関先に残される僕は、ただエレナさんが再び戻ってくるのを待つ。することも無くなり、エレナさんが管理人であることを再認識しつつ、周囲の様子を眺める。正直な所安心した。管理人が厳しい人だったりすると、そこまで生活に支障はないとは言え、契約期間中はそこから別の場所へ引っ越すのは金銭的に難しい。紹介されたところである以上、エレナさんのような優しそうな人が管理人であるなら、これからの生活も楽しめそうだと期待が湧いた。

「ごめんなさいね、お待たせして」

 エレナさんがそう言うけれど、時間にしてそれほどじゃないと思う。綺麗な家が立ち並んでいて、レンガ作りのウォルトライブラリーにしても、やっぱりこの町は良いと改めて思っていた時だったから。

「お夕飯はまだでしょう? 良かったらこれ、召し上がってください」

「良いんですか?」

 手渡された蔓で編まれたバッグを開いてみて、忘れていた空腹を思い出した。

「ええ。少し作りすぎちゃいましたから。白身魚のパイ包みはお好きですか?」

「はい。こういう料理は母が良く作ってくれたので」

 香ばしい香りと、まだ温かさの残るパイ包み。思わず唾を飲んでしまう。僕からは何も用意していないのに、偶然の出会いにこうもおまけがついてくるなんて、かえって申し訳なさすら覚えてしまうが、それでもエレナさんの微笑みに、嬉しさしか溢れてこなかった。

「これから何か困ったことがありましたら、遠慮なさらずに仰ってくださいね」

「はい、これからお世話になります。あ、いきなりですが、一つ良いですか?」

 お暇しようと思って、一つ思い当たった。恐らくはこのバッグの中にあるパイ包みを見て思い出したことだ。それまですっかりと忘れていた。

「この辺りにマートか何かはありますか?」

 都会ならスーパーや店はいくらでもある。でも、この辺りではそう言う店舗というものを見かけたことがない。

「この町には、マーケットはありませんが、個人店はあちこちにあるんですよ。週末にはウォルトライブラーでマルシェが開かれますから、明後日には行かれると良いですよ。夕方には色々とおまけと値引きもしてくれますから、楽しいと思いますよ」

 そう言いながらエレナさんが僕の背後を手で示す。

「あ、なるほど。こういう看板が出ているんですね」

 エレナさんの家の向かいにある家。てっきり家だと思っていた。少しばかり果物が沢山置いている家だと思ったら、フルーツ屋だと、軒先に吊るされている鉄看板に果物が象られていた。

「マンションの近くにもパン、お肉、ジャム、お野菜のお店がありますし、お魚でしたら駅の近くに港があるので、そこの市場で美味しいお魚が並んでますよ」

「そうなんですか。今度行ってみます」

 ライブラリーの休日は確か日曜。と言うよりもこの町も日曜は安息日らしい。どこの町でも同じ習慣だとは思う。でも、恐らくラクリアに比べると、休日はマルシェ意外での買い物は多分見込めないだろう。なるべく早めに飲料水だけでも貯蓄しておいたほうが良さそうだ。

「それでしたら、今度のお休みの日にでも、町をご案内しましょうか?」

 唐突な提案に、思わず間を生む。

「あ、ですが、せっかくの休日をお邪魔してしまうのでは?」

 散策自体は嫌いじゃない。本を探すついでにふらふらと計画も立てずに町を歩くこともしばしばだ。案内してもらえるのは確かにこの町を知るにはいい機会だろうけれど、さすがにエレナさんの休日を奪ってしまうことは、さすがに抵抗を覚える。

「良いんですよ。私のお買い物のついでと言うことになりますし」

 それでも笑顔のエレナさん。

「そうですか? お一人の方が宜しいですか?」 

 ここまで言ってくれる管理人さんは、どこを探してもそうはいないだろう。せっかくの申し出でもあるのだから、これは断るほうが失礼と言うものだろう。

「では、良いですか?」

「ええ。では、日曜の午前にでもお伺いしますね」

「はい、色々と本当にありがとうございます」

「いいえ。キッシュさんにもこの町を好きになってもらいたい、私のわがままですから」

 そう、楽しげに微笑むエレナさんに、僕は多少なりとも見とれたかもしれない。こういう家庭的な人は好きなタイプだ。善意で誘ってくれている以上は、素直に楽しみにさせてもらうことにして、今日はお邪魔することにした。

 一言二言の挨拶を済ませて、エレナさんに笑顔で見送られ、再び町を歩く。今の僕にはどこと無く不相応なバッグを持っているけれど、その中から香るかすかな香りは、ここへ来て良かったと、この町での仕事を斡旋してくれたパルリアートには感謝するばかりな帰り道だった。

 エレナさんに教わった店を探して、二、三日分の食材と飲料水、ワインを買って家に戻る。両手に感じる重みは、ラクリアにいた頃よりも、どうしてか心地良く、茜色に染まる町を歩くだけなのに、気持ちは軽やかだった。

「明日から頑張らないと」

 嫌いな仕事じゃないから、どこの派遣先でも仕事は楽しかった。けれど、その帰り道だけは、疲労感と道行く人たちの速さにおいていかれているような気がしてしまい、家に帰ることはあまり楽しみには思えなかった。今朝家を出てから何も変わらない室内に入ると、どこから湧いてくるのか、さらに疲れが増して、ベッドに倒れこむことも幾度かあった。それが今はどうだろうか。エレナさんに出会っていなければ、今のような気持ちは無いのかもしれないけれど、それでもこの町は人を愛し、人も町を愛している雰囲気が漂っている。きっと僕はそんな温かさに酔いしれ始めているのかもしれない。そう思える帰り道だった。

「……まずは、片付けだな」

 それでも、やっぱり部屋は昼と変わらないわけで、少しばかりお嫁さんと言う存在がいてくれたのなら……。なんて、収納箱の積み上げられた室内と、エレナさんのパイ包みの香りに、独身の寂しさを思い返させられた。


 翌朝、目覚ましより早く目が冷めた。静かな室内。大して変わらない部屋の様子。折りたたまれた収納箱と未だに片付けの終わらない箱。電子時計が今この瞬間すらも全てを過去へと変えていく。

「よし。張り切って行こう」

 エレナさんがパイ包みを入れてくれた籠は、帰りに返そうと、昨日の帰り道に見つけた小さなお菓子屋でちょっとしたお菓子の詰め合わせを入れて仕事に持っていく。少しばかり服装には不相応だが、それも仕方が無い。ラミアさんやエルシェさんにからかわれるんだろう、と思いはすが、仕事は仕事。プライベートとは別として、身なりを備え付けの全身鏡でチェックして玄関を出る。眩しい朝陽と爽やかな空気が全身を突き抜けるように香った。今日も良い天気だ。張り切って仕事に行こう。そんなやる気に満ちた瞬間だった。

「ふぁあああ〜〜〜あ〜、きっつぅ〜……」

 鍵を掛けて、エレベーターの方へ歩いていこうとして、体の向きを変えた。

「ほぉらぁ、ラミアちゃん。ゆっくり行ってたらぁ、遅刻しちゃうよぉ〜」

 歩き出そうとして隣室のドアが開いた。昨日は時間がなくて挨拶が出来なかったから、ちょうど良いと思った時、大きなあくびと、のんびりとした声が僕のみだり耳から入って右耳から朝日の向こうへ飛んでいった。

「別に良いじゃないのよ……。どうせ朝礼で、キッシュの挨拶があるだけでしょぉ」

 さも面倒臭いと表情が言っている女性―――ラミアさんだった。

「だめだよぉ〜。ラミアちゃんの直属の部下だよぉ〜? 上司が怠けてちゃ、示しがつかないんだよぉ〜?」

「そんなもん、どうとでもなるわよ……重役出勤ってやつ〜?」

「だぁめぇ〜。それはぁ、もっとダメな人のことを言うのぉ〜」

 ラミアさんの隣で早く行くよ、と相変わらずのんびりした口調で話す女性―――エルシェさんまでそこにいた。

 示しがつかないというか、もう見ています。そう口にしてしまいそうだったが、それよりも先にラミアさんが僕を見た。

「…………」

 まだ眠たげな表情のラミアさん。昨日の凛とした大人の女性と言う、僕の印象とはかなりかけ離れた表情で、黙って目を合わせてくる。

「ほぉらぁ〜、ラミアちゃ〜ん。行こうよぉ〜……ぁ」

 エレベーターの方を向いていたエルシェさんが、なかなか動き出そうとしないラミアさんの腕を引きながら振り返り、彼女ともまた目があった。

「あ、お、おはようございます」

 さすがに二人とも僕を、「え? 何でいるの?」的に見る。もちろん僕だって驚きに、思わず不思議と気まずいようなそうじゃないような微妙な空気に、苦笑が浮かび上がってしまう。見なかった方が良かったのかもしれないと思いに駆られて。

「は?」

 ラミアさんの第一声。それは無表情にて明確な疑問と、恐らくはまだ寝ぼけ眼によるものの睨みのような表情。

「キッシュ君、どうしたの〜?」

 僕の挨拶は二人に流される。

「何であんたがここにいるのよ?」

 僕としては、自分の恥ずかしい格好を見られたラミアさんが慌てて取り繕う、何てことを一瞬でも考えたけれど、実際は不機嫌そうに僕を見るだけ。そう言う顔をされても……。

「ここ、僕の部屋なんですけど……」

 としか言いようがないわけで。相変わらずこちらを睨むラミアさんは、自分の失態を僕に見られたのがよほど嫌だったのか、反応は淡白だった。

「あ、そ。そなんだ」

 今しがた、今日は頑張るぞっ! なんて気持ちを高めたのに、その一言でドンドン僕の気合は萎んでいく。

「え〜〜〜っ! そうなのぉっ!?」

 打って変わって響く、エルシェさんの驚き。それすらものんびりとしていて、本当に驚いているのかすら、よく分からない。

「は、はい。昨日越してきたんですけど」

「へ〜〜〜。実はねぇ、私たちもここに住んでいるんだよぉ」

 エルシェさんがニコニコと笑う。それは今二人を見ているので分かっている。

「まぁ、ここはあたしの部屋。んでもって、こっちがエルシェね」

 僕の部屋の隣はラミアさんで、その隣がエルシェさんらしい。今時玄関前に表札を出している人がいないから、まさかの出来事を目の当たりにした。

「そうなんだぁ〜」

 驚いているのは僕だけらしく、すぐに、まるでこれが冗談ではないことを確かめる時、人は頬を摘む。それとはまた別だが、どうしてもそうしているような感覚になってしまう指が飛んできた。

「えへへ〜、ご近所さんだねぇ、キッシュ君」

「え、ええ。そうみたいですね……」

 さて、僕はどう反応するべきなのだろうか。昨日といい、今といい、ふにふにと頬を人差し指で押されるこのエルシェさんの行動。何を意味する為のものなのか、理解に昨日同様に苦しむ。

「菓子折りの一つくらい挨拶に来ないわけ?」

 そして、一方からは笑みの無い朝からテンションを強制的に下げられてしまうような、痛い一突きを投げかけてくるラミアさん。

「ラミアちゃん。キッシュ君だってぇ、引越しのお片づけがあるんだよ〜? また今度だもんねぇ〜?」

 エルシェさんがフォローしてくれる。それは嬉しいと思える。事実だからだ。そのついでに頬を突くことを止めてくれるともっと嬉しいのですが……とはさすがに言えず、何となく突かれる所が温かくて、止める気にもなれなかった。しかも、そのフォローも嬉しいことはそうだけれど、少しばかり改めて用意して挨拶に来るんだよね? と遠まわしに催促をされているような気すらするから、今日の帰りにでもまたお菓子か何かを買っておかないといけないのかもしれない。

「でさ、キッシュ。それ何?」

 そう言いながら、僕の頬を突くエルシェさんは無視して、エレナさんの籠を覗き込む。すると、ラミアさんの表情が不機嫌から氷が解けていくように、僕がライブラリーで見たエルシェさんの凛々しい表情を見せ、さらにそれを越えて、どこか嬉しげに僕を見上げてくる。

「なるほどねぇ。あんた、気が利くじゃない」

「え? あっ」

 そう思った時には、僕の手から籠がラミアさんに奪われた後だった。

「あ〜〜〜っ!」

 そして、僕の驚きよりすら飲み込んでしまうエルシェさんの声。僕の手はラミアさんに伸びていたのに、その声に思わず手を引っ込めてしまう。

「これっ! ルーン・タズサ・ドルチェのお菓子ぃ〜」

 店名まではよく覚えていないけど、マンションの近く似合ったお菓子屋で購入した菓子折り。エルシェさんの表情が輝く。それは別に二人のために買ったものではない。でも、二人の明るい表情に、今更それはエレナさんへのものなのですが……とは言えないのが僕だった。

「タズサのとこのは高いのよねぇ。あたしらもたまにしか買えないし」

「ちょっとしたご褒美だもんねぇ〜」

 ラミアさんに、あんたやるじゃん。と、横腹を小突かれた。そのつもりは皆無だったんだ僕には、苦笑でごまかすしかなかった。

「よしっ。朝から良いもんもらったし、今日も元気出していくわよっ」

 中の菓子折りの箱を取り出すと、籠はいらないと返される。箱を持ったまま、ラミアさんは歩いていく。中身を失った籠だけが軽さを伴って僕の手の中で揺れた。

「……ごめんね、キッシュ君」

「え?」

 でも、先を行くラミアさんはさておき、エルシェさんは僕の頬を突く指を離すと、少しだけ申し訳なさを感じさせつつも、愛らしさを忘れてはいない、ちろっと舌を出して、そう言った。

「あのお菓子、エレナさんに、だよね?」

 ラミアさんに聞こえないように、小声でそう言われて、何故? と表情に出てしまったようで、エルシェさんが囁いた。

「その蔓籠、エレナさんのだよね? あれ、お返しだったんじゃないのかな?」

 なんと言う観察力と推理力。エレナさんから預かったままのこの籠なんて、正直どこにでもあるものだ。

「だからね、私たちには、あれ一つでいいからね」

 そう言ってエルシェさんが再び笑う。どうやら僕が越してきたことと、エレナさんに会ったことで、状況は分かってしまったらしく、ついでに自分たちへの引越しの挨拶すらも、二つ分を用意しなくても良いと先に言われてしまう。僕はそう言われて二人にも挨拶をしないといけないんだと思い返したばかりだった。

「エレナさんには、半分くらい私が出すから、ラミアちゃんのあれは、許してあげてね?」

「あ、いえ。良いですよ。今日か明日にでもお二人にもお渡しするつもりだったので」

 二人分が一人分で済むのであれば、それに越したことは無い。金銭面でもありがたい申し出だった。

「そっか。じゃあ、これからよろしくね、キッシュ君」

 エルシェさんが手を出して笑う。僕はその手を握り返す。この人のおっとりとしているのに、人に限らない観察力は僕を軽く越えている。先のことまで考えている上に、愛らしいその笑顔に、敵うわけがなかった。

「エルシェ、キッシュ。さっさと行くわよ」

「はーい。行こう、キッシュ君」

「はい」

 エレベーター前で待つラミアさんに、僕らは続いた。思わぬ朝の出来事だったけれど、結果的には良いこととして収まった。仕事前に落ちかけたテンションは再び上り調子に戻ってきた。


次に更新するのは、波の間に間にうたごえを です。

更新日は12月2日に変更にします。

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